第13話、危機に通りかかる錬金術師。
ライナからお弁当を貰ってホクホク気分だったせいで、また門を通る時の事を忘れていた。
私を止めた門兵さんは怒ってないかなと様子を見ていたら、再度注意されてしまう事態に。
慌ててフードを取って何とか謝罪の言葉を口にすると、今回も優しく許してくれた。
やっぱりこの人は多少話しやすい人かもしれない。
未だライナ相手みたいに話せる気は全然しないけど、もう少し頑張ってみよう。
私だって何で追い出されたのかは多少は解ってる。
なら優しく対応してくれる人には頑張ってみよう。
とはいえ引き籠れる環境が出来たらずっと引き籠る気だけど。
・・・あれ、でも良く考えたら魔獣のお肉の為には引き籠れなくなったんじゃ。
なんて少し考えが逸れていると、門兵さん達の槍がぶつかった音が傍で響く。
ぼーっと考えていたので驚いて飛びのき、胸を押さえてびくびくと様子を窺う。
ただどうやら槍を引くのを失敗しただけらしく、二人共慌てて謝ってくれた。
大げさに飛びのいた事が少し恥ずかしくて、私も慌ててフードを被って顔を隠す。
そのまま門を通り抜けて、顔から火が出そうな気持で街道を進んで行った。
暫く歩くとこの街道自体が原因なのか早朝だからか、全く人の気配を感じない。
少しズレて山に入れば獣は多そうだけど、魔獣は街道迄は出て来ないのだろう。
出て来るとすれば縄張りに負けた群れが傷を負って出て来る程度かな。
そうなるとお肉が美味しくない事が有るので、私としては余り好ましくない。
「遭遇しても今回は持って帰らないから、別に良いけど」
今回は途中で遭遇しても自分の食料にするだけで、素材になりそうな部位以外は放置だ。
爆弾が有れば全部吹き飛ばせるけど、今は少ないしどうしようかな・・・。
その辺に転がしておけば別の獣が食べると思うし、大丈夫だと思うんだけど。
「んー・・・人が居ないって素敵・・・」
人の居ない街道を心地いい気分で進んでいると、暫くして車輪の回る音が耳に入って来る。
荷車の音だと判断し、つまりは人が通るのだと判断して、街道からずれて草むらに身を隠す。
すると予想通り荷車が通り、中々の勢いで通り過ぎて行った。
「うう、人が通らない訳じゃないのか。早朝だったからなのかなぁ・・・」
今のは一台だけだったけど、この感じだと商隊なんかの大人数ともすれ違うかもしれない。
それは少し困る。無視してくれればいいけど、声なんかかけられたら対応出来ない。
山を突っ切って行く? いや、それだと時間がかかり過ぎる。
必要最低限の時間は致し方ないとしても、出来る限り早く帰りたい。
早く帰ってライナにお肉を渡したい以上、そんな無駄な時間は取っていられない。
「・・・移動の為の道具、早めに作った方が良いかも」
引き籠る気しかなかったから後回しにしていたけど、何か作った方が良さそうだ。
丁度向かう先にその材料が有る可能性も有るし、ついでに採集して帰ろう。
「取り敢えず日が昇り切るまでは歩いて、お弁当を食べよう」
そう決めて黙々と歩き、時々通る人や荷車の類からは身を隠してやり過ごした。
そうして日が昇り切ったのを確認したら足を止め、良さげな曲がり角が続く所で腰を下ろす。
ここなら誰かが通りかかっても、その音で見つかる前にすぐに隠れられる。
キョロキョロと安全を確認し、やっと御対面とライナから貰ったお弁当を開けた。
中には肉と野菜がバランスよく入っており、味付けなんて文句が出る筈もない。
弁当を開けた瞬間鼻に食欲をそそる匂いが侵入し、暴力的にお腹を攻撃してくる。
弁当の攻撃と自身の欲求に従い、早速手を付けて口に運ぶ。
「んぐんぐ・・・おいひい・・・!」
一口目を食べたらもうあっという間だった。
バクバクと勢い良く全て平らげた所で、何だか少し物足りない気分になる。
そういえば普段食べさせて貰う時は、もっと量が多かった気がするんだけど。
お弁当だから持ち運びも考えて小ぶりにしたのだろうか。
贅沢を言うならこの倍は欲しかった。ライナの料理なら三倍でも余裕で食べる事が出来る。
「ふはぁー・・・ん、何だろう、何か向こうが騒がしい様な」
食事を終えて一息ついていると、曲がり角の向こうが少し騒がしい。
人の悲鳴と掛け声と獣の咆哮が響き、血の臭いもする。
わざと見えない位置に陣取ったから詳しい状況は解らない。
もしかして獣に襲われているのだろうか。
「食事に集中し過ぎてた・・・」
結構激しい声と戦闘音が聞こえるのに、全く耳に入っていなかった。
これじゃ誰か来ても気が付かずに食事を続けていた気がする。
「と、とりあえず様子見を、しておこう、かな?」
進行方向なので問題無さそうならそのまま通過して、駄目そうなら流石に手を貸そう。
人の前に出るのは嫌だけど、だからって見殺しは少し気分が悪い。
でも出て行くのは本当に駄目そうだったら。ギリギリまで出て行かない。よし。
そう決めてそーっと様子を見に行くと、どうやら商隊、という程の物じゃないけど、商人と荷車が有り、そしてその護衛らしき人が獣相手に頑張っている。あれは・・・多分魔獣だと思う。
どうやら荷車の車輪が壊れて移動出来ず、何人かは既に負傷していて戦えない様だ。
これは、出て行かないと、不味いかも・・・。
「うう、何でピンチなの・・・頑張っててよぉ・・・!」
出来れば顔を出したくなかったのだけど、これでは出て行かざるを得ない。
取り敢えず魔獣を観察すると、クマの魔獣の様だ。
護衛らしき人は剣で頑張っているけど、その刃が魔獣まで届いていない。
魔獣の魔力で作られている薄い障壁の様な膜が悉く剣筋をズラしている。
あれじゃ幾ら切り付けても魔獣の毛皮で剣が滑り、かすり傷すら付けられないだろう。
防御は何とかしているけど、それも魔力の乗った攻撃なせいで上手く流し切れていない。
「あっ、もう・・・!」
護衛の人が立ち上がった魔獣の前足に剣を弾かれ、その上弾き飛ばされた。
一応直撃を食わらない様に後ろに飛んでいたけど、あれじゃもう動けない。
それと同時に負傷した護衛の人達を置いて、動けるらしい人間は全員逃げ出した。
これはもう駄目だと走り出すと、魔獣だけが私の接近に気が付いた様だ。
どうやら勘が良く利口な魔獣らしい。だけどこの場合その方が都合が良い。
私に集中している間は他の人間に向かわない。
懐に手を入れて衣服のポケットに手を突っ込み、土の魔法を込めた石を握る。
魔力を流し込んで発動時間を調整しつつ、全速力で魔獣に肉薄。
「ぐるぁああああ!!」
「ふっ!」
魔獣は私を迎え撃とうと威嚇の叫びを上げながら前足を振るうが、その腕を躱して口の中に石を放り込んでから距離を取る。
魔獣は石が喉に引っかかったのか、前足で器用に喉をかきむしりながら苦しみはじめた。
次の瞬間魔獣の喉を岩が内側から突き破り、同じ様に頭を内部から粉砕。
完全に頭が原形を留めなくなった所で魔獣は大きな音を立てて倒れた。
さて、この死体はどうしよう。
あれだけ自由に魔力を操る魔獣の内臓なら、調合の素材にはかなり優秀だ。
肉は少々筋張っている所も多いが、割合食べやすい肉だった筈。
ただ持って帰るにはちょっと大きいし、解体するにしても水場が欲しい。
血抜きは出来ない事は無いけど、流水に流しているかいないかで全然違う。
いや、どうせ今からまだ帰れないのだから、最低限素材として心臓辺りを持ち帰れば十分かな。
本当は血も素材になるけど、それは今から採りに行く魔獣の方が優秀だし要らない。
「あ、ありがとう、た、助かったよ」
「・・・!」
声に驚いて顔を向けると、さっき吹き飛ばされた男性が話しかけて来ていた。
体は動かないようだけど意識はある様で、目はしっかりと私を捉えている。
一瞬逃げようかと思ったけど、彼の状態に足を踏み留める。
じっと見られるのは苦手だけど、それよりも彼の傷の方が気になったから。
深くはないけど浅くはない。治療をしないと余り良い事にはならないだろう。
取り敢えず薬は手持ちが有るからこれを使えば・・・。
「ん?」
ふと気が付くと、逃げ出した人達は足を止めていて、全員私を注視していた。
「ひうっ・・・!」
や、やだ、視線が、視線が全部私に向いている。
何、何言われるの。邪魔してないよ? 助けたつもりだよ?
何で皆そんなに眉間に皺を寄せた顔で見るの!?
「―――――っ!」
視線に耐えられなくなり、薬瓶だけ護衛の人に渡してその場を全力で逃げ出した。
街道をそのまま行くと目で追えてしまうので、山の中に入って行く。
そのまま背後から視線を感じなくなるまで全力疾走で山を駆け上った。
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「なん、なんだ。さっきの、女は。凄い勢いで山に入って行ったが・・・」
逃げ出そうとした商人がそう呟くのを聞きながら、フードの女性が手渡した瓶を見る。
蓋を開けて中を見ると半固形の物が中に詰まっていた。
おそらく薬の類なのだろう。流石にこの状況でそれ以外の物を渡すとは思えない。
「ありがたい・・・」
痛みを堪えながら魔獣に裂かれた所に薬を塗る。
すると不思議なぐらい痛みが引き、体を動かす苦痛を一切感じなくなった。
「何だ、この薬・・・!」
傷が消えた訳じゃないのは解っている。触るとやはり痛みは有る。
だけど血は完全に止まり、先程までの激痛は消えていた。
「いや、今は驚いている場合じゃない」
急いで仲間達にも薬を使ってやると、流血は完全に止まり、苦しむ様子も消えていた。
意識の無い者は流石にすぐには起き上がらなかったが、暫くすると問題無く起きあがった。
余りに効果の有り過ぎる薬に、感謝と同時に少し恐怖も沸く。
「に、逃げ出して済まない・・・」
商人は逃げ出した事を謝ってきたが、あの状況じゃ逃げても仕方ない。
逃げなかった所で死体が増えていただけだし、俺達が不甲斐なかっただけだ。
今回はギリギリ運が良かっただけで、生き残れて幸いとだけ思うべきだろう。
そもそも熊の魔獣なんて大物、街道では滅多にお目にかからない。
運が悪すぎた中で、あんな化け物を倒す人間が通りかかった事が幸運過ぎただけだ。
そう伝えると商人は安心し、取り敢えず荷車の修理にはいった。
「・・・こいつを一撃か」
魔獣の死体を見下ろしながら思わず呟きが漏れる。
何かの魔法を使ったのだろうが、そうだとしても特異な魔法だった。
対象から離れた状態で内部から破壊とは何ともえげつない。
いや、接近時に魔法を体内に仕込んだと思う方が正しいか。
魔獣は女に接近された後、明らかに苦しむ素振りを見せた。
女の方も一度接近した後距離を取り、その後は一切構えを見せなかったのだから。
おそらくあの時点ですでに勝負は決していたのだろう。
何にせよ、人に向けられたらと思うと恐怖を感じる一撃だ。
攻撃方法と威力は当然だが、これだけの魔獣に容易く魔法を通す威力とは。
「取り敢えず、一応この事は街で報告しておかないとな・・・」
街道でこんなに強力な魔獣が出た事と、それをあっさりと単独で倒したフードの女。
複数の証人と現物の死体が無ければ、誰も信じてくれないだろうな。
・・・なぜ逃げたのか知らないが、何時かちゃんと礼をしたいものだ。
薬の事も有る。もし訳アリというのならば、その時は微力ながら力になろう。
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