第20話、期待と危険視をされる錬金術師。

良く解らないけど、あの男性は私に熊を倒した時の話を聞きたいらしい。

とはいえ聞きたいと言われても、私はあの時ただ倒してそのまま去っただけだ。

だから私には特に話す様な事は無いのだけど・・・。


それに知らない人と顔を向き合わせてお話なんて、私に出来る気がしない。

門番さんですら、お願いの為にちょっと口を利くのが精いっぱいだったのだから。


そう思いながら、前を歩く門番さんの背中に隠れながら付いて行く。

今から門番さんの詰め所に行って、そこで腰を落ち着けて聞きたいという話だ。

調書という物を作るらしく、詰め所でやらなきゃいけない決まりらしい。


私としては知らない人が多そうな所は怖いので行きたくないんだけどな。

ただ顔を上げると目に入る門番さんの背中に、この人に頼れば怖くないかなと思ってしまった。


「・・・お父さん、思い出すな」


少し、懐かしい気がする。お父さんの背中も大きかった。

もう薄れた記憶だけど、確かあの時も、優しいお父さんの後ろでこんな風に――――


「では、中にどうぞ、レディ」


男性のその声にびくっとして、思わず更に門番さんの背後に隠れる。

どうやらぼんやりと背中を追っている間に詰め所に着いていたらしい。


「・・・なあ、私はそこまで不審者に見えるか?」

「俺からは別にそんな事は。最初の印象のせいとか、そういうんじゃないでしょうか」

「そうか・・・今度からもう少し、初対面の女性には配慮する様に気を付けよう・・・」


男性は少し肩を落としながら詰め所に入って行った。

あ、そういえば私、あの人を不審者扱いしたままだったんだ。

ど、どうしよう、謝った方が良いかな。


「取り敢えず中に入ってくれ。あの奥の部屋で調書を取るから」


おろおろしている間に門番さんにそう告げられ、言われた通りの部屋に向かう。

さっきの男性は何かを取って来ると言って一旦どこかに消えた。

あう、謝れなかった。謝ろうとしても声が出たか解んないけど。


「これを使うと良い」


中に入ると門番さんが椅子を持って来てくれたので、頷いて素直に座る。

見回すと中は殺風景な小部屋で、小さな机が有るだけだった。

窓は格子が付いていて、一種の牢屋にも見える。出入り口の扉にもそれらしき開閉口が有るし。

そうやって周囲の確認をしていると、先ほどの男性が戻って来た。


「では、俺は警邏に戻ります」

「ああ、ご苦労」


え、待って待って。戻るって、どっか行っちゃうの?

や、やだよ、駄目だよ、知らない人とこんな狭い部屋で二人っきりとか絶対嫌だよ!?


その場を去ろうとする門番さんの袖を反射的に掴んで引き寄せる。

力を込め過ぎたのか彼は体勢を崩したので、こけない様に背に手を添えつつ体を回し、扉とは反対方向に立たせた。


「うえ!?」


彼は何が起こったのか解らない様子で固まっており、私に向けている眼が見開かれている。

あう、しまった。声よりも行動が先に出た。これだから私は人付き合いが駄目なんだ。

こうしたいと強く思うと体が先に動いてしまう。

いや、ちゃんと伝えなきゃ。門番さんにならきっと言いたい事は言える・・・!


「・・・そこに、居て」


小さく深呼吸をしてから、門番さんに心からのお願いをした。

すると門番さんは男性に目を向け、男性が頷くと天井を仰いだ。


「解った。ここに居るから・・・」

「まあ不審者と二人っきりでは彼女も不安だろうからな。話が終わるまでそこに居ろ」

「・・・ソウデスネ、ワカリマシタ」


あ、しまった、また忘れてた。違うの。不審者だから怖いんじゃないの。

ただ初めて会う人と二人っきりっていうのが怖いの。


「で、だ。流石にそろそろ本題に入らせて貰おう。レディに不躾な態度しか取れない身で申し訳ないが、こちらも仕事なのでね。君には幾つか聞きたい事が有る。ただしどうしても答えたくない事は答えなくて良い。とはいえ答えた方が、君の為ではあると伝えておこう」


だけど男性は私が謝るより先につらつらと語り出し、そして持って来た紙にペンを走らせる。

今の彼の様子には、どこか戦闘に入った人間の緊張感が有る。

そのせいで思わず座りながらも少し構えてしまった。


「・・・ふむ、先ず聞きたいのは、先日街道に熊が現れた。商人の引く車を破壊し、護衛達を全滅寸前まで追い込んだ熊の魔獣だ。それをフードの女が倒したと聞く。それは君かね?」


問われた事は先日の事実そのままだったので、素直に頷く。


「その際に不思議な魔法を使ったと聞く。その場で放ったのではなく、相手の体内で発動させる魔法だったと。これは予想だが、君の生業からくる、錬金術の道具での成果ではないかね?」


そっか、あの戦闘を見ていた人達は、私の魔法石の事が解らなかったのか。

それにもコクリと頷くと、男性は目を少し細めた。怖い。

何か叱られるのだろうかと思い、思わず門番さんの袖を強く握る。


「・・・そう警戒しないでくれ。私としては感謝をしているのだから。君の薬は素晴らしい。そしてあの魔獣を一撃で下す様な道具も作れるのだ。これからも街での活躍を期待している」


・・・あれ、褒められた? てっきり何か怒られるのかと思った。

だって門番さんはなぜか緊張してるし、男性は口元は笑ってるけど目が笑ってない。

相変わらず室内の空気は重いし、今にでも斬りかかられそうな気配だ。


「この街は見ての通り中途半端な街でね。こんな事を言うと領主様に叱られそうだが、これといって見どころは無い。あえて言うなら街の傍は魔獣に襲われ難い、という程度の事だろうか」


それは全然見どころが無い訳じゃないと思う。

魔獣に襲われないというのは、非戦闘員にとっては大事な事じゃないのかな。

領民の安全が確保されている街なのに、中途半端というのはどうなんだろう。


「だから私達にとって、そしてきっと数多の領民にとっても、君の存在はとても大きい物だろう。これから君が街に根付いて生活してくれる事を期待したい。と、私としては思っている。君は今後街から出て行く予定はあるのかね?」


出る予定。多分これはお出かけとかそういう事じゃない、よね?

街に根付くって言われてるし、多分これからもずっと住むかって事だよね。


私としては正直もうこれ以上別の所に移動したくないし、ライナの傍が一番良い。

それに門番さんも居るし、態々この街を出て行こうなんて思わない。

なので首を横に振ると、彼は初めて少しだけ目が笑った様に見えた。


「そうか、それは喜ばしい。ああ、すまないね。正直に言うと今回の事はこちらが主目的だったんだ。不快にならないでくれ。私達は君に期待している。これからも、この街で、活躍をしてくれる事をね」


男性は目を細めてにっこりと笑い、ペンを置いた。


「では、呼び出しておきながら他愛無い世間話の様な物で申し訳ないが、これで私の用は終わりになる。君から何か聞きたい事や、要望などは有るかね?」


あ、良かった。終わった。意外と早く終わって良かった。

要望も聞きたい事も無いので早く帰りたい。そう思って首を横に振る。


「そうか、では宿まで送って差し上げろ」

「え、俺がですか?」

「お前以外に誰が居る。この夜中にレディを一人で帰らせる気か」

「う、わ、解りました」


あ、帰り道も門番さんが送ってくれるんだ。

これは安心だ。門番さんの背中に居ると人目が余り気にならない。

宿までぼんやりした気分のまま歩き、門番さんにお礼を伝えて部屋に戻った。

少し怖かったけど、でも何だか、少しだけ、良い気分で寝れそうな気がする。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


フードの女を宿まで送り届けると、去り際に「この礼は、何時かする」と言われてしまった。

おかしい。俺何も悪くない。絶対に俺は何も悪くない。

蹲ってるのを親切に声をかけただけだし、大体不審者が出たからって言われて助けたはずだ。

その後の誘導も上の命令でしただけだし、言われた通り調書取ってる間は横に居たのに。


「なんでだよ・・・」


女のドスの利いた声を思い出して気分を重くしつつ、足取りも重く詰め所に戻った。


「帰って来たか。様子はどうだった?」

「俺が恨まれたみたいです・・・」

「そうか。それは助かる」

「どういう意味ですか!?」

「言葉通りの意味だ。私が恨まれていない様で助かった、という事だ」


ひでえ。この人あの女からの恨み言、全部俺に押し付ける気だ。


「しかし思った以上に曲者だな、あの女。余りに何も喋らん。あれでは情報が引き出せん」

「あー・・・そういえば歓迎しているって、本気なんですか?」

「勿論だ。お前は知らないのかもしれないが、彼女の作る薬は効果が高いという事は調べが付いている。そしてその戦闘能力も証明された。ただ道具に頼っている人間の構え方では無かった」

「椅子に座りながら、何時でも戦闘に入れそうに構えていましたもんね」

「ああ、おかげで肝が冷えた」


あの女、調書の間ずっと戦闘状態だった。

そのせいでこっちはずっと張り詰めていたが、それは文官のダンナも同じだったらしい。

おそらく俺が人質に取られた、という事も理由だろう。足を引っ張ったのは少し申し訳ない。


「お前を人質に取られた時は、見捨てて逃げる算段をしながら話していた」

「ひっでぇ!」


この人俺を見捨てる気だったのかよ!

くっそ、申し訳ないとか思って損した!


「ただ彼女はおそらく、お前にだけは多少気を許している気配が有る。与し易いと思われているのか、偶々お前に目を付けただけかは解らんがな」

「何となく自覚はあります・・・すげー怖いんで嫌ですけど・・・」

「だが彼女は『街をいつ出ても良い』と思っている訳では無い事が知れたのは喜ばしい。彼女自身に欲望の類が見えないのが扱いに困るがな。なので今後、彼女に関して何かあった場合、お前を仲介に入れる事に決めた」

「は!?」


え、何言ってんのこの人。俺散々関わりたくないって言ったよね!?


「彼女は有益だが危険だ。何を考え、何を目的としているのかが掴み辛い。我々が領主側の人間だと伝えても戦闘態勢を取れるのだからな。多少の監視と、そしてこちら側から多少は干渉しやすい繋ぎが必要だ。という訳で任せたぞ。正式な命令は後日下す。今回の拒否は許さん」

「・・・ハッ、ワカリマシタ」


おかしいな。俺はただの下っ端兵士だったんだけどな。どこで人生が狂ったんだろう。

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