第2話、再会の錬金術師

朝になってから街を見つけると、門の前で兵士さん達に止められてしまった。

何事かと思ったら顔を見せろと言われ、慌ててフードを取る。

顔を見られるのは嫌だったけど、それ以上に彼の剣幕に尚の事驚いてしまって。


だって声が強めで怖かったんだもん・・!

そのせいでフードを外した後、びくびくと怯えながら上目遣いで話を聞いていた。


ただその後は意外と穏やかに通行料が要ると説明してくれたので、手持ちからすぐに渡す。

それ以上話すのも怖かったのでそそくさと兵士さん達の間を抜けようとすると、何がいけなかったのかまた強めに呼び止められてしまった。


それにびくっとして慌てて驚いた顔で振り向くと、何故か兵士さん達は何も言わない。

どうしよう。これは私が聞かなきゃいけないんだろうか。

え、待って、何て言えば良いの。と、取り敢えず何なのか聞けば良いだけだよね?


「・・・何?」


話すのは怖いけど何とか言葉を絞り出すも、やっぱり兵士さん達は何も返してこない。

それどころか私の顔をじーっと見て動かない。何、何でそんなに見るの?

良く解らないけど何も言わないなら行って良いよね? 良いよね?


視線が怖かったのでフードを被り直し、急いでその場を去った。

今度は呼び止められなかったので多分もう大丈夫なんだろう、と思う。

もし呼び止められてももう知らない。聞こえない。


「こ、こない、よね?」


暫く歩いてから振り向くと、背後から追いかけてくる様子はない。

良かった。でもそれなら何で呼び止められたんだろう。

・・・考えても解らないや。


「そ、それよりも、宿、探さなきゃ」


先ずは雨風を防げる場所を確保しないと。

通行料で結構取られてしまったけど、それでもまだ数日泊まる程度は有ると思う。

少し不安は有るけど、多分足りるはず。はず、だよね?


「い、いや、悩んでもしょうがない。とにかく宿に向かおう」


今居る辺りは民家しかないみたいだから、取り敢えず宿を探さなきゃ。

そう思いそこそこの時間歩き回るも、中々宿らしき建物が見つからない。

・・・早朝だから人が居ないのは助かるけど、人が居ないから街の流れが良く解らない。

人が居たからって尋ねられないけど。人・・・人?


「宿・・・宿、に、行ったら、人、多い、よね・・・それに・・・」


今、凄く大変な事に気が付いてしまった。

宿に向かって、部屋を借りるには、借りる為に人と話さないといけない。

つまり、店主と交渉をしなければいけない。

もし手持ちが足りなかったら、更に値切り交渉をしないといけないという事。


「な、何、その、無茶・・・やっぱり、詰んでる・・・! ど、どうしよう、せめて手持ちが多ければ・・・いやでも・・・ん? 何だろ、この匂い。良い匂い・・・何だか懐かしい様な」


目の前の強大な壁にわなわなと震えていると、何処からか良い匂いがして来た。

匂いに誘われてフラフラと足が自然に動き出し、気が付くと食堂らしき所に辿り着いた。

宿を探してそこそこの時間が経ったとはいえ、まだ早朝の時間帯なのに人が沢山居る。


「良い匂い・・・美味しそう・・・」


何だがとても懐かしい気がするにおいで、物凄くお腹が空いてくる。

だけど食堂の中は人が多過ぎて入れる気がしない。

でも食べたい、お腹空いた、でも人が多い、うああ、どうすれば良いの。


「ひうっ、こっちに来る・・・! にげ、あ、あ、こっちからも人が・・・!」


食堂に居た客が出て来ようとしていたので逃げようとしたら、どうやら食堂に来るつもりの人がこちらに向かって来ていた。

キョロキョロと見回すと段々と人が増えてきて、そしてこちらに向かう人も増えている。


「ひ、ひう、人が、人が多い・・・!」


人の多さに、視線に耐えられず、一番近くの路地に逃げ込む。

取り敢えず何とか人の声が遠のいたけど、落ち着いたら空腹が更に酷くなって来た。

さっきの食堂の厨房が傍にあるのか、ここの方が匂いが強くて余計に辛い。


「うう、なんか、お腹、痛くなって来た・・・」


胃を抑えて蹲る。お腹に何も入ってないのに胃が動いて凄く辛い。

あ、何だか眩暈もして来た。うう、立ってられない。


「お腹、空いた・・・んえ?」


もう動けなくなって蹲っていると、背後で扉があいたような音が聞こえた。

ぼんやりした頭で振り向くと、可愛い女性が私を驚いた眼で見ている。

ああ、食堂の裏口か厨房の勝手口だったのかな・・・。


「え、えっと、何でそんな所に・・・その、蹲って、調子悪いの・・・?」


・・・え、待って、私今話しかけられてる? 話しかけられてる!

はっ、これ良く考えたら、泥棒かなにかと勘違いされるんじゃ。

ど、どうしよう、ただ人から逃げて、お腹空いて、蹲ってたなんて言って、信じて貰えるかな。


「わ、わた、人、逃げ、信じ、蹲って、お腹・・・!」


あっ、あっ、焦り過ぎて、言葉にならない。女性も眉間に皺を寄せて困ってる。

どうしよう、このままじゃ衛兵さん呼ばれるかも。

こ、こうなったら、この場から逃げるしか・・・!


「・・・お腹が空いて、蹲ってた。後人目が苦手で思わず逃げたらここだった。合ってる?」


逃げようと腰を少し上げた態勢になった瞬間、私の言葉を完全に理解した返事が返って来た。

まさか解ってくれるなんて思わなくて、中腰の体勢のまま彼女を見つめる。

すると彼女はにっこりと笑い、その笑顔に相応しい明るい声音で話しかけて来た。


「そっか。じゃあうちに来たかったのかな? 私はこの食堂を営んでいるライナって言うんだけど、貴女は? 手持ちが不安なら初めてのお客様って事でお安くしておくよ?」

「ライ・・・ナ・・・? あな、た、ライナ・・・?」

「うん? うん、そうだけど・・・」


彼女の名乗った名に、思わす目を見開いて確認してしまう。

だって、その名前は、よく覚えている。私の大好きな幼馴染と同じ名前だ。

会話の碌に出来ない、頑張ってしても通じない私の言葉を理解してくれる、大好きな親友。

あの頃の面影が無いぐらい成長しているけど、もし本人なら名前を言えば解ってくれるはず。


「わた、わたし、セレス、私セレス、ライナ・・・!」

「へ・・・え、セレ・・・セレス!? え、うそ、セレスと似た様な反応する子だなって思ったら、本当に本人!? ちょっとフード取って・・・あ、確かにセレスの面影が・・・」

「うあ・・・ライナァ~~~~!!」

「ちょ、いきなり抱きついてどうしたの、セレス、落ち着いてってば、ああもう、取り敢えず中に入ろう? ね?」

「ら゛い゛な゛ぁ゛~~~~」


久々に会えた幼馴染に抱きついて泣きながら、ズルズルと引きずられて行く。

少しお腹と足が痛かったけど、そんな事は今どうでも良い。

私に事を一番解ってくれる幼馴染に会えた。今の私にとってそれは何よりも救いなのだから。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



「ん? 何だろう、今何か物音がした様な・・・」


お客の対応をしつつ厨房で調理をしていると、勝手口の向こうで何かが倒れる様な音がした。

何だろうと思って扉を開けて顔だけ出すと、誰かが蹲っているのが目に入る。

向こうも扉が開いた音で気が付いたのか、こちらを振り向いた。

振り向いたのだけど動く気配が無く、フードを深く被ってるので表情が解らない。


「え、えっと、何でそんな所に・・・その、蹲って、調子悪いの・・・?」


多分見た目的に女性だと思うし、危険はそんなにないだろうと思って声をかける。

見慣れない格好だから、多分この街の人じゃ無いと思うんだけど・・・。


「わ、わた、人、逃げ、信じ、蹲って、お腹・・・!」


一応は警戒はして何時でも店に逃げ込める体勢で居ると、彼女はそんな風に返してきた。

明らかに言ってる事が無茶苦茶で、多分私以外には意味が解らなかっただろう。

でも私は何となく解ってしまった。

昔仲の良かった幼馴染が、焦るといつもこんな感じの喋り方だったから。


だから多分合っているだろうと思って確認をしたけど、まさかその本人だとは思わなかった。

幼馴染に再会出来た事は嬉しかったけど、セレスは余りにも変わってなさ過ぎだ。

この歳になってもあの喋り方が治って無いなんて・・・。


取り敢えずお腹が空いていたみたいなので、私の部屋に通して食事を振舞ってあげた。

ただ人の多い時間だったから、落ち着いてからセレスに事情を訊ねる事になったけど。


「追い出された!? おばさんに!?」

「う、うん・・・じ、自立しろって・・・あ、あと喋り方直せって」


詳しく話を聞くと、セレスは日常生活がズタボロだった。

子供の頃と同じくどもって喋るし、私が居なくなった後はそれが更に酷くなっていたらしい。

今は私相手だから話せているけど、赤の他人になると全く声が出ない事も多いと言う。

つまり錬金術師としては優秀でも、その能力を生かす力が一切備わっていない。


「そりゃ追い出されるよ・・・」


おばさんだって何時までもセレスの面倒は見てられない。

だからきっと何度も本人にやれと言っただろうし、実際やらせようともしたんだろう。

何時かはセレスが自力で生きて行かなきゃいけないと、そう思って荒療治にでたんだ。

ただ当のセレスはそこまでやっても食堂にすら入れない状態だけど・・・。


「はぁ・・・その調子じゃ、まだ宿も見つけてないでしょ」

「う、うん・・・こ、交渉、怖くて、まだ・・・」


上目遣いでおずおずと正直に告げるセレスだけど、正直怖いのでちょっと止めて欲しい。

本人にそんなつもりは無いんだろうけど、セレスの上目遣いって上目遣いになってないのよね。

知らない人からすれば思い切り睨みつけている、って風に見えると思う。


昔何度か言った事なのに直ってない様だし、多分今言った所ですぐには直らないだろう。

顔を上げて笑えばそれなりに可愛いのに、相変わらず目つきが悪いのはもったいない。

今すぐは無理だけど、その内矯正させるとして、それよりも宿の手配が先かな。


「もう、そんなのでこの先どうするのよ・・・取り敢えず宿は手伝ってあげるから」

「ほ、ほんとぉ!? ら、ライナぁ~~~、やっぱりライナ大好きぃ~~~!」

「はいはい、本当に変わってないわね、セレス・・・」


この感じだと働き口も無いだろうし、手伝ってあげないと無理そうだなぁ。

優秀な錬金術師を母に持つ、優秀な錬金術師の卵。ただし会話能力が無い。

それが私の知るセレスだけど、現状はどんな物なんだろう。

本人が言うには一応優秀だと認められたらしいし、それなら当てが有るけど。


「でも、本当に大丈夫かな・・・」


昔と全く変わらないセレスを見ていると、セレスから聞いた言葉だけでは不安になる。

流石におばさんも、生きていく能力が無いのに追い出すわけはない、と信じるしかないかな。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る