第22話、酒に酔う錬金術師。
「今日もおいひぃ・・・」
もぐもぐとお弁当を食べて、ご機嫌な朝を迎える。
毎日おいしい食事が食べれて、部屋でのんびり眠れる。
何という幸せな時間だろうか。
絨毯と靴も問題無く使えたし、使用の加減も理解した。
靴は最初から簡単に使えたけど、着地の加減を間違えると怪我をしそうなのが注意点かな。
絨毯は使った毛皮の加減か最初は上手く使えなかったけど、暫くグルグルと飛んでいたら大分自由に使える様になったので、今度からは絨毯での移動を主軸にしていこう。
とはいえ探索は足で行かないと見つけられないから、先ずは帰り道で使うだけかな。
いや、あれを使えば最初から人目に付かずに移動出来るし、見られても距離が遠い。
山に入るまでは空から移動も悪くは無いかな。
「あ、そうだ、もぐもぐ、今日は報酬貰いに行かないと」
三日後って言われてたから、今日で良いんだよね。
報酬かぁ・・・報酬は必要だけど、酒場に行かないといけないんだよなぁ。
「行きたくないなぁ・・・でも行かなきゃいけないしなぁ・・・」
前に忘れてた時は、ライナにとっても怒られてしまった。
今度はそうならない様にちゃんと行かなきゃとは思う。
だけどなぁ・・・。
「昼間に行けば道中に人が多い。夜中に行けば店内に人が多い。どっちにしろ人が多い・・・」
何で酒場なんだろう。もう専門の依頼斡旋所みたいにしてくれれば良いのに。
少なくとも元々私の住んでた国には、そういう組織が確か有ったはずだ。
この街では見かけないけど、そういう組織は無いのだろうか。
「・・・あ、私そもそも、街の散策とかしてない」
当たり前過ぎる。探してないんだから見かけている訳が無かった。
でも態々その確認の為に出かける気は無い。
もしそこでお仕事を貰う場合、また一から仕事の話をしないといけないだろう。
でもマスターは最初も今回も、私が受け易い様に配慮してくれた。
別の場所に行って同じ事をしてくれる、なんて希望は持つべきじゃない。
忘れるな。人間は基本、相手の反応を欲しがる生き物だ。だから私は怖いんだ。
「うー・・・よし、昼間に行こう。人の視線は怖いけど、その代わり止まらなくて良いんだから。酒場で沢山の人の目の中、じっと立ってるよりはマシだよね」
そう決めると鞄を手に持ち、外套を持って酒場に向かう。
何時も通りフードは深くかぶり、顔が絶対見えない様にして進んでゆく。
ただ途中で少しおかしい事に気が付いた。
「何で皆こっち見るのぉ・・・!?」
以前より私に突き刺さる視線が増えている気がする。
態々道の端を目立たない様に歩く私に、道行く皆が目を向けている。
目だけで少しだけ周囲を確認すると、私を見ながら何かを話している人が確認出来た。
「なに、私、何かした・・・!?」
解んない。全然解らない。私は街に来た時と殆ど同じ姿のはず。
何でこんなに注目を浴びているのか解らず、だけど怖くてそれ以上は確認出来ない。
とにかく人の視線から逃げようと、酒場へ向かう速度を上げた。
酒場に着くと逃げ込む様に中に入り、周囲の視線は大分消える。
客が居るので多少は見られているけど、さっきまでの多過ぎる視線よりはよっぽどマシだ。
「来たか。どうやら元気そうだな。ま、そんな気はしていたが・・・報酬はその鞄に入れればいいのか? それなら預かるが」
取り敢えず深呼吸をして心を落ち着けている私に、マスターは手を差し出して訊ねて来た。
しまった。出入り口でじっとしていたら、また他のお客さんに怒られちゃう。
鞄を渡せば良いみたいだし、早く移動して渡そう。このまま渡せば良いんだよね?
「少し待っていてくれ。金額がそれなりに有るからな。奥で入れて来る。ああそうだ、これはサービスだ。ゆっくり飲んで待っていてくれ」
マスターは鞄を受け取ると一旦カウンターに置き、グラスを出して液体を注ぎだす。
そしてそれを私の前に置くと、鞄を手に奥に消えて行った。
えっと、これは、私になんだよね。サービスか。お酒だよね?
飲んだ方が良いのかな。でも私お酒には余り自信が無いんだけど。
ううん、どうしよう。ちょっとだけ飲んでみようかな。
「ん、お勧めのつもりだったんだが、それは苦手だったか?」
飲もうかどうしようか悩んでいるうちにマスターが戻って来ていた。
ちょっと残念そうな声音に、申し訳ない事をした気分になって来る。
あう・・・またやってしまった。
「まあ、好みを聞かずに出したのが悪かったな。すまん。報酬は中に入れておいた。間違いが無い様に再確認もしたが、一応あんた自身の目でも確認しておいてくれ」
確認してくれたなら別に良いや。それよりも早く帰りたい。
あ、でも、流石にこのお酒だけは飲んでおこう。
流石の私でも、気遣いで出してくれた物を放置は良くないって思うし。
「・・・よし」
小さく気合いを入れてグラスを手に取り、くいっと一気に飲み干した。
酒精特有の喉が焼ける様な感覚が襲って・・・こない。少しすっぱくて甘くて美味しい。
微かにお酒の味はするけど、殆ど果汁を呑んでいるようだった。
うう、ちょっと悔しいかもしれない。お酒には強くないから知らなかった。
錬金術の為にお酒を使う事は有っても、飲む事は殆ど無かったからなぁ。
今度からお酒の事もちょっと勉強しよう。物作りで知らない事が有るのは悔しい。
「・・・美味しかった。じゃあ」
予想外に美味しかったおかげなのか、いつもは中々出て来ない言葉がさらっと出せた。
マスターが少し驚いているけど、自分でも驚いている。
例え美味しかったのが事実だとしても、こんなに自然に口から出せるなんて。
「待て待て待て。気に入ってくれたのはありがたいが、まだ話は終わっていない。来たんなら依頼を見るぐらいはしていってくれ。今後も続けてくれるんだろ?」
帰ろうと思ったら呼び止められ、依頼書をカウンターに置いて行くマスター。
もう完全に帰る気だったので、振り向くと同時に全ての依頼書を掴んで鞄に入れる。
良し、これで用は終わった。早く帰ろう。
「あー、待った待った。もうちょっとだけ待った」
また呼び止められた。うう、早く帰りたいのに。
少し泣きそうなのを我慢して、足を止めてもう一度振り向く。
「あんた、深夜や日が昇る前に外を出歩いている事が有るよな」
マスターの問いにコクリと頷く。だってそうじゃないとライナの食事が食べられない。
「先日、街中におかしな物が紛れ込んだ噂が有る。魔獣かもしれないって話だが、実際は何なのか解らん。ただ出現時間は真夜中だったそうだ。夜中に出歩くなら一応警戒しておく事だ」
真夜中に魔獣。成程。気を付ける様に教えてくれたのか。
マスターは親切だなぁ。さっきのお酒といい、付き合いやすい良い人だと思う。
よし、じゃあ、その時は私がどうにかしよう。魔獣なら何にも怖くないもんね!
「・・・じゃあ、その時は、私がどうにかする。魔獣ごときなら何も問題ない」
「お、おう、そうか。まあ気をつけてな」
頷くマスターに頷き返し、今度こそ煩い扉を開けて外に出る。
あれ、何だろう、少しだけ人の視線が怖くない気がする。
来るまではあれだけ怖かったのに、同じ量の視線が刺さっているはずなのに。
とはいえ平気という訳じゃないし、早く部屋に帰って寝転がろう。
そう思い早足に宿に着くと、何だか頭がぼやーっとして来た気がした。
少し眠気もある。何だか気分が良い。体がふわふわする。
ああ、ベッドが呼んでる・・・おやすみなさい・・・。
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「あれを一気飲みか。酒も強いな、あの女」
度数がそれなりに高い酒のはずだから、あの飲み方は強くないと不味い。
口当たりが良いから女には人気の酒だが、だからこそあんな飲み方するとは思わなかった。
この辺りでは有名な酒だから、徒歩で来たらしいあの女が知らんと言う事は無いと思うが。
まあ良い。ふらついている様子も無かったし、大した事は無いんだろう。
「マスター、あんなに親切に忠告してやるなんて、やけに肩入れしてるな。惚れたのか?」
「馬鹿言え。稼ぎ頭に万が一が無い様に、ってだけだ」
あの女は金の生る木と言っても過言じゃない。
だというのに「良く解らん生き物に殺されました」なんて事は勘弁願いたい。
とはいえ、あの返答は予想外だったがな。
『・・・じゃあ、その時は、私がどうにかする。魔獣ごときなら何も問題ない』
強気な事だ。相手が何であろうと大した事は無いと言っている様な物だ。
声音には絶対の自信が有る様子だったし、実際に自信が有るんだろうとは思う。
それに少し、愉しげな気配があった。戦闘自体は望むところという事か。
確かにあの魔獣を倒した実力なら、そこいらの魔獣に負ける事は無いんだろうが。
だとしても、あんなに強気な発言をする女だったのか。また少し考えを改めないとな。
これは依頼に要人護衛や魔獣討伐も入れて良いかもしれない。
「でもよ、情報料とか取らなくて良かったのか?」
「もう兵共の間では大騒ぎになってる話だぞ。通報した連中も数多くいる。なら数日もたてば街中で幾らでも耳に入る。俺は単に早めに耳に入れておいただけだ。大した情報じゃない。お前が知ってるぐらいなんだしな」
「はっ、違いない」
常連の言葉に軽く返しながら、先日の騒ぎを思い出す。
街に現れた怪しい人間大の影。それは魔獣ではなく、本当に人間なのではと俺は思っている。
もしそうだとするのなら、あの女と無関係とはどうしても思えない。
「異端が現れると、同類が増えるのは世の中良く有る事だからな・・・」
さて、更なる騒動になるか、原因不明のまま終わるか、あの女が解決するか。
どちらにせよ、あの女が何かしら関わっている予感がする。
あくまで勘だが、実際の結果は楽しみに待つとしよう。
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