第19話、門番の後ろを取る錬金術師。

「見つけたぁ・・・!」


見つけられた事が嬉しくて、跳ねる様に立ち上がって門番さんに近づく。

門番さんはそれに少し驚いたのか、一瞬びくっと後ずさっていた。

しまった。驚かせてしまっただろうか。不快にさせてしまったかな。

今までの事を考えると怒ってはいないと思うけど・・・。


そう思い様子を窺うと、門番さんは少し困った表情をしていた。

あう、やっぱり不快にさせたのかな。

落胆してる処に会えたから、思わず勢い良く近づいてしまった。


これだから私は駄目なんだ。同じ事を自分がやられたら怖いじゃないか。

ああもう私は何でこうなんだろう。せっかく優しく相手をしてくれる人だったのに。

嬉しかった気分が一瞬で沈み、情けない気分で俯いてしまう。


「あー・・・えっと、何かあった、のか?」


だけど門番さんは、そんな私を気遣う様に訊ねて来てくれた。

顔を上げると困った表情はそのままだけど、私の返答を静かに待っている様に見える。

ああ、本当に優しい人だなぁ。この人は良い人だ。

門番さんの声音が静かだったおかげで平常心を取り戻し、彼に事情を話そうと口を開く。


「・・・宿に、変な人が、居た」


・・・あれ、おかしい。本人を前にしたら声が上手く出ない。

ちゃんと説明したいのに、喉の奥が詰まる様な感じで上手く喋られない。

さっきまであんなに頼りにしようと思って探して、やっと会えたのに!


「宿にって、お前さんが泊ってる宿に不審者が出たのか?」


だけど門番さんは私の説明を的確にくみ取り、私の欲しい返事を返してくれた。

門番さんの確認に喜びながらコクリと頷くと、彼は少し難しい顔で考え込み始める。

何を悩んでいるのかは解らないけど、彼の結論が出るのを大人しく待とう。

さっき驚かせてしまったし、これ以上迷惑をかけるような事はやっちゃいけない。


「取り敢えず現場に向かってみるか。それで良いか?」


彼の言葉にコクリと頷くと、彼は宿に向かって歩き始めた。

前に宿の場所は伝えているし、この街の兵士の彼には案内は必要ないのだろう。

私より大きな背中を見つめながら、彼の後ろをとてとてと付いて行く。


ああ、これ良いな。何だか少し安心する。

頼りになりそうな人に前を歩いて貰うこの感覚、とっても心地良い。

もしこの後怖い人が出てきても、この背中に隠れられると思うと心強い。


それに彼はあまり喋る方ではないらしく、そのおかげもあって道中気楽だった。

勿論彼には仕事だからという理由もあるのだろう。

だとしても私にとって、今は一番頼りになる人間だと思えた。


そうして彼の背中を追いかける事暫くして、宿の前に辿り着く。

彼は宿の様子を外から少し眺めると、静かに扉を開いて中に入って行った。

なので私もそれに従いついて行くと、女将さんが偶々その場に居たので声をかける。

当然声をかけたのは私ではなく門番さんだ。


「すまない、女将、彼女から不審者が出たと伝えられたのだが、何か知っているか?」

「は、うちに不審者? どういうこったい?」


門番さんの言葉を聞いた女将さんは、怪訝な顔で問い返している。

ただ私を見ると小さく「ああ」と呟いてから門番さんに視線を戻した。


「ちょっと待っといで」


女将さんはそう門番さんに伝えると、受付奥の部屋に入って行った。

扉を閉めてないので中から少し話し声が聞こえ、そして静かになると女将さんが出て来る。

ただその背後に私の部屋の前に居た知らない男性を連れていた。


男性の視線が私に向いていたので、思わず門番さんの背後に隠れる。

門番さんは私より少しだけ大きいので、背中を丸めれば何とか隠れられた。


「何だ、結局探してきてくれたのか」

「違います。偶然です。途中でそうなんじゃないかと思ってましたよ・・・」

「うん? どういう事だ?」


あれ、何だか様子がおかしい。門番さんは顔見知りの様に男性と話している。

男性は門番さんに強気な様子だし、門番さんは少し気を使っている感じがする。

何かがおかしい気がする。そう思い門番さんの背中から少し顔を出してみた。

すると男性と目が合ってしまったので、また慌てて門番さんの背に隠れる。


「・・・何やら避けられている様な気がするな」

「多分そうだと思いますよ」

「・・・私は何かやったか?」

「あー、端的に事情を聴いただけなんですけど、多分不審者と間違えられてます」

「は?」


門番さんはそこで私に振り返ると、この男性の事で間違いないかと確認して来た。

なので即座に頷いて返すと、彼は男性に体の向きを戻す。


「まあ、何かすれ違いで誤解が有ったみたいですね」

「・・・その様だな」


門番さんの言葉に不服そうに男性が答えると、男性の視線が私に突き刺さる。

知らない人の視線が、物凄く何かを探るような視線が刺さっている。目が怖い。

門番さん越しだけど、私を見ているのが解ってしまう。


「この人は俺の上司、とはちょっと違うけど、上司みたいな物だ。先日熊の件で話を聞きたい、って話をしたと思うけど、その事を訊ねに来たんだよ。不審者ではないんだが・・・」

「そういう事だ。納得して貰えたかな?」


何だかよく解らないけど、取り敢えず門番さんの知り合いという事は解った。

でも今回私は悪くないと思う。だって知らない人が来るなんて思ってなかったんだもん。

てっきり門番さんが来ると思ってたのだから、こんなのどうしようもない。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



フードの女の言葉を聞いて、取り敢えず余り根掘り葉掘り聞かずに素直に宿に向かう。

口数が少ない上に威圧感が有るし、確認の為の問いかけをするなと言われている気がした。

こうやって歩いている今も、背後から言い様の無い威圧感がずっと突き刺さっている。


まあ女の言葉が真実なら宿に異変が有るだろうし、それなら仕事なので確認する必要はある。

ただもし本当に異変が有った場合、すぐに応援を呼ぶしかないが。

俺一人じゃきっと対応出来ないだろう。

何せ魔獣を一人で倒す様な女が兵士に助けを求めて来たのだから。


あーでも、こんなのでも女だし、不審者に対応するのは嫌だとかそういう話だろうか。

それなら俺でも何とかなる気はする・・・実際はどうなんだろうな。

少しだけ気になって背後を見ようとすると、女はすっと俺の見えない位置に移動した。


やばい、背後を完全にとられてる。前歩くんじゃなかった。これ逃げられない。


宿に着いて不審者が居た場合、応援とか呼びに行く事が出来るのだろうか。

逃げるな。行け。って言われそうな気がする。

気のせいかと思って反対に少しずれても、やっぱり顔を見る事すら叶わなかった。

助けて。誰か俺を助けて。


「・・・ん? あれ?」


そういえばこいつ、訪ねに行った文官のダンナには会ったのだろうか。

詰め所に来たという話はまだ聞いていないし、今日訪ねに行くとも言っていたはずだ。

昼間も行ったらしいが居なかったと言っていたし、もしかして夜も行ったのでは。


「・・・だったら話が早いんだが」


出来ればそんな下らない落ちを願いながら宿に着くと、特に異変が有る感じはしない。

宿の様子は平穏その物に見えるが、中がどうかは解らないのでゆっくりと扉を開けた。

ただすぐそこに宿の女将の姿が見えたので、警戒する必要は無さそうだと判断して中に入る。


女将に少し訊ねると、宿の奥から文官のダンナが出て来た。

少し確認を取ると、さっきの予想通りの答えに至る。

うん、よかったと思おう。すっごい下らない結果だったけど、何も起きなくて良かったと。

なら俺の仕事はここで終わりだと、そう告げて去ろうとした瞬間嫌な事を言われた。


「ちょうど良い。お前が先導して案内して差し上げろ。その方が彼女も安心だろう。どうやら私は不審者と見間違えられるらしいからな」

「ちょっ、それは・・・!」

「何だ。何か問題があるのか?」


文官のダンナは俺にニヤニヤと厭らしい笑いを向けている。

断りたい理由が背後に有るのに、その理由を言える訳が無いと踏んで。

不審者扱いの仕返しの様だが、不審者と言ったのは俺じゃないって!


「わ、わかりました・・・」

「よし、では行こうか」


渋々ながら了承の言葉を返すと、心底楽しそうに頷かれた。

くっそ、こういう時下っ端なのが本当に恨めしい!

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