第14話、目的の魔獣を狩る錬金術師。

あの後必死に走り、暫くして背後から追ってくる気配も視線も感じなくなった。

多分もっと前から無かったんだろうけど、慌ててたのでしょうがない。

取り敢えずトボトボと目的の場所に向かって足を進める。


「・・・どうしよう、街道には戻れるけど・・・」


目的地は遠い。このまま山を進んでいくのは、どうしてもやっぱり時間がかかる。

険しい山道も慣れているとはいえ、整備された街道の方が当然歩きやすい。

勿論到着時間も雲泥の差だ。街道が目的地を避ける様になっていない限りはだけど。


「でも、もう、人に会う可能性考えると、やだなぁ・・・」


ただその一点が嫌で、未だ山道を進む。

別に帰るのが遅くなったって何の問題も無い。

あえて言うなら問題はライナの食事を食べるのが遅くなる事ぐらいだ。


「・・・あ、あれ、私にとっては大問題な気がする」


何だか凄く絶望的な気分になって来た。

お母さんに追い出された時と同じぐらい気分が落ち込んで来る。

いやでも、もしかしたら街道は目的の途中でうねってる可能性も無くはない。


「なんてはずは無いから、戻らないとなって思ってるんだけど・・・」


地図にはちゃんと街道が描かれていた。それも間違いなく目的地傍を通る街道が。

とは言っても向かうべきは山奥なので、近いと言うと少し語弊がある。

それでも山を突っ切るよりは当然楽で速い。

だから最初は街道を通ったんだし、今もこうやって悩んでいるのだから。


「いいや、とりあえず、もう暗くなって来たし、考えるのは明日にしよう・・・」


もう大分山道も暗くなって来た。

元々木々が多くて光が差し込みにくいのに、月明かりでは殆ど足元も見えないだろう。

目が慣れればそれなりに動けるけど、態々疲れる行進をする意味は無い。

どうせ数日かけての移動なのに、ほんの少し頑張った所で誤差だ。


「取り敢えず野営の準備でもしようかな・・・」


そこそこ斜面になっておらず、木々の幅も大きめな広場になっている所で立ち止まる。

ここが良いかなと決めた所で懐に手をやり、ふと思い立って手を戻す。


「そういえば最近、自力で魔法を使ってなかったっけ・・・『風よ、刃と成れ』」


特にこれといった理由が有る訳じゃないけど、道具を使わず魔法で草むらを切り裂く。

最近やって無かったから鈍っているかと思ったけど、特にそんな事もなさそうだ。

魔法道具を作り出す際は魔法技術が要るし、多分そのおかげなんだろう。

昼間に使った石だって、込めてる魔法は自分の魔法だし。


「でも道具の方が、やっぱり使い勝手が良いな」


その場で魔法を使う様な場面は、大体は戦闘になっている事が多い。

相手が数体なら魔法で撃退しても何の問題も無い。

だけど数が多ければそれだけ魔力を使うし、体力も精神力も消耗する。


そう考えるとやっぱり事前に道具を用意しておいた方が楽だな。

事前に道具に力を籠めて使うのなら、その消耗の大部分を解消出来るのだから。

魔力は極小ですむし、微細な攻撃の為な集中なんて一切要らない。

有るとすれば当てる事に集中する作業ぐらいの物だ。


「まだ余裕があるとはいえ、帰ったら本格的に予備の道具作った方が良いね」


今回の様な遠出を毎回する気は毛頭ないけど、念の為の準備はしておこう。

そう決めて草を刈った所に腰を落ち着け、結界石を取り出して魔力を通す。

結界が張られたのを確認してから、翌朝までぐっすりと眠った。


起きた後は結界を解除して周囲を観察。

山の獣か魔獣が襲って来るかと思ったけど、どうやら近寄られた気配は無い。

寝てる途中で起きなかったのだから当然だけど。近づかれたら気配で解るし。


「さて・・・どうしようかな・・・」


また街道に向かうかどうするか、悩みながら歩を進める。

そうして結局は決められないまま目的地に進み続け、山の行進と野営を繰り返す。

途中で獣や魔獣に少し襲われたけど、特に問題なく撃退しつつ、気が付いたら目的地に辿り着いていた。


「街道に行くかどうするか悩んでる間に着いちゃった・・・」


集中して歩いていたからか、一直線に歩いていたからか、思ったより早く着いた。

山を直進すれば五日はかかると思ってたのに、三日で到着するとはかなり目測を誤っている。

まあいいか。早く着いた分には全然問題ない。


周囲を見渡すと岩肌がごつごつとしており、石だらけで木々の類という物が殆どない。

この先は進むほど斜面も厳しく、人間が生きていくには中々難しい環境だろう。

一応こういう環境でも育つ植物も存在しているけど、基本的には殆ど岩と石だ。

先程まで歩いていた所より高い所に有る山の、ほぼ山頂近くが現在地だ。


「えーと・・・やった、居る居る。運が良い」


目的の場所に来たのだから当然目的の魔獣を探すと、すぐ傍に一体見つけた。

岩に擬態している人間より少し大きめの魔獣。

皮がごつごつした見た目で、見た目通り岩の様な強度を誇っている。

普段は丸まって岩に擬態していて、近づいて来た獲物をばくりと食べる魔獣だ。


「・・・何回見ても、人間からすれば擬態になってないなぁ」


ただしそれは頭の悪い野生動物に限り、人間が見ればこの魔獣の擬態は簡単に見破れてしまう。

余程焦ってないと早々騙されない程度に身じろぎをするからだ。

暫くじっと見ているともぞもぞと動く岩。どうやったらこれに騙されるのか。

いや、確認する時間が無かったり、焦ってたら可能性はあるかな。


「さて・・・どうやって倒そうかな」


依頼では綺麗に持って帰れば報酬が増える事になっている。

一応毒袋さえあれば良いらしいけど、どうせなら全部持って帰りたい。

ならなるべく外傷は付けない方が良い。という事は内部から、とも行かないのが問題だ。


肝心の毒袋は当然体内に有るし、内部攻撃は毒袋を破壊して肉を全てダメにする可能性が有る。

そもそもそれじゃ毒袋が手に入らないから問題外だ。雑な攻撃は出来ない

頭を潰せばそれで終わりだけども、頭も綺麗な方が報酬は多いんじゃないだろうか。


「・・・面倒臭いから眼球から脳を抉ろうか」


失血死させるにしても時間がかかるし、死ぬまで待つのも面倒だ。

それにそうすると血に毒が混ざる可能性がある。そうなったらお肉も駄目になる。

獲物のふりをして近づいて、目玉を抉ってそのまま中身も抉ろう。

残った片目は持って帰って自分の物にしよう。報酬欄に無かったし良いよね?


「そうと決まればとっとと倒そう」


懐からナイフを取り出し、無警戒に見える様に擬態しているつもりの魔獣に近づく。

魔獣は攻撃範囲に入った瞬間立ち上がり、その牙を私に突き立てようと襲い掛かってきた。

当然その動きは予測しているので容易く躱し、目玉を狙い撃ちしてそのまま押し込む。

直立すると蜥蜴に似たシルエットのそれは、自分が死んだ事も良く理解出来ないまま沈んだ。


「さて、血抜き血抜き・・・結局傍に川が無いから取り敢えず吊るせる所に移動しよう・・・」


流石にそこまで幸運は重なる事は無く、近くに川らしいところは無かった。

別に全く無い訳じゃないんだけど、小さな小川でこの個体の血抜きの為にはちょっと小さい。

さっき使ったナイフを目から引き抜き、ズルズルと引っ張って樹木の傍まで移動。

肌が硬いから引きずっても何の問題も無いのが良いね。


「よっと」


事前に用意しておいた紐で魔獣の尻尾を縛り、木に逆さまに吊るして喉元を裂く。

この魔獣の皮は確かに硬いけど、刃物の通る隙間が全く無い訳じゃない。

隙間を通せば簡単に切れるし、動かなければ何の苦もない。


「血抜きの間はこれが取られない様に警戒しつつ、使えそうな物でも探そうかな」


取り敢えず一番必要なのは移動の為の素材だ。

この魔獣が居たという事は、同じ環境だと在る素材も見つかる可能性が高い。

ちょっと楽しくなって来た。よーし、探すぞー。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



フードの女が出て行って暫くすると、ちらほらと人の出入りが増え始めた。

何時も通りの風景を眺めながら、日が暮れる頃に帰ってくるのであろう存在に溜め息が漏れる。


「何だよ辛気臭いな」

「そうは言っても、あの女日が暮れた頃にまた戻って来るんだぞ。溜め息も出るっての」


何の因果なのかあの女の出入り時は全部俺が門番をやっている時だ。

今日も日が暮れるまで俺はここから動かないので確実に顔を合わせる事になる。

正直その時間だけ隠れていたい。あの女、何考えてるのか解らなくて怖いんだよ。

いきなり気に食わなくて刺しに来る、なんて事も普通に想像出来てしまう程だ。


「まあ、俺も会った以上気持ちは解るが、危害を加えなきゃ大丈夫だろ、流石に」

「そう思いたいけどなぁ・・・」


なーんかこう、余り安心出来ない迫力というか、怖さが有るんだよな。

とはいえ流石に数回会えば迫力に呑まれる事も減ったし、気にし過ぎなのかもしれないが。


「ん、何かあの荷車おかしくないか」

「・・・明らかに馬か牛かロバかに引かせる様な荷車を人間が引いてるな」

「野盗にでも襲われたか?」

「それにしては様子がおかしいだろう。護衛も居る訳だし、何より中々重そうに引いている」


前方から来る荷車と持ち主の商人達と、それを苦笑しながら見ている護衛達。

何だか良く解らん様子を眺めつつ、門の傍に来るまで待つ。

傍まで来たら商人に対応する文官を呼び、文官は荷車の中身を調べ始めた。


「なっ!? 何だこれは、この状態の良さは・・・!」


すると文官は荷車の中身に何を見たのか驚きの声を上げていた。

幌が有って中身が見えないので、人が今居ないのを良い事にそーっと中身を覗き見る。

すると中には明らかに規格外の大きさの熊の死体が転がっていた。


頭は無いが胴体には傷らしいものが無い。まさかそこの護衛がやったのか?

そう思い商人達を待つ護衛に声をかけてみる。


「あんた達、強いんだな。あんな大きな熊を無傷とは。魔獣でなくとも大変だったろう」

「いや、残念ながらあれは魔獣さ。無傷どころか全滅寸前だったよ。今普通に歩けているのは良い薬を通りすがりの人に分けて貰ったからで、倒したのもその人なんだ。一撃だったよ」


マジか。あのでかい熊の魔獣を一撃かよ。世の中にはとんでもない化け物が要るものだ。

その上全滅って事は結構な怪我を負った筈なのに、全員ピンピンしてるな。

どんなヤバい薬を貰ったのやら。


「フードを被った、多分体型から女性だと思うんだけどね。さっそうと現れて一撃で魔獣の頭を粉砕、薬を俺達に渡すとそのまま山奥に消えて行ったよ」


そんな事無いよなぁとか思いたいけど、今の情報に該当する人間が一人しか思いつかねえ。

いや、流石に人違いだよな。あれを一撃とかシャレにならねえぞ。


ただ今の会話が聞こえていたのか文官の視線が痛い。

フードの女の事は俺が同僚達に話し、その上街では錬金術師の噂が立っている。

おそらくこの事がフードの女のやった事かどうか確かめろ、っていう視線だろう。

勘弁してくれ。俺が一体何をした・・・。

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