第5話、採集に向かう錬金術師。
フードを取らないといけない事をうっかり忘れてて、門兵さんに怒られてしまった。
少し怖くて悲しくて泣きそうだったけど、もう一人の門兵さんが止めてくれて助かった。
もしかしたら、この門兵さんなら、少しは喋りやすい、かな?
「・・・これで、良い?」
上目遣いで首を傾げながらおずおずと訊ねると、彼は一瞬の間の後静かに応えてくれた。
声を荒げずに静かに喋ってくれる人は、私にとってはとてもありがたい。
感謝を感じつつもやっぱり顔をまっすぐ向けるのは怖く、上目遣いで見つめていると優しく外に誘導してくれたので、そそくさとフードを被り直して通り過ぎる。
ただ怒った人も、出る時はお金が要らない事を教えてくれた。
教えて貰えなかったら明日の街での食事は無かったかも。感謝しないと。
今日中に帰ってくれば入るお金も要らないみたいだし、出来る限り早く済ませよう。
「・・・あれ、そういえば、今日中って、何時までだろう・・・夜中も、入れるのかな」
・・・考えても仕方ない。入れなかったら野宿するしかない。
宿代が物凄く勿体ないけどその時は諦めよう。
でも出来ればベッドで寝たいなぁ。
「ううん、今はライナに迷惑をかけない事が先決だよね、うん」
気合いを入れて、今まで歩いていた街道から外れて森に足を踏み入れる。
街に向かう道中で山の中に色々自生しているのは確認していた。
依頼に有った薬の材料も素材自体も、この山で全て賄える。
「お母さんが山奥に捨ててくれたおかげ・・・ぐすっ、すて、すてて・・・うぐぅ・・・!」
だめだ、思い出すと泣きたくなって来た。今は忘れよう。
取り敢えずこのまま目的の物が揃うまでは、街まで歩いて来た道を戻ろう。
「・・・山道は、落ち着くなぁ・・・人に会わないし・・・」
草木が自由に自生しているから、多分この辺りに人間は足を踏み入れてないと思う。
ただ獣の通ったらしき跡が有るから、中型の獣の集団は居そうだ。
街に向かう時は会わなかったけど・・・。
「どうやら、この時間はこの辺りに居るみたいだね」
姿は視認できないけど、草むらに隠れている獣が居る。
ただの獣か魔獣かは判断出来ないけど、どちらにせよ私を狙っている事は間違いない。
音の感じから十は居るから、私が逃げない様に囲んでいる所か。
「人間には聞こえない、気が付かないと思っているのか、それで以前成功したのか・・・どちらにせよ、獣の思考じゃその程度か」
懐から結界石を出し、歩みを止めずに獣の射程範囲まで速度を落とさず踏み入れる。
その瞬間一斉に飛び掛かって来たので、すぐさま石に魔力を通して結界を発動させた。
石の力で周囲に張り巡らされた結界は獣の攻撃を全てを防ぐ。
どうやら狼型の獣・・・違う、結界に魔力を流して壊そうとしている。
魔獣だ。これは運が良い。この魔獣の内臓は今回作る予定の薬の材料になる。
探す気は無かったけど、向こうから来たんならありがたく頂こう。
懐からナイフを引き抜き、良さげな個体を見定める。
「これが良いかな・・・」
結界に取りついて必死に壊そうとしている魔獣の首を、結界の中から刃物で切り裂いた。
この結界は外から攻撃は出来ないけど、中からは幾らでも出来る。
知能の低い獣相手は本当に楽で良い。
これが人間なら余程の馬鹿じゃない限り一旦離れるだろう。
初撃が必殺じゃないなら別だけど、一撃で仕留めるつもりが仕留められなかったんだから。
魔獣はずるりと結界から滑り、地面にどしゃっと落ちた。
綺麗に切ったからこのまま川で洗えば問題ないはずだ。
近場に川が有るのも確認してるからそこで血抜き後の洗浄をしよう。
「残りは今は邪魔だな・・・吹き飛ばせば良いか」
落ちた魔獣を捕まえてから結界の中に引き刷り込み、懐から爆弾を複数取り出す。
種火石を少しだけ発熱させ、導火線に火をつけて結界の外に全部放り投げる。
獣達は流石に警戒してビクッと下がるが、その程度じゃ間に合わない。
「少し勿体ないけど、仕方ないよね」
言い訳を口にした瞬間爆発して轟音を響かせ、周囲を跡形もなく消し飛ばす。
魔獣達は悲鳴を上げる暇もなく全て吹き飛んだ。
爆弾は良いよねぇ。煩わしい色んな物が全部吹き飛んですっきりする。
人の声も何もかも聞こえなくなるし、私が一番好きな道具だ。
・・・そういえば今は余り手持ちがないのに、今ので爆弾を殆ど使ってしまった。
道具が揃ったら早めに作っておこう。
一応別の道具が有るから武装が無い訳じゃないけど、普段良く使ってる道具の予備は欲しい。
「早めに川に向かおう」
仕留めた魔獣を逆さに持って、血を流しながら川に向かう。
本当ならもっと丁寧にやった方が肉が美味しいけど、私の目的は食肉じゃないから別に良い。
川まで辿り着いたらそのまま流水の中に魔獣を放り込む。
これで血抜きと洗浄と保存は取り敢えず良いとしよう。
血抜きが終わるまではこの辺りの素材採集だ。
ここには別に血抜きだけの為に来た訳じゃなく、この辺りにも素材が有るから来たのだから。
「本当はもっと奥まで入って行くつもりだったけど、予定外の物が取れたから後は解体して帰るだけかな。良かった、日が暮れる前に帰れるかもしれない」
今日中に帰れば通行料も要らないし、薬も明日の朝からすぐに作れる。
そうすれば明日の日暮れには全部終わって、ライナにもきっと褒めて貰えるだろう。
あ、そうだ、道具を買ってきてくれるお礼もしなきゃ。
「そういえばこの肉、ちゃんと血抜きすれば美味しかったっけ・・・」
しまった、最初からそのつもりでやるべきだった。
肉は適当で良いかと思ってたから、完全にやってしまった。
首を生きたまま綺麗に落として血を流しながら来たから、多分大丈夫だと思うんだけど・・・。
「と、取り敢えず、解体しよう」
自生している物で必要な物は全て採取し、魔獣も全て解体して、保存に適した葉で包む。
全て個別で包んで鞄に入れ、もう用はないので早めに街に戻る事にしよう。
毛皮は今は鞄に被せて縛っておいたら良いか。今はきっちり毛皮の処理している時間は無いし。
頭はどうしよう・・・不味い訳じゃないけど、食べる所が少ないんだよね。
ライナなら美味しい調理法とか知ってるかもしれないし、一応持って行こうかな。
「日が少し、傾いてるけど、間に合う、かな?」
門兵の今日中が何時までなのか解らないのが不安だけど、日が暮れてすぐは許して欲しい。
そう願いながら山道を歩いて街道に戻り、そのまま街に向かって歩を進める。
途中何か慌てた様子の兵士らしき集団とすれ違ったけど、何か有ったんだろうか。
話しかけられるのが怖くて草むらに隠れたから、何処に向かったのかも良く解らないけど。
気にしても仕方ないので黙々と街に向かい、何とか日が完全に沈む前には間に合った。
門はちゃんと開いている様だ
「良かった。後は帰って、ライナにお肉渡して、食事にして、寝よう」
調合は明日で良いだろう。もう今日は色々有って面倒臭いし疲れた。
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女が出て行って暫くすると、山の方から凄まじい音と振動が響いて来た。
何事かと音がしたらしき方向を見ていると、砂煙が舞っている様に見える。
「な、何だぁ!?」
「わ、解らん・・・」
同僚も驚きながら疑問の声を上げるが、聞かれても俺だって解らない。
ただ異変が起きた事は間違いなく、見張りの兵が下っ端に走らせて上司に連絡を入れた様だ。
暫くすると捜査隊が組まれ、現地に向かって走って行った。
「とんでもねえ魔獣でも居ないと良いがなぁ」
「捜査隊が全滅する様な魔獣か? 勘弁してくれよ」
冗談でもそんな魔獣は見つかって欲しくない。
もし彼らが全滅すれば、次に待っているのは兵士を集めた討伐だ。
当然俺も行かなければならないだろうし、そんなのはごめん被る。
そんな魔獣を相手にすれば、ほぼ確実に死ぬ自信が有る。
山奥に無理に入らない限り平和なのが数少ない街の売りなんだから、本気で勘弁して欲しい。
「げ、あの女、帰ってきやがった」
「マジだ・・・」
遠くに見えるが、あのフード姿は確実にあの女だ。
ただ鞄が何か毛に覆われている様な・・・。
「ん・・・んん!?」
女が段々と近づいて来ると気のせいだろうか、女が手に持っている物が獣の首に見える。
植物の葉と茎で吊るしているが・・・間違いない、山に居る獣だ。
かなりでかい。普通の狼のサイズより一回りか二回りは違う。まさか魔獣か?
良く見ると鞄には胴体部分の毛皮がひっかけてある。
驚いていると女はそのまま門を通ろうとしたので、流石に慌てて止めた。
同僚と槍を交差させて道を塞ぐと素直に女は止まったが、同僚からの「お前言えよ」という視線が刺さる。
「フードを取ってくれ。顔を見せるんだ。流石に何も確認せずに通せはしない」
そう伝えても女は暫く微動だにしなかったが、少ししてから一歩下がってフードを外した。
殺意を感じる眼光と迫力を見間違えるはずもなく、本人だという事を確認する。
でも出来ればこの際別人だった方が嬉しかった。
「それは、魔獣か? アンタが仕留めたのか? そいつは群れで襲って来る奴のはずだが・・・大変だったろう」
ただ会うのも三度目だからか、女の迫力に少しだけ慣れて来ていたのかもしれない。
そのせいか、気が付いたらそんな事を尋ねていた。
ヤバい雰囲気の奴だとは解っていたけど、静かに話しかければそれなりに言う事を聞いてくれるのも理由だろう。
「・・・大変なら、魔獣、殲滅しようか」
ただ、聞かなければ良かったと、聞いてから思った。
おどろおどろしい低い声で、目茶苦茶怖い事言い出したぞこの女。
山の魔獣を殲滅って一体何をする気だ。
しかも何が気にくわなかったのか、首を傾げながら一層鋭い目で睨んで来ている。
眉間に目茶苦茶皺が寄っていて、よっぽど気に食わなかったんだろう事は疑い様も無い。
つーか何でこいつは下から睨み上げて来るんだ。身長は同じぐらいなのに怖いんだよ。
首を傾げる時の動作もギギギって音が似合う動きで不気味過ぎる。
良し解った。やっぱりこいつは関わっちゃ駄目な奴だ。冗談抜きで怖い。
目つきが完全にマジだ。頼むからそんな目で俺を睨まないでくれ。
「い、いや、変な事を聞いて済まなかった。行ってくれ。通行料も要らないから」
女は俺の言葉を素直に聞くと、フードを被り直して街中に消えて行った。
かなり機嫌を損ねたようだったので不安だったが、特に何事も無く去ってくれて良かった。
心臓がバクバク言って煩い。どれだけビビってたんだ俺は。
「なあお前、あの魔獣、一人で倒せる?」
「平地で一体相手ならな・・・」
「だよな、やっぱあの女、ヤバいな」
「ああ、ヤバいな。やっぱりなるべく関わりたくない」
女が消えてやっと喋り出した同僚に応え、お互いにあの女の危険性に頷きあう。
またどうせ信じて貰えないだろうが、同僚達に絶対に関わるなと教えてやろう。
信じずに何か面倒に巻き込まれてもその時の事は知らん。自己責任だ。
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