第4話、仕事を始める錬金術師

扉の開閉音が大きい。凄く目立つ。何でこんなに立て付け悪いの。

フードを深く被り直していると、ライナが私を置いて歩き出したので慌てて付いて行く。

少し歩いてカウンターの傍で立ち止まると、その奥に居る中年男性に話しかけるライナ。


マスター、と呼んでいるので、酒場の主人なんだと思う。

周囲の視線や人が多くて話半分にしか聞いてなかったけど、この人が仕事をくれるらしい。


ライナとマスターの話が終わると何かが書かれた紙がカウンターに並べられた。

これが私に渡せる仕事、なんだろうか。多分そうなんだろう。

取り敢えず一分一秒でも早くここから去りたいので、さっと紙を手に取る。


「へえ・・・じゃあ、宜しく頼む」


その際にライナの言葉を遮ってしまったけど、マスターはそう言ったので大丈夫だろう。

了承の言葉を得たと判断して、私は即座に酒場から出る。

さっきから後ろを振り向かなくても視線が刺さっているのが解って、早くこの場を離れたい。

何で皆にそんなに私の事じろじろ見るの。フード深く被って顔見えない様にしてるのに。


「あ、セ、セレス、待ってよ!」


酒場を出た所でライナの呼び止める声が耳に入り、はっとして足を止める。

しまった、余りに気が逸ってライナを置いて来てしまった。

慌てて振り向くと、少し心配そうな顔を私に向けられている事に気が付く。


「ラ、ライナ、ごめん、早く出たくて」

「そんな所だろうとは思うけど・・・その、そんなに受けて大丈夫?」

「た、多分」

「多分って・・・はぁ・・・取り敢えず私はそろそろ昼からの分を仕込みに行くけど、ちゃんと頑張ってよ。あ、もし逃げたら私の所に違約金払えって来るから絶対逃げないでよ?」

「・・・へ?」


違約金? 先程手にした紙を良く見ると、下の方に確かに書いてあった。

私がこの仕事を全う出来ず、更に違約金を払えなかった場合は紹介した人物に払わせるとも。

その事に焦って、手にした紙の内容を今改めて全て確認する。


「・・・な、なんだ、びっくりした。簡単なのばかりだったよ。大丈夫、ライナ」


ほっと息を吐いて、ライナに安心して貰えるように伝える。

書いている物は特に苦も無く作れる物ばかりだ。

薬の材料になる素材の依頼も有るけど、それも簡単に見つかる物しかない。


「そうなの? 私には良く解らない材料とか薬ばかりだったけど」

「大丈夫。お母さんに鍛えられて、最初の頃に覚えた物ばっかりだから」

「成程、錬金術初心者用って訳ね。マスターも案外優しいわね」

「そう、みたい、だね」


酒場は人が多くて怖いけど、マスターは落ち着いた声音でまだマシだったかな。

出来そうな依頼を見繕ってくれる辺り良い人なのかもしれない。

私が早く帰りたくて依頼を無言で掴んでも、特に気にせずに帰してくれたし。


「じゃあ私は店に戻るから」

「あ、ま、まって、付いてく。宿までついてくから」

「わ、解ったから腰に抱きつかないで。目立ってるって」

「!?」


慌てて離れ、ライナの袖を小さく握って後ろを付いて歩く。

宿に着いた所でライナに礼を言ってから宿に戻り、改めて依頼をじっくりと読み直した。

一応さっき見直したけど、念の為に確認はしておいた方が良い。


「うん、問題ないかな・・・薬の素材も依頼の素材も手元にないけど、森に行けば多分簡単に手に入る物しかない。これなら材料採取して帰ってくればすぐに作れ――――」


そこで、私は重大な事に気が付いた。

慌てて鞄を漁り、中の荷物を出していく。


普段外に出る為の自衛の道具は服に入れていたから問題なかった。

鞄に入っていた物は私の服だったし、他にも危険を見越した道具類は入っている。

ただ――――――。


「調合道具が、無い・・・!」


家では当たり前に全部揃っていたから、完全に盲点だった。

どうしよう、宿で道具を貸して貰えるだろうか。

いやいや、それは駄目だ。だってそうなると毎回会話をしないといけなくなる。

借りる際も返す際も、しかも今後も何度も何度もお願いをしなきゃいけない。


「それは無理・・・!」


だけどどうする。このままじゃ素材の収集依頼はともかく、薬の類は作れない。

作れなかったら違約金が発生するし、私は払えないから絶対にライナが払う事になる。

それは駄目だ。ライナにあれだけ言われたのにやっぱり駄目でしたなんて言えない。


「・・・そ、そうだ!」


道具の買い出しの手伝いを、ライナにお願いしよう。

幸いよっぽど特殊な道具が要りそうな薬は無い。

たとえあったとしても、基本的な道具が揃えば後は自分で作れる。


「そ、そうと決まればライナのお店に・・・は、お昼の時間過ぎてから、行こう、うん」


今行ったら多分怒られる。

いや、嫌絶対怒られるので止めておこう。


昼の時間を過ぎたら今度は夜まで閉めてるって言ってたし、その時に相談に行けば良い。

そう結論を出して暫くお昼寝をして、人が減ってそうな時間にお店に向かった。


準備中と書かれた看板を確認してから、おそるおそるお店の扉を開けて中に入る。

ライナはテールブルを拭いて清掃をしている所だった。


「あ、すみません、今準備中で・・・セレス? どうしたの、何か有った?」

「え、えっと、ちょっと、相談が有るんだけど、今、大丈夫?」

「ええ、良いわよ。お茶でも入れて来るからその辺に座ってて」

「う、うん、ありがとう」


言われた通り素直にテーブルに着き、ライナは暫くしてお茶を持って来て席に着く。

ありがたく頂いてから道具類の事を相談すると、ライナは予想以上に快く頷いてくれた。

しかもどういう物が要るのか詳しく聞いて、私が素材集めをしている間に買って来てくれるとまで言ってくれたのだ。


「た、頼んでおいてなんだけど、ほ、本当に良いの?」

「まあ上手く行ってくれないと、私も少し困っちゃうからね。セレスの行動を予測できなかった落ち度と思って、今回は全面的に協力するわよ。それに友達だしね」

「ラ、ライナ~~~、大好きぃ~~~!」

「ぐっ、首、首しまっ、はなっ・・・!」


嬉しくて思い切り抱きついていたら、ライナに頭を叩かれてしまった。痛い。

どうやら首を絞めていたらしい。慌てて謝ったら溜め息交じりだったけど許して貰えた。

取り敢えずライナには必要な物をお願いして、私は素材採集に向かう。


あ、そうだ。服装はこのままでも良いけど、素材を入れる道具が居る。

一旦宿に帰って鞄の中身を全部出し、空にしてから背負って門に向かう。

この鞄だと余り量は入らないけど、今回は依頼に必要な分だけで良いから構わない。


準備は出来た。早めに出かけて早めに帰って、すぐに作って終わらせよう。




ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー




「・・・平和だな」

「そうだな」

「あの変な女が来て何かしら騒動でも有るかと思ったが、結局何も無いな」

「ふああ・・・そうだな」


同僚に話しかけるも、暇だからか欠伸をしながら返された。

人の出入りの無い時間帯だから気が緩んでいるな。

もう少し遅くならないと、帰って来る人間も少ないし仕方ないか。

俺も暇だからこんな話題を投げかけた訳だし。


「まあ、単に通り道だっただけじゃねえの? 見かけない人間だったんなら旅人だろうし。今は街のどっかで泊まってんのかもしれねえけど、そのうち出て行くだろ」

「だと良いんだが」


あの目と迫力を知っている身としては、そんなに気楽にはなれない。

何の為にこの街に来たのか、何を目的としているのか、気になって仕方がない。

あの時一緒に見ていた同僚なら同意してくれたと思うけど、こいつは見てないからなぁ。


「ん、お客さんだぞ。この時間に出ていく奴なんか珍しいな」

「うん? こんな時間にか。本当にめず――――」


外に向けていた視線を、街の中に向ける。

そしてその珍しい人間を目にして、思わず息が止まった。

今話していたフードの女が、そこに居た事に。


珍しい時間に街に来た女が、珍しい時間に街を出ようとしている。

ただそれだけなのに、何故か背筋が寒い。

同僚はそんな俺の様子に気が付くはずもなく、女が近づくのをぼーっと眺めている。

するとフードの女は街に来た時と同じ金額を同僚に手渡そうとした。


「ん? 出る時に通行料が要るのは、荷車に乗るぐらいの量を持って行く時だけだぞ。後は今日中に帰って来るなら入る時も通行料は要らない。ただフードを取って顔は見せてくれ」


同僚は金を渡されたがちょろまかす事無く女に返し、職務を全うして説明を口にする。

何も喋らない俺に少し怪訝な視線を向けたが、それだけですぐに女に視線を戻した。

女は金を受け取ると懐に仕舞い、だが同僚の指示に従わずに動きを止める。


「おい、フード外せって言ったのが聞こえなかったか?」

「ばっ、やめっ!」


同僚がイラっとした様子で手を伸ばそうとして――――俺は気が付いたらそれを止めていた。

責めるような視線が俺に突き刺さるが、そんな事を気にする余裕なんて無い。


「・・・フードは、外してくれ。決まりなんだ。入る時は従ってくれただろう」


もしかしたら別人かもしれない。だけど同じ人物なら、刺激したくない。

そう思い下手に出ると、女は少ししてゆっくりとフードを取った。


「・・・これで、良い?」


来た時と変わらない、底の知れない迫力の眼光と暗く響く様な声音。

俺達に止められる事が気に食わないのか、声を掛けられる事自体が気に食わないのか、下から睨みつける目も合わせて殺意を感じる。

少し首を傾げて明らかに威圧されているが、それでも昨日の目を見開いた状態よりはマシか。


「――――っ、協力、感謝する。通って良いぞ」


息が詰まりつつも何とか言葉をひり出すと、女はフードを被り直して通り過ぎてゆく。

その際同僚の様子が目に入ったが、俺よりも女の迫力に呑まれていた。

ただ女が去って行くのを見つめ、声が届かないであろう程小さくなった所で俺に振り向く。


「―――――はあぁぁぁぁ・・・何だあれ! 常人の目と迫力じゃねえぞ!」

「だから言っただろ。おかしい女だって。止めた俺に感謝しろよ」

「あー、マジで感謝しとくぜ。下手したら刺されてたかもしれねぇ。あれはそういう目だ」

「背が低い訳でもないのに、下から見上げる様に睨みつけるのがまた異様なんだよな」

「触れれば殺す、って言われてるかの視線だったぞ。でも良かったじゃねえか。こっちから出てくって事はもう戻って来ないだろ。こっちから入って来たんだろ?」

「そうだと良いんだが・・・」


同僚の言葉が真実になれば良いが、何となくそれは叶わない予感がする。

余り期待はせずに、帰って来ないと良いなぁぐらいで考えておこう。

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