引き籠り錬金術師は引き籠れない―何だか街が発展してるみたいだけど家でのんびりさせて下さい―
四つ目
第1話、追い出された錬金術師。
私は錬金術師としては、それなりに出来る方なんだと思う。
「セレス、お前は凄いね。ちょっと教えただけですぐ覚える」
子供の頃はお母さんが良くそんな風に褒めてくれて、嬉しくてもっと色々覚えた。
自分でも色々本を読んで勉強していたし、しっかりと実践もこなしている。
やってる内に錬金術自体も楽しくなって、自ら学ぶ機会も増えていたと思う。
「セレスは凄いねー。私には解らない事沢山知ってるね」
昔仲の良かった幼馴染の親友も、そうやって良く褒めてくれた。
家庭の事情で離ればなれになったのは少し悲しい思い出だ。
彼女は私の事を、お母さんより理解してくれる親友だった。
「これ、教えてないのに・・・お前、本当に凄いね」
気が付いたらお母さんには、錬金術に関してはもう教える事は無いって言われてしまった。
何時からかあんまり褒めてくれなくなって、少し寂しいと感じていたっけ
その代わり素材集めとか、その為の歩き方とか、危険に対する対処とかを教えて貰った。
「戦闘技術も、この子、本当に才能だけは有るのに・・・」
魔獣を倒す為の戦闘の仕方とか、対人戦闘とかもちゃんと覚えた。
魔法だって多少は使えるし、危険に備えての道具の備えも忘れた事は無い。
お母さんに教えられた事は、ちゃんと、全部覚えてやって来た。
それなのに、何で、今こんな事になってるのか良く解らない。
ある日の夜、寝ている所にいきなり拘束され、目隠しもされて何処かに運ばれた。
縛られた時に「暴れるな!」ってお母さんが怒ってたから、犯人は間違いなくお母さんだ。
何でこんな事するのか聞いたら「煩い、黙ってな!」って、凄く怒ってて怖くて聞けてない。
拘束具は普通の道具じゃないみたいで、ちょっと暴れたぐらいじゃ外せそうになかった。
その上さるぐつわもかまされて、最早何かを問う事すら許されない。
何が起こってるのか全く分からないけど、とにかく移動が終わってお母さんが落ち着くまでじっと待ってたら、何処かにドスッと下ろされた。凄く痛かった。
「アンタは今日から自立して生きていく事! 帰ってくる事は許さないからね!」
お母さんの一方的なその言葉を聞かされた後、暫くして拘束が解除された。
その頃にはお母さんは既に居らず、というか森の中なので人の気配も無い。
少なくとも今まで住んでいた場所とはまるで違う所、というのだけは解る。
「ふえぇ・・・何でぇ・・・私、何時も通りに過ごしてただけなのにぃ・・・!」
半泣きになりながら周囲を見回すと、鞄が一つ傍に置かれていた。
その鞄の背にかける為の紐に、何かが書かれた紙が結ばれている。
「こ、これ、お母さんが置いて行ったのかな・・・」
鞄を手繰り寄せて紙を手に取ると、書かれている字は間違いなくお母さんの物だった。
だけどその内容を見て、私は絶望がどういう物かを理解する事になる。
『セレスへ。母さんはアンタの面倒を見るのに疲れた。人と面と向かって話せない。道具や素材の買い付けも出来ないし、自力で売りに出す事も出来ない。そもそも日常に必要な物も買いに行けない。人に会わない為に引き籠って、自力で生きていく気の一切無いお前の面倒を何時までも見る気は無いんだよ。私はお前の家政婦じゃない。これからは自力で稼いで自力で生きていく様に。大丈夫、お前なら出来るから。出来るだけの事は教えているんだから、後は人とちゃんと話す能力を手に入れるだけだから。せめて他人と真面に話せるまで成長する様に。母より』
そんな、私にとっては死刑宣告の様な事が、手紙には書かれていた。
「う、嘘、でしょ、お母、さん・・・わ、私に、人と、は、話せる訳が、ないのに・・・・!」
手紙を掴む手をわなわなと震わせ、ボロボロと泣き崩れてしまった。
酷いよお母さん。いきなり追い出すなんて。私は今迄ちゃんと錬金術師してたのに。
ただちょっと人と話すのが苦手で、お母さん以外の人と真面に話せなくて、だから作った物も売りに行けなくて、買い物も行けなくて、人の目が怖くて引き籠ってただけなのに・・・!
「えぐっ、やだぁ、おうちかえるぅ・・・一人もやだけど、知らない人と会うのもっとやだぁ・・・ぐすっ」
泣いても泣いても返ってくるのは森の獣の鳴き声だけ。
偶に在るお母さんの怒りと違って、今回は本当に追い出されたのだと良く理解出来てしまう。
「ぐすっ・・・ふぐっ・・・ううっ、鞄、なに、入ってるんだろ・・・」
取り敢えず鞄の中を覗くと、私の私物と幾らかのお金、そして地図が入っていた。
私が捨てられたらしい現在地に印が付いていて、幾らか歩けばそこそこの街が有るのが解る。
そんな優しい気遣いの籠った地図の端っこに、お母さんの追撃が書かれていた。
『そこ、アンタが住んでた国じゃないから。海も越えてるし戻って来るの難しいよ。諦めな』
既に悲しくて堪らなかったのに、もう逃げ場がない事を突きつけられた。
別に止めを刺さなくたって良いのに・・・!
「うう、ちょっとの希望も無くなった・・・!」
もしかしたら頑張れば帰れる距離かなと思っていたのに、まさかの別の国に飛ばされてた。
何かしらの長距離移動の道具で連れて来られたのかもしれない。
似た様な事が出来る道具を私も作れるけど・・・目的地が解らないから作っても辿り着けない。
そもそもどの方向に向かえば家に帰れるのかも全く解らない。
「ぐすっ・・・とりあえず、街、目指そう・・・嫌だけど・・・」
街に向かえばきっと人と会う。それは私にとってはとても怖い事。
会うだけなら良い。話しかけられたりなんかしたらどうしたら良いのか解らない。
だけど街に向かわないと、住む所も食べる物も無い状況だ。
食べられる野草は勿論知ってるし狩りも出来るけど、何時までも野生な生活なんてしたくない。
「えっと、星があそこだから・・・こっちか・・・晴れてて良かった・・・」
星の位置で方角を確認し、向かうべき道が問題無く解る事にほっとする。
もしかしたらお母さんはそれも考えて今日放り出したのかもしれない。
出来ればそもそも放り出して欲しくなかったけど。
「うぎゅ・・・ううっ、追い出されたの思い出したら、また泣きそうになって来た、ぐすっ」
泣くのを我慢しながら荷物から着替えを出し、寝間着から森の移動の為の服装に着替える。
ちゃんと武器も用意して、鞄に寝間着を詰めたら街に向かって歩を進める事にした。
山林の移動は素材採集で慣れた物なので、靴さえあれば苦になる様な事は何も無い。
「取り敢えず明かり作ろう・・・」
流石に暗い中を突っ切るのは、出来ない事は無いけど面倒臭い。
周囲を見回し、材料になりそうな物が無いか探す。
幸い火口になる物は服の中に仕込んであるし、松明代わりになる物が在れば良いんだけど。
「ああ、あった、これ使える・・・これも、使えるかな。少し多めに持って行こう・・・」
そのままでも燃料に成る鉱石が傍に幾つかあったので、掘り起こして叩き割る。
後は何故か鍋が入っていないのに組み立て式の鍋置きだけ入っていたので、それに乗せてなるべく燃えにくい植物で鍋置きを固定。
燃えにくいと言っても燃えない訳じゃないので、火が移らない様にちゃんと調整する。
服に仕込んであった種火石を取り出して魔力を通して火を点け、鉱石に火を移して燃やす。
余り強く燃える物じゃないからそこまで明るくないけど、代わりに長時間燃えるから丁度良い。
弱い明かりを頼りにして、森の中を歩いて行く。やっぱり少しでも明るいと良い。
その代わり種火石は効力を無くして砂になってしまったけど。
元々多少使ってたものだから仕方ないか。残りは・・・あと四つか。
無暗に使わなければ問題無いかな。
「多分、朝には着くかな・・・この地図だと」
暫く歩いているうちに少しだけ心が落ち着いてきて、状況を冷静に見る事も出来始めて来た。
追い出された事は悲しいけど、先ずは雨風が防げる場所を手に入れないと。
「多分・・・これで数日は、足りるとは思うけど・・・その後だよね」
お母さんが鞄に入れてくれたお金は、多分数日分の宿代ぐらいにはなると思う。
ただ問題はその後。これっぽっちのお金じゃ泊まり続ける事は出来ない。
家なんて当然買えないし、下手をすれば街中で食事も出来ない。
「お金・・・稼がなきゃ・・・でもどうやって・・・」
売れる物を作る事は出来る。今までだってそれはやって来たんだから。
だけど売るとなると、買ってくれる人を探さないといけない。
道端で売るにしても商店を開くにしても、客と喋る事が出来ないと買われない。
「・・・詰んだ」
お母さん以外の人との会話なんて、ここ数年やって無い。
無理矢理買い物に行かされて、店員に何が要るか聞かれて逃げ出したぐらいだ。
その時は足が震えて何も喋れなくて、結局走って家まで帰った。
そんな私にどうやって客商売が出来るのだろう。出来る訳が無い。
「うう、やだよう、このまま野宿もやだけど、人が沢山居る所に向かうのも嫌だよう・・・好きな様に好きな物だけ作って引き籠りたいよう・・・」
街に向かう私の嘆きの声は、ただむなしく森の中に吸い込まれて行くだけだった。
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「ふあ・・・ねむ」
夜通し門での見張りとか、兵隊やってんのも楽じゃないな。
取り敢えず門を開けて暫く待てば交代だ。それまで頑張るしかない。
一緒に見張りをしていた同僚と門を開け、お互いに欠伸を噛み殺しながら交代まで耐える。
「こんな日の出た直後の早朝から門を開ける必要あるのかね。門を開けると獣に気を配らないといけなくなるから面倒くさいんだが」
「稀にこの時間にも来るときは有るぞ。稀にだが」
「稀に、ねぇ・・・マジだ、有るもんだな」
同僚の言葉にぼやきながら街道に目を向けると、フードを深く被った人間らしき奴が向かって来るのが見えた。
体格的には多分女だと思うが、こんな早朝からって事は夜通し歩いていたのか?
「女一人旅とか、幾ら街道つっても魔獣に襲われる危険も有るってのに、良い度胸してるな」
「野盗強盗の類も居るし、よっぽど腕に自信が無きゃ自殺行為だが・・・自殺志願者かな?」
「野盗除けに、そういう連中が居ない山をつっきって来たとか」
「魔獣だらけのあの山をどうやって女一人で抜けるんだよ。そっちの方がありえねえよ」
門の傍に女がやって来るまで同僚と軽口を叩き、勝手な想像をする。
実際の事はどうでも良い。単に暇なので暇潰しをしているだけだ。
ただし声が届くであろう距離まで来た所で口は噤む。
女は俺達が門を塞ぐ様に槍を交差させると、特に抵抗せずに立ち止まった。
「まて、顔を見せろ・・・下手な動きはす――――」
女を見て、思わず、言葉が止まった。別に女は暴れていない。素直にフードを取った。
フードの中はやはり体形通り女で、それなりに綺麗な見た目をしていた。
だが、そこじゃない。驚いたのは女の目だ。全てを射殺す様な、鋭い目。
その眼だけで、明らかに目の前の人間がただ物じゃないと感じる眼光。
態々下から睨み込む様な、確実にこちらを威圧する様な目に一瞬呑み込まれた。
「住民じゃないな、通行料が要る。額は―――」
正直背中は汗でびっしょりで、だが兵士として情けない姿を見せるわけにはいかない。
職務に忠実に何時も通りの対応をすると、女はごそごそと鞄を漁りだす。
そして無言で金を取り出すと俺達に手渡し、そのままスタスタと街に入って行こうとした。
「ま、待て! まだ入って良いと―――」
――――殺される。そう明確に感じたのは、兵士になってから初めてだ。
生まれて初めて感じる、明確な死の予感。
それを、俺の言葉で振り向いた目の前の女から感じた。
女は俺の声に振り向くと目をカッと見開き、小首を傾げて俺達を見据えている。
その圧力は先程の比ではなく、言い様の無い恐怖が背中に走っていた。
訳の解らない状況に体が動かない。声も上手く出せない。
そんな視線と迫力に固まる俺達に、女は見開いた眼をまた鋭くして口を開いた。
「・・・何?」
底冷えする様な、喉の奥から響く様な声音。
まるで怒りを抑えたかのような低い喋り方に、俺達は何も言えずにただ固まる。
女は暫く俺達を見つめていたが、何も言わない俺達から視線を切り、フードをまた深く被って街に消えて行った。
「―――――ぷはぁ、い、息がつまるかと思った。何だ、あの女・・・何て目と迫力だよ」
「ありゃただ者じゃねえな・・・他の連中にも教えておいた方が良さそうだ」
「なるべく関わるな、ってか?」
「解ってるじゃないか」
同僚と笑いながら、そんな風に冗談になっていない冗談を言い合う。
出来れば今の女と相対する様な事が有りませんように、という願をかけて。
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