第8話、仕事を終えて一息つく錬金術師。
素材の報酬は兎も角薬の報酬は後だと言われてしまった。気が重い。
ただでさえ人の多い所は怖いのに、また酒場に来ないといけないのか。
そう思っていたら、報酬はライナに預けておこうかと言われた。
それは嬉しいと思い思わず喜んだら、すぐに止めておこうと言うマスター。
一瞬喜んだだけに落ち込みは物凄く激しく、眉を顰めて肩を落としてしまう。
そして喜んで反応してしまった事が恥ずかしい。マスターと周囲の人の目が痛い。
うう、まだフード被っちゃだめなのかな。
何だか凄く見られている気配がするし、早く被り直したい。
き、聞かないと、駄目な事かな。聞いても、怒られないかな。
「・・・もう、良い?」
「――――あ、ああ、もう、終わりだ」
許可を貰ったので即座にフードを被り直し、お金を受け取って外に出る。
怒られなくて良かった。怖くて声が震えたけど、マスターは余り気にして無いのかな。
昔は自分が訊ねると何故か怒られる事が多くて、何時しか訊ねるのが怖くなってしまった。
時々話すら聞いてくれずに逃げる人も居て、酷い人は殴りかかって来る人も居た気がする。
でもここ最近は訊ねたらちゃんと返してくれる人が多い気がする。
偶々そういう人が多いのか、私の受け答えが上手になったのかどちらだろう。
「・・・上手になってる訳無いよね。ずっと、こんなに怯えながら話してるんだから」
口数も少なく必要最低限しか話していない自覚は流石に有る。
だから偶々相手が良かっただけだ。自分は相変わらず受け答えなんて出来てない。
なんて態々自分で自分を追い詰める事を考えつつ、宿にまっすぐに向かう。
まだこの時間だとライナは忙しい時間帯のはず。
先ずは宿で今後の宿泊代金を先払いして、暇になった頃合いに報告に行こう。
「ま、まずは、先払いのお金、渡す事を、伝えないと」
宿の手前で体が震えるのを自覚しながら、気合いを入れるつもりで呟きながら中に入る。
すると女将さんが丁度受付に居たので、暫く宿泊出来る量のお金の入った袋を台に差し出した。
一応帰ってくる道中で生活費は分けておいたので、このまま渡して問題無いだろう。
だけど女将さんは困惑した顔で私と袋を見つめるだけで、全く動く気配がない。
ああ、しまった、袋から出せばよかった。うう、せ、説明。
「・・・暫くの、宿泊代」
「・・・ああ、ああそっか、あんたかい・・・数えるから少し待ってくれるかい?」
どうやら女将さんは私が誰なのか解って無かったらしい。
フードは被ったままなので多分声で判別したんだろう。
流石だなと思いながら首を縦に振り、おかみさんがお金を数えるのを待つ。
「これだけ余るから返すね。長期契約の場合は多少安くしてるんだよ」
女将さんはそう言うと幾らかを袋に戻して私に差し出した。
長期だと割引が有るのか。ならありがたく返して貰おう。
袋を受け取って懐に仕舞い、部屋に戻った瞬間疲れた気分が押し寄せて来た
これは多分、人がいっぱい居る所に向かった疲れだろう。
一人になって気も緩み、そのままベッドに倒れ込む。
ライナが暇になる時間までひと眠りしよう。
あ、でも残りの報酬受け取りに行かないといけないんだよね。
うーん・・・いや良い。今は考えない。とにかく今はお仕事終えたんだ。
そうだ、ちゃんとお仕事が出来た。
ライナに手伝って貰ってだけど、仕事がちゃんと出来たんだ。
これは私にしては大きな一歩じゃないだろうか。
うん、そうだそうだ。今日ぐらいは自分を褒めてあげよう。
そう思いベッドの柔らかさに意識を落とし、日もとっぷりとくれた頃に目を覚ます。
窓から星を見て、思った通りの時間に起きれた事を確認。
フードを被ったまま寝たのでそのままお金だけ持ってライナのお店に向かう。
時間も時間なので人通りももう少なく、暗いので私を気にする人も余り居ない。
暗闇に溶け込む様な色なので、良く見ないときっと私の事は見つけられないだろう。
更に昔何となく本を読んで覚えた静かな歩法を再現しながら店に到着。
普段からこれでくれば目立たないかもしれない。昼間は明るいから無意味だけど。
取り敢えず店の中からはライナの気配しかしないと思うけど、そーっと扉を開けて中を窺う。
「あ、すみませ・・・セレス、そんなに恐る恐る入って来ない。ほら、おいで。お茶入れてあげるから。どうせまた食べてないだろうし、食べて行きなさい」
「あ、う、うん。昨日の食事から、食べてないから、凄く嬉しい」
「はいはい、じゃあそこに座って待ってなさいな」
ライナは多分お客さんだと思ったようだけど、すぐに私に気が付いて上がる様に促した。
素直に従ってお店に入り、ライナの好意に従って席に着く。
ライナの入れてくれたお茶を啜りつつ、厨房から香って来るおいしそうな匂いにお腹が鳴る。
「ぐうぅぅ、前もそうだったけど、何故かここに来ると急激にお腹が空いて来る・・・」
ぎゅるると急に動き出すお腹と襲って来る空腹感を、テーブルに突っ伏して耐える。
何でこんなにお腹が空くんだろう。普段こんなに空腹にならないんだけど。
そういえば初めてこの街に来た時も、この匂いに釣られて来たんだっけ。
「体が、ライナの料理を、覚えている・・・!?」
この匂いを嗅いだら食事だと、昔の記憶が働いているのだろうか。
お母さんの食事よりも親友の食事の方が美味しかったから、可能性はありそうだ。
家の食事は何というか、必要最低限というか、味を気にしていないというか・・・。
食事を率先して自分で作る様になるぐらい、お母さんの食事は美味しくなかった。
「お母さん・・・元気かな・・・元気だよね・・・」
お母さんに追い出された事は解っているけど、それでも何となく心配になった。
だけどすぐに「アンタに心配される方が腹立つわ!」と怒られるのが想像出来た。
うん、間違いない。間違いなく怒られると思う。
「頑張ったよ、私。少しは褒めてくれるかな」
ライナに手伝って貰ったし、会話らしい会話なんて碌に出来てない。
それでも知らない街に来て、知らない人に会って、知らない所で仕事をした。
首の皮一枚繋がった様な状況かもしれないけど、それでも取り敢えず何とかなったと思う。
「解ってるよ。お母さんが私の為を考えての事ぐらい。解ってる」
追い出された時はお母さんに恨み言しか出て来なかった。
それは紛れもない本心で、今でも正直に言えば悲しくなる。
だけど解ってる。私はお母さんにとって足手纏いで、それでも面倒を見てくれていた。
私を見捨てず鍛えてくれた尊敬するお母さんが、腹を立てただけで追い出すなんて思ってない。
「それでも人の目はこわいよ~~~~。引きこもりたいよぉ~~~~、あだっ」
テーブルの上でバタバタと暴れていると、ペシンと頭を叩かれた。
顔を上げるとライナが料理を片手に立っていたので、慌てて上体を起こして座り直した。
「全く、何してるのよ。料理が置けないでしょ」
「ご、ごめんなさい。その、これからの事考えてたら、その」
「あー・・・そうだ、そういえば依頼はどうだったの?」
「依頼なら―――――」
ライナに言葉に応えようと思った所でお腹がひと際大きく鳴り、思わず言葉が止まってしまう。
少し恥ずかしく思いながら上目遣いでライナを見ると、彼女は苦笑しながらスプーンを手渡してくれた。
「先に食べて、食べ終わったらゆっくりお茶でも飲みながら話してくれれば良いわ」
「う、うん、ありがとう。頂くね」
お腹の音で空腹を思い出してしまい、もう食べる事で頭がいっぱいになってしまっている。
言葉に甘えて先に食べてしまおう。
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バクバクとものすごい勢いで食事を平らげて行くセレスを見届けてから厨房に戻り、新しくお茶を用意して席に戻る。
セレスは私が席を離れた事にも気が付いていないようで、一心不乱に食べていた。
だけど少しすると食べるペースがゆっくりになり、私に視線をチラチラと向け始める。
相変わらず目つきが普通の人のするそれじゃない。
「どうしたの?」
「そ、その、お茶のお替り、いい?」
「ああ、はいはい。どうぞ。そんなの遠慮せずに言って良いのよ」
「あ、ありがとう。えへへ」
どうやら水分が足りなかったらしい。
お茶をカップに入れて渡してあげると、セレスはにっこりと笑いながら受け取った。
セレスは普通に笑えば可愛いのよね。睨み顔しないでそうしていれば良いのに、もったいない。
「普段からそうしていれば良いのに・・・」
「ふえ? 普段って、何が?」
「普段からそうやって笑ってれば、皆優しくしてくれるわよ、って話」
「ええー・・・嘘だぁー・・・ライナは優しいから、気を遣ってくれてるだけでしょ?」
私の言葉でも聞く耳持たずか。となるとこれは何か有ったわね。
何となく否定する理由は想像がつく。多分おばさんにも同じ事を言われたんだろう。
そして笑顔で接してみたら、相手が怯えるか逃げるかしたという落ちじゃないかな。
だけどそれは多分、ちゃんと笑えていなかっただけ。
無理した不気味な笑いを見せたんだと思うんだけど・・・。
「嘘じゃないのに・・・はぁ・・・」
「そ、そんな事言われても・・・で、でもでも、ライナのそういう優しい所は大好きだよ!」
溜め息を吐く私に慌てて言い訳をしだすセレスを見て、まあ良いかと苦笑してしまう。
幾らなんでも昔とは違い、彼女も女性として見た目は悪くなく成長しているんだ。
何時か言い寄る男でも出来て、自分の事を理解する時が来るだろう。
取り敢えず今日は好きに食べさせてから、依頼の結果でも聞くとしましょうか。
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