第12話、依頼で遠出する錬金術師。

何時もの時間に起きて、暗闇に紛れてライナのお店へ向かう。

恐る恐る扉を開けると今日もライナは清掃をしていた。

扉の開閉に気が付いて振り向き、私を視認すると小さく溜め息を吐く。


「セレス・・・もう、そんな中を窺う様な入り方しないで、入っておいで」

「う、うん」


もう流石に怒ってないかなと少しびくびくしながらだったのだけど、杞憂だったみたい。

普段のライナが迎えてくれて、何時も通りテーブルに着く事を許してくれた。

取り敢えず話は有るだろうけど食事を先にしようと言われ、また空腹に耐えながら待つ。


「うぐぅ・・・お、お腹と背中がくっつく・・・!」


毎日の事だけどこの時間は本当に空腹感が辛い。

ここ以外ではこんなにお腹は空かないのになぁ。

前に体が覚えているというのは、あながち間違いじゃない気がしてくる。

でなきゃこんなに毎回ここだけで空腹な理由が付かないもの。


「厨房から香って来る匂いが、空腹なお腹に更に大ダメージを与えて来る・・・!」


そうして耐える事暫くして、何時も通りライナの美味しい食事が振舞われた。

この時間が一番至福かもしれない。


引き籠りたくて人に会いたくない私が、唯一自ら会いたい友人。

そしてその友人が振舞ってくれる美味しい食事。

これが幸せでなくて何なのだろう。


「ふはぁ・・・美味しかったぁ・・・」

「お粗末様でした。ホント、セレスは美味しそうに食べるわよねぇ」

「だ、だってライナの料理、お、美味しいもん」

「まあこれでも食堂を営むプロですから」


プロ。そうだよね、プロの料理人なんだよね。その料理を毎日食べてる。

よく考えたら凄く失礼な事してたんじゃないだろうか。

ちゃんと報酬を払える状況でもないのに、毎日食べさせて貰っていたのだから。


「で、セレス、落ち着いた所でどうなったのか聞かせてくれる?」

「あ、う、うん、ちゃんと酒場には行って来たよ」


今までの事を少し反省していると、今日の事を聞かれたので説明を返す。

酒場に言ってお金と依頼を持って帰って来た事。

そしてその依頼の内容から、少し遠出する必要が有る事を。


「じゃあ、暫くは街に居ないって事?」

「う、うん、そうなる、かな」


ライナに会えないのは寂しいけど、こればっかりは仕方ない。

おそらく居るであろう環境の場所は見つけたけど、確実に居るとは限らない。

もし居なければまた別の場所を探さないといけないし、そうなると日数はもっと伸びる。


「そう・・・じゃあせめて初日のお弁当ぐらいは用意してあげるから、出発前に来なさい」

「え、い、良いの?」

「ええ、ちゃんと頑張って来たんだからこれぐらいはね」

「あ、ありがとう!」


やった、一日だけでもライナの食事が出先で食べれる。

それだけでやる気が湧いてきた。

よーし、出来る限り早く帰って来るぞ!


「お、お肉も期待しててね。美味しいの、持って帰って来るから」

「ええ、期待してるわね」


気合いを入れて伝えると、にっこりと笑ってくれたライナに釣られて笑顔になってしまう。

胸の奥がポカポカする気分が心地良い。

やっぱりライナの事大好きだなぁ。彼女の為にも美味しいお肉を取って来ないと。


幸い今回の依頼で求められるのは肉以外が依頼の品になっている。

件の魔獣は皮が硬いせいか中の肉がとても柔らかい。

大きいし重そうだから筋肉が有りそうなのに、結構脂肪感が凄いんだよね。

あれを持って帰ってくればライナもきっと喜んでくれるだろう。


「じゃあ明日の仕込みを早めにして、今日は早く寝ようかしらね」

「あ、う、うん、じゃあ今日はもう帰るね」

「ええ。人が多い時間に来るのが嫌なのは解るけど、偶にはもう少し早めに来ても良いのよ?」

「う・・・が、頑張る」

「あははっ、そうね、頑張って頂戴」


ライナは何が面白かったのか、笑って私を見送ってくれた。

良く解らなかったけど彼女の機嫌が良いのは嬉しかったので、素直に手を振って宿に戻る。

用意する事は特にないし、そのままベッドに倒れ込んでひと眠りした。


早朝に起きたらすぐに外套を着こみ、フードを深く被って宿を出る。

人が活動し始める少し前の時間帯だけど、ライナの食堂から良い匂いが香ってきている。

昨日あれだけ食べたのに、その香りで急激に空腹が襲って来た。


「嘘でしょ・・・?」


朝方に来た事は最初以降一度も無く、だから朝にお腹が空くのは初めてだった。

これはもう完全に、ライナの料理の匂いからの条件反射と確信するしかない。

私の体はライナの食事を常に求めているらしい。


「・・・それぐらいライナの料理が好き、って事だよね。なら気合いを入れないと」


これからも堂々と食べる為にも、美味しいお肉をちゃんと取って来ないと。

件の魔獣はちゃんと仕留める方法を持っているし、左程傷をつけずに手に入れられる。

問題は近くに川が有るかどうかなんだよね。


血抜きだけなら問題ないけど・・・出来れば清流の有る所だと良いな。

川を見つけたらそこを辿る形で目的地に向かうのも手かもしれない。

先ずは目的の魔獣を見つけないと話にならないけど。


「ら、ライナー?」

「あ、すみません、今準備中なんですよ。もう少しお待ちください」

「!?」


え、誰。ライナのお店にライナじゃない女性が店内の準備をしている?

なんで、ここライナのお店だよね? 間違ってないよね!?

慌てて店内を目だけで探ると、ライナが厨房で何かを炒めているのが見えた。


「・・・ライナ」

「っ、え、と、店長に、御用、でしょうか」


少し安心してライナの名前が口から零れると、彼女は少し引きながら店長と口にした。

店長。店長という事は、もしかして従業員さん?

え、でも、初めて見るよ。何度か店に来た事有るけど一度も見た事無いんだけど。

取り敢えず頷くと彼女はライナを呼び、振り向いたライナと視線が合った。


「ああ、えっと、ごめん、今手が離せないから、それ彼女に渡してあげて」

「はい、解りました」


ライナは目で指示をすると、店員さんはこちらから死角になる場所に有った包みを持って来た。

多分それがお弁当で、何よりも先に作ってくれたんだろう。


「ど、どうぞ」


店員さんが差し出すそれを頷いて受け取り、鞄の中に仕舞う。

正直今すぐ食べたいけど我慢だ。少なくともお昼までは我慢しよう。


「行ってらっしゃい、セレス」


調理をしながらだったけど、そう言ってライナは私を送り出してくれた。

店員さんが居るので頷くだけしか返せず、苦笑されてしまったけど。

そうして店を出たら何時もの門へ向かう。


今日も前と同じ門兵さんは居るだろうか。

あの人だと通り抜けが少し安心なんだけどな。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


何時も通り早朝に門を開け、人の通らない門の番をする仕事が始まる。

昼間ならそこそこ通るけど、早朝と夜は暇なんだから開けなくても良いのに。

荷車の類も滅多に来ないんだから、隣の小さい扉だけで良いと思う。


「この時間は本当に暇だよな」

「そうだな。暇になって良かったよ」

「あん? ああ、例の噂のフードの錬金術師だっけ? 女一人がそんなに怖いかねぇ。まあ確かに魔獣を単独で倒して来た、ってのはすげえと思うから、下手に絡む気は起きねえけど」


今日一緒に番をしている同僚は、本人を見た事が無いからそんな事を言えるんだろう。

あの目と声音に実際対面したら、そんな事は確実に言えなくなる。

少なくとも一緒にその場にいた人間はそう同意してくれる筈。


噂でどうやら依頼の為に山に向かったらしい、という話を聞いて嫌な気分になったものだ。

つまりそれは、これからも良く顔を合わせる可能性が有るという事なのだから。

だがその予想に反して女は門を通りに来ない。


一応街には居るらしい。というか街の深夜の警邏の際に見かけた事が有る。

同じく噂になっている、鮮度の良い魔獣の肉を出す食堂に良く出入りしている様だ。


多分あの時の魔獣だろうなと思い、それも有って気分が重かった。

だってそれは今後もあの女が魔獣を狩りに出るという事なのだから。


だが今ではそんな心配も無さそうだと大分気が楽になっている

錬金術師という事だし、おそらく街中での仕事で完結しているのだろう。

あれと会うのは精神的に疲れるので、できればそのままずっと街中で過ごしていて欲しい。


「・・・なあ、例のフードの女って、あれ?」

「なんでだよ・・・!」


何で俺が門番してる時に限って来るんだあの女は!

俺の担当が街の警邏の時にでも良いだろう!

とは流石に口に出来ず、女が近づいて来るのを静かに待つ。

すると女は前と同じくそのまま通り過ぎようとした。


「待て・・・久しぶりで忘れているのかもしれないが、フードは取ってくれ」


職務上止めない訳にはいかず、同僚と槍を交差させて女を止める。

すると女は何故か俺の方を振り向き、そのまま動かなくなった。

同僚は怪訝な顔で女と俺を見比べていて、口を出す気は無さそうに見える。ふざけんなよ。


「・・・こちらとしても事を荒げたくないんだ。頼むから従ってくれ」


心底本音を口にして頼むと、女はフードを取ってあの目で俺を睨み上げる。

そんな気に食わないって意思表示されても困るんだよ。俺だって仕事なんだから。


「・・・ごめんね」

「っ、あ、ああ、従ってくれたらそれで良いんだ」


ぜんっぜん謝る気ないだろその声。ドスが効いてて目茶苦茶脅しにかかってるだろ。

悪いのは俺じゃないからな! こういう決まりにした領主だからな!

こんな事言ったら俺が捕まるから言えねえけど!


取り敢えず道を開けようと槍を上げるが、同僚の方が少し動きが早かった。

そのせいかタイミングが少し合わず、槍を変にぶつけ合ってしまう。


すると女は凄い速さで一歩下がると、同僚に顔を向けて動かなくなった。

攻撃されると勘違いしたのか、右腕が外套の中に入った状態で構えている。


「ま、まて、すまん、わざとじゃないんだ」

「――――お、おう、わ、わるい」


同僚は初めて女と顔を合わせるせいか迫力に呑まれており、動けなくなっていた。

慌てて俺が謝ると同僚も気がついて謝り、納得したのか女は手を下ろす。

安堵の息を吐いている間に女はフードを被り直し、そのまま門を通って行った。


「すまん。あれは怖いわ。何だあの目。殺されるわ」

「だろう。あー・・・また帰って来るんだろうなぁ・・・」


どうやらこいつも納得してくれたようで何よりだ。

前回と同じだとまた今日帰って来るだろうから、もう一度顔を合わせないといけない。

頼むからフードを外すのぐらい自分でやってくれねえかなぁ・・・。

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