第14話 愛しき兄弟たち①
ヤート・ザ・バッシンがスターマインと接触する数日前。
暗いのは怖いわけじゃない、だけど好きというわけでもない。どうせなら明るいほうが良いが、状況は改善されない。
狼男は改善されない状況に苛立っていた。彼に決定権はないが、腐らず発言を続けている。彼の指摘はもっともだが、ここのトップはいつも彼を言いくるめて諦めさせるだけだった。
薄暗い廊下を歩く。ただ暗いだけならまだ許せるが、半端にチカチカするから目に悪い。それにライトが挑発してきているようで彼の神経を逆撫でした。狼男はとても怒りやすい性格だった。
気持ち程度にある窓から外を眺める。廊下よりも真っ暗な宇宙に漂う青い星。今回はあそこが標的だ。やることも、場所もはっきりしているのにまだgoサインがでないことにも苛々していた。この狼男は仲間達の中では新入りであり、元々彼の短期な性格もありまだやり方に馴染めていない。仲間達は嫌いじゃない、性格的に周囲と馬が合わなかった自分を拾ってくれ向かい入れてくれたことに感謝している。
このまま苛々を溜め込んでいると体に悪い。彼はトップにまた提言を告げにいった。
薄暗いとはいえ船の中の構造は覚えた。もう迷うことはない。確かな足取りで目的地へ進む。きっと他の面子もあそこに居るだろう。今まで他人と馴染めず孤独だった者達が、今では自発的に一日の大半を誰かと一緒に過ごすとは。環境が変われば人も変わるものだ。
自動ドアとは名ばかりの入り口の前に立つ。この扉が本来の仕事をしなくなったのは大分昔らしく、長い間放置されている。トップ曰く、手で開けるならそれでいいじゃないか、と言っていた。材料さえあれば直せそうな者も居るのにだ。
開くのを抵抗するように重いドアを無理矢理開ける。
「ヘネズッグ兄貴、廊下のライト切れかけてたぜ。交換しようぜ、目がいてぇよ」
この船の中心にある操縦室兼溜まり場にいるトップ、ハリネズミを思わせる風貌のヘネズッグ・ザ・バッシンに大声で言う。彼は大抵操縦室の中央の安っぽい椅子に腰かけている。大抵偉い人物は一番良い椅子に座るはずだが、彼は好んで固くボロボロの椅子に座っている。そのせいでいつも腰が痛いと言っていた。
「そうか」
「そうか、じゃないよ。ライトの交換しようぜ。あといい加減ドアも直そう。あれじゃ余計疲れるだけだ。ブック兄貴なら直せるだろ、なあ」
狼男がブックと呼んだ豚男に話をふった。部屋の隅で座布団に座り、本に囲まれ読書をしていたブックは肩を竦めただけだった。
「ライトが切れたわけじゃないんだろ。まだついているんだろ。ならそれでいいじゃないか」
ヘネズッグは腕を組み、自分の前に回り込んできた狼男に答えた。
「不便だぜ」
「ライトが切れかけていたらお前は道に迷うのか? そんなことはない。お前はもの覚えがいい。もう船の中を暗記した。俺なんて今だトイレと寝室を間違える。ライトが切れかけていたら目が悪くなるのか。そんなことはない。お前の目は若く丈夫だ。俺なんてもう小さい文字が見辛い。お前が困る要素はどこにある? どにもない。なら、それでいいじゃないか」
「いや、それ俺がよくても兄貴が不便じゃん」
「俺が困ってもお前等が困らなければそれでいい」
よくはないだろう。
「じゃあ扉はなんとかしようぜ。毎回疲れちまうよ」
「ドアが自動じゃなければお前の生活に」
「分かった。もういい、もういいよ」
降参だ。やはり自分が何を言っても彼は動く気はないらしい。話を聞かず、意見を否定してくるわけじゃないのでまだいいが、毎度毎度長々と言いくるめようとしてくるのは疲れる。狼男がヘネズッグに強く言えなく折れてしまうのだ。
「分かってくれてありがとう」
バッシン兄弟の長男は満足そうに頷く。
狼男はブックの側により耳打ちをした。
「ブック兄貴なら直せるだろ。こっそり直しちまおうぜ。俺手伝うから」
ブックはくくと笑い、本を閉じる。
「諦めろオウフ。奴は頑固だ。自分が良いと判断せず許可がおりていないのに勝手をすると」
「すると?」
「延々とあの調子で文句を言ってくるぞ」
「ああ、そりゃしんどい」
狼男ことオウフは目を押さえる。じゃあどこまでいったらこの船の数々の故障を修理するのだ。バッシン兄弟に加わってからまだ一年がたっていないのに、このおんぼろ船の故障箇所を両手の指じゃ足りないほど把握している。故障箇所を申告しても、ヘネズッグが直す気がさらさらないのか、毎回だらだらとずれたことを言われ、こちらが諦めるのだ。
「ズッグちゃんは故障とかにも愛着もっちゃうから、本格的にお陀仏しないと直さないわよ」
蛇男、スービーが二人の会話に混ざってくる。
「自動ドアに関しては完全にお陀仏だろ……」
「手動でも、まだ開くからセーフよ」
「嘘だろ……」
オウフはため息をついた。
ただの倹約家ならまだいい。理解しきれないが、金のために修理をけちるんだから筋は通る。だが、故障にすら愛着が湧くとはどういうことだ。確かに変わり者達を拾って自分の兄弟にするくらいだから、なにかと愛着が湧きやすいのだろうが、何事にも限度がある。
今回もだめだったと諦めたオウフは何やら機械を弄っている孔雀男のピージャックの元へ向かう。
「アレがどこにあるか分かったのか?」
「状況は変わらないよ。落ちた場所は分かるけど、急に反応が消えた。なにしても見つからないんだなこれが」
「他の組織の奴が見つけたのかな」
「それはないよ。だったら反応は消えない。あいつ等が独占するために隠すと思う? 隠す願いを言う前にボスを殺すか、もっとでかいことしてる。まだそんな情報はない。忠誠を誓った奴らが見つけても、ボスより先に使わないでしょ。アレはボスの物って考えてるだろうし。あいつらバカ真面目だし」
「じゃあ追跡者かも」
「あーそれだったら最悪だ。だいぶ痛め付けてボロボロにしたけど、あいつにはアレにたいして権限がある。あいつが願いを叶えることはできないけど、隠す機能はあるかもね。めんどくせー。でもさっきもいったけどあいつはぼろぼろだ。こんな短期間で直せないほどにね。だからあいつが回収したとしても、あの星から脱出してないだろうね。まだチャンスはある」
「ヘネズッグ。そろそろ行動したほうがいいんじゃないか。面倒だけどよ」
外を眺めていたヤートが言う。
彼らはある物を回収するために地球周辺まで来ていた。組織からの命令だったが、彼らだけに指示されていたわけではなく、他の配下達にも情報は渡っている。言うなれば争奪戦だ。あるもの達はボスに気に入られるために、あるもの達はアレの力を独占するために。ボスも有象無象の集まり達にとってこいと言うだけで、なんの見張りも縛りもない命令をすればどうなるか分かっているだろうに。ボスに危機感がないというより、状況を面白がっているのだ。血の気が多い若造どもがどうするかの反応を楽しんでいる。奴はそんな性格なのだ。例え自分の命が危なくても、面白さを優先する。そんな豪胆な性格と、生まれ持った幸運でボスは大規模な組織を作り上げた。
バッシン兄弟もアレを素直にボスに渡す気はない。アレの力で自分達の障害にあるものを排除するつもりでいた。
彼らは幸運で一番最初にアレを見つけることができた。だが、地球に落ちたのを確認し、詳しい場所を特定する前に反応が消えた。おんぼろの機械ではなければすぐに特定できたのにと、オウフは嘆いていたがヘネズッグは気にしていなかった。
不幸中の幸いで他の配下が地球を見つける前に反応が消えたことで、今すぐにライバルが駆けつけるということはない。そのため痕跡はないか調べていたが、またもや機械がおんぼろのせいで作業は進んでいなかった。
「そうだぜ。大体の場所は分かってるんだ。こうなったら動いたほうが早い!
オウフが便乗して声を上げる。
この空間にいる全員の、いや一人を除いて五人がヘネズッグに視線を集中させた。口にはしなかったが皆が同じ考えだったようだ。
「…………そうだな。確かに面倒だが、そうするしかないか」
待ってましたとオウフが手を勢いよく合わせる。
「よし! じゃあ皆でカチコミに」
「一人ずつだ」
「は?」
「アレの探索は基本一人でやる」
露骨に嫌な顔をして抗議うようとしてくるオウフを、ヘネズッグは右手を上げて、まあ話を聞けといさめる。
「この辺境な場所で俺ら全員が暴れたらどうなる。もし近くに他の奴がいて、あれおかしいな、なんて思って顔を出してきて俺たちを見つけたら。ここにアレがあるんじゃないかと思うかもしれない。だから一人ずつやるんだ。一人で降りて、出してもこの星の奴らのいざこざ程度に被害くらいにしとけば、ばれない可能性が高くなる」
「あーあヘネズッグの悪い所がでちゃった」
スービーが指摘した彼の悪い所、それは慎重過ぎるところだ。昔はそこまででもなかったのだが、兄弟が増えて幾度に露呈し、酷くなっていった。長男としての責任を感じはじめていたのだった。
オウフが何かを言おうとしたが、ヤートが止める。我らの長男は頑固なんだ、言っても無駄だと。
「方法はどうする? 流石にしらみ潰しだと効率が悪いよね? なにより」
「めんどくさいわよねぇ」
「我々にぴったりの方法があるさ」
七本の棒が入った筒を持ったブックが部屋の中央に立った。察した他の者達も一人を除いて集まってくる。
「アレが落ちた場所。そこの周辺で暴れればいい。アレを拾ったのがこの星の人間ならば、力を手に入れた万能感で顔を出すかもしれない。もし追跡者の方ならば好都合。あいつならどんな状況だろうとアレの場所を探知できる。頭を割って中身を見ればことは済む」
「相変わらずお前は頭良さそうなのに、頭の悪いことしか考えないな。嫌いじゃないぜそういうの」
「私は学ぶの好きなだけであって頭がいいわけではないよ、ヤート。さあ皆、くじを引け。赤い印を付いたのを手にした者がアレを探しに行ける」
「ちょっと、ベマーはどうするの? 起こしてあげなきゃ」
スービーが指差した方向に巨体が床にごろ寝をしていた。豪快にいびきをかいている熊男、バッシン兄弟六男のベマーだ。兄弟の中では最も図体がでかいが、その分燃費が悪い。なにかない限り一日の大半を寝て過ごしている。
スービーが揺すって起こそうとするが、彼の細腕では少し動くだけ。やろうと思えば手荒なこともできるが、弟にそこまでするほど厳しくなれない。ヤートがしょうがない、とため息をついて手伝いに行く。ただし彼はスービーほど甘くはない。寝ているベマーのがら空きになっている横っ腹を強く蹴飛ばした。ウエイトもかなりあるはずのベマーが勢いよく隣の壁にぶつかり、体の半分にめり込んだ。それでもまだ眠っている。起きる様子はない。
「ちょっと!」
「大丈夫だろ。こいつは一番頑丈だ。痣くらいにしかなんねえよ」
今の行為を咎められると思ったので弁明する。
「違うわよ! 壁凹んじゃったじゃない!」
「あ、そっちかー。すまん」
ただでさえおんぼろなんだから気を付けろと散々言われる。二人にもう惰眠を貪っている弟を起こす気などなかった。ことを見届けたブックが筒から一本除外して、よく振ってシャッフルする。仲間はずれにするのはよくないが、奴を起こすのは骨が折れる。他の全員がベマーの存在を一旦忘れることにした。
全員がくじを掴んでから、いっせのーでの掛け声で同時に引き抜く。赤い印のついたくじを持っていたのはヤートだった。彼は嬉しいような、面倒そうな複雑な表情をしている。口では行動することを促していたが、他の人物がやるだろと内心考えていたのだ。でも選ばれたのならしょうがない。やれることをやるだけだ。
「じゃあ早速」
「待て、ヤート。行く前にやることがあるだろ」
「? なんだよ、準備ならできてるぞ」
待ち時間の間暇だったので念のため探索の準備はしていた。だが、ブックが引き留めた理由は違った。
「他の星に行くんだ。少なくともその地域の言語を覚えないと失礼だろう」
「はあ? ここでもすんのかよ。好きだなあお前も」
立ち寄った星の言語を覚え、誰かに教えるのはブックの趣味だ。ちょっとした補給や、仕事で立ち寄った星の言葉を数日で覚え、他の兄弟にも教える。趣味というよりもライフワークに近い。学び、教えることが好きなブックの趣味を、兄弟達は文句をいいながらなんだかんだ付き合っている。
「せっかく喋る機能がついているんだ。会話できて損はないだろう。思わぬ所から情報が得られるかもしれないしな。ほら、ついてきなさい」
「ああ……、お前なら一瞬で暗記できる機械とか作れるじゃないか。そういうの便利なの作ってくれよ。毎度毎度、大変なんだ」
「学びとは租借し、反芻することで意味が生まれる。機械は学びのサポートに使うのはいいが、学びの代行そのものに使うものではない。諦めろ。私はすでに日本という国の標準語を覚えた。覚えやすく、できるだけ早くマスターさせよう」
「分かったよ、分かった。ご教授願おう」
ヘネズッグも頑固だが、ブックもまた頑固だ。いや、この場にいる全員がなにかしら頑固な部分がある。だから彼らは回りからはみ出し、孤立し、こうやって集まったのだ。
「へへ、ヤート兄貴頑張れよー!」
やっとことが進み始めたと、オウフははしゃいでいた。それをヤートが苦い顔をして嗜める。
「お前なあ、そのうちお前も授業させられるんだぞ。他人事いってんじゃあねえぞ」
「なにいってんだよ。兄貴がアレを見つけてきた終わりだろ。俺はその後暴れればそれでいい」
「ったく、ガキめ」
「ああ、たまんねえな。早くアレが手に入らないねえかな。ワクワクするぜ!」
新入りが可愛くない訳ではないが、性格が子供過ぎる。他人とのコミュニケーションがいままでとれなかったせいで、感情の起伏が激しい時があるのだ。今はまだましだが、放っておくと手がつけられない場合もある。お勉強室に向かい前に、調子にのり始めていたオウフにげんこつを一発いれて落ち着かせた。
その後数日かかってようやくヤートは地上に降りた。ブックの提案どおり暴れた結果、アレの所有者らしき人物と出会う。言葉を覚えたことにより確信を得て、戦闘をすることになるのだ。
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