第11話、噂になり始める錬金術師。
急いで店から出た後、思わず安堵の溜め息が漏れる。
あ、危なかった。マスターが引き留めてくれなかったら、確実に帰ってた。
余りに早く帰りたくて、依頼の事を完全に忘れてた。
もしあのまま帰ってたら間違いなくライナに怒られていただろう。
そう考えるとマスターには感謝しないといけない。
それに今回も余り会話せずに済むように誘導してくれたし、凄く助かる相手だ。
こちらから話しかけなくても良いというのは、私にとってはありがた過ぎる。
「姉ちゃん、入り口前で立ち止まられると迷惑なんだが」
はっ、しまった。店から出た事に安堵して、外の事への意識が出来てなかった。
多分酒場に飲みに来たのだろうオジサンが迷惑そうな顔で私を見ている。
視線に怯えて固まっていると、オジサンの眉間には皺が寄り始めた。怖い。
「んだよ、どけよ」
「・・・ごめん」
「っ、い、いや、退いてくれりゃ良いけどよ」
怖くて少し涙目になってしまったが、悪いのは私なので慌てて謝って道を譲る。
おじさんは謝罪を聞くと一歩後ろに下がって、視線を逸らしながら許してくれた。
泣いてしまっていたので声が掠れていたけど、ちゃんと伝えられた様で良かった。
すぐに謝りたかったけど声が出なくて焦った。
「こっわ。謝る気とかないだろ、あの声・・・」
オジサンはぶつぶつと小声で何かを呟いていたけど、その声は良く聞こえなかった。
聞こえなかったというよりも、意識を割く事が出来なかった。
気が付くと周囲の視線が少し集まっていて、その場から逃げる事に必死だったから。
そそくさと逃げるも、何故か視線が私から切れない。
「ひうぅ・・・なに、何でぇ・・・?」
おじさんの声が大きかったせいだろうか。いや理由なんてどうでも良い。
早く宿に帰って一旦一人になろう。今日の目的はもう果たしたんだから。
お金は受け取ったし依頼も受けた。ちゃんとライナに言われた事は果たした。
「か、帰ろう、うん、それが良い」
目立たない様に道の端を歩いて宿に向かうも、何故か人の視線が前より刺さる気がする。
勿論視線を向けていないので感覚的にそう感じるだけだけど、でも多分見られてる。
何で? 私何もしてないよ? 道の端歩いてるだけだよ?
「は、早く、宿に、帰る・・・!」
何時もより急ぎ目に足を動かし、少し息が切れるぐらいの速度で宿に到着。
そのまま部屋に戻って扉を閉め、扉に背中を預けてズルズルと崩れ落ちた。
「ふええ・・・結局宿に着くまで視線が切れなかった・・・」
母に自意識過剰と言われた事は有る。だけど違う。見られている。
理由なんて解らないけど、私は私に向く視線は何となく解るんだ。
酒場から宿までずっとその感覚が切れないって言う事は、ずっと誰かに注視されていた。
「怖いぃ・・・人の視線怖いよぉ・・・!」
そのままベッドに包まりひと泣きして心を落ち着ける。
そうして少し落ち着いたら一度深呼吸し、今は安全だという事を確認した。
だって今は宿の中だから。ここには私しかいないから。安心。そう、安心だ。
「よ、良し、落ち着いてきた。大丈夫。私大丈夫・・・!」
口に出して自分自身を安心させてから、懐に仕舞った依頼をベッドに並べた。
前と同じで依頼内容は一切確認していない。だって早く帰りたかったし。
そういえば報酬の金額も確認してなかった。後で確認しておこう。
袋の加減から結構な額ではあるとは思うけど。
「えっと・・・大体は前の依頼とそこまで大きく変わらないかな。殆ど薬の類か、材料採取。どっちの材料もあの山で見かけた物しかないし、マスターって凄く親切なのかも」
態々山の中だけで完結する依頼だけ選んでくれるなんて、本当に親切だ。
会話もしなくて良い。全部取っても何の問題も無い依頼しかない。何て素敵。
次に酒場に行くときは、勇気を出してお礼を言おう。ちゃんと感謝を伝えよう。
・・・言えるかどうか解らないけど。
「ん、これは・・・うーん、どう、かな」
ただ依頼の中に二つ程、あの山では見かけていない素材が必要な物が有った。
あの森には確実に住んでいない魔獣の爪や皮や牙、そしてその魔獣体内の毒。
外側は綺麗な状態であれば買い取るけど、ズタズタなら毒だけで良いらしい。
ただし毒の発生器官が綺麗な事が最低条件。
「この魔獣を倒す事自体は全然問題ないけど・・・居る、かな?」
窓を開けて山の方に目を向ける。大半は木が茂っている普通の山だ。
この依頼の魔獣はそういう山林豊かな所には住んでいないはず。
前見かけた魔獣は私の知識の範疇外の生き物ではなかったし、環境さえ適合するならこの辺りにも居る可能性は有ると思うんだけど・・・。
「行くなら、あそこ、かな。少し遠い。徒歩で行って帰るとなると・・・長ければ十日はかかるかも。取り敢えず今日は準備して、明日にしよう。遠いなら急いでも仕方ないし」
少し遠くの山に、魔獣の居る可能性の有る山を視認出来た。
途中まで街道が整備されてると良いけど、無いと多分かなり日数がかかる。
武装の類は十分有る。爆弾が心許ないけど、今回の依頼ではどうせ使えないし。
折角だから皮はちゃんと綺麗に持って帰りたいし、毒は自分の分も確保したい。
「良し、そうと決めたら、寝よう」
準備なんて今からやる事は無い。今はただゆっくりと寝よう。
そして夜になったらライナに暫く離れる事と、ちゃんとお肉を狩って来ることを伝えないと。
ちゃんと褒めてくれるかなぁ、ライナ。
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フードの女が出て行った後、常連客が怪訝な顔をしながら店に入ったのを確認する。
そのままカウンターにまっすぐに着いたので、何時もの酒を手に取る。
一杯分はグラスに注ぎ、残りは瓶ごと置いておく。
この客は何時も一本飲み切るし、大体いつもこういう出し方だ。
「どうした、おかしな顔をして。何か有ったか?」
「いや、ついさっき変な女とすれ違ってよ。すげー威圧感の有る声音で謝られたんだよ」
これはどうやっても勘違いしようがないな。
おそらくフードの女の事だろう。何が有ったのか知らないが常連が無事で何よりだ。
「あれが例の錬金術師だ」
「ああ、あれが。成程、喧嘩売らなくて良かったよ」
あの女の事は、最近少しだけ噂になっている。
最初は眉唾物でしかなかった噂だが、真実味の有る噂が。
曰く、単独で山に入って行き、魔獣を単独で無傷で撃退し、綺麗に持ち帰った女が居ると。
最初は門兵達が変な女を見たという噂だったそれは、今では結構な人間の耳に入っている。
何せその魔獣の素材を使った薬が納品され、その魔獣の肉が食堂の娘の所で振舞われた。
あのフードの女が食堂の娘と一緒に居る所は何人も目撃している。
そしてあの女が酒場に来て、俺から依頼を受けた事もだ。
態々納品の際、依頼書の裏に別素材を使った事も書いていたし、事実として間違いない。
フードの女が帰って来る所を見ていたらしい常連も居て、裏はすぐに取れた。
つまりあの女は見た目は女だが、ただの女と侮ると危ない女という事だ。
「こちらとしても店頭でトラブルが起きず何よりだ」
「ひでえな、常連客の身の心配ぐらいしてくれよ。大事な収入源だぜ?」
「残念ながらあの女の仕事の方が収入は上なんだよ」
「うーわ、ゲスい発言」
流石に本気で言っているつもりは無いので、常連客も笑ってすましている。
とはいえ金額的な事は本当なんだがな。
もしあの女が今回の依頼も容易くこなせるなら、それは酒場の運営よりも金回りが良い。
問題は稼ぎ過ぎて領主殿に目を付けられる可能性ぐらいか。
まあ、上手くやるしかないが。
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