第17話、報酬をまた微妙に貰えない錬金術師。

「んん~・・・ああ、朝だぁ・・・」


閉じた窓から差し込む光を見つめながら起き上がり、伸びをしてゆっくりと頭を起こす。

そしてベッドからもそもそと起き上がり、テーブルに置かれているお弁当に近づく。


「えへへぇ~、朝からライナの食事が食べれるぅ~」


これは昨日帰る前に、ライナに用意して貰ったお弁当だ。

朝は来ないけど食べているのかと聞かれ、食べていないと答えたら作ってくれた物。


本当は朝も来なさいと言われたのだけど、夜と違って朝はゆっくり食べられない。

だってゆっくり食べていたら、その内食堂に来るお客さんで人が埋まってしまう。

そんな事になったら美味しい食事を楽しむどころの話じゃないもの。


怖い。人が多い所怖い。それに人の声が大きいのも怖い。やだ。


そう伝えるとライナはため息を吐いていたけど、こうやってお弁当を作ってくれたという訳だ。

朝起きたばかりなのに、まだ開けてないお弁当から香る匂いがお腹を攻撃してくる。

さっきまでまだ頭がぼんやりしていたのに、一気に目が覚めて来た。


「ライナの食事、もしかして中毒性有るのかな・・・」


少し失礼な事を考えつつ、お弁当を開けてがつがつと食べ始める。

美味しい。あったかい食事も良いけど、冷めて落ち着いた味になった物も美味しい。

いや、前のお弁当もそうだけど、これは冷めた時にも美味しい様に作ってるんだ。


「ふぅ、美味しかったぁ・・・今日は量もいっぱい有ったし、満足・・・」


このまま二度寝をしようかと思ったけど、流石にそれは不味いと踏み止まった。

ベッドに一度転がったけど、起き上がったから多分セーフ。

起きたら調合道具を床に広げ、布を敷いてその上に材料を置いて行く。


「取り敢えず薬の類は、前回と同じ物は同じ様にさっと作ってしまおう」


鍋を出して前と同じ様に下準備を並行していき、待つ必要の無い材料を先に混ぜてしまう。

今回はあの魔獣の血もあるから尚の事早く済むだろう。

毒の有る魔獣の血は自分の毒素に対抗する為か、その血に治癒や解毒の力が有る事が多い。


単品でも使えない事は無いけど、別の薬と混ぜるとその薬の効果を伸ばしてくれる。

それに単品で置いておくと結構早く駄目になってしまうので、悪くならない様に加工して混ぜてしまった方が良い。

血だけを長期間保存する方法も勿論有るけど、今は無理だから全部使ってしまおう。


「魔力の残り方がかなり強い。割と良い魔獣引き当てたかも」


4日もかかって帰って来たのに、血の中に魔力がかなり残っている。

皮や内臓もそうだけど、魔獣が良い材料になるのは魔力が死後もその体に宿っているからだ。

当然毒も魔力によって強化され、魔獣じゃない生き物の毒より危険な物になる。


「自分の分の薬も余分につくろーっと。せっかく二匹も狩ったんだし」


魔力の強い方を依頼の品に当て、弱い方を自分の為の薬に使う。

と言っても、どっちもそこまで大きな差は無いけど。

そんな感じで一日調合に費やして、終わった頃にはとっぷりと日が暮れていた。


「終わったけど・・・どうしようかな。酒場って開いてるんだよね、夜だし・・・」


出来れば本当は昼間に行きたい。

あそこは昼間でも開いてるお店だけど、昼だとまだ人はそんなに多くないし。

夜の酒場は仕事帰りの人達や、荒っぽい人も多いので怖い。


「い、いや、駄目だよね。私頑張る。ライナに嫌われない様に、頑張らなきゃ!」


別にその人達と話す訳じゃないんだ。依頼の品を渡して、そのまま宿に帰るだけ。

喋らなくても良いんだから、私にだって出来るはず。

前だって行って帰るだけなら出来たんだから。うん、よし、何だか出来る気がして来た。


「よ、よし、行くぞぉ・・・!」


気合いを入れて宿を出ると、もう暗いからか人の通りは少ない。

道中偶に視線が刺さる時が有ったけど、昼と違ってすぐに切れるのでそこまで怖くは無かった。

でもなんでこんな暗い中、目立たない様に端っこ歩いてるのに見られるんだろう。

答えが出ないまま酒場に辿り着くと、中からは明らかに酔っ払い達の声が聞こえて来る。


「・・・か、帰ろうかな」


急に出来る気がしなくなって来た。特に今回は前と違って急いでない。

別に明日にゆっくり渡しに来ても良かった。だって手持ちのお金はまだ有るし。


「い、いや、駄目。弱気になるなセレス。行くの。私は頑張らないといけないの」


弱気な自分を叱咤し、酒場の扉に手をかける。

相変わらず大きな音のする扉が開くと、中に在る大半の目がこちらに向いた。

その上さっきまで騒がしかったのに、なぜか急に誰も喋らずに私を見ている。

・・・あ、駄目だ、震えて来た。怖い。


息が出来なくなる感覚を覚えながら、目でマスターを探す。

あ、居た。良かった。これで居なかったもうこの場でしゃがみこんで泣いてた自信がある。

早く、早くこれ渡して帰ろう。ああもう、何で皆さっきからずっと私を見るの!?


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



客が多いので聞き逃しそうになったが、かすかに扉の開く音が耳に入る。

顔を向けるとフードの女が前と同じ様に、鞄を手に立っている。

いや、違う。そんな生易しい物じゃない。


あの毛皮を、殆ど元の姿のままの毛皮を背負ってやがる。

頭も綺麗な形でそのまま剥製に出来そうな程だ。

誰もが意味が解らず、店の客全員がフードの女にくぎ付けになっていた。

先程までの喧騒が嘘の様に、店内から音が消えている。


だが女はそんな事に興味は無いとばかりに、俺の下へまっすぐ向かって来た。


「マジかよ・・・」


思わずそんな言葉が口から洩れた。

毛皮も持って来たという事は、あれを狩ったという事なんだろう。

毒は兎も角、あんな綺麗な皮を買い付けに行ったのでは赤字になる


ここ数日居なかったのは、誰かに依頼して狩りに行ったという事か。

流石に予想外だ。錬金術師だから独自のルートで毒を買い付けに行くかと思っていたんだが。

俺は最初から「狩って来る」とは思ってなかった。余りに予想外過ぎる。


「いや、まさか、そんな・・・」


一瞬脳内に過った思考を、思わず言葉で否定する。

普通ならあり得ない事を考えてしまった為に。

こいつ一人で狩って来たのでは、なんていう馬鹿げた思考だ。


女は俺の驚きなど全て無視をして、前と同じ様にカウンターに鞄を置いた。

なので俺も同じ様に中身を確認し、また中身も前と同じ様に全て終わっている。

ご丁寧に今回もどれがどの薬か解る様に、何を使ったかまでメモされて。


「魔獣の血を使った・・・?」


この魔獣の血をか。つまりそれは、血に毒が回らない様に殺したって事か?

確かこの魔獣は死に瀕したら、自身の体内に毒を混ぜ込むはずだ。

つまり即死させないと無理だという事。


「血に毒が混ざってない保証は?」


毒の混ざった血を使ったなんて事になったら、違約金どころの話じゃねえ。

どうやってこいつを殺した。即死させるなんてほぼ不可能だ。

こいつの外皮は下手な剣じゃ通らねえし、魔法だって大して通用しないんだぞ。


すると女は薬の一つを手に取り、丸薬を一粒口の中に放り込んだ。


「なる、ほど。確かにこれ以上無い証明方法だ」


目の前で飲んで毒素は無い、と証明されては何の文句も言えねぇ。


「良いだろう。ただし三日後酒場に来い。その時お前が何の問題も無く来れた時に、薬の代金を渡そう。良いな?」


だからって後で効いて倒れました、なんて話になったら洒落にならん。

安全策は打たせて貰うぞ。


女は提案に頷くと毛皮や爪や牙も渡して来たので、そちらの分は先に払っておく。

毒の発生器官は綺麗に袋に入れられていたのを受け取り、そちらは依頼者に確認して貰ってからの報酬という事を伝える。

報酬を受け取ると女はそのまま踵を返し、もう用は無いとばかりに酒場を出て行った。


「魔獣の血を使った薬を飲んだ。という事は少なくとも現場に居たという事だろう。でなければそんな危ない橋は渡らんだろうが・・・まさか、あの女、本当に一人で狩りに行ったのか?」


熊の魔獣をフードの女が倒した、という噂は俺も聞いている。

そしてその際女が一人だった事もだ。

帰って来た噂も聞いてはいたが、その際も一人だったと聞く。


「はっ、どんな化け物だよ、あの女。どうやったらこんなに綺麗な状態で持って帰れるんだ」


皮を確認すると、解体の為に開いたらしい箇所以外に刃物の跡が無い。

剥ぎ方もとても綺麗で、これだけでどれだけの値になるか。


「優秀な仲間が別の所に住んでいる? いや、ならこんな半端な街に住み着く理由が解らん」


考えれば考える程に、仕入れた情報を合わせれば合わせる程に、一つの答えに行きつく。

あの女は「単独で危険地域に向かい、単独で危険な魔獣を一撃で下した」と。

しかもその方法が解らない。どうやって殺しやがったんだ。


「ははっ、洒落になってねえぞ・・・」


やばいぞあの女。思った以上に化け物だ・・・!

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