第25話、酒の勢いに頼る錬金術師。
門番さんに事情を話してから数日、私は今まで以上に引き籠っていた。
食事も食べに来ないと心配したライナが様子を見に来る程、あれから一切外に出ていない。
どうしても何もやる気が起きない。仕事も一切手についてない。
期日まではまだまだ十分余裕が有るけど、期日までにやれる気もしない。
気分が重い。何でこんなに嫌な気分が胸の中に渦巻いているんだろう。
「何でなんて・・・解り切ってる・・・」
私一人だけ仲良くなったつもりで、向こうにはそんなつもりは無かった。
門番さんは仕事だから私に構っていただけで、それ以上の感情なんか無かったんだろう。
私はいつもこうだ。いつもこうだから人に関わるのが怖いんだ。
自分の思っている事と相手の考えている事に差異が生じる。
人が何を考えているのか解らない。物事の機微という物が解らない。
それぐらい察せるだろうと言われても、解らない物は解らないんだ。
「だけど・・・それでも・・・」
久々に、仲良くなれたと、思ってたんだ。
私の話をちゃんと聞いてくれる、珍しい人だと思ってたんだけどな。
全部、勘違い、だったのかな。
「はぁ・・・」
ため息ばかりが漏れる。上手く行っていると思っていただけに、余計に辛い。
「それに、多分、怒られるんだろうなぁ・・・」
人と顔を合わせなくて済むし、視線に晒されなくて済む。
ただそれだけのつもりだったけど、門番さんはとても頭を抱えていた。
あれを見ていたら何だかとても申し訳なくて、情けなくて・・・歯を食いしばって涙を耐える事しか出来なかった。
「・・・ああ、そっか。私、門番さんに迷惑をかけたのが、辛いんだ」
怒られるのは怖い。辛い。悲しい。だけどそうじゃないんだ。
この気分は昔ライナを泣かせた時に似ている。
私のせいでライナが泣いてしまった時に、とても似ているんだ。
「そう、だよね。お仕事だとしても、門番さんが、優しかった事は、本当だもんね・・・」
話しやすいと思った。久々にちゃんと話せる人だと思った。
それはやっぱり私の勘違いなのかもしれない。
だけど、それでも、私が話しやすいと思った事は事実なんだ。
助けて貰ったお礼をしたいと思ったのは、本当の事。
「・・・そうだ、謝らなきゃ」
私は私が辛いだけで、ごめんなさいもまだ言ってない。
「そういえば、お酒、飲んでる時は、少しだけ話し易かったな・・・」
マスターに飲ませて貰って以来、仕事を貰いに行く度に飲む様になった。
最初は解らなかったけど、視線が気にならなくなったのは酔っていたせいだと思う。
とはいえ酔うと他の事が手につかなくなるから、基本的にお酒は飲まない様にしている。
ただ、飲むと言葉が出やすいのは事実だ。恐怖心が薄れるのも事実。
多分それは一歩間違えれば、私が怖いと思う様な酔っ払いと変わらないんだろう。
だけど、それでも、酔っていると普段より素直に言葉が出せる。
「よし・・・!」
ベッドから跳ね起きて、マスターに貰った酒瓶を取り出す。
何度か仕事をした際に、そんなに気に入ったなら一本持って行けと貰った物だ。
調合に使う器をグラス代わりにして酒を注ぎ、くいっと一気に煽る。
「・・・もうちょっと、飲もう。飲んだら、こっちから、謝りに行こう」
酔いが足りないと、また一杯注いでグイッと煽る。
ただ酔いたいと思って飲んでるせいなのか、何だか酔えた気分がしない。
こんな調子じゃ酔った勢いで話しに行く事が出来ないと、更に酒を煽る。
気が付くと一本全て飲み終えていた。
「・・・んみゅ・・・酔えた、気が・・・あんまり、ひない・・・」
あー、でも、何だか少し頭がぼんやりする。一応酔ったのかな。
これなら、門番さんに、謝れるかも。
「よひ・・・詰め所に、ひこう」
あれー、何か揺れてる。地震かな。そのせいか手が揺れて外套が上手く取れない。
ああ、そういえば部屋着のままだ。外套羽織る前に着替えなきゃ。
・・・いや、いいや、面倒くさい。そのまま羽織っちゃおう。
「・・・んあ?」
再度外套を手を伸ばした所で、扉が叩かれる音が耳に入った。
今から大事な用事なのに、一体誰だろう。
「あーい・・・まってー・・・」
揺れる地面に苦戦しながら扉に向かい、当たり前のように扉を開ける。
するとそこに立っていたのは、今謝りに行こうと思っていた門番さんだった。
「今日は居てく―――――」
門番さんは私を見るなり目を逸らした。
私と目を合わせるのも嫌だ、という事なのだろうか。どうしよう。凄く泣きそう。
さっき謝ろうと思ったばかりなのに、その言葉が出て来ない。
「いや、すまん、少し待つから、何か羽織ってくれ」
「・・・わかった」
良く解らないけど、言われたとおりに外套を手に取る。
何時も通りに羽織るけど、今日はフードは被らなくても良いかな。
会いに行こうと思った門番さんがそこに居るし、人目に晒される事もない。
「・・・これで、良い?」
「あ、ああ・・・な、なあ、何かふらついてないか? 体調が悪いなら後日に改めるが」
「・・・大丈夫。平気」
「そ、そうか、なら良いんだが」
こんな私を心配してくれるなんて、やっぱり優しいなぁ。
うん、お仕事だとしても、優しい所は門番さんの性格だよね。
それに大丈夫。体調悪いどころか何だかポカポカして何でも出来そうなぐらいだよ。
あれ、さっきまで泣きそうだったのに、もう機嫌が良い。現金だな、私。
「えっと、先日の話なんだが、取り敢えず今回は不問と言う事で決定した。ただ今後はちゃんと門を必ず通る様にして欲しい」
ふもん? ふもんって事は、不問か。
あれ、私怒られると思ってたんだけど、怒られないの?
やったー。あ、でも、今後はちゃんと気を付けないと。
私、ちゃんと、門を通る。
「・・・今後は、気を付ける」
「あ、ああ、そうしてくれると助かる」
よしよし、お酒の効果が少しは有ったのか、ちゃんと話せてる。
良いぞ。良い調子だぞ。このままちゃんと謝るんだ。
「それと今後、街中で何かやる時は・・・俺にで良いから報告を入れて欲しい。前にみたいにいきなり珍しい事をやられると、街で混乱が起こる。くれぐれも頼む」
新しい事って、何処まで報告すれば良いんだろう。
いいや、解んない。街中で性能実験する時は、必ず言いに行けば良いや。
何だか今日は細かい事を考える事が出来ない。
「それとその際、俺の事を探すのに名前を知らないと不便だろうから、一応名乗っておく。俺はリュナドって名前だ。兵士になってからは長くは無いが短くも無いから、詰め所で名前を伝えれば誰かしら解るはずだ」
リュナド。リュナド。うん、覚えた。門番さんの名前はリュナド。
「わかった・・・これから、宜しく」
「あ、ああ。お手柔らかにな。用件はそれだけだ。次は気を付けてくれると助かる。あんたの身に何かあると、俺が困る」
「・・・へ?」
「あ、やべっ」
門番さんは焦った様に口元を押さえたけど、言われた事は聞き逃していない。
私の身に何かあると困る。それは個人的に私の身を案じてくれているという事だろうか。
ああ、なんだろう、今なら、素直に、謝れる気がする。言え。今だ。言うんだ。
「・・・今回の事は、ごめんなさい」
「へ? あ、ああ」
やった。ちゃんと言えた。お酒の力を借りてだけど、それでも素直に言いたい事を言えた。
申し訳なさが胸をぎゅっと掴むけど、それでもちゃんと謝れた喜びの方が強い。
その喜びのままに門番さんにしっかりと目を向け、気合いを入れて口を開いた。
「次から、気を付ける。だから、宜しく」
「―――――あ、ああ。で、出来る限り、善処は、するよ。ははっ。でも下っ端だから、あんまり期待しないでくれると、ありがたいかな?」
期待? 期待って何だろう。良く解らない。
もしかしたら門番さん、私の事を庇ってくれたんだろうか。
ああ、それなら今の発言は理解出来る。
「大丈夫。次は、上手くやる」
「は、ははっ・・・そ、そうしてくれると、助かるよ・・・」
よし、門番さんに今度は迷惑をかけないと、ちゃんと言えた。
最近気分が重くて仕方なかったけど、明日からまた気分良く引き籠れそう。
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「あー・・・やっちまった・・・」
頭を抱えながら詰め所への帰り道を歩く。
うっかり口が滑ってしまったせいで、完全に弱みを握られてしまった。
「多分、普段と様子が違ったせいだろうな」
何時もの様子のつもりで構えていたら、顔の赤い薄着の女が現れた。
普段は外套で隠している体を一切隠さず、殆ど素肌が見える格好だった。
つーか、あれは駄目だろ。男の前でしちゃ駄目な格好だろ。
そのせいで先ず面食らったし、その後もいやに素直で色々と困惑するしかない。
しかも今日は何時もと違い、鋭い視線はなりを潜めてぼんやりとした表情だった。
思わず普通に可愛い顔だと、そう思ったのがいけなかったんだろう。
「気が緩んでた・・・!」
ふらふらしているし顔も赤いし調子が悪いのかと最初は思ったが、あれは違う。
酒の匂いがして来たし、よく見ると酒瓶が転がっていた。これは酔ってる。
と、途中で思ってしまったのも敗因だろう。本当にうっかりが過ぎる。
「いやでも、酔ったフリされたら、無理だって・・・!」
途中までは、食堂の娘の言う通りなのかと、少し思いかけていた。
だけど最後の最後、俺が口を滑らした瞬間、あの女は本性を見せやがった。
『次から、気を付ける。だから、宜しく』
あれは今回の事は上が事情が有って容認し、俺が面倒を見る係なんだと明確に認識したんだ。
つまり「お前が下手な事を喋らなきゃ問題無いから黙ってろ」という意味。
もしくは「今後問題無い様に協力しろ」という意味だろう。
普段の鋭い目に戻っていた事から、俺から情報を引き出す為に酔ったフリをしていたんだ。
騙されかけて・・・いや、完全に騙されていた所で落としてきやがった。
何て演技だ。ぽややんとした可愛らしい女のフリとか、心臓に悪すぎる。
一瞬で変化したあのギラついた目。俺もしかしたらあいつに遊ばれてんのかな。
「・・・この結界石とやらは、賄賂みたいな物なのか」
これの効果がどの程度なのかは解らない。だけど多分かなりの代物なんだろう。
実はこれ持ってる事上には報告してねえんだよな。
だってこれ喋ったら絶対寄こせって上に言われると思うし、そうなると持ってろって言っただろって女に凄まれると思う。
俺が損をするだけで終わりそうだから今後も黙ってるつもりだ。
「ただの下っ端兵士に戻りたい・・・」
あの女の対応係に任命されてから、今までなら知らなくて良かった事まで覚えさせられている。
街の人口がどれだけ増えただの、街に家を買う人間がどれだけ出て来ただの、外貨も多く入って来る様になって領主が喜んでいるだの、一兵士には知った事じゃねえよ。
「文官でも将軍でも騎士でもないのに政治事情とか知らねえよ・・・ああ、もうやだ・・・」
街の拡大の計画も考えているらしいけど、何処までやるつもりなのやら。
まあ近隣の魔獣討伐をあの女がやってくれてるおかげで、前より更に魔獣の被害が無くなった。
街道で偶に現れていた弱い魔獣も、最近殆ど出たという話を聞かない。
街道は安全。街中も安全。更には珍しい薬も有る。
となればそりゃあ人の流通も増えるだろうさ。
「長年そのままだった森を切り開いて大きく開拓するって、あれ本気なのかなぁ・・・」
俺何だかんだ変化のない平凡な、だけど貧しくはないこの街が好きだったんだけどな。
あの女が来てから劇的に街が変わりつつある。
多分悪い事ではないんだろうけど、俺としては平和でのんびり過ごしたかった。
「俺はイヤーな予感がするんだよなぁ・・・」
今あの女は、酒場のマスターを経由してしか仕事を受けていない。
それはある意味、マスターが仕事を選んで渡しているという事でも有る。
けどマスターから話を聞くに、あの女は渡した依頼を何時も全てこなしてしまうと言っていた。
つまり、とんでもない依頼を直接あの女に頼む奴が出て来た時、何が起こるか。
それを考えると正直怖くて堪らない。
だってそれ問題が起きた時、絶対俺が何か言われるに決まってるし。
「お願いだから、本当に何かやる前にちゃんと言ってきますよーに・・・!」
天に祈りを捧げる様に願うが、その瞬間空が曇っていった。
まるでそんな願いは聞き届けられないと言われた様で、死んだ目で詰め所に戻った。
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