第9話、念願の引き籠りをする錬金術師。

ライナに作って貰った食事を平らげて、一息ついた所で仕事の話をした。

素材分しか報酬は貰えなかったけど、それなりの金額が貰えたので道具代も渡しておく。

肩代わりしてくれた事にもちゃんとお礼を伝えると、頭を撫でて褒めてくれた。


嬉しくてライナの手にされるがままになっていたけど、途中ではっと忘れている事に気が付く。

未だ食事代を一度も払っていない。

ライナは道楽で食事を振舞っている訳じゃないのに、またご馳走になって忘れる所だった。


「ラ、ライナ、ごめん、食事代、忘れてた」

「ん、ああ、良いわよ別に」

「よ、良くないよ。お仕事も紹介して貰って、道具も買って来て貰って、それで食堂やってるライナから食事をただで振舞って貰うなんて、流石に駄目だよ」


必死になってライナにお金を渡そうとそう伝えると、彼女は少し首を傾げて目を天井に向ける。

何か考え込みだしたみたいなので、ライナの答えが出るまで素直に待つ。

暫くすると彼女はパンと手を叩き、ニコッと笑って口を開いた。


「セレス、これからも仕事はしないといけないわよね?」

「え、う、うん、嫌、だけど、しないと、お金が無いし・・・」


最低限宿に泊まるお金が居る。土地や家を手に入れても税を納める必要が有る。

どちらにせよ纏まったお金が無いと引き籠れないから、また仕事はしないといけないだろう。

とはいえ暫くはする気は無いけど。だって暫くしなくて良いぐらいお金貰ったし。

残りの報酬も貰ったら、そこそこ長い期間引き籠れるはずだ。


「じゃあ仕事で外に出る機会が有れば、その時はうちに魔獣のお肉卸してくれない?」

「・・・え?」

「あの魔獣じゃなくても、美味しいのなら何でも良いわ。ちゃんとお金は支払うから、期間不定期の依頼と思って貰って構わないわよ。友人馴染みの口約束程度で」


魔獣のお肉。この間のお肉を仕入れたら良いのかな。

しまった、それならあの時の魔獣吹き飛ばすんじゃなかった。

全部綺麗に仕留めてどうにか保存すれば、時間はかかっただろうけど持って帰れたのに。

何で私はこう、やる事やる事裏目なんだろう。


「ま、待っててライナ、今すぐ狩って―――」

「はいはい、立たない。落ち着きなさい。ついでって言ったでしょ。話はちゃんと聞きなさい」

「あ、う、うん・・・」

「解ったなら、ちゃんと座る。相変わらず早とちりなんだから。それにまだ続きも有るのよ?」


ついで。そっか、ついでか。定期的に欲しい、って訳じゃないのかな。

取り敢えず中途半端に上げた腰を下ろしてライナの話の続きを聞く。


「見ての通り私は食堂をやってる。だけど余り大量のお肉を毎日持って来られても逆に困るわ。だから外に出たついでに、前回と同じぐらいの量。それで充分。どう?」


成程、あんまり持って来られても困っちゃうのか。

それなら確かに今すぐ持って来る必要は無いかな。

前回お土産で持って来たお肉は魔獣一匹分有る訳だし。


「更に毎日の食事も提供、って事で。だから今までの分も今食べている分もお代は要らないわ」

「え、い、良いの?」

「ええ、構わないわよ。むしろこちらとしては儲けの方が大きいと思うしね」

「そ、そうなの!? じゃ、じゃあいっぱい狩って来た方―――」

「セレス、さっき言ったでしょ。ついでの量で良いの。解った?」

「は、はい、ごめんなさい・・・」


ライナの為にと思ったんだけど怒られてしまった。

でも良いの? 私についでに狩ってこいって話になると、中々行かないと思うよ?


「ああ、そうだ。その事を気にし過ぎて本来の仕事が疎かにはならないようにね。もしお肉を持って狩るのが無理だったら、持って帰ってこなくて良いから」

「わ、解った。絶対お肉は持って帰って来るね・・・!」

「セレス・・・お願いだからちゃんと話を聞いて・・・」


大丈夫、解ってるよ。ちゃんと仕事をして、その上で持って帰ってこい、だよね。

絶対にお肉はしっかり持って帰って来るから安心して。


「そ、そういえば、山菜とかは要らないの?」

「そっちは別に良いかな。セレスが向かった山とは反対の山は比較的安全で、そっちで取りに行く人から買ってるし、暇な時は自分でもいくしね」


そうなんだ。安全って事は魔獣とかが出て来ないって事なのかな。

山と山の間に何の要因が有ってそうなっているんだろう。

気が向いたら今度調べに行ってみよう。もしかしたら何か面白い物が在るかもしれない。

そんな所絶対人が来ないだろうし、気軽に向かえるだろう。


「そっか、じゃあお肉だけで良いんだね」

「お願い。くれぐれもついでで、前と同じ量よ?」

「うん、解った」


道中山菜豊富だったからついでにって思ったんだけど、さっき怒られたし素直に頷いておく。

確か結構高級食材扱いされる物も有ったけど、多分向こうの山にも有るんだろう。

買取だけならともかくライナ本人が向かう事も有るみたいだし、多分気にしなくて良いよね。


「じゃ、商談成立。ほら、ちゃんと出来たじゃない。こういう風にすれば良いのよ」

「へ・・・あ、うん。でもこれは、ライナ相手だからだし・・・」


確かに言われてみれば、今のは商談なんだと思う。

だけど私にはそんな気は無かったし、ライナは私に話し易い様にしてくれていた。

それに商談内容も私が決めた物は何も無くて、素直にライナの言葉に従っただけ。

これじゃとてもじゃないけど商談が出来たとは言えないと思う。


「ま、良いわ。少しずつで良いから頑張りなさい。セレスはやれば出来るんだから」

「――――――う、うん」


やれば出来る。何だか懐かしい。子供の頃はライナに良く言われていた気がする。

彼女に言われると思わずその気になって頑張っていた。

今すぐは絶対に無理だけど、それでもライナに言われるといつかは出来る様な気がする。


「ふあぁ~・・・もう遅いわね。私は明日も早いし、もう寝かせて貰うわ」

「あ、う、うん、ごめんね、遅くまで。すぐ出るね。またね」

「ええ、また明日」

「う、うん! また明日!」


店を出る際にまた明日と言われ、何だか嬉しくなって声が大きくなってしまった。

明日もライナに会える。ライナの食事を食べれる。その事実はとても嬉しい。

その嬉しい気分で宿に戻り、その日はぐっすりと寝入った。


翌朝は室内で出来る範囲の運動をして一日を過ごし、また人の居ない時間帯にライナの下へ。

その翌日は前回採取した物の余りから適当に使える物を作って、夜にライナの下へ。

更にその翌日は一日中ベッドで寝て、夜にライナの下へ。


宿代は既に先払いしているので誰にも邪魔されない、引きこもり生活を堪能していた。

今しばらくはお金が要らないので、宿代が心許なくなったらお仕事をしよう。

・・・あれ、何か大事なこと忘れてる気がする・・・ま、いっか。寝よう。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「さて、買い出しに行きますか」


最初の忙しい時間が終わった合間に店を出て、微妙に残っているであろう食材を買いに向かう。

セレスは基本的に夜にしか来ないのが解ったので、この時間は全く気にしなくて良いだろう。


そういえば、ここ暫くのセレスは街の外に出て行く気配がない。

狩りを目的で向かわせたら大変な事になる予感がしてついでと言ったけど、余りに向かわな過ぎると少しばかり困るのよね。

以前のお肉は店で出してしまったし、次の仕入れも無い訳じゃないと言ってしまっている。


なら早く取りに行く様に言えば行くだろうけど・・・いや、駄目ね。

やっぱりどう考えても騒動になる予感しかしないわ。

セレスは私の言葉に気合を入れ過ぎるし、気合いの入ったセレスは何をするか解らないもの。


欲望に負けてお願いしてしまったけど、これならしない方が良かったかしら。

でもあのお肉は一度食べたら少々割高でも食べたいって人多かったのよね。


「ま、多分調合の仕事が多いんでしょうけど、こればかりは仕方ないわね」


最近やってる仕事は以前と似た様な仕事なんだろうか。

街に居た薬師が引退したから仕事は増えてるだろうし、難しい仕事もしているのかもしれない。

倒れた後どうにも回復せず、後継者も居ないらしいし、セレスは今後も安泰だろう。

人が倒れて喜ぶのも良くはないけどね・・・。


「あ、マスター。マスターも買い出し?」


マスターは朝が弱いのか、いつもこの中途半端な時間帯に買いに来る。

同じタイミングで買いに来る私が言えた話ではないかもしれないけど。

私は朝に弱い訳じゃないから違うわね、うん。


「食堂の娘か。そうだ、丁度良い。お前に頼みが有る」

「へ、頼み?」


マスターが私に頼みなんて珍しい。一体何かしら。


「あの錬金術師の娘に伝言を頼む。金をとりに来いと」

「え、あの子まだ取りに行ってないの!? あれからかなり経ってるわよ!?」

「俺に言われても困る。あいつ用の依頼も見繕ってるのに一切来ないから、こっちもどうしたものかと思っていたんだ。という所でお前と出会った。頼んで良いか?」


え、それはつまり、もしかして、あの子本当にただ引き籠ってただけ?

あー、裏目に出た。ついでって言ったのが完全に裏目に出た。

あの子が張り切り過ぎない様にって思ったのに、気を抜き過ぎてる。


「解った。引き受ける。ついでに仕事も受ける様に言っておくわ」

「助かる。じゃあな」

「ええ、じゃあ」


マスターは用件は終わったと食材を抱えて去って行き、私も買い出しを終えて店に戻る。

そして急いで下ごしらえだけ終わらしてから宿に向かった。


「セ~レ~ス~・・・!」


頑張ってるんだって思っていたのに、あの子はもう!

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