第7話、調合をする錬金術師。

ライナから美味しい食事を振舞って貰い、幸せな気分のまま宿に戻り就寝した。

翌朝はちゃんと起きて、道具を部屋に広げていく。


「さて、じゃあ始めようかな・・・」


置く所が無いので、肉以外の材料をベッドに置いて行く。

流石に内臓をベッドに置くのはやりたくない。血がつくし臭くなるし。


「えっと、こっちの材料はこれと一緒にやれば良いし・・・これも一緒に作った方が早いかな」


依頼書を改めて広げて作る物の確認をし、その作業手順を頭に構築していく。

複数種類作るのに一つ一つ順番になんて無駄な事する気は無い。

同時進行で準備を進め、全て一気に作ってしまうつもりだ。


「これ入れてくれてたのに、何で鍋入れてくれなかったんだろう・・・」


鍋置きを組み立てて、下に炭を入れる器を置く。

下に置いた器は買って来て貰った物だけど、鍋置きは鞄に入っていた物だ。

本当に何で鍋置きだけ入れたんだろう。お母さんのやる事は時々良く解らない。


「肝心の鍋が無いとどうしようもないよ、お母さん」


ぶちぶちと文句を言いながら器に炭を入れ、中に魔力を強めに通した種火石を入れる。

すぐに石は火となり炭にゆっくりと移って行き、それを確認してから鍋に水袋の水を入れる。

そういえばこういう日常で使ってる道具のストックも鞄に入って無かったし、これらも作らないといけない。

普段から服に仕込む癖ついてて本当に良かった・・・。


「今は急いで作る必要ないけど・・・暇な時に作っておこう」


この手の道具は作るの自体は簡単だし、材料も簡単に手に入るし。

本当なら水を井戸に取りに行くのも面倒だから、水生石も作っておきたい。出先でも便利だし。

近いうちに本当に作っておこう。


「こっちは全部刻んで・・・この分は磨り潰して・・・」


そのまま使う材料と煮だして使う物を分けて準備し、鍋の水が沸騰する前に準備を済ませる。

魔獣の内臓類は幾つか先に細かく刻んで日光にさらしておく。

粉末にする必要の有る素材も日光に当て風通しの良い所に置き、出来る限り乾燥させる。


「本当は一日置いた方が良いけど、早く済ませたいし、半日でやってしまおう」


鍋が一つしかないのだけが凄く不便だけど、こればかりは仕方ない。

それに部屋もそんなに広くないし、木造で熱にも強くはなさそうだから危ないと思う。


本当はレンガや石造りの家の方が安全だけど、場所なんて無いから仕方ない。

出来る限り小規模で、尚且つ手早く済ませて行くだけだ。


「魔獣の肝を磨り潰して鍋に溶け込むようにさせて、と・・・」


あの魔獣は本当に運が良かった。これを使うと他の材料も溶け込みやすい。

これ自体も薬の材料だけど、他の材料との親和性がとても良い

そのまま他の材料も順番に入れて行き、ぐつぐつと煮込む。


煮込んでいる間に、別で磨り潰した薬草や木の実を混ぜ合わせ、少し水を加えて練る。

ぶつぶつ感が無くなるまで徹底的に練りこみ、最後に豆粒サイズに丸めて分ける。

後は日の当たる所に置いて乾燥させておけば良い。


その間に鍋の煮込みが良い感じに進んで、どろどろの状態になり始めている。

軽く混ぜながらほぼ固形の液体になる迄煮込み、小瓶に移し替えて常温に冷ます。

一個じゃなく小分けにしておいた方が良いだろう。


どの薬も一回服用分サイズで作ったから、使用時に困る事も無いと思う。

塗り薬も今から作るけど、一個に纏めるよりはやっぱり小分けの方が良いよね。


取り敢えず鍋を綺麗に拭きとって、水で洗ってからまた鍋置きに戻す。

そのまま火にかけて水分を蒸発させてから、今度は水気を含んだ布でもう一度鍋を拭く。

本当はもっと思いっきり水で洗った方が良いけど、この部屋じゃ出来ないしなぁ。

外で洗うのは嫌だ。目立つもん。ああ、夜中に全部洗うのは有りかな。


「今日は下準備だけにして、夜中にやれば良かったかも・・・もう言っても仕方ないか」


魔獣の肝をまた磨り潰して混ぜ込んで、他の材料も全部磨り潰してさっきと同じ様にドロドロになる迄煮込む。

やる事は殆ど同じだけど、こっちは冷えると完全に固まる。

鍋を傾けても落ちないので匙ですくって移し替えて行く。


次に最初の方で細かく刻んで日に当てておいた魔獣の内臓類を確認し、良い感じに乾燥していたので磨り潰していく。

同じ様に刻んで乾燥させていた他の植物類も磨り潰してしまう。

大した下準備が必要なく使えるものは楽で良い。


粉末で混ぜて使用する薬の類は、包み紙を並べて端から一気に置いて行く。

これらも最初と同じく一回服用分に分けておいた方が良いかな。

全ての包み紙に薬を盛ったら、綺麗に包んでから大きな包みに纏めた。


・・・そういえば使用の際の説明とかしないといけないんだろうか。

うん、無理。出来ない。その辺りは依頼に書かれてないし知らない。

態々小分けにしてるんだから、これで無理な服用をしたなら私はもう知らない事にする。


「・・・後は鞄に詰めるだけ、と」


しかしあの山、薬の材料も、それ以外の道具に使えそうな物も、色々豊富な山だ。

なんであんなに資源いっぱいの山なのに、手を付けていないんだろうか。

まあ私はありがたく勝手に取らせて貰うだけだけど。


それに素材だけの依頼も有ったけど、何で態々依頼を出してるんだろう。

一日二日かければ普通に手に入る距離なのに。

私と同じで引き籠りが居るのかもしれない。ただし私と違ってお金持ちの。


「許せない・・・私は引き籠れないのに・・・!」


まだ見ぬ同類に怒りを感じながら、だけどそのおかげでお金になるので複雑な気分。

後はこれを酒場に・・・待って、良く考えたら私一人であそこへ行くの?

え、無理だって。外を見るともう日が暮れているし、この時間に酒場とか絶対人が多い。


「ど、どうしよう・・・」


ライナにまた一緒に行って貰う?

いや、今の時間は絶対忙しいから邪魔になるし、怒られてしまうかもしれない。


そうだ、良く考えたら私、まだライナにお金払ってないし、食事代も払ってない。

とは言え手持ちは・・・。


「うう、ライナにお金を渡す為にも、い、行くしか、ない・・・」


嫌だけど、凄く嫌だけど、作ったものを全部鞄に入れて、フードを被る。

ああ行きたくない。行きたくないけど行かなきゃ。

泣きそうになりながら一人で日の暮れる街を歩き、前に来た酒場までやって来る。


入口に立った時点でわかる程、人の声が多く大きい。扉に伸びる手が震える。

い、いや、店主は依頼を受けた時無言でも怒らなかった人だ。

だから私が喋れなくて無言でも、きっと大丈夫。うん。


「よ、よおし、い、いくぞぉ・・!」


もう半泣きになりながら、涙声で気合いを入れて酒場に入った。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



「ん? ・・・早いな」


店内が大分煩くて聞こえ辛かったが、出入口の開閉音が微かに耳に入り目を向ける。

昨日のフードの女だ。昨日の今日で来るという事は、無理な依頼でも断りに来たか。

逃げなかった事は褒めてやるが、やはりこの程度の街に来る人間だった様で残念だ。


常連客も幾らか入口に目を向けるが、フードを深く被った人間だからか声をかける気配は無い。

体型は女だが、見た目通りとは限らんしな。とはいえうちの店で面倒はやらせんが。

女はキョロキョロと周囲を見回すと、おそらく俺を見つけてまっすぐにこちらに向かって来た。

あれで前が見えているのか疑問になるが、おそらく見えているのだろう。


「どの依頼が――――」


無理だったのかと、そう聞こうとした瞬間、女はカウンターに鞄を置いた。

片眉を上げて女を見るも、女はそれ以上動く気配がない。

ただ俺に体を向け、何かを待つ様に。


「―――まさか」


あり得ない。そう思いつつ、鞄を開ける。

中には大量の小瓶と包み紙が入っており、依頼していた他の素材類も揃っていた。

ご丁寧に依頼書も中に入れて、どれがどの薬か解り易い様に分けてある。


「・・・全て、終わらした、のか」


馬鹿な! たった一日で終わる物じゃないだろう!

材料から何からそう簡単に集まる物じゃない物が多数有ったんだぞ!

それにこの薬も、そんなに簡単に出来る物じゃないはずだ!


「最初から持っていたのか?」


いや、そんな訳はない。それなら当日に持って来るだろう。

態々食堂の娘が紹介しに来る程金に困っているのならば尚更。


それにこの素材類もだ。どこから採って来た。この数をどうやって揃えた。

それなりの危険地域に行かなければ手に入らない物も有るというのに。

・・・いや、そこは問うべきではないか。

この女は仕事を成した。ならば報酬を払うだけだ。


「素材の分の依頼料は今すぐ支払おう。だが薬は、念の為後払いだ。いくら何でも持って来るのが早過ぎる。物が確かか確認してから、後日払わせて貰う」


ただし一時的な金を得る為に、適当な物を持って来た可能性も無くはない。

そう思い揺さぶったつもりだが、女は一切動揺する気配がなかった。

ただただそこにずっと立つだけで全くと言って良い程に反応がない。


「それで良いな?」


聞いているのかどうかすら不安になり確かめる様に問うと、女は静かに頷いた。

本当に自信が有るのか、それともこの金だけでも十分なのか。

せめて表情が見えれば良いんだが、フードを深く被り過ぎていて口元しか見えないのが困る。

・・・そうだ。良い事を思いついた。


「金を渡す際、アンタの偽物が来たら困る。せめて本人かどうか解る様に、顔を確認させてくれ。そのままだと、似た様なフードの女に渡しそうだからな」


そう言うと、一瞬、ほんの一瞬だがフードの女は動揺を見せた気がした。

顔を晒すのを嫌がっている? という事は晒す事に不都合が有るという事か?

もしくは先の想像通り薬が偽物なのか・・・もう少し揺さぶってみるか。


「見せられないとなると、少し困る――――」


思わず、言葉に詰まってしまった。

俺の言葉の途中でフードを外した女の顔を、その目を見たせいで。

仕事柄、荒っぽい人間が来る事なんて慣れている。

依頼の斡旋なんて事をしている時点で危ない人間だって来ない訳じゃない。


むしろ依頼をする側が危ない人間な事も少なくない。

それでも、こんな目をする奴は少ない。

こんな何もかもに殺意を振りまいているかの様な目を向ける人間は。


それが女であれば尚の事だ。ここまであからさまに敵意を巻き散らかす女は滅多に居ない。

何故ならそれは自分の身を逆に危険に晒す行為なのだから。

普通に考えれば身体的に不利な女が、そして女という時点で武器を持つ存在がやる意味が無い。

だがそれでも、この女にはどうにか出来るだけの自負が有るのだろう。そう感じた。


「――――成程、覚えたよ」


覚えた? 違う、忘れ様が無い。背も低くないのに下から睨みつける様なこんな目は。

こんな目でずっと俺の話を聞いていたのか。ずっと静かにそこに立っていたのか。

久々に気圧される感覚という物を味わった。何者なんだこの女。


「金が出来たら何処に連絡を入れれば良い。食堂の娘にでも伝えれば良いか?」


そこで女は何故か目を見開き、圧力が更に増したような気がした。

何だ、あの娘に伝える事に何か不都合でも有ったのか?

解らん。この女、本気で何を考えているのか読み取れない。


「いや、止めておこう、取り敢えずこれは今回の報酬分の金だ。残りは後日、アンタが訊ねて来た時に渡すとしよう。それで良いな?」


そう伝えると、女の様子は元に戻った。戻っただけで相変わらず睨まれているが。

いや、もしかしたらこれが素の顏なのかも――――。


「・・・もう、良い?」

「――――あ、ああ、もう、終わりだ」


なんて暗くて重い声だ。怒りを我慢する様な擦れが入った、だけど確かに重みのある声音。

違う。この女、これが素の顏なんかじゃない。ずっと何かを抑えていやがる。


女はフードをまた深く被り直し、金を受け取って酒場を去って行った。

その背中が見えなくなった所で、じっとりと手汗をかいている事を自覚する。


「は、はは、マジかよ・・・はっ、面白れぇ。金になりそうだ」


あの女はヤバイ。それは間違いない。だがそれだけに薬が本物だという予感がした。

この薬を実質たった一日で持って来たその力量。それだけが本物ならそれで良い。

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