第10話、やっぱり引き籠れなかった錬金術師。

ここ数日間、とても幸せな日々が続いている。

毎日部屋で引き籠れて、更に毎日ライナに会える。

その上ライナの料理も毎日欠かさず食べてるんだから。


「あ~・・・幸せぇ・・・このままずっと引き籠ってたい・・・」


ベッドで布団に包まりながら、誰に言うでもなく呟く。

余りに幸せ過ぎて思わず心の声が口から出てしまった様だ。

だがそんな幸せな時間に、唐突に扉がどんどんと叩かれた。


「ふえっ!? な、なに、何で!? お金は払ったよ!? 誰!? 何!?」


驚いて飛び起き、ドンドンと叩かれる扉に怯えて部屋の端に避難。

この時間のライナは忙しいはずなので、ライナだという事は絶対にない。

ならライナ以外に誰が来るというのだろうか。


考えられるのは宿の従業員の誰か。女将さんの可能性が高いんじゃないだろうか。

だけど私はちゃんとお金は払ったし、掃除の類も断っている。

誰も訪ねて来るはずの無いこの時間帯に一体だれが!?


「セレス! 居るんでしょ! 開けなさい!」

「ラ、ライナ?」


絶対に違うと思っていたのに、扉を叩いていたのはライナだった。

慌てて扉を開けるとそこにはライナが居たのだけど、何時もと少し様子が違う。

気のせいでなければ、何だか、怒っている様な気が、する。


「ラ、ライナ、ど、どうしたの? この時間、い、忙しい、よね?」


ライナの剣幕が怖くて上目遣いで様子を窺うと、彼女は一瞬うっと怯んだ。

だけどそれは本当に一瞬で、何時もの優しい笑顔がキッと私を睨む。

それだけで思わず目に涙が溜まるが、今度はもう怯む様子を見せてくれない。


「セレス、さっきマスターに会ったけど、お金を取りに行ってないんだって?」

「え、あ、へ? あ、うん、そ、そういえば、取りに行って、ない、ね」


言われて思い出したけど、そういえば後日取りに行くという話だった。

完全に忘れていた。引き籠り生活が幸せで欠片も思い出せなかった。

何か忘れてる気がしたのはこれだったんだ!


「そ、それを、伝えに、来たの?」

「それも有るわね。でもね、セレス。もっと大事な事が有るわ」

「な、何?」


ライナが怖い表情でずいっと近づいて来て、思わず同じだけ下がる。

だけどそれでも距離を詰めてきて、最後はベッド足が当たって倒れてしまった。

逃げ場のない私にライナがのしかかり、鼻が触れる程顔が近づいて来る。


「私は確か、依頼で外に出る事が有れば、ついでにお肉をお願いね、って言ったよね?」

「う、うん、言ってた」

「その代わり食事は無料、って言ったわよね?」

「う、うん」

「ちゃんと仕事をした上で外に出ないなら仕方ないけど、引き籠って外に出ていない場合は該当しないの。解る?」

「あっ・・・」


つまりはお金を払うと言っておきながら、食い逃げをしていた。

仕事を受けていながら、払う予定も無く食事を食べていたと、そう言われているんだ。


「で、でも、ライナ、気が向いた時で良いって、言って―――」

「仕事をしたついでなら気が向いた時で良いって言ったの」

「じゃ、じゃあ、今からいっぱい狩って―――」

「それじゃ買い取れないし使いきれないでしょう。そうなるとセレスの稼ぎは無くなるし、宿代すら払えなくなるわよ。それ以外にも入用な時だって有るでしょう」


うう、ライナの眉間にドンドン皺が寄って行く。お母さんみたいで怖い。

ど、どうすればよかったの? 私もう解んないよぉ・・・!


「ふぐっ、だっ、わたっ、ひっ、しあっ、だったし」

「はぁ・・・はいはい、泣かない。ちょっと詰め寄り過ぎたのは謝るから。ほら座って」

「ひぎゅ~~~!」


溜め息を吐いて私を引き起こし、優しく頭を撫でるライナ。

その様子は何時ものライナで、安心して一気に緊張していた分の涙が流れる。

暫く泣き続けてしまったけど、ライナは私が話せるようになるまで待ってくれた。


「ひっく、その、ひぐっ、どうすれば、いいの?」

「そこは解って欲しかったなぁ・・・取り敢えず先ずはマスターからちゃんと報酬を受け取って来る事。そしてマスターの出す依頼を受けて来る事。良いわね?」

「そ、そしちゃら、ひぐっ、ライナ、もう、うぎゅっ、怒らない?」

「怒らない怒らない。ちゃんと頑張ってる分は褒めてあげる」

「わ、わがっ、だぁ・・・!」


その後は完全に鳴き止むまで抱き締めてくれて、背中をポンポンと優しく叩いてくれた。

正直に言うとそのまま寝てしまいたかったけど、そうすると本格的に嫌われかねない。

流石にライナに嫌われるような事だけは全力で避けたい。

そう決めて気合いを入れ、外に出る服に着替えてフードを被る。


「じゃあ私は店に戻るけど・・・ちゃんと行くのよ?」

「わ、わかった。ちゃんと、いき、ます・・・!」


さっきの怒ったライナを思い出して少し泣きそうになりつつも、気合いを入れて応える。

ライナは一瞬微妙な顔をしたけど、優しく頭を撫でてくれてから宿を去って行った。


「よ、よし、行くぞぉ・・・!」


自分としてはこれ以上ないという程に気合いを入れ、その後に続いて宿を出る。

人通りのまだ多い時間帯なのでフードを深く被り、視線を避ける様に道の端を歩く。

そうして酒場に辿り着くと、まだ早い時間なのに人がそれなりに居るのが解る。

酒場なんだから夜以外人が居なくて良いのに・・・!


「うう、い、行かなきゃ・・・!」


幸いマスターは私がこんなのでも対応してくれる人だ。

頑張れ私。大好きなライナに嫌われない為だ!


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


客もまばらな時間帯に、何時もの入り口の開閉音が鳴り響く。

目を向けるとフードの女が居り、俺の方にまっすぐと向かって来ていた。

どうやら食堂の娘はしっかりと伝言を伝えてくれた様だ。


「待っていたぞ。以前の薬だが、確認した所、物は確かだった」


むしろ普段より質の良い物もあり、納入の速さも込みで金払いは上乗せされている。

先方はあんなに早く手に入ると思っていなかったらしく、かなりご機嫌だった。

俺にもチップを上乗せして貰ったので懐が温かい。


「これが報酬だ。受け取れ」


普段なら渡す際に顔を見せろという所だが、この女は間違え様が無いだろう。

前と同じローブなのもそうだが立ち方に隙が無い。

こちらに向かって歩いて来る時も、襲い掛かって無事で済む気がしない物が有る。

それにそう感じるだけの理由も既に裏が取れているしな。


微妙な緊張感を持ちつつ反応を待っていると、女は金に手を伸ばして懐に仕舞った。

そしてそのまま入口に振り向き、帰ろうと足を踏み出す。


「おおっと、待った待った。まだ帰られちゃ困るぜ」


いきなり帰るとは思ってなかったから焦って呼び止めると、女はすぐに立ち止まった。

もしかすると癇に障ったと思い様子を見たが、意外と素直にカウンターに戻って来た。

そしてまた前と同じく直立不動で動かない。ああつまり、早く話せってか。


「話が早くて助かる。あんたが来る前提で受けた依頼が有る。受けないか?」


お望み通り話を早く済ませる為に、女の為に用意した依頼をカウンターに並べる。

半分は本当だが半分は嘘だけどな。

女が出来るに越した事は無いが、出来ないとしても別に宛は一応有る。


それに余りに無茶な依頼は未達成でも違約金は無しな依頼だ。

とは言っても依頼を受けた人間には発生するけどな。

違約金が発生しないのは仲介の俺だけ。どっちにしろ損は無い。


さて、どの依頼を受けてどれを断る。

それでお前の実力を見極めてや―――。


「なっ!?」


コイツ、マジか。また全部取りやがった。この依頼も全部持って行くつもりか。

明らかに常人に達成できる様な依頼じゃねえものも混ざってんだぞ。

まさかコイツ、依頼内容見てない訳じゃねえだろうな!


「・・・良いだろう、任せたぞ?」


だとしても止める義理は無い。達成すれば大儲け。達成できなくても多少の儲けだ。

女は俺の言葉を聞くと今度こそ振り返る事は無く、スタスタと店を出て行った。

まるで一切の動揺を見せず、至極当然の様子で。


「はっ、おもしれぇ・・・やれるもんならやってみな・・・!」


その時はお前を一流の錬金術師として扱ってやる。

何でそんな奴がこんな半端な街に居るのか知らないが、俺にとっては願ったり叶ったりだ。

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