第24話、詰め所に事情を話しに行く錬金術師。

「うう、気が重い・・・」


朝起きて、いつもならにこやかにお弁当を食べる時間。

だけどライナに昨日注意されたので、今日は朝から外に出ないといけない。

気分重くもそもそと外套を纏い、フードを深く被ってライナの店へ。


店の前に着くと何時もの美味しそうな香りがしない事に気が付く。

出入口を良く見ると『本日休業』と書かれた板が扉にぶら下がっていた。


「あ・・・わざわざ休みにしたんだ・・・」


私の為に店を休んで迄付き合ってくれるつもりなんだ。

その事に気が付き、気分が重いなどと言っていた自分が情けなくなる。

街に来てからライナにはお世話になってばっかりだ。


「ラ、ライナー?」


申し訳なさと情けなさを抱えながら、恐る恐る扉を開ける。

するとライナは店のテーブルでお茶を飲んでおり、私を見ると手招きをした。

なので何か注意をされるのだろうかと思いながら、おずおずとライナの正面に座る。


「取り敢えず、お茶でも飲みなさい。セレスは慌てると何するか解らないんだから。ね?」

「あ、う、うん、ありがとう・・・」


違った。注意じゃなくて落ち着けっていう気遣いだった。

声音も優しいし、ホッとしながらライナの入れてくれたお茶を飲む。

するとお腹が刺激されたのか、お店に来たせいなのか、ギュルルとお腹が盛大に鳴った。


「あ、そういえばお弁当渡してなかったわね。軽く何か作って、少し食べてから行こっか」

「い、良いの?」

「それぐらい別に良いわよ。ちょっと待ってなさい。簡単な物ならすぐ出来るから」

「う、うん」


ライナは厨房に入って行くと、何時も通り手際よく調理を始める。

すると何時もの店内の香りが漂って来て、お腹の鳴る音が大きくなり始めていた。

お腹が空き過ぎて倒れそうな気分になりながら、お茶で誤魔化して料理を待つ。


「はい、どうぞ」

「あ、ありがとう、ライナ」


ただ本人の言う通りあっという間に作ってくれたので、そこまで苦しむ事は無かった。

ライナの作ってくれた朝食をぺろりと平らげると、じゃあ行きましょうかと言われて席を立つ。

外に出ると先導して貰う形で後ろをテクテクと歩き、詰め所に着くとライナは何の気負いもなく中に入って行く。


「えーっと、あ、居た。彼よね、いつも話してる人」

「え、う、うん」


詰め所には何人か兵士さんがいて、どうかしたのかという風にこちらを見ている。

ただ気のせいか、私を見ると全員視線を逸らした気がした。

そしてその後逸れた視線が一斉にとある人物の方へ向かう。門番さんだ。

今日は門番のお仕事じゃないようで、詰め所で何か作業をしているみたい。


「すみません、彼女の事で少し相談したい事が有るんですが、今宜しいですか?」

「え、あ、えっと・・・あー、解った。じゃあちょっと、奥に来て貰えるかな」


ライナが門番さんに問うと、門番さんは少し戸惑いながら奥に誘導してくれた。

前に調書とやらを取られた部屋とは違う、もう少し広めの部屋だ。

椅子も最初から用意してあるし、扉に中の様子を見る様な開閉口もついていない。


「まあ座ってくれ」


門番さんに言われるがままに、ライナと並んで門番さんの正面に座る。

私達が座ったのを確認してから、門番さんはゆっくりと口を開いた。


「で、何の話かな」

「・・・最近のセレスの仕事のおかしさの調査を、されていませんか?」

「あー、成程、説明をしに来てくれた、って事で良いのか?」

「やっぱり、疑問に思われていたんですね」

「まあ、そりゃ、な。ここ最近誰も門を通った所を見てない、となれば、どうしてもな」


あ、そうだったんだ。調査、されてたんだ。

・・・最近良く話しかけてくれてたのは、その為だったのかな。

仲良くなれたと思ってたのは、自分だけだったんだ。やっぱり、私は、駄目だな。

何だろう。何だか凄く悲しい。胸の奥が苦しい。


「セレスはここ暫く、門を通らずに街を出入りしていたんです」

「・・・それは、何の目的で?」


私が何も話せないのを見て、ライナは淡々と説明を続ける。

門番さんの目が少し鋭い。何時もの優しい雰囲気を知っているから、とても悲しい。


「その・・・彼女は人と関わるのが、話すのが苦手なんです。なのでそれを避ける為かと」

「確かに人を避けてるのは知っている。余り人と関わろうとしないな、だが―――――」

「ええ、ですが、だからといって決まりを破っている事は事実ですし、このままにしたらばれた時にどんなお咎めが有るか解りません。なのでセレスの話を聞いて慌てて連れてきました」

「なる、ほど・・・」


門番さんは片手でテーブルをトントンと叩きつつ、反対の手で頭を抱えて俯いていた。

この話を聞いていきなり咎めるでも、怒るでも、叱るでもない。

何かに悩む様に少し唸り、顔を上げると私をちらっと見てまた俯いた。


「それは、手段も、聞ける物、なのか?」


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


無断の出入りに関しては、ずいぶん前から疑われていたのは事実だ。

だから実際「それとなく聞き出してこい」という命令は上から受けていた。

ただそれは捕縛の為ではなく、何をやっているのかの把握さえ出来れば良いと言われている。


女が何をやっていようと、現時点では犯罪と言える事はやれていない。

門を通らない無断の出入りは当然犯罪だが、上からすれば些細な事だと思っている様だ。

あの女がこの街で仕事をするようになってから、街にはどんどん金が落ちているからと。


女の薬の効果はすさまじく、その薬目的で街に住み着き始めた者も居る様だ。

人も増え、金も入り、その上本人の仕事っぷりで街の安全も保たれている。


だから街の住人からも評判は良い。

フードの女は普段外に出ないから、あの本性よりも成果の評判の方が上回っている。

その事を考えれば、多少の違反など目を瞑っておけ、というのが上の考えらしい。


勿論内容いかんでは捕縛の必要が有るだろうが、それはそれで都合が良いとも考えている様だ。

そうなれば首輪が付けられる。上はそう思っているらしい。

とはいえフードの女にそこそこ接触していたにも関わらず、これ迄の成果は殆どゼロだ。


余り話しかけ過ぎても何も応えないし、答えを待っていても中々喋らない。

偶に喋ったと思ったら二言三言喋ってそれで終わり。

宿を張っていた事もあったが、中々出て来ないし、気が付くと居なくなっている。


だというのに向こうが俺を見つけた場合、いつの間にか背後に立っているんだよ。

背中をトンと叩かれ、ふっと一瞬口元が笑うのが見える度、背筋が冷える思いをしている。

つまり「調査に気が付いているけど見逃してやる」と言われているのだと思っていた。


だから、その手段を態々話に来た、というのが少し信じられない。

一体何を言われるのか、どんな大きなことを言われるのか、少し怖くもある。


「その、信じて貰えないかもしれませんが、空を飛んで移動してるんです、この子」

「・・・は?」


そして話された内容は予想外過ぎる物だった。え、空飛ぶって、人間が?


「冗談、じゃ、ないん、だよな?」

「はい、その、言い難い事なんですけど、最近の空飛ぶ魔獣の騒ぎ、被害が無いから最近多少落ち着いてますけど、あれ、セレスです。夜中に飛んでるセレスが例の魔獣です」

「・・・ええー?」


え、何、つまり夜中に飛び出したあれがこの女で、そのせいで俺達は見つけられなかったと。

日が出る前か出た直後に街を出るし、帰りは日が暮れているから視認し難くて解らなかったと。


「マジかよ・・・」


なんかもう色々処理出来ない。情報過多で何から処理したら良いのか解らない。

そもそも空飛べるって何だよ。まるで意味が解らん。

この女の事じゃなかったら、君頭大丈夫かって聞いてる内容だぞ。


「なんで、それを態々今日は話しに来たんだ。不味い事をしている事は解っていたはずだ」

「あ-・・・そこ、なんですけど・・・信じて貰えないかもしれませんが、セレスは悪い事をしている、という自覚が無かったんです。ただ人に会いたくないだけの行動だったんで」

「・・・はい?」


何言ってんのこの娘。門を無視してて悪い事してないって、子供でも早々言わないぞ。


「あ、解ります。その反応解ります。だけどこの子ズレてるんです。常識が少しおかしいというか、私も手を焼いているんです。昨日初めてこの話聞いて、急いで連れて来たんです」

「ん~~~、いや、えー?」


それ常識がズレているってレベルじゃないと思うんだが。

しかし手を焼いているという言い方といい、先程からのフードの女に対する態度といい、どうやら彼女はフードの女を叱れる様だ。

単純にこの娘に胆力が有るのか、この娘だけは特別扱いなのか・・・それとも演技か。


「その、彼女は、君の言う事は、聞くんだな」

「私の言う事を聞くというよりも、私以外と話すのが苦手、という方が正しいと思います。この子人見知りで喋るの苦手なんです。でも最近は、貴方と良く話せて嬉しいと言っていましたよ」

「・・・うん?」


良く話せて嬉しい? おかしい、何を言われているのかさっぱり解らない。

こちらから話しかけたら明らかに何時も構えていて、声音は低く機嫌の悪そうな物だ。

それでも仕事だから頑張って機嫌を取ってみたが、一度も改善された事は無い。


「何時ものお礼に結界石、っていう物を渡せた時は、凄く喜んでましたよ」


結界石って、あの石か。首飾りにして渡された石。


『結界石。危ない時、守ってくれる』


そう言われて渡され、意図が良く解らないままに今も持っている。

後日会った時にちゃんと持っているかと聞かれ、持ってなかったので凄い迫力で『持て』と言われたら、怖くて従うしかないだろう。むしろあれが命の危機だったと思う。

だけど、まさかあれが本当に親切心だったとか、そういう事なのか?


「この子怖いと目つきも悪くなって、様子を窺うとどうしても構えちゃうから、色んな人に誤解されるんです。本当は気弱で人見知りで口下手なだけなんですよ」


いかん。言われている事は解っているのに、頭に情報が入って来ない。

今までの出来事と言われている事が乖離しすぎて訳が解らない。


「・・・か、彼女の言っている事は、本当、なのか?」


もう色々と混乱し過ぎていたのだろう。

恐怖心よりも疑問が勝ち、フードの女に直接訊ねていた


「・・・全部、本当」


するとフードの女は一切否定せずにそう言った。

ただその際、ギリィっと歯を食いしばり、少しずれたフードから凄まじい眼光が見えた。

あれをただ怖がってる人見知りと思え、と言うのは無茶が有る。

ただ一つだけ確信出来た事が有る。食堂の娘の言う事にはどうやら逆らえないらしい。


「その、この件は、上に相談してみる。後日連絡を入れるから少し待ってくれ・・・」


正直何をどう判断して良いのか完全に解らなくなり、そう伝えるのが精いっぱいだった。

マジで何も訳解んねぇ・・・。

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