第3話、仕事を探す錬金術師。
宿の窓から入る日差しに目を向け、空を眺めながら今の幸せを噛みしめる。
ちゃんと屋根と壁がある部屋で寝泊まりできる事のなんと幸せな事だろう。
昨日は世界に神は居たのだと、そう思う程の幸運だった。
まさかお母さんに捨てられた最低の夜が明けたら、大好きな幼馴染に再会出来るとは。
ライナのおかげで宿の交渉も上手く行き、数日は屋根の有る部屋で暮らせるようになった。
駄目元でライナの家に寝泊まりを頼んでみたけど、それは駄目らしい。
自立の為に追い出されたのに、それじゃ意味が無いでしょって怒られてしまった。
思わず泣いてしまったけど、すぐに慰めてくれたのでやっぱりライナは優しい。
ただ宿が取れてもまた新しい問題が出来た。
宿に泊まるという事は、当然だけどお金が要る。
でも手持ちはもう心許ない上に、食事代を考えると更に厳しい。
お金が無くなったら宿には泊まれない。というか多分追い出される。
つまりは、仕事を探さないといけない。
探さないと、いけない。いけないん、だけど。
「・・・無理だよぉ」
私に出来る事は錬金術で、それを生かせる場所を探さないといけない。
自分で売り場を見つけるにしても、その許可を手に入れないといけない。
代わりに売って貰うにしても、その為の交渉をしないといけない。
「交渉なんて、私に出来ない・・・出来るはずがないよぉ・・・」
そんな事が当たり前に出来るなら、お母さんに追い出されていない。
だからって頑張って克服して人前に出れるかと言われれば、多分何も喋る事が出来ないだろう。
どうしよう。ついさっきまで幸せな気分だったのに、もうどん底の気分だ。
「うう・・・取り敢えず、二度寝して現実から逃げよう・・・」
泣きながらベッドに戻り、全てから逃げる為に寝る事に決めた。
何も解決していないしこのままだと悲しい現実が襲って来るのは解っている。
だけどどうしようもないんだもん! 私、人と、会話したくない! 違う、出来ない!
「取り敢えず数日は泊まれるし・・・今日は、全部忘れよう。うん、それが良い・・・」
ベッドに潜り込むと心地いい暖かさに眠気が襲って来た。
昨日寝れなかったとかそんな事実は一切無いけど、何もしないで寝る事には自信があるんだ。
ただただ寝ていて良いなら、何日でも寝続けられると豪語出来る。
そんな事を考えながらウトウトしていると、扉がノックされる音が耳に入って来た。
「うにゅ・・・誰、人が気持ちよく寝ようとしてるのに・・・誰だろうと出ないけど・・・」
人に会いたくないので出る気は一切ない。
返事がなかったら今は居ないとでも思ってくれるだろう
けど、その後に聞こえて来た音が耳に入ると、反射的にベッドから跳ね上がっていた。
「セレスー? 居ないのー?」
「―――居る! ライナ、居るよ!」
すぐに扉を開け、何故か呆れ顔のライナに抱きつく。
朝からライナに会えるなんて、こんな日が続くなら追い出されて良かったかもしれない。
だけどライナは私をべりっと引きはがすと、大きな溜め息を吐いてキッと睨んだ。
「な、何で睨むの? 私何かした?」
「あのね、セレス。何かも何も、何もしてないからでしょ」
「え、え、何で、何もしてないなら、怒られる事なんて、無いよね?」
「はぁ・・・本気で言ってるから困るわ・・・」
ライナは頭を抱えて天を仰ぐけど、私には何が何やら解らない。
でもライナが私に溜め息を吐いている事だけは事実として解る。
「や、やだよ、ライナにだけは嫌われたくない。私が悪かったなら治すから、な、何が駄目だったの?」
オロオロしながらライナに問いかけると、ライナは落ち着いた様子でふむと頷く。
そのおかげでそこまで怒っている訳じゃなさそうなのを感じ、少しだけ安心出来た。
「ねえセレス、私に嫌われない為に、努力は出来る?」
「や、やるよ。ライナの為なら、私頑張るよ」
一番の理解者に嫌われるなんて、恐怖以外の何物でもない。
そもそも頼れる人間が誰も居ない土地で唯一頼れる友人だ。
そんな人に嫌われたいなんて誰だって思わない。
「そ、ならセレス、頑張って仕事を探しにいこうか」
「――――――え、じょ、冗談だよね?」
「そんな訳無いでしょ。本気。大体手持ちがそんなに多くないって、昨日言ってたじゃない。仕事しないでこの先どうやって生活していく気?」
「そ、それは、そう、だけど」
解ってる。ライナの言ってる事は正しい。このままじゃ私は路上で寝泊まりになる。
最低限宿に泊まり続ける為のお金を稼がないと、私はこの先が無い。
だけど、だけど・・・!
「無理だよぉ、らいなぁ・・・!」
その為に人の多い所に行く。それを想像するだけで既に震えて泣きそうになる。
こんな私がどうやって仕事を手に入れれば良いの。
「だから、その無理な所を出来る様になって来いって追い出されたんだよ?」
「そんっ、だっ・・・った、でき・・・もん・・・!」
「・・・そんな事言ったって出来ない、かな。だけどやらないと本当にこれから困るよ。私だって友人の事だから助けてはあげたいけど、何でも手を貸してあげられる訳じゃないんだから」
「ひうぅ・・・」
悲しくて辛くて言葉が詰まって変になったけど、それでもライナはちゃんと理解してくれた。
だけど今回は更にお説教が飛んできて、もう何も返せなくなってしまう。
「はぁ・・・ま、こうなる気はしてたけどね。セレス、錬金術で優秀だって、おばさんに認められたのは本当なのよね?」
「う? うん、ほんと、だよ」
「なら一つだけ当てが有るわ。セレスが本当に錬金術師として優秀なら、その対人能力の低さでも仕事をくれる人が居る」
「ほ、ほんと!?」
「・・・セレスが優秀なら、だよ?」
ライナったら最初っから私の為に考えてくれていたんじゃない!
本当にライナ大好き! 実はライナ女神様だったりしない!?
「まあ、とりあえず話してみない事には解らないし、今なら私も手が空いてるから行こうか」
「えっ、い、良いの? ライナ、食堂朝から繁盛してたみたいだけど、大丈夫?」
「はぁ・・・もうその時間過ぎてるわよ。ほら、良いから出る準備して」
「う、うん。す、すぐするね」
とは言っても私の準備なんて大したものは無い。
必要な物は大体服のポケットに入れっぱなしか、服に繋げてある。
取り敢えず出かける服に着替えて、視線除けの外套を纏う。
フードは当然深く被ってからライナと一緒に外に出た。
「セレス、それ前見えてるの?」
「あ、足元は、見えてるよ」
「足元だけじゃ人とぶつかるわよ」
「だ、大丈夫、前から来る人なら、避けられる、から」
ライナとそんな風に会話をしながら、人の多い通りを歩く。
人の視線が怖いけど、ライナと一緒なおかげかそんなに辛くない。
なのでライナを注視しながら付いて行き、気が付くと何だか酒気の香り漂う建物の前に居た。
ちらっと窓から中が見えたけど、昼間から酒を飲んでいるオジサンたちが騒いでいる様だ。
「さ、酒場?」
「そ、酒場。ここのマスターは色々仕事の斡旋をやってる人なのよ。錬金術師なら色々作れるんでしょ。セレスが応えられる依頼が有るかもしれないわ」
「で、でも、こ、ここに入るは、勇気が」
「はいはい、良いから。取り敢えず最初の交渉は私がしてあげるから行くよー」
「あ、や、お、押さないで」
無理矢理酒場に入らされてしまい、次の瞬間複数の視線が私に向かうのが解った。
「――――――っ」
声が、出ない。視線が怖い。
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「マスター! おかわりぃ!」
「ツケ払ったらな。次は無いと言ったぞ」
「マスターのけちぃ!」
常連客の文句を聞き流しながらグラスを磨いていると、入口の扉が開く音が聞こえた。
わざと立て付けを悪くしている扉なので、余程店内が煩くない限り来店が解る様になっている。
ちらっと視線を向けると、近くで食堂を営んでいる娘と見慣れないフードの人物が立っていた。
体型的におそらく女だろう。そして解り難くしているが服に何か仕込んでいる。
何かしらの武器と道具は持っていると思った方が良いか。
食堂の娘は店内を見回してから俺に視線を向け、そのままスタスタと向かって来た。
少し遅れてフードの人物も付いて来る。そちらはフードを深く被っていて視線が解らない。
頭を動かしていないので、目で見える範囲だけ確認しているのかもしれない。
「マスター、今ちょっと良い?」
「どうした、営業か? 残念ながらそれなりに腕の良いスタッフを雇っているので必要ないぞ。そもそも酒の売り上げの方が多いしな。酒場にはつまみで十分だ」
「そっちは営業する必要ないぐらい繁盛してるんで結構ですーだ」
娘と軽口の応酬をしながらフードの人物を見るが、佇まいに隙が無い。何者だ、この女。
「彼女、街に来たばかりで働き口を探しててさ。錬金術師なんだけど、出来る事ってない?」
「ほう、錬金術師か、珍しいな」
この街は田舎という程田舎じゃないが、都会という程都会ではない中途半端な街だ。
そんな街に錬金術師が態々やって来るなんて本当に珍しい。
大抵の錬金術師って人間は、大都会に住むか人里離れた奥地に隠れ住んでる事が多い物だが。
「そうだな、少し待て」
カウンター下に有る棚から依頼書を出し、錬金術師に頼めそうな物をカウンターに置いて行く。
最近薬師の婆さんが倒れたので、薬関連はそれなりに需要が有る。
街で作れる人間が居なければ居ないで伝手が有ったが、そうすると致し方ないが費用が嵩む。
もしこれらの依頼の半分でも出来るならこちらにとっても都合が良い。
まあこんな半端な街に流れて来る錬金術師だ。余り期待は出来ないだろうが。
「どう、セレス、結構色々あるみたいだけ―――――」
娘が問いかけている途中で、フードの女は依頼書を全て手に取った。
確認する訳では無く全て重ねてしまい、その後は視線を一切依頼書に落とさない。
「へえ・・・じゃあ、宜しく頼む」
出来る出来ないなんて問う気は無い。出来ないなら違約金を払ってもらうだけだ。
書類にはそれらの項目もある以上、出来ない事を引き受けたら損だって事は解ってるはず。
それでも全て持って行ったんだ。ならばお手並み拝見と行こうじゃないか。
もし逃げたらその時は食堂の娘に払ってもらうだけだ。俺に損はない。
「あ、セ、セレス、待ってよ!」
フードの女は俺の言葉を聞くと無言で出入り口に足を向け、食堂の娘は慌てて追いかけていく。
さて、奴が無能か有能か、少なくとも駆け出しには不可能な依頼も抱えて行った以上、後日すぐに解る事だろう。
あの量と質の依頼を期日までに本当に仕上げられるのか見物だな。
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