第16話、ご褒美にありつく錬金術師。

門番さんの傍まで来て、やっと帰って来れたと実感出来た。

そしてそれと同時にとある事をに気が付き、その場から動けなくなってしまう。

私、門の直前まで、ずっと、歌ってた。


疲れていて思考が鈍っていたとはいえ、人前でずっと歌ってた!

恥ずかしい! 物凄く恥ずかしい! 顔が燃えそうなぐらい熱い!


違うの。さっきのは違うの。荷物が多いから気合いを入れる為なの。

ああ、言い訳したいのに言葉が出ない。うう、自分の対話能力の低さが恨めしい。

門番さんが怪訝な顔で見てる。絶対聞いてたよねこれ。揶揄われるよね。泣きそう。


「フードを外してくれ。後は通行料を。金額は覚えているか?」


だけど門番さんは揶揄う様な事は言わず、静かにそう言ってくれた。

そのおかげでほんの少しだけ心が落ち着き、軽く深呼吸をしてからフードを取る。

恥ずかしくて眉を下げながら見つめるも、門番さんは特に表情を変える様子は無い。

いや、少し目を瞑っていたけど、ただそれだけだった。


「・・・はい、通行料」


優しい門番さんだけど今は恥ずかしさが強く、短く伝えるのが精いっぱいだった。

でも私頑張ったと思うんだ。普段ならこれも言えなかったと思う。恥ずかしすぎて。

だけどちゃんと喋れた。この人相手なら声が出せる。言葉になってる。


今後は街で何か困った時は、この人を探そうかな。

私みたいなのにも優しくて、とっても頼りになりそうだ。

うん、決めた。今後困って兵士さんに頼る時は、絶対この人に頼ろう。


「あー、その、一つ聞きたい事が有るんだが、良いかな」


自分の中でライナの次に頼りになりそうな人を認定していると、そんな事を言われた。

改めてそんな風に言われる様な事に覚えは無く、思わずキョトンとした顔を向ける。

門番さんは言葉を選んでいるのか空を仰いで考える様子を見せているので、そのままじっと待つ。

大丈夫だよ。私は考え込むともっと待たせちゃうから。ゆっくり待つよ。


「あ、い、いや、大した事じゃないんだが、先日熊の魔獣が街道に出た、という話が有って、その、アンタらしき人が倒したって話が有ったんだが、身に覚えは無いか?」


熊? 熊って・・・あ、初日の熊かな。それがどうしたんだろう。

良く解らないけど身に覚えは有ると伝えると、詳しく話を聞かせて欲しいと言われてしまった。

そうは言われても流石に今は疲れたから休みたい。この大荷物抱えて山越えして来たんだし。

お肉をライナに届けないといけないというのも有るし、出来れば今日は避けたい。


そう思って断ると、後日宿に来ると言われてしまった。

宿に来る。門番さんが宿に。お客さんが私の部屋に。え、何それ怖い。

いやでもこの門番さんなら、ううん、良い、かな?


大分悩んでから頷いて宿を伝えると、明るく礼を言われてちょっと顔が熱くなった気がした。

男の人にこんなに明るく話しかけられて、ちゃんと会話出来てるの初めてかもしれない。

そう思うと何だか余計に恥ずかしくなってきて、フードを被りなおしてそそくさと宿に向かう。


「あう、やっぱり・・・見られてる。なんでぇ・・・!」


ただその間ずっと誰かに見られていて、小さくなりながら宿まで戻った。

宿で女将さんに荷物の量に驚かれて、荷物のせいだったのかと気が付いたけど。


「ふうっ・・・疲れた・・・ああ、流石に体が重い・・・」


このまま翌朝まで眠りたいけど、それだとお肉を持っていくのが遅れてしまう。

ちゃんと店が閉まる頃に起きれるように仮眠をして、お肉だけを担いでライナのお店へ。

中の気配を探ると一人しかいない様だ。あの店員さんは朝だけなのかな。

ゆっくりとお店の扉を開けると、ライナが笑顔で振り向いた。


「あ、すみません、もう閉店な・・・セレス、お帰り! 大丈夫? 怪我はない?」

「う、うん、大丈夫。元気だよ」


ライナは掃除用具を置いてパタパタと駆け出し、私に近づくと体の状態を心配してくれた。

だから安心させようと返事したのだけど、何故かライナの眉間に皺が寄って行く。

え、何、どうしたの?


「・・・セレス、何だか声が枯れてるわよ。どうしたの?」

「え、あ、その・・・」


そういえば何だか喉がガラガラする。多分帰り道ずっと歌っていたせいだ。

普段大して喋らないのに変な所で酷使され、喉が疲れたと意思表示しているのだろう。

その事を伝えるとライナは心配そうな顔を止め、ほっとした表情を向けた。


「そう、良かった・・・帰りが遅かったから心配してたのよ。危ない魔獣に襲われでもしたのかと思って・・・無事でよかった」


ああ、やっぱりライナは優しいなぁ。ちょっと疲れたけど、あれぐらいなんて事無いのに。

魔獣の危険よりも、背負って来たお肉の重みの疲労の方が大変だったし。


「えへへ・・・あ、そうだ、ライナ、お肉持って来たんだけど、何処に置けばいいかな」

「あ、ちゃんと狩って来てくれたのね。ありがとう、セレス。じゃあ・・・待ってセレス。それ全部お肉?」

「え、うん、そうだけど・・・」


ライナが指を差しながら驚いている。

二匹分ぐらいなら多くないと思ったんだけど、駄目だったんだろうか。


「その量を一人で持って帰って来たの?」

「う、うん、だって、人、怖いし・・・」


結局街道には一回も出ずに帰って来た。人に会いたくないから。


「はぁ・・・いや、今日は止めておきましょう。ありがとうセレス。お疲れ様。この量を持って帰るのは疲れたでしょう?」

「う、うん、ちょっと。あ、でもでも、ライナの為を思えば全然平気だったよ!」

「そ、そう・・・今日食事はしたの?」

「ううん、してないよ。ライナに美味しいの食べさせて貰おうと思って!」

「ふふっ、はいはい。了解です。取り敢えずそのお肉中に入れちゃいましょ」

「うん!」


優しく笑うライナを見ていると、自分も嬉しくなって元気よく頷き返す。

お肉は取り敢えず私が運ぶ事にした。

その間にライナに食事を作って貰った方が、待っている時間が減ると思ったから。


ただその作業中に香って来る匂いにお腹が物凄く騒ぎ始め、どちらにせよ苦痛だった。

うう、いい匂い。早く食べたい。何でこんなに美味しそうなの。だって美味しいもん。

あ、もうお腹空き過ぎて訳解んなくなって来た・・・。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



セレスが肉を運ぶ姿をちらりと見つつ調理を進める。

あの肉、間違いなく貴重な肉だ。そうそう出回らない類の肉だ。

そもそもセレスが入れ物にしている魔獣の皮。あれだけでどれだけの値が付くのだろうか。


魔獣に詳しくない私でも解る事は、あの魔獣の皮が珍しい物だという事。

全く見た事が無いって訳じゃない。でも頻繁に出回っている物でもない。

そんな貴重な物を、ただ肉を入れる為だけの入れ物にしている。


あの袋がきちんとした作りの物ではないのは、流石に見れば解る。

多分荷物の為に即席で作ったんだろう。だけどそれを補って余りある物のはずだ。

あれだけ纏まった形で残っているなら、ばらして作り直す事も可能だろうし。


「・・・思った以上にセレスってば危ないし、常識がズレてるわね」


もう少し肉の話に制限をかけておいた方が良いかもしれない。

貴重な物を当たり前の様に持って帰って来るという事は、セレスにとって貴重な物はもっと大変な物な可能性が有る。


「あの時ついでといってやっぱり良かったわね。でなかったら何を持って帰ってきた事やら」


下手をすれば報奨金の出る様な魔獣を狩って来た可能性すらある。

それはそれでセレスの懐が潤うから良いだろうけど、人との関わりが増えるから何かやらかしそうな気もするのよねぇ。


「人付き合いは上手く行って欲しいけど、何するか解らない所が直ってくれないとなぁ」


肉を運び終わったらしく、テーブルで突っ伏して唸っている親友を見ながら呟く。

まあ今日は無事に帰って来た事を祝おう。

セレスがどれだけ何を出来るとしても、人間である以上不死身って訳じゃない。

怪我をせず帰って来たのは本当に良かった。


「もうちょっと待ってねー。すーぐ出来るからー」

「わがっだぁ~・・・」


ガラガラで擦れた声で返事をするセレスに苦笑しながら、手早く料理を仕上げていく。

あの声で話しかけられたら、知らない人は不機嫌だと思いそうだ。

そんな事を考えつつ料理を皿に盛り、テーブルへ運ぶと満面の笑みになるセレス。


食事をするセレスは何時も通り可愛い笑顔で、やっぱりもったいないと思う。

せめて他の客のいる時間帯にうちにくれば、この笑顔でイメージ変えれると思うんだけどな。

現状フードの怪しげな錬金術師、ってイメージで噂出回ってるし。本当にもったいない。

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