第12話 銀河覚星スターマイン

 僕が住むこの街で爆発事故が起きて数日。あの事故はうやむやな憶測が飛び交い、はっきりとした原因が分からないまま世間から薄れていった。ただ街、あまの市では奇妙な噂が漂ってる。これは事故当時も話題になったことだが、あの爆発は戦闘によって引き起こされたと言われている。ツイッター等のSNSで投稿された動画や現場に居た人曰く、人気特撮ヒーローに似た人物が謎の黒づくめの存在と戦っていたと。世間では不謹慎な悪戯と決めつける意見と、目撃者も多いし本当のことだと主張する人たちが対立していったけ。

 奇妙な噂とは、そのヒーローがまた現れ人助けをしているというものだ。最初は便乗で生まれた戯言とされていたが、徐々にそのヒーローに出会ったという証言が増えていった。僕も期待しながも、どうせ影響された人がコスプレかなにかして慈善活動をしているのだろうと思っていたが、どうやら違うらしい。

 あまの市でとある自動車事故があった。暴走運転をした車が信号待ちをしていた他の車にぶつかり、交差点に向かって弾き出された。そこに運悪くトラックが走ってきて、車の側面に衝突したのだ。更に運悪くトラックは一般道からしてみればかなり速度を出していたのと大型ということもあり、ぶつかられた車は大きくひしゃげた。ピンボールの玉のようにあちこちにぶつかった車は勿論、中にいる運転手は危険な状態だろう。早く助け出して少なくとも応急処置をしなくてはいけないし、車も炎上するかもしれない。救急車は呼んだがそれまでに死んでしまうのではないか。

 その場にいた人達が助け出そうと努力したが、救助のプロでもなければ道具もない一般人では、ひしゃげて開くことがないドアを開けることも、車に閉じ込めらた運転手を引っ張り出すのは難しかった。

 その時、例のヒーローが現れたそうだ。彼は訝しげに見てくる人達を遠ざけてから、素手で車を分解し始めたのだ。現場に居た人が動画を投稿していて僕も視聴したが、中にいる人間を気遣いながら鉄をシールを剥がすように外す姿が撮されていた。解体は数分とかからず終わり、運転手は助けられた。ちょうど救急車も到着したので、ヒーローは怪我をしていた運転手を引き渡し、その場を去った。運転手は重症だったが、彼が救出したおかげでスムーズに治療が行われ命に別状はないらしい。

 ヒーローの目撃情報はこれだけではなく、大きい事故から小さい事柄まで様々で、不謹慎な作り物だったヒーローは僕らの街に確かに実在した。

 実は僕は彼の元ネタであろうスターマンのファンだ。リアルタイム世代では無かったが、それでも彼の活躍を見る機会は沢山あって、いつの間にか僕の心の拠り所なっていた。僕が辛い時、悲しい時も側に居てくれて活力を与えてくれたヒーロー。大学生になった今でも大好きだ。

 今日は休日で噂のヒーローの散策に出ていた。スターマンに似た、現実に現れたスーパーヒーローなんて気にならない訳がない。なんでもヒーローの出現は休日に片寄っているらしい。見つかってくれればいいのだが。もし彼が現れたらタイミングを逃さず写真に撮れるように、バッグにしまっているカメラを直ぐに取り出せるようにしていた。僕はカメラが趣味で持ち歩くことが多く、何かあったら直ぐに写真を撮ることに馴れている。もし標的が見つけられたらカメラにその姿を納める自信があった。

 今回は大型商業施設が集中し、都市開発が盛んと言えるエリアに足を伸ばしていた。普段ならこんな人混みが多い場所にあまり寄り付かないのだが、人が集まれば問題が起きやすい。大きな問題が起これば彼に出会えるかもしれない、という不純な思惑があったため我慢して足を伸ばした。

 歩道は人の往来が盛んで、車道は車が我先へと目的地まで唸りを上げている。騒がしいな、人の流れもある程度あるから立ち止まれないし。撮りたい被写体があっても撮り辛くてしょうがない。

 この辺りはあちらこちらで工事が行われている。今なお成長をし続けている。僕は工事の途中というか、何かが作られる経過が好きだ。生まれる前と生まれた後の中間なんてその時でしか見ることができない。何かが組合わさり、積み重ねられる行程を見るとついつい写真を撮りたくなる。まあ今は無理なのだが。

 今の時間は午後三時。噂のヒーローは夜に現れることはないという。時間としてはまだ余裕はあるが、今回も会えないのかなと諦めが見え隠れし始めていた。直ぐに弱気になるのが僕の駄目な所だ。あそこから逃げた時に決めたではないか。スターマンのように諦めず、強い男になろうと。まだ時間はあると自分に活を入れた。

 さあどこにいると辺りをキョロキョロ見渡しながら歩いた。そんなことをして歩いていると前方不確認で危ないものだ。僕は正面から歩いてきた人とぶつかりそうになった。相手も歩きスマホで僕に気づいていなかったらしい。慌てて横に避ける。

「わっ」

「え、うわあ」

 人とぶつからないために避けたのに、他の人とぶつかってしまった。衝撃で僕は情けない声を出しながら尻餅をついた。眼鏡が落ちそうになる。

「大丈夫ですか?」

 ぶつかった人が手を差し出してきた。

 相手は女の子だった。身長は高すぎず、低すぎずといった位だが顔に幼さがある。たぶん年下だろう。

買い物帰りなのか差し出されていな手には、様々なメーカーの靴を取り扱っていることで有名な店舗の袋を持っている。

 僕の方が確実に身長が高いのに尻餅をつかされたなんて。自分が情けないやら恥ずかしいやらで、彼女の手を借りずに自力で立ち上がった。

 女の子はキャップをかぶっており、背中に背負っているリュックには小さなスケボーらしきものが固定されていて活発な印象を受ける。だからってぶつかって僕だけが転ぶなんて男としてどうなんんだろう。

「は、はい大丈夫です……すみません。怪我……とかは、ないですか?」

 果たして僕が聞けることなんだろうか。女性が苦手な僕はしどろもどろになりながら話しかけた。

「全然平気、大丈夫です」

 僕みたいなのにぶつかれたのに嫌な顔をしないで笑顔を向けてくれた。笑うとより幼さが際立つ彼女は友人達から可愛がられているのだろな。

「お兄さん、風邪ですか?」

 なんでそんなことを聞くんだろと思ったが、理由は直ぐに分かった。僕は基本的に大きなマスクをつけている。だから風邪を引いていると勘違いしたんだろう。ふらふらと出てきたぶつかったから風邪で体調が悪いと思ったのかもしれない。

「ああ、えっと、風邪では……大丈夫だから……」

 怒りもせずに僕を心配してくれるのだから良い娘なんだろう。でも僕は上手く答えられなかった。大分ましになったが、まだまだ女性は苦手だ。

 女の子はお気をつけてと言って歩いていった。体の緊張が抜けてため息ついた。あれから時間がたったのにまともに女性と話せない。いつまでもあの人の影響から抜け出せないのかと、嫌な気分になった。

 気分が萎えてしまったどこか店に入って休憩しようか。調べながらだと、また前をちゃんとみないで歩いたら誰かにぶつかるかもしれないから、知っている店に行こう。頭の中で地図を確認して、目的地に向かって歩き出そうとする。

 すると突然強風が吹いた。そういえば今日は強風が吹く場合があるっていったっけ。歩き出そうとした足を踏ん張るために地面に繋ぎ止めた。

 バキン。

 嫌な音が聞こえた。音は頭上から聞こえ、なんだろうと空を見た。丁度僕の真上では何かの工事をしていて、風でクレーンが揺れている。おいおい、こんな日に工事だなんて現場監督は何を考えているんだ、なんて思っているとまたバキンと音が鳴った。

 その音の正体は単純で、クレーンには鉄骨が吊らされており強風に煽られてワイヤーの留め具に負荷がかかったために鳴っていた。そして三度目の音が鳴ると、遠くでも何かが弾けとんだのが分かった。留め具だ。留め具がなければワイヤーが鉄骨を吊るすことはできない。三本の鉄骨が自由落下する。

 落ちる? どこに? 真下にいるのは僕だ。僕に落ちるにしかないだろう。

 鉄骨の大きさは何メートルだろう。どれくらい長さがあろうと、あったら一発でアウト。ぺしゃんこだ。

 周りから悲鳴が起こり、皆が離れていった。僕も逃げなくては。だけど僕は自分に引き寄せられるように落下してくる鉄骨に釘付けになって、動けなくなっていた。林業の世界では年の何度か、決して少なくない数の人が木の下敷きになって亡くなっている。動画なんかで木を伐倒する動画を見ると、倒れる速度はあまり速くないと感じるが、実際は違うそうだ。僕らが外で見ているより木の倒れるスピードは速いし、何より見いってしまうという。何故かは分からないが、自分に向かってくる木に釘付けになるのだとか。だから倒れるところを見ていても下敷きになる人は絶えないのだとか。

 僕もそうだった。僕に終わりを与えようとする鉄骨達に目を奪われ動けないでいた。足が石にでもなったんじゃないかと思うくらい動かない。

 人は死ぬとき走馬灯を見るというからてっきりスローモーションになるのかと思っていたが、映像は普通に流れていた。死ぬときくらいゆっくりものを考える時間くらいくれていいじゃないかと怒りたくなる。

 時間があまりない中、僕は噂のヒーローに会いたかったなと思っていた。これだけだ。人生の振り替える余裕すらない。まあ振り返っても録なことが無かったが。

 ああ、もう終わりなんだな。さんざん苦しかったんだ。せめれ最後は楽に逝かせてくれ。僕は見たくないものから目を背けるように目を瞑った。

 ……………………。

 あれ、遅いな。いくら待ってもその時が来ない。でも周りのざわめきは聞こえる。さては一瞬で死んで幽霊になってしまったのでは。確かめる為に、でも自分の死体を見たくなかったので恐る恐る瞼を開いた。

 死んだと決めつけていたが、僕は五体満足で生きていた。運良く鉄骨が全て外れたとかではないし、僕に秘められたパワーが覚醒して避けたとかでは無かった。

「無事か、青年」

 僕の目の前に探していたヒーローが立っていた。手には五メートルはある鉄骨があり、軽々と持ち上げている。他の二本は既に地面に置かれていた。手に持っていた物も、他の二つの上に重ねる。もう鉄骨に危険性がないことを確認してから、彼は僕に向かって手を差し出した。最初は意味が分からなかったが、いつの間にか座り込んでいた僕を立たせてくれるために差し出してくれたようだ。それに甘え手を取ると、いともたやすく立ち上がれた。どれだけ力があるんだ彼は。

「あ、ありがとう、ございます」

 近くで初めて見た。確かにスターマンに似ているが、異なっている部分もある。赤いマフラーや、赤い目の相違点が気になったが、アレンジとしては悪くなかった。

 周りからはスマホのシャッターオンが聞こえてくる。僕も写真を撮るのが目的だったが、そんなことはすっかり忘れて目の前の存在を見つめていた。

 本当に居たんだ。現実離れしたヒーローが。彼は僕の命を救ってくれた、便宜上ではなく本物のヒーローになった。少なくとも僕の中ではだが。

 彼は僕に怪我がないことを確認すると立ち去ろうとした。

「ま、まって」

 彼を引き留める。聞きたいことがあるのだ。

「な、名前は? あなたの名前は、なんですか」

 彼の存在は確認されていたが、名前だけは聞いたことはなかった。ネットでは勝手につけられたニックネームがあったが、僕は彼自身から聞きたかった。

 彼はマスクの顎の辺りに手をあて、考える仕草をした。まさか、聞いてはいけないことだったのか。不安になるが、彼は直ぐにポーズを止め僕にこういった。

「スターマイン。銀河覚星スターマイン」

 スターマイン。心の中で反芻する。

 後は何も言わず、彼は一跳びでどこかへ消えてしまった。

「スターマインって、花火の名前じゃね?」

 誰かがそう言うと、他の人確かにそうだとか、もうちょっと良い名前はなかったのかなんて言い始めた。

 命の恩人がそう言われるのは嫌だったが、僕は何も言えず、立ち上がらせてくれた時に触れた手を思い出していた。子供の頃一人で行ったヒーローショーで、スターマンと握手した時の記憶が蘇った。あの時のように優しい手だった気がする。

 今さら写真を撮れなかったことを後悔し、ちょっと落ち込んだ。でも、いいか。何故だか彼とはまた会えそうな気がする。写真はその時でいいだろう。

 後に僕は本当に彼と再開することになる。想像範疇を超えた方法、立場で。

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