第11話 Hello ideal hello real③

 修学旅行で私のものより何倍もふかふかのベッドを体験したことがあるが、なにものも自室のベッドには敵わない。安心感や、この落ち着く感じがたまらない。

 部屋に入るなりリュックを持ったまま、ベッドに大の字で飛び乗る。気持ち程度の反発が私を包み込んだ。部屋着に着替えず、制服のまま体をベッドに預けるのは背徳感があるが、今だけは許してほしい。疲れているんだ。ただ、今度こそ制服は皺になるかも。

 私の意識はこのまま静かに落ちていくんだ。練炭自殺ってこんな感覚なのかと、怖いことを考えてしまった。

 ああ、そうだ。寝落ちする前にショーを出してあげた。ショーは定位置と言わんばかりに私の目の前に来た。仰向けで横になっているから嫌でもショーの顔が見える。眠り辛いったらありゃしない。

「なんか気まずいからそこどいて」

「了解した」

 これで安心して眠れる。瞼を閉じれば直ぐにブラックアウト。私の寝付きの良さは友達からのお墨付きなのだ。

 なのだが、目の前が暗くなると色々と映像が流れた。ショーに出会ってからの記憶のスライドショーだ。

 ショーと出会って二日、いや三日か。特に予感もせず流星群を見に行っただけで、とんでもないものに出会ったしまったなあ。宇宙からきた、星のおもちゃみたいな物が願いを叶える力を持ってて、それを狙った宇宙メカが現れて、変身して、戦って、勝っちゃって。落ち込んで、テンション上がって、また落ち込んで、またまたテンション上がって、と思ったらすごく落ち込んで。忙しなく時間が過ぎていった。

 願いを叶えたら代償がるんじゃないかとびびっていた癖に、ぽんぽん叶えてしまったもんだ。私が変身したんだよ変身。本物のスーパーヒーローに。いや、本物ではないか。ヒーローは特殊能力があるからスーパーではない、その人の中身がスーパーなんだ。時に強く、時に弱く、曲がろうがへし折られろうがボロボロになりながら信念を貫く。傷つく度に輝きを増す精神こころは私にはない。

 変身しただけのヒーローだけど、母さんは守れた。それは良かった。だけど守れなかったものもあった。

 眠るつもりだったが、ゆっくりと瞼を開く。

「ねえ、ショー」

「なんだ」

「私のしたことってあれで良かったのかな」

 こんな質問しても、恐らく機械的な受け答えばかりのショーは答えられない。分かっていたが、聞くことを我慢できなかった。

「変身したことは、まあそうなっちゃったから仕方ないけど。戦うことが正しかったのかな」

 戦った理由は母さんを危ない目に合わせたから。ムカついて、変身したことでテンションが上がって流れで戦闘した。

「私が戦わず、ショーに願いを言ってヘルメットマンをなんとかしてたら。人も死なずに済んだんだよね。たぶんだけど」

「その可能性は否定しない」

 死人だけじゃない。建物の被害だって、怪我人だってもっと少なく済んだかもしれない。私の決断力の無さ、身勝手さが生んだ被害。

 天井に向けて手を伸ばし、ゆっくりと裏表を何度も見た。この手で殴った時、筋肉痛で悲鳴を上げている足で蹴った時、私は楽しんでいた。びびって逃げ回っていたくせに、力を手に入れたら調子にのって被害を考えずに楽しんで。

 まるで子供のヒーロごっこ。被害が起こっているあたりそれよりたちが悪い。

 あーあ、最低だ。

「不服か」

 目だけを動かしてショーを見る。

「あの結果は舞にとって不服か」

 言葉を発しながらショーは近づいてきた。顔が近い、大きいギザギザの歯は至近距離で見ると怖い。それに威圧感がる。形だけショー・リューに似させたショーの瞳に、強い意思を感じた気がした。

「不服……」

 ショーの圧に気負けして言葉を繰り返すことしかできない。

「私にできる唯一のことは願いを叶えること。私にはそれしかできない。だからこそ、半端な満足できない結果ならば不服だ。舞にとって、あの結果は不服だったのか。すべてがだめだと思うのか。私に願ったように全てを帳消しにしたいほど、良かった部分は無かったのか。舞が行ったことに、意味はなかったのか」

 なんだこ熱量は、ショーがショーじゃないみたいだ。

 良かった部分を考えると、すんなりと思い付いた。変身できたことよりもなによりも、やはり母さんを助けられたことだ。物事を決められない私が、すべきことを判断して行動することができた。

 母さんにショーの力を使った時点で不安があった。私の本心は母さんに対して、とても残酷な想いを持っているのではないかと。けれど今日の行動で証明できた。そんなことはないのだと。

 両手で目を覆い溢れてくるものを押さえ込んだ。今さら母さんを助けれたことに安堵したんだろうか。

「……満点じゃない。満点じゃないけど、私の手は確かに届いた。母さんは私の手で助けれた。…………不服じゃないよ……良かった、ほんとに、良かった……!」

 確かにダメな点はあった。忘れてはいけない失敗だ。けれどそのことで自分が成せたことをも認めれなくなってしまうのは、もっとだめだ。

 母さんを救えて私は本当に良かった。この気持ちを押し込ん救えた命まで蔑ろにしてはいけない。

 ヒーロー達だってそうだ。救えなかった命を悲しんで立ち止まってばかりいれない。立ち止まったままでは、今度は救える命すら救えなくなる。犠牲は重りじゃない、ヒーロー達はバネにするんだ。悲しみ、苦しんだ後には今度こそはと決意し立ち上がる。

 名も知らないおじいちゃんのことを調べよう。もし見つかったらお墓参りに行って、謝ろう。これで許してもらえるとは思えないが、それでも、気にしているくせになにもしないよりましだ。

 涙は一滴だけ流れた。たった一滴だったが、物足りないことはなく心が軽くなった。

 まさかショーに諭されるとは。でも気持ちが晴れたのは真実。お礼を言おうと、上半身を起き上がらせると、ショーがずずいと接近してくる。

「本当に、良かったんだな?」

「えっ、う、うん。ショーが私の願いをああ解釈してくれたおかげで母さんを助けられた。ありが」

「ならばいい」

 お礼をいいかけたのだが、言葉を遮りすぐ私から離れた。するとその場で右回転で回り始める。なんだその始めて見せるリアクションは。

「舞が私の所有者になってから、願いを叶えても高い満足度を得られないことが多い。今回もそうかと思った。なるほど。これが焦り、というやつか。徐々に感情を理解してきたぞ」

 なんだと。

 つまりショーは自分が願いを叶えたのに、また私が不服そうだったから、今度も自分はちゃんと願いを叶えれなかったのか心配しただけだったということか。まさかその右回転は喜びのリアクションなのか。

「……ま、いっか。ありがとう、ショー。あなたに会えて大変だったけど、良かったよ」

「そうか」

「これからもよろしく」

 私にショーを手放すという選択肢はない。彼を狙う宇宙人がまたくる可能性があるが、願い通りならもう奴らは私達を見つけることはできないんだ。私が使い方を間違えなければ問題ない。

 なによりもう愛着が湧いてしまった。少々、扱いづらいところはあるけどね。

「所有権の継続の意思を確認。了解した」

 私は左のとんがりを掴み、握手をする。

 なんだか寝る気分じゃなくなったなあ。私は時間を潰すために、ショーと一緒にスターマンをはじめとした特撮を見ることにした。ベッドに必要な物を準備した。ついでに念のため、母さんが急に入ってきたの対策としてしっかり鍵を閉める。

 彼も気に入ってくれたのか、一緒に見ようと誘うといつも通り『了解した』と言って自分からイヤホンの片方をつけていた。

 ショーは疑問を持つと直ぐに質問をしてくる。連続で話しかけられると煩わしく思ってしまったが、やはり楽しくもあり、時には真面目に、時には適当に教えてあげた。

 数時間後、母さんの呼ぶ声が聞こえてきた。晩御飯の時間だな。ノートパソコンを片付けて、ショーも一応枕の下に隠した。もしも家族に見つかって、ショーが構わず動いて喋ったらいらない混乱が起きても困る。ショーにはできるだけ動かないでくれと言いつけた。

 リビングに向かうと父さんが帰ってきていた。母さんと朝のことを話していて、私を見つけると電話をしてこいと怒られた。ああ、そういえばかけなおすのを忘れていたな。

 今日の晩御飯は私が守れたものだと思ったらいつもより美味しく感じた。母さんの作った唐揚げ美味しいね、味噌汁が染み入るなんて普段は言わない褒め言葉が出る。なんだか子供の頃に戻ったみたいだと父さんに言われ、自分がはしゃいでいるのを実感した。

 晩御飯が終われば部屋に籠ることも多いが、今日はそんな気分になれず、リビングでテレビを見て過ごした。直接会話をしていなくても、二人の声が聞こえるだけで安心できる。母さんの小言は空返事でスルーしたが。

 時間がゆっくりと過ぎていく感覚を噛み締める。当たり前のことが幸せよく言うが、この言葉の意味を始めて理解できた。失ったものはあったが、得るものもあったと再確認する。

 ドラマが終了し、就寝時間となった。母さんが早く寝ろと急かしてくる。いつもならいちいち五月蝿いなと心の中で悪態をつくが、そんなこともなく素直に従う。行動は何時も通り、それがいいのだ。歯を磨き終わり、二人に就寝前の挨拶をする。おやすみ、明日また会おう。

 後は寝るだけだな、とベッドに直接向かおうとしたがある存在を思いだす。ベッドに放置していたリュックを手に取り机に向かう。中から進路希望調査表を取り出した。シャーペンを手に取り、希望する進路の欄に向けるが手は止まり、考える。シャーペンの先で欄内をとんとんと叩く。

「さてどうしようか」

 口ではそう言ってみたものの、実は書くことは決まっていた。

 あとは勇気だ。選択する勇気、恐怖に打ち勝つ勇気、夢を見る勇気。

「…………よし」

 シャーペンを二度ノックしてから、文字を書く。今まであれほど書けなかったのに、つっかかることなくすらすら書けた。『俳優・アクション系の専門学校』。他人からしてみてば、まだまだぼやっとしたものに見えるかもしれない。それでも私には十分な意思表示だった。母さんに直接この夢を語ることは難しいが、いつか面と向かって話せるための覚悟を決めた証なんだ。

 先伸ばしで逃げるのはだめだ。このいつかはきっと近いぞと、己を鼓舞した。

 折角書いたものを忘れないように進路希望調査表をクリアファイルに挟み、しっかりリュックにしまった。一度ファスナーを閉めても、確認のためにまた開けたりを二度繰り返した。

 やるべき事を終えて達成感に包まれながらいい気分で眠れるだろう。今度こそベッドへ向かう。こんな清々しい気分は何時ぶりか。いい夢が見れそうだ。枕に頭を沈めると違和感を感じた。枕の下に手を突っ込み異物を取り出す。

「あ……わすってた。ごめん、ショー……」

「問題ない」

 無表情で答えるショーは、なんだか萎れて見えた。

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