第15話、帰り道でご機嫌に歌う錬金術師。

「うへへぇ、いっぱい有ったぁ」


素材探しをしてみると、思った以上に収穫が沢山有った。これは予想外なので嬉しい。

持っている鞄には入り切らないので、もう一匹魔獣を狩って皮で即席の鞄を幾つか作った。

道具が殆ど無いから鞄というよりも巾着の様な物になってしまったけど、とりあえず入れ物が有ると無いでは全然違う。


問題は下準備をしていないから、本当に一時的な入れ物にしかなってない事かな。

帰ったら一度ばらして作り直すか、諦めるか・・・いいや、その辺りは帰ってから考えよう。


血抜きをしていた魔獣は皮も綺麗に剥いで解体も済ませたし、新しく狩った分も終わっている。

自分用の毒と血も確保したので、もうやる事は特に無いだろう。

お肉二匹分持って帰ったらライナはきっと喜んでくれるよね。

・・・二匹分なら大量じゃないよね?


「ふっ・・・うっ、流石に、重い・・・!」


鞄を背負って立ち上がると、肉の重みで体重が倍増したかのように感じた。

一歩一歩の歩みに力が要る。これは帰り道にかなり体力を消耗しそうだ。

だからといって私に肉を置いて行くという選択肢は無い。


「ま、負けないもん、ら、ライナに、お肉、持って帰るんだから・・・!」


酒場の依頼の品だけを持って帰るのであれば、一匹分の毒袋や外皮を持って帰るだけで良い。

だけど私にとっては酒場の依頼よりも、ライナの依頼の方が重要なんだ。

この肉は決して置いて帰らない。絶対に持って帰る。


「直線で三日・・・だから・・・帰り道は四、五日かな・・・!」


気合いを入れて歩を進め、行きと違って増えた荷物から帰り道を換算する。

頭の片隅に「街道に出て車に乗せて貰えば早いよ」と言っている自分が居るが、一人でそんな交渉を持ち掛ける自信がないので却下だ。


そもそも大きな問題として、門の出入り以上のお金を持って来ていない。

大半のお金は宿に置きっぱなしなので、乗せて貰う為のお金がないから無理だろう


「いい、気にしない・・・直線で来れたんだから、直線で帰る・・・!」


岩肌の山を通り過ぎ、山林に突入し、来た時と同じように森の中をつっきる。

荷物が多いせいで高低のある道がかなり堪えたけど、それでも人に会うよりは良い。

こうやって黙々と歩いているのも、これはこれで何も考えなくて良いから楽しい物だ。


「ライナ、に、おっにく・・・! ライッナ、に、おにっく・・・!」


ただ体力を消耗しない訳じゃないので、街に着いた時の事を考えながら体を動かす。

疲れよりも精神が勝つように、ライナの笑顔を想像しながら歩を進める。

そのおかげか気分が段々高揚して来た。楽しい。


「おっにくを、とっどけて、よっろこんで、もっらおうー・・・!」


吟遊詩人にでもなったつもりで自作の歌を歌いつつ、山道をどんどん進む。

楽しくなったおかげか心持ち体が軽くなったような気がして来た。

よーし、この調子でドンドン進んで早く帰るぞー!


「まーちに、もどったーら、おーいしい、しょっくじが、まって――――ふっ!」


歌いながら進んでいたら魔獣が襲い掛かって来たので、握り込んでいた魔法石の類で撃退。

荷物が多いと流石に自由に動けないので、これに頼るしか手段がない。

風の魔法が込められた石を投げつけ、魔獣の目の前で風の刃が舞う。

一切防げずにバラバラになった魔獣は放置し、足は一切止めずに街へと進めていく。


「このお肉の方が、物が、良いから、いーらない・・・!」


持って帰る事が出来るなら持って帰ったかもしれないけど、流石にこれ以上は辛い。

なので道中襲って来る魔獣は全部撃退して放置で突き進む。

行きはそこまで襲われなかったのに、なぜか帰り道は物凄く襲われた。

一回二回どころの話では無かったので、血の匂いに誘われたのだろうか。


・・・あ、違う、多分歌ってたせいだ。

魔獣にしたら「狩る対象が居ます」って言ってるだけだよね。

臆病な森の獣とかとは違うんだから。

と気が付いたのは三日目で、もう翌日には街が見えてくる頃だった。


「もう、ちょっと、でー、街に、つーく――――よっ!」


だけどもう気分がハイになっている私は歌う事を止めず、襲い掛かる魔獣を全て下してそのままずっと突き進む。

というか歌ってないとちょっときつい。流石に二匹分の魔獣の肉を背負っての山越えは辛い。

最初から解っていた事ではあるけど、精神が疲労に負けると足が止まりそうになる。


「着いたぁ・・・疲れたぁ・・・」


山林の隙間から街が見えた。四日目の日暮れ前に着いたので、そこそこ早い方だと思う。

まだ到着した訳じゃないけど、目的地が見えるというのはそれだけで心が軽くなる。

日が完全に落ち切る前に門に辿り着こうと、歩を進める速度を上げた。

同時に歌声も大きくなり、楽しくなりながら最後の下りを道を進んでゆく。


「まーちに、ついったら、ライッナにあって、いっぱい、ほっめて、もっらうんだー」


何だか自分の知能が物凄く下がってる気がするけど、多分疲れのせいだと思う。

もうここまで来ると魔獣も襲ってこなかったので、無事に山を下って門まで辿り着けた。

あ、何時もの優しい門番さんだ。やった。これなら少し気楽だ。


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「何かお前最近機嫌が良いな」

「最近機嫌が良いんじゃなくて、最近元に戻ったんだよ」

「あん?」


同僚の言葉に応えると怪訝な顔をされるが、実際言葉通りなのだから仕方ない。

俺はここ数日気分重く過ごしていたが、最近それを気にしなくて良くなっただけの話だ。


「フードの女が帰って来ないからな」

「ああ、例の錬金術師。逃げたのか、って少し噂が立ってるらしいな」


フードの女が街から出て行ってそれなりに日数が経った。

酒場で依頼を受けたらしく、街から出て行ったのもそれが理由なのだろう。

と、最初は誰もが思っていたが、あれからフードの女は帰って来ない。


マスターは詳しくは教えてくれなかったが、難しい依頼を受けたという噂は立っている。

つまりはその依頼が達成出来ずに逃げたのでは、という噂が更に立っている訳だ。

初日が余りにも鮮やかだった為、その噂はかなり信憑性を増して来ている。


「戻ってきたら俺が対応しろ、って言われてたからな。戻って来ないならこんなにうれしい事は無い。あれの対応なんてしなくて良いなら絶対したくない」

「・・・そっか、ご愁傷様」

「は?」


平穏という名の幸せを噛み締めていると、同僚が良く解らない事を言い出した。

同僚に目を向けると指をちょいちょいと動かしており、その先には何だか見た事が有るようなフード姿が見える。


「・・・似テルナー、俺ノ知ッテル、フードノ女ニ」

「現実逃避してるって事は、本人って事か。残念だったな、逃げてなくて」


同僚がポンポンと俺の肩を叩き、それが絶望への合図の様に感じた。

近づいてくる姿を見ると、どうあがいても見間違え様が無い。

ていうかなんだよその大荷物。しかも背負ってる奴って目茶苦茶危ない魔獣の皮じゃねえか。


え、待って。お前それ倒したの? そいつ刃とか全く通らなくて物凄く危険な魔獣だよ?

つーかそいつが居る様な地域って何処まで行ってんだよ。かなりの危険地帯だろうが。


「成程、あれをもし本人が倒したって事なら喧嘩売ったら不味いな。任せた!」

「おまっ、ふざけんなよ! お前だって門番だろうが!」

「だって上に言われたのお前じゃん。何度も対応してるし見知った顔ならお前が対応しろって」

「うぐぅ・・・!」


先日の熊の魔獣の件を詳しく聞いておく様にと、上から命令が下っている。

そのせいでここ数日気分が重かったんだ。それから解放されたと思った矢先にこれか。

くそう。本当に俺が何をしたっていうんだ。俺はただの善良な一下っ端兵士なんだぞ。


「・・・何か、あの女喋ってないか?」

「ん、ほんとだ、何かい――――」


何を喋っているのか解らないが、呪詛を吐く様な声音で喋り続けているのが耳に入って来た

距離が近づくにつれドンドン良く聞こえる様になって来るが、何を言っているのかが解らない。

低く唸る様な声で、聞いている方の心が不安定になって来る様な耳を塞ぎたくなるリズムだ。


「こわっ、こわあっ、何あれ、何なんだよあの女」

「解ってくれたなら代わってくれよ。毎回俺あの女の相手してるんだぞ」

「やだ。絶対ヤダ。頑張れ」

「クソが、お前後で覚えてろよ・・・!」


同僚の無慈悲な言葉に何時か何かしら八つ当たりする事を決め、女が近づいて来るのを待つ。

ただ今回はありがたい事に、門の前でちゃんと止まってくれた。

良かった。本当に良かった。あの訳の解らない呪詛吐いてるのを止めるのは怖い。


ただ相変わらずフードを外さない。しかも体が完全に俺に向いている。

泣きたいんだが。俺はただ仕事でやってるだけなんだって。恨まないでくれ頼むから。


「フードを外してくれ。後は通行料を。金額は覚えているか?」


なるべく刺激しない様に話しかけると、女はフードを取って俺を睨みつけてきた。

―――うん、これはヤバい。いつも酷い目付きだけど、今日は何時も以上に酷い。

何時もは鋭い目で睨まれていたけど、今日は目が思い切り見開かれている。


チンピラがガンをつける顔に似ているが、この女はそんな優しい物じゃない。

俺だって下っ端とはいえ兵士だ。多少の訓練は受けている。

だから粋がっているチンピラは怖くない。この女は実力が有るから怖過ぎるんだ。


「・・・はい、通行料」


擦れたおどろおどろしい声を出しながら通行料を渡され、視線に耐えられず空を見上げる。

同僚は助けてくれる気はない様だ。お前信じてなかったくせに知らない振りすんなよ!


「あー、その、一つ聞きたい事が有るんだが、良いかな」


目を合わせずにそう問いかけてから、ゆっくりと女に視線を戻す。

すると女は先ほどまでの表情とは違い、目を見開いてはいるが真顔に近い顔になっていた。

感情を感じられない、ただ目が見開かれているだけの表情だ。

睨まれてないのが逆に怖くなってくる。


「あ、い、いや、大した事じゃないんだが、先日熊の魔獣が街道に出た、という話が有って、その、アンタらしき人が倒したって話が有ったんだが、身に覚えは無いか?」


脂汗を流しながら女の返事を待つ。

何でたったこれだけの事に、こんなに緊張しないといけないんだ。


「・・・有る」


知らないでいて欲しかった。有るって事はこっからさらに話を聞かないといけないんだよ。

あーくそ。何で俺今日門番なんだ。何でお前は毎回俺が居る日に来るんだ!


「すまないが、その件でもう少し詳しい話を聞かせて欲しいんだが、今良いか?」


そこで女は珍しく、目を伏せて少し困ったような顔をした。


「・・・今は、無理」

「そ、そうか・・・一応これは領地の運営に多少は関わる事だから、その内話を聞きに行く事になると思う。今無理なら後日宿に尋ねに行く事になるが・・・」

「・・・・・・・・・・・・解った」


大分溜めたな。よっぽど嫌なんだろう。

そもそもこの女、人と関わるのが嫌いなのかもしれない。

しかしそうか、無理か。良かった良かった。


ここで無理という話なら、話を聞きに行く際は文官が向かう可能性が高い。

勿論お前も行けと言われる可能性も無い訳じゃないが、それでも言われない可能性も有る。


取り敢えず今はもうこれ以上関わらなくていい事にほっとして、女から宿を教えて貰う。

宿を口にするのを大分渋ったが、礼を伝えるとフードをかぶってそそくさと消えて行った。

良し、これで後は俺が出来る限り関わらない様に立ち振る舞うだけだ。

女の姿が消えた所で脱力していると、ぽんと同僚に肩を叩かれた。


「お疲れ」

「・・・お前、今度の訓練日覚悟しろ。ぶちのめしてやる」

「いや、ごめん。本気で謝るから勘弁してくれ。今度奢るから」

「ったく、絶対だぞ」


取り敢えず何とか乗り切った。もう今日は後の事は考えない! 疲れた!

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