第13話 銀河覚星スターマインの敗北
新しく買ったスケシューはなかなか良い具合だ。安くなっていたセール品で、中に衝撃吸収のインソールを入れた。スケボーをやっていると分かるが、結構靴は重要だ。スタイルによるがトリックを決めた後の着地の衝撃は馬鹿にできず、なかなか腰にくる。昔スケシューがダメになったがお金が無く、まだ若いから大丈夫だと普通のスニーカーでやったら、腰がガタガタになった。物には適材適所、競技向けに作られているのらちゃんと意味があると学んだ。あれからは少し性能に不安があれば靴にはインソールを仕込むようになった。
休日の今日はパークに遊びに来た。昼食の時間が近いからか人はあまりいない。一応このパーク内に飲食スペースはあるが、近くに食事ができえる場所がいくつかあるためそちらに向かう人は多い。
私も小腹が空いたので荷物を置いてある飲食スペースへ向かった。来る途中で買ってきたミネラルウォーターを口に含んで潤してから、カロリーメイトの袋を開けた。正直話私もどこかに食べに行きたいが、今は絶賛金欠中だ。このカロリーメイトだって部屋に転がっているのを見つけて、賞味期限がまだ大丈夫だったから持ってきた。切り詰めれるところは切り詰めなくてはいけない。
カロリーメイトは嫌いではないが、あまり好んで食べない。口の中の水分が持ってかれて飲み込みづらい。
「舞ちゃん今日は元気そうだね」
水で流し込んで一息ついていると、知り合いのスケーターのお兄さんが話しかけてきた。この前ここで転んでスケシューをおじゃんにした時に声をかけてくれた人だ。
「この前はなんかぼーとして危なっかしかったじゃん」
「あー、まああれっすよ。悩みがね、なんというか軽くなったというか」
悩みのもとのひとつだった進路希望は提出した。その後にくる三者面談を考えると頭が痛くなるが、前ほどではない。頭も気持ちにも余裕があった。
あとは、他にも気分が晴れることがあるのだが。
「そっか、良かったよ。あんな調子じゃここでも外でも怪我しそうだったし、何より暗い顔してたから。君みたいな娘は元気が一番だ」
「へへ、あざっす」
お兄さん小さいパンをいくつか口に放り込んで租借し、一気に飲み込んだ。よく喉につまらないな。その後水分補給をしてから、また滑りに戻った。
一人に戻り、もそもそと簡単な食事をしているとショーが鞄から体を半分だけ出した。あれ以来できるだけショーを持ち歩くようにしている。なにかあった時のためだ。
ショーはじっとスケーター達を眺めている。
「興味もった?」
あれから分かったことだが、意外と彼は好奇心が強い。なにごとにも興味が無さそうな雰囲気を持っているが、なにも分かっていないからどう反応していいのか分からないみたいなのだ。彼は星の情報を時間と共に吸収収集し、願いをスムーズに叶えるといっていた。だがいままでは情報は平面的なものだった。今は自身で動き、見ることができるため立体的に動いていると関心が向くらしい。実際に体験をしないと情報と現実でギャップがあると言っていた。
確かにショーは窓の外の景色を自分から眺めたりしていた。あの時も興味が無さそうに見えたが、実際に見る景色は情報通りのはずなのに惹かれるものがあったのかもしれない。
「舞もできるのか」
「ある程度はね。まだまだできないトリックの方が多いけど。ま、そこは練習頑張るぞってことで」
ショーはさっきのお兄さんを見ていた。彼はこのパークでも上手な方で、オーリーで飛ぶと一番高いのではないか。私ができないトリックも多いので、たまに教えてもらっている。
「そうだ。ショー、乗ってみる?」
本当に思い付きだった。例えるとすれば飼い主が戯れでペットをスケボーに乗せるようなあれだ。動物を飼ったことはないから詳しくないが、デッキテープの上だと肉球に違和感はないのかな。デッキテープなんて荒い紙ヤスリみたいなものだ。私だったら裸足じゃ乗らない。動画で上手い人が水着且つ裸足で乗っていたが、よくできるなと関心した。もっとも、動物達は裸足が当たり前だから、私の想像以上に肉球が丈夫なのかも。
人目のつかない物陰に隠れて、スケボーの上にショーを乗せてみた。ちょっと意地悪だったかな。いくら謎素材のショーでもこのサイズ差だと、スケボーをプッシュできない。プッシュをしなくても進むことはできるが、そのトリックすら難しいはずだ。
デッキの上に仁王立ちの如く立つお星様に笑いそうになる。私は性格が悪いなあ、なんて思いながらも写真を撮ろうとスマホを出した。
スマホを取り出すほんの数秒だけ私は目を離した。そして視界に再びショーを捉えると、彼を乗せたスケボーは三十センチ程前に移動していた。ショーはまったく動いていない様子だった。
「……え、なんでなんで? どうやって動いた?」
今度は見逃さないために目を皿のようにする。
するとスケボーが聞きなれた走行音を出しながら前進した。やはりショーは乗っているだけでまったく動いていない。
「は? 怖い怖い、なんで動いてんの?」
物理法則が乱れている。物理法則の中身はまったく分からないがそうに違いない。
目の前で起こっていることに混乱している私をよそに、ショーを乗せたスケボーは今度はバックで動いたり、円を描いて前進する。一通り単純な移動を繰り返すと、私の正面で停止した。
「楽しい」
「いや待てや、謎物質」
今のはなんだ、どうやって動いていたんだと問いただしたが要領を得ない答えしか帰ってこない。今のは彼にとって当たり前のことで、私たちが歩くのが普通でもどうやって体重移動しているのか、どう筋肉を動かしているのか把握しきれていないのと一緒で説明できないのと同じなのかもしれない。
元々当然と言わんばかりに浮いているんだ。物理法則がどうとか聞く方が間違っているんだろう。
ショーはまたスケボーで前後に動いていた。そのうちトリックまで決め出すのではないか。成長が楽しみのような、怖いような。
慣れると微笑ましく見えてきて、平和だなあ、なんてことを考える。ヘルメットマンを倒した時はこういうことが続くのではないかと思ったが、願いの力なのか宇宙人の襲来も無かった。あんな思いをしたんだから来なくてもいいが、あの姿は魅力的。せっかく変身できるようになったんだからまた、と私は誘惑に負けた。もうこれっきりだからと自分を言いくるめショーに願う。『変身の掛け声を言ったらスターマインに変身できるようにして』と。ショーを持った状態でスターライズと言えば、私はヘルメットマンを倒した時の姿、スターマインに変身できるようになった。願いの効力は前回の一度きりとは違い、条件を満たせば何度もできるようにした。自由に変身できる能力を得た私は、敵は居ずとも正義のヒーロー的な行動をしている。最近だと青年を落下してくる鉄骨から救ったことか。この街でも徐々に話題になっている。
但し名前は浸透していない。それはあまり私が名乗らないから。良い口上が浮かばなく、名前を言う機会を逃していた。早く考えられなくては。
私の場合、事故を未然に防ぐことはできない。大体は起きてしまったことのフォローだけだ。不幸が起こるのを察知する第六感もないし、警察の無線を盗聴している訳でもないからしょうがないと言えばしょうがない。だけどせっかくスーパーパワーを得たんだからなんとかしたいものだ。現状私が把握できる範囲は狭すぎるのだから。
誘惑に負けた自分が情けなかったが、悪いことをしているわけじゃないんだからと言い訳をする。誰も不幸にしてないんだからなんて、子供っぽいだろうか。
さて、そろそろ私も再開するか。ショーをリュックに戻し、スケボーを手に取った。
ドンッ。
どこか遠くから大きなものが破壊された音がした。
「え、なに?」
ドンッ、ドンッ。
音は連続して聞こえてくる。何かの事故等ではない雰囲気を感じた。仕舞ったショーをまた取りだし、スケボーをリュックに収納して音がする方へ向けて走りだす。途中で路地裏に入った。誰にも見られない必要があったためだ。ショーを顔の近くで構える。
「スターライズッ!」
スターマンの変身の掛け声をパクった、もといオマージュした。この掛け声に反応してショーが光り、私の全身を包んだ。光の粒子が飛散すると、私は例の姿、スターマインへ変身する。この名前は子供の頃に名付けたものだ。スターマンと舞でスターマイン、子供らしい安直なネーミングセンスだが嫌いじゃない。ただ当時、スターマインという名前の花火があることを知って何故か微妙な気持ちになった。
この姿に変身すると凄まじい身体能力を得る。いつもなら助走なしの全力でジャンプしても三角コーンを飛び越える程度だが、今ならば五階建てのビルだって簡単に飛び越えられる。狭い路地裏で跳び、隣接していたビルの屋上へ乗った。高い所に乗れば何がどうなっているか良く見えるだろうと考えた。するとあまの市の中央の辺りで黒煙が何本も空へ昇っていくのが見えた。被害は想像以上のようだ。
「一体なにが……?」
まだ破壊音が聞こえてくる。私の胸の奥がざわざわした。何か嫌な予感がする。
地上を移動するよりも空を使った方が速い。身長の高いビルづたいに、跳びながら現場へ向かった。助走をつけて跳び、数十メートル先の建物に着地しまた翔ぶ。被害の中心地へ数分で到着した。
ヘルメットマンの時とは比べ物にならない程、凄まじい被害だった。地面は割れ、建物は崩れ落ちるか火災で燃えている。電柱や信号機は立っている物の方が少なく、道路を走っていたはずの車は道の脇へと乱暴に寄せられていた。大半の車に何か強い衝撃を与えたような凹みがあったり、そもそも車の形を成していないものあった。今は休日の昼間のはずだ。なのに黒煙が太陽を遮り暗く感じる。さらには火災が照りつけ場所によっては明るいという奇妙な状態だ。
ただの事故、とは思えない。特撮で考えるならば、途方もない力を持った敵が現れ力を示すために派手に街で暴れる展開と同じに感じた。
とりあえずこの状況をフォローしなくては。火災の鎮火も早くなんとかしなくてはいけないが、怪我人の救出をしなくてはいけない。やらねばいけないことが次々頭に浮かんでてんやわんやになる。それでもなんとか頭を冷静に保ち、やるべきことを見失わないようにしなくては。
「!」
壊れた車から流れたガソリンに引火した炎が道を分断している。その火事の中から人影が見えた。火に巻かれているのに焦る様子はない。散歩をしているような余裕さが見てとれた。明らかに人間じゃない。私は警戒して構える。
火の中から現れたそれは確かに人型ではあったが、人間とは言えない見た目をしていた。まず目を引くのは頭部に生えた大きな角だった。天向かって伸びている訳ではなく、曲線を描き捻れながら前を向いていた。体には服というか、鎧っぽいものを身に付けているが毛深いのが分かる。顎には立派な髭が伸びていて臍の辺りまで伸ばしている。
私は直感的にあれが何かに似ていると思った。なんだっけなと頭の中を探るとすぐに出て来た。未確認生物にゴートマンという人間みたいに二足歩行する山羊というのがいるのだが、イメージにぴったりだ。あの謎の存在は山羊に似ている。
「ショー、あれって」
宇宙人ではないのか、と聞こうとしたが山羊男が突如私の前に現れ遮られた。高速移動の類いなのか、山羊男は私の右半身に向かって蹴りを放ってきた。目で追うことできたのと、元々構えていたお陰もあってガードは間に合った。右腕に左手を添えて防御体制を取る。蹴りは右腕に直撃し、衝撃に備えて踏ん張ったがその場に止まることはできなかった。コンクリートを抉りながら横へ数メートル移動してしまう。
「ぐっ……!」
追撃を警戒し直ぐに体制を建て直した。次攻撃をしてきたら反撃できるように心の準備をする。
だが山羊男は攻撃はしてこず、興味深そうに私を眺め自分の髭を撫でていた。
「貴様、俺の言葉が分かるか」
「……! 喋れる、のか……?」
「よしよし通じているな。真面目にブックの奴から学んだかいがあったってもんだ」
見た目に反して流暢に喋る山羊男に驚く。
「俺はオウト・ゲオス・ファミリーのヤート・ザ・バッシン。お前、オウト・ゲオスの名を聞いたこと、あるか」
聞いたことがない。私は無言で首を横に振った。するとヤートと名乗った山羊男は嬉しそうに口の端をつり上げた。
「なるほど。オウト・ゲオスの名前を知らないか。なるほど。良い、実に良い。この名を知らないってことはお前がこの星の生物の可能性が高いってことだ。この辺鄙な星で引きこもっている奴等なら、情報がなくても当然だ。ありがとう、良いヒントだ」
地球人はちゃんと宇宙へ行っている。反論したくなったが、無意味そうなので止めた。奴はどうでもよさそうにするだけだろうし、反論しても受け流されて終わりだろう。
「その言い方、お前宇宙人か」
「確かに、この星の奴からすればそうだな。この星に俺みたいな奴いるのか? どうでもいいがな。今お前は宇宙人と言ったな。その言い方はこの星の奴が好んで使う表現だと、ブックが言っていたぞ。つまり、お前がこの星の奴だと言える可能性がまた増えたってことだな」
言葉の抑揚で喜んでいるのが伝わって来る。何か不味い情報を渡してしまったか。
「お前は俺の蹴りを食らった。どうだ? 痛かったか?」
「あんな攻撃、どうということもない」
これは強がりではない。突然現れたのは驚いたが、十分反応できたし防御に使った腕に痛みはない。衝撃がすごいだけで中身が詰まっていない攻撃だった。
私の返答にヤートは拍手をしてきた。
「よかった、そいつはよかった。ビンゴだ! この星の奴は俺の蹴りを食らったらああなる。ほら、あそこにも、あっちにもいるぞ」
次々に指を指す方向は建物の側面だったり、地面だったり。すべて共通して壁に向かって水風船を投げて破裂させたように赤く汚れている。強い衝撃で破裂しているのは一目で分かった。あれが何で、付近に散乱しているものが何かも。
私は胃の中身が逆流してくるのを感じた。スプラッターは得意じゃない。映画のSAWシリーズなんてまともに見れないのだから、人間が破裂したものを見て耐えれる訳がない。必死に胃液を押さえ込む。
「加減したんだがな。この星の生物が脆くてね。ちょっと加減を間違えるとその場で破裂してしまう。どうでもいいか。お前が当たりならどうでもいい」
「うぅ……、どうでもいいだと。命がどうでもいいなんて……そんな理由でこんな被害を」
許されない。胃液をあるべき場所に戻し、闘志を燃やした。この被害の落とし前はつけさせてやる。目の前の宇宙人はヘルメットマンと違い、即排除対象と認定した。こんなことする奴を放ってはいけない。
「そうだよな……なんと言ったか…………ああそうそう。無益な殺生だ。無益な殺生、このタイミングで使う言葉。あってる? 俺がしたのは無益な殺生?」
馬鹿にしているのかこいつは。怒りが溜まっていくのに比例して、拳を強く握る。
「ああそうだ! お前は無意味な」
「いや、無意味じゃないんだな。これが」
「……どういうことだ」
ヤートは長い髭を撫で、毛先を掴んで私に向けた。
「しいていうならこれは、この被害はだな…………お前のせいだ」
奴の山羊独特の瞳が歪んだ。目元を大きく曲げ、嫌みったらしいニヤケ面をする。
「俺達はあるものを探している。大切なものだ。この星に落っこちたのは分かってる。でも、何故か急に反応が途絶えた。今まで正確な位置までは分かっていたのに、だ。正確な位置を把握したらどうすると思う? 急いで取りに向かう? それは余裕のない三下がやること、俺達は違う。できるだけ準備をして確実に手に入れる。もし他の奴も来て介入されたら厄介だからな。でも消えた! 反応が忽然と! まるで神隠し! 意味あってる?」
なんとなく分かっていたが、こいつの狙いはショーだ。私が予想していたショーを狙う宇宙人。でも私の願いのおかげで邪魔をすることができていた。だがそれで諦めるような奴ではなかった。
だんだんこいつが何故こんなことをしたのか分かってきた。
「俺達は考えた。まあほとんどブックの奴が考えてくれたんだが。この星のどこにあるかは大体は分かる。だけど地道に探すなんて面倒だ。一人以外やりたくなかったしな。じゃあどうしよう。ブックは言った、派手なことをして持ち主を誘きだしちまえばいいんだってな。単純だけどこりゃいいと思ったよ。少なくとも、俺達の半分はその方が性にあってる。そして、俺が来た。あの力、なんでも叶う夢の力。そんなもん手に入れたらは人はどうなる? なんていったか…………そう! 調子に乗る。暴れて被害が出ればえーと……あれだ、ヒーローだ。ヒーロー気取りで顔を突っ込んでくる奴がいる。他の星でも結構な頻度で出てくるんだぜ、そんな奴。俺は暴れた。そうしたらお前がきた!」
またヤートが拍手する。あの称賛は、自分の考えがぴったりはまった喜びを表している。釣りをして狙ったポイントに針を飛ばしたらちょうど魚群に当たった、そのくらいにしか考えていないのだろう。
「この星の生物で、俺の攻撃に耐えれる。ビンゴだビンゴ! お前が持ち主か、あれを持っていなきゃそんなことできやしない! お前はあの力で体を強化している、そうだよな? 持っているな、あれを!」
もう戯れ言は十分だ。私のせいで被害は出たとヤートは言った。言い返したいことは多々あったが、今は受け入れよう。これは私のせいなら、私がけじめをつける。
頭の中でよーいどんと唱える。地面を跳ねるようにかけ、奴との距離を縮め胸に向かって飛び両足を揃えた蹴りを放つ。いつもならドロップキックなんてしたら威力なんてでない上に無様に落下して頭をぶつけて終わりだが、スターマインならば鋼鉄すら射ぬく矢となれる。
私はこの一撃で決めるつもりだった。だがヤートは半身で回避をすると、私の鳩尾めがけ踵落としをしてくる。一連の動作は流れるようにかつ素早く、正確に私の体を捕らえた。スーツに守られているとは言え奴の踵が筋肉にめり込み、内蔵にダメージを与える。
「げふぉっ」
空中にいた私は地面に叩き落とされる。コンクリートが砕け、クレーターを作った。
「ん~。見た目の派手さを優先し、力任せの悪い蹴りだ」
ダメだしをする奴は見本を見せてやると次の動きをする。まず爪先で私を蹴り上げた。蹴るというよりも上空へ持ち上げたという方が近いかもしれない。ふわりとした感覚、まずい、空中だとさっきと同じ目にあう。どうにかしようとしたが、奴の攻撃の方が速かった。速く、鋭い、鞭の如くしなった一撃が私を襲う。今度は防御することができ、両腕を交差させて受け止めた。蹴り事態はなんとかできても、私の足は地面を離れているから踏ん張ることができない。なすがまま体が吹っ飛ばされる。
地面に一度もつくことはなく、民家に突っ込んだ。家具や壁を破壊し、家を貫通して塀を粉々にしてようやく私の体は止まった。
「あ、ああ……!」
両腕がとんでもなく痛い。痛みから逃れるために地面と体を使って押さえつけたが意味はなかった。ショーの力で守られているため外傷は無い、たぶん骨も折れていない。それでも耐えがたい激痛が腕から伝わり、私の脳を犯している。何も考えられない。
徐々に痛みになれてきた。なんだあの威力は。特別頑丈とはいえ、弾丸を頭で受けても痛いで済んだんだぞ。今のダメージは痛いというものではない。
手を使わずなんとか立ち上がる。震えるが、気合いで握り拳を作った。大丈夫、心は折れていない。
ヤートが破壊された民家を通過して姿を表した。今度は私に称賛の拍手をしてくる。
「ショックだなあ。ああ、ショックの使いどころはあってるよな? 今の結構本気だったんだぜ。死んでないどころか、怪我すらしてないじゃあないか。悲しいなあ、嬉しいなあ」
ひとつ安心した。奴の言葉が本当なら、私のスーツは奴の攻撃を貫通することはない。私が耐えきれるかは話は別だが。一撃死が無いのならまだ希望はある。
「なあ、お前の名前はなんだ」
「……………」
「教えてくれよ。兄弟に教えたいんだ。この星のヒーローの名前よを」
「…………さっき俺達、と言っていた。今は兄弟とも。仲間が居るのか?」
「ああ、いるぜ。俺達はバッシン七兄弟。ほら質問に答えたぜ。お前も返せよ、礼儀、って奴だろ」
「……私は……スターマイン!」
名乗った直後に攻撃を仕掛ける。奇襲のつもりだった。
両腕は未だに悲鳴を上げている。そして蹴りはまた返される危険性があった。奴の経歴は知らないが戦闘になれている、大して私は子供の喧嘩くらいしか経験が無い。勝てる見込みはあるのか。しかし戦わなければいけない。この状況じゃ引けいないのだ。
今度は顎を狙う。突きなんて出せないから腕を曲げ、肘で攻めた。不格好なエルボーにはキレが無く、簡単に受け止められてしまった。肘を捕まれ持ち上げられる。
「離せ!」
抜け出そうと肘を掴んでいる腕を掴んだ。スターマインになれば握力も強化される。硬貨を曲げるなんてわけないし、放置されていた廃車も数秒でハンドボール状にできる。それでも腕への残留ダメージが邪魔をして、本来の力が発揮できない。
捕まれたまま横腹に蹴りを入れられた。体がくの時に曲がる。腕が引きちぎれるイメージが頭に焼き付いたが、現実は無事だった。
ヤートが手を話すと、私はなすすべなく地面に倒れた。声すら出ない、呼吸もできないほどの痛み。マスクの下では涙と止まらず、だらしなく涎が口から流れた。痛みの熱が脳の回路を焼ききっていく。私の意識は間も無くして途絶え、痙攣だけをする物言わない肉の塊になる。
「なんだ、もう堕ちたのか」
痙攣する私を、ヤートが爪先でこずいた。まともな反応は無い。
「頑丈なだけが取り柄か。願い方を間違えたな」
玩具が壊れた。きっとヤートはそんな感情を持っているはずだ。
屈んで私の様子を伺う。意識を失った私は、なにもできない。
なにもできないはずがないだろ。
顔を近づけるのを待っていた。痛みは歯をくいしばって耐える。奴の大きい角を掴んで、そのまま背後に回った。脚を首に回し、絞めるようにロックする。比較的にダメージが少ない足で全力で力を込めた。さあ止めだ。今私は両角を掴んでいる。痛みを無視した力で首を軸に時計回りに回し、へし折ってやる。
「苦しいなあ」
声はのんびりとしているが、ヤートは両手と膝を地面についた。いける。頼む私の筋肉、今だけでいいから限界を超えた力を出してくれ。更に力を込めると、ヤートの首が回り始めた。
「お前バカだろ」
ヤートの頭にいたはずの私の視界は、暗闇に包まれた。最初は何が起こったのか理解できなかった。ゆっくりと頭に痛みが染み渡る。
ああそうか。私は叩きつけられたんだ。拘束を解く必要はない。ヤートは土下座するように、地面に向かって私を叩きつけた。奴より高い位置に居た私だけが、地面を砕き突き刺さったのだ。体の支えを失い。大の字で倒れる。
なんだ、頭がぼーとする。力が入らない。自然と腕と脚は脱力した。視界が歪むがヤートが見下ろしているのは分かる。
「頭だけ拘束したところで意味はない。それだけで殺せるなら問題ないが、俺に対しては考えが甘かったな。お前は今のやり取りで、なにも感じなかったのか」
確かにな。正しいダメだしだ。私の拘束のイメージはぼんやりとしている。前に漫画で見た柔道の裸締めのイメージだ。だけど初心者の腕じゃあ再現なんてできなかった。
もし私の腕に痛みがなかったら、もしくはもう少しダメージが少なかったら、一気に勝負を決められていたのではないか。こんなことを考えても無駄だけど、他にできることはない。
ヘルメットマンと戦い勝ったから、ヤートの言う通り調子に乗っていたのかもしれない。ショーの力でやっと戦えるのに、自分の力で勝ったと勘違いしていたんだ。ん、ショーの力?
あることに気づいた私に活力が戻った。そうだ、私にはショーが居る。彼の力ならば、直接ヤートを倒せなくても、私に更なる力を与えることができる。ショーにかけられてプロテクトは他人に大きな影響を与える願いだけ、私が私自身に願うのなら問題ない。
そうだ、そうするしかない。ショーを渡すくらいなら、願いを叶えてもしょうがない。自分にそう言い聞かせ、心の中でヤートに勝てる力を与えるように願おうとした。
「ああ、そうだ。お前知ってるか? アレの願いを叶える力には、代償がある」
ヤートの言葉が私の心にブレーキをかける。
「アレはな、どんな願いも叶える代わりに、星の命をひとつ消費する」
なんだと。
「星の命って、星に住んでる奴の命じゃねえぞ。星そのもののだ。どんなに些細な願いでも、叶えるために全宇宙からランダムで星ひとつを消す。星が死ぬときにはな、お前らじゃ想像もできないほどのエネルギーを発するんだ。こいつはそれを吸収して願いを叶える。原理は分からんけどな。お前、何度願いを叶えた?」
そんな話、聞いていない。意識がバックルになっているショーの向いた。ショーに本当か聞きたいが、恐らく彼も把握していない事実なんだろう。ショーは私が聞いたら隠し事をせず答える。出会ってまだあまり立っていないが、彼の信頼できる部分だ。
「別に願っていいんだぜ。俺を倒せってな。あるものを使うのが戦いだ。死ぬのは嫌だが、俺には兄弟が居る。兄弟がアレを回収して、俺の意思を継いでくれれば、そこそこ満足だ。だけどな星の抽選はランダムなんだよ。知らない星が終わるかもしれないし、この星が終わるかもしれない。お前に故郷を殺す覚悟が、あるか?」
知らされた事実に愕然とする。いったい私は何度願いを叶えたんだっけ。嫌だ、数を把握するのが怖い。願いの数だけ星が消えた。つまりそれは星に住んでいる生物達も道連れになったということ宇宙にどれほど生物が住む星があるのは知らないが、数は少なくないはず。
私達はいったいいくつ、星を殺した。
動揺をしていると顔面に痛みを通り越した何かを感じた。ヤートが私の顔を強く踏みつけたのだ。頭を中心に地面にめり込む。視界が一気に下がったから結構沈んだはずだ。今まで食らった攻撃のなかで恐らく一番威力がある。なんだ、アレが本気とは嘘じゃないか。
痛みは確かにある。だけど脳がそれを理解していない。あれ、大したことないな、なんて考えながら意識に失いそうになるがすぐに痛みで現実に引き戻される。二度寝をしているときのふわふわとした感覚がした。夢の中にいるみたいだ。夢の中でも痛いものは痛い。
脳が働かず思考が錆び付く。視界はぼやけている。だめだ、反撃できそうにない。心が折れたんだ。私はこいつに勝てない。
「おいおい、ほんとにショックだよ。本気の本気を出しても頭が潰れないなんて。戦艦みてえな頑丈さだな。まあどうでもいいか。生きてる方が都合がいいかもな、アレを探すのは面倒だ。聞くのが早い。アレはどこだ」
やっぱりショーの力には代償があったんだなあ。おじいちゃん一人が死んであれほど落ち込んだのに、もっと沢山殺していたなんて。私はだめだなあ。
だけど尚更こいつらにショーを渡せなくなった。
「なんで……」
「あん?」
「なんで、しょ……アレを欲しがって……いる……」
「決まってるだろ。叶えたい願いがある」
ヤートが鼻で笑う。
「いった……い、なにを……」
「それも決まってるだろ。目一杯悪いことをするためだ」
ああ、やっぱりそうか。
「どうも俺がしたいことは世間様からしてみれば、悪いことになるらしい。だからって我慢する必要はない。ないよな? 人生はしたいことして死にたいからなあ。だから目一杯悪いことをするために組織に入ったんだが、思ったより窮屈でよ。気の合う兄弟と会えたことはよかったが、不満があった。ブックは言っていた、そういうもんだってな。だから我慢した、兄弟と一緒に。我慢して、我慢して我慢して我慢してたら、チャンスが巡ってきた。俺達が一番乗りだ。誰にも渡さねえ。俺達のもんだ。お前が横取りしたことは許してやるから、さっさとアレを出しな」
「無理……だ」
「そうか」
今度は胸を踏みつけられた。もう悲鳴も出せない。きっとショーの力で守られたいなかったら、私は既に肉体すら残っていないのかもしれない。感謝すべきなのか文句を言うべきなのか。
でも痛みを感じると安心できる部分もあった。意識が朦朧としていたから自分が生きているのか死んでいるのか分からない時があるから、どっちなのか判断材料にはなっている。
星に犠牲にしても願いを叶えて、こいつとその兄弟を倒すのが最善なんだろうけど、なにも思い付かない。意識の混濁もあるが、私の理想が許さない。
出てしまった犠牲はバネにする。だけど、犠牲を出していいわけじゃない。犠牲を選択するなんて、私の理想じゃない。
「お前の意思はどうでもいいよ。面倒だが、面倒を我慢すればいい。たぶんお前の体のどっかにあるんだろ。どうせ願いの力で隠しているだろ。一見見つからなくても、丁寧にばらせばそのうち見つかる。そういうのが得意な兄弟がいるんだ」
ヤートが私に手を伸ばしてきた。このまま抵抗しなければ、私は奴等の宇宙船に連れていかれ、ショーを奪われる。
既に心は折れた。なのに伸ばされる手を弾こうと、痙攣する腕を上げた。願いを叶えられないのなら、自分の力でショーを守らなくてはいけない。ぼんやりする頭でそう必死に考えた。私の手は逆に弾かれる。それでも今度は逆の手を上げる。
諦めないかぎり、届かない手はない。私が伸ばすんだ、ショーのために。
ヤートが私の首を掴もうとした瞬間、奴は身を捩りながら離れた。直後に耳の近くに何かが刺さった。
「なんだあ?」
奴が何かを避けたのは分かったが、ぼやける視界では何が飛んできたか見えなかった。
ボンッ。
耳元で爆発音がした。規模は小さく、私の耳は守られていたが、音によって脳を揺さぶるには十分だった。意識が暴力的に覚醒される。この爆発は、信じられないがあの銃弾だ。
「いったいなんなんだ!」
銃弾はヤートを目掛け今だ放たれている。発射している存在が見えないあたりどこからか狙撃しているはずだ。ヤートも回避しながら狙撃手を探している。
あの弾丸は着弾すると時間差で爆発する。弾丸自体をかわしても巻き起こる爆発が煩わしそうだ。三発よければ四発目を回避している間に連鎖的に爆発し、逃げ場を制限する。
私は集中して弾丸を目で追った。着弾した地点、何発着弾したか、爆発のタイミングはいつか。そして見極めた。
爆風がヤートの視界から私を隠した。タイミングを合わせ近くにあった手の平大の破片を投げつける。ヘルメットマンにした攻撃と似ている投擲は、弾丸と爆発を対処して気が逸れていたヤートの頭に見事直撃した。
「てめえ」
奴の意識が私に向く。それでいい、こっちを見ろ。睨んでこい。
私を見たことで弾丸の回避タイミングを見誤り、左手の甲に当たる。あれほどの威力ならば貫通するのが当たり前だが、ショーの解説どうりめり込むだけで済んだ。当たってしまえば致命傷。ざまあみろ。
期待どおり爆発が起きる。爆風が晴れると、ヤートの左手は消滅していた。傷口から赤い体液が流れ、悲鳴がこだまする。
チャンスが訪れたことで私の折れた心は急造で復活した。くたびれた体はやれやれしょうがないなと頑張ってくれる。全身の筋肉を力ませ、パチンコで弾くように跳んだ。ヤートの顔面に跳躍の加速と腕力、体重のすべてを込めた拳を叩き込む。相手の顔面がめしめしと音を立て凹む感触が確かに伝わってきた。どうして自分がこんなことをしたのか分からないが、拳を振り抜く際に親指を立ててヤートの右目に捩じ込んでいた。
「あああああああ!」
今度はお前が吹っ飛べと、雄叫びを上げながら乱暴に振り抜く。力が多少下にかかったのか、地面を抉りながら飛んでいった。
数十メートル飛ぶと、ヤートは自分の足でブレーキをかけて止まる。確かな手応えがあったのに、まだそんな余力があるのか。私は肩で息をし、立っているのもやっと、いや立てているのが奇跡だ。必殺技をする力もない。
ヤートが顔を上げる。手応えの通り、顔がいびつに凹んでいた。溢れるように鼻血が垂れていた。呼吸する口から覗く歯はいくつか折れている。目潰しにより、目があった場所からは血の涙が流れていた。
効いている。この事実は私の希望になった。もう私には戦う余力は残っていないが、戦ってまったく倒せない相手じゃない。当たりさえすれば勝機はある。さっきまでの絶望はもうない。
「はは……なんだ、結構力もあるじゃないか。顔の骨が折れて痛え。右目が見えねえ。左手が無くなっちまった。まあ……どうでもいいか」
敢えて無くなった方の手で私を、指はもうないが、指差してきた。
「アレさえ手に入ればどうでもいい。失うことは覚悟している。そういう生活してるからな。それにアレさえ手にはいっちまえば元通りだ。悲観することも、冷静さを失ってきれるほどじゃあない」
希望を得ているのはあちらもだったようだ。手に入れば元通りといっても、あれほど体の欠損があってまったく取り乱していないのは素直にすごい。
ヤートの精神力は、確実に私より上だ。
「かといって今のコンディションはよくない。仲間か知らないが、厄介なのが居るしな。なんでかしらんが攻撃が止んでるし、お前もじり貧だ。今なら退ける。戦略的撤退だ。使い方あってる?」
懐から棒状の何かを取り出した。よく見えないが短いシャーペンに似ている。
「スターマイン、覚えたぞ。そこまで気にしてないがやられたらやり返す主義だ。お前もやられたからやり返したんだろうが、俺もやり返す。絶対に。だから俺が満足するまでやり返してから、アレは貰う。俺の番だから兄弟も文句を言わないだろうよ。仲間によろしくいっといてくれ。じゃあ、またな」
棒状の物を操作するとヤートの姿は瞬く間に消えた。
「……はぁぁ……」
もう無理だ。体を支えられない。私は泥のように横たわった。
宇宙人の襲来を退けたが安心はできない。第一に仲間がいること。ヤートを倒しきれなかったうえにまだ居るのか。実力は分からないが、弱い可能性に賭けるほど楽観的じゃない。
第二に先程の銃弾だ。あれは間違いなくヘルメットマンのもの。確実に倒したはずなのになぜ。それにどうして味方をしてくれたんだ。加勢ではなく、優先順位でヤートを攻撃しただけかもしれないが分からない。今の私はこんな状態なのに攻撃してこないのも気になる。もう私に敵対心はないのか。
考えれば考えるほど、思考は泥にまみれ意識は沈んでいった。
遠くからサイレンの音が聞こえる。パトカーか、救急車か、消防車か、全部か。この場を離れなければいけない。でも体は動かなかった。最後の一撃ですべてを出しきった私にはもう体を動かす力はない。
それでもやらなくては、唇を噛み締め手を動かし、ショーをベルトから外した。変身が解除される。
「ショー」
「なんだ」
「ちょっときついけど……私が……守るからね……」
この言葉を最後に、意識を保っていた最後の糸がぷっつり切れた。
いつもだったらすぐにショーは「了解した」とか言ってくれるはずなのに、なにも返事は無かった。
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