第10話 Hello ideal hello real②

 あの後、無事に元の姿に戻り学校に向かった。

 いつもの目線の高さに戻ったはずなのに、なんだか生活しづらい。足も筋肉痛のせいでバキバキだ。階段をひーひー言いながら昇らなきゃいけない。

 そんな苦労をして学校についた時は既に二時限目が終わった時だった。このバキバキの体で学校に忍び込むのには苦労した。

 学校内ではある話題で持ちきりだった。近所で謎の爆発が起こり街が破壊されたという内容だ。

 遅刻してきた私を見つけると、亜樹を始めとした友人達が事故に捲き込まれたのかと思って心配したと駆け寄ってきた。スマホを確認してみるといくつか着信が入っていて、大半が友人達からだった。私はとても感激したが、疲れで表情には出せなかった。

 着信の中に一件、母さんの名前があった。あの後再度巻き込まれることなく無事逃げられたんだなと安心した。逃げる前に吹っ飛ばされたから、確認できていなかった。あと父さんからも来ている。仕事中に電話をしたら迷惑だろうし、いつかけ直せばいいだろう。

 遅れた理由を聞かれると、嘘を考えるのもダルく、素直に捲き込まれて逃げていたと答えた。

「マジ? 怪我ない?」

 亜樹が机につっぷしている私を擦りながら言う。

「うん、だいじょぶ。でも死ぬほど疲れた」

「爆発とかなんで起こったの? テロ?」

 他の友達が聞いてきた。

 あの話をするのか。一瞬私の欲望が顔を出したが、なんとか押さえ込んだ。言ったところで笑われて終わりだろう、今は無駄な体力を使いたくない。

「……しらなーい。ガス爆発とじゃね」

「舞ちゃん現場居たんだよね? じゃあさ、これマジ?」

 スマホを弄っていた友達が画面を見せてきた。

 画面にはツイッターが表示されており、誰かが投稿した動画が流れている。

 『なにかが暴れてる』という文が添えられていて、内容は先程の私とヘルメットマンの戦闘だった。遠くからズームで撮ったものらしく、砂塵が舞い激しく戦う私たちはちらちらとしか映っていない。だけど、最後の必殺技は上空で行ったため姿はぶれてはいたが、全身が映っていた。

 そうか、今時代ならこんなこともあり得る。命知らずな誰かが撮っていてもおかしくない。

 友達のスマホを借りて反応を見た。

『なにこれ自主製作?』

『スターマンのパチもんじゃん』

『爆発はほんとにあったらしいから、合成じゃないの?』

『俺生で見た。映画の世界が現実になったみたいだった』

『人死んでるのに不謹慎』

 いろんな意見があったが、見ていてにやつきそうになった。変身した私が皆から注目されている。そう考えていると自分が画面越しのヒーローそのものみたいで、ぞくぞくした。

 だけど最後の一行で一気に冷めた。

 あそこで人が死んでいる。確かにあの状況ならあり得るが、考える余裕が無かった。母さんを助けられたけど、助けられなかった人もいる。現実を知ると、ずしーんと来るものがあった。

「……逃げてたから分かんない」

 友達にスマホを返した。

「そっかー、やっぱ不謹慎な合成なのかな。見たって人結構いるのに」

「便乗っしょ。いくらでもいんじゃんそんなの」

「夢ないなー」

「なに、彩夏そういうの好きだっけ」

「幽霊と一緒。いなくてもいいけど、いたら面白いじゃん」

「うわ、オタクの誤魔化しみてえ」

「なんだとこらー」

 友人二人がじゃれつき始めた。私には参加する元気は体力的にも、精神的にもない。

「舞、どうした。辛いなら帰ってもいいんだよ。送っていくよ」

 亜樹が心配そうに覗き込んできた。無理矢理笑顔を作る。

「ううん、大丈夫。疲れただけ」

 口ではそういったが、しんどいのは確かで学校に来たばかりだったけど、保健室に行って休むことにした。顔色が悪かったので、ベッドはすぐに使わせてもらえた。

 ベッドに横たわりながら、自分のスマホで事件を確認する。

 戦っているときはアドレナリンが出て気づかなかったが、現場の写真は酷いものだった。建物はいくつか半壊していたし、爆発の影響で公共物が無惨な状態になっていた。

 重軽傷は五人、死亡者は一人だった。これを多いか少ないか判断するのは人による。だけど当事者の私にはどちらにしろショックな情報だった。

 死んだ人は高齢のおじいちゃんで、逃げ遅れて瓦礫の下敷きになったそうだ。私が避けた弾丸のせいだろうか。名前も知らない人だったが、私が知らない人の人生を、私が終わらせてしまった。

 時間はかかったが疲れのおかげで眠ることはできた。起きた時はお昼を過ぎていた。

 授業に向かおうとしたが、保健室在中の先生から、事故の影響で今日の午後の授業がなくなったらしい。私が頑張って学校に来たのはなんだったのだ。

 保健室に誰かが入ってきた。私のリュックを持った亜樹だった。

「帰ろ、舞」

 帰り道、筋肉痛の私の歩く速度が遅かったが、亜樹は歩幅を合わせてくれた。

 亜樹がなにやら色々喋っていたが、あまり頭に入ってこなかった。

 変身しヘルメットマンを倒したことで私に自信がついたのは事実だ。だけど、その裏で誰かが酷い目にあったのならば話は別だ。あの経験でもポジティブにはなれない。

 私の家と亜樹の家は近所という訳ではない。途中で別れることになる。

 亜樹は私に真っ直ぐに帰ってゆっくり休めと言った。私もうんと返す。

 親友の背中を見送ってから私は、家の方角ではなく、あの場所に向かった。

 行くと辛くなるのは分かっている。それでもあの現場に向かわなくてはいけないと、私の何かが急かしてくる。

 現場に近づくごとに人が多くなっていった。人が死んでもる場所なのに、みんな興味本意で引き寄せられている。私にも野次馬根性はあるが、当分掻き立てられることはない。

 到着すると現場にはパトカーやらなにやらが集まり、警察官と黒い文字でkeep outと書かれた黄色い規制テープでとおせんぼされていた。元から中まで入っていくつもりは無かったから構わない。たぶん入っていけないから。

 実物と写真はあまり変わってなかったが、やはり直に見るとまたショックだ。私はワクワクしながら戦っていたんだ、自分の住んでいる街が壊れていっていたのに。爆発で表面がえぐれて、もう住めない建物も少なくない。私が直接破壊したわけではないが、関係しているのは事実だ。

 店を畳んで、空き家になっている商店が増えていたとはいえ、これではまるで廃墟ではないか。見ていて楽しいものではなかった。

 やっぱり辛くなり、五分もしないうちに引き返した。よく分からない感情が私の中に渦巻いていて息苦しい。

 帰り道の途中で公園があったので休んでいくことにした。ベンチに腰かけ、周囲に人がいないことを確認してからショーを取り出す。

「ねえ、もし、もしだよ。私が、あそこで壊れた建物とかを直してって願ったら、叶うの?」

「叶う」

「じゃあ今日あった出来事をみんな忘れちゃえって願ったら」

「叶う」

「じゃあ、じゃあさ、怪我した人の傷そのものがなくなれって願ったら」

「叶う」

 無意識にショーを包む指に力が籠る。

「……死んだ人を生き返らせてって……願っても?」

「叶えよう。全てを」

 ショーの強い言葉に安堵した。が、直後に強烈な吐き気を催した。

 朝から何も食べていないけどむせかえる。胃から逆流してくる胃酸を止めようと、ショーほっぽりだして手で口を押さえる。必死に押さえ込み、吐き出すことなく飲み込んだ。口の中が嫌な味で満たされる。

「ごほっごほ、えあ……」

 なんだ今の私の考えは。神様になったつもりか。壊すのも、創造するのも自由か。馬鹿げている。

 壊れてしまった物も、死んでしまった人もショーでどうにでもなる。そんな考えが浮かんだ自分が気味悪く、強いストレスを感じた。

 この力はどこまで使っていいんだろう。もう代償とかの話ではない、私が願っていい範疇はどこまでなんだろうか。

 私がヘルメットマンをさっさと消してしまえば、問題を先伸ばしにしなければ、いいやそんなことよりもショーを拾わなければ、人が死ぬことは無かったのではないか。

 ヒーローも犠牲を知り、己の無力を嘆き絶望する展開がある。その後は必ず立ち直る回が用意され、ヒーロー達はより強く立ち上がり、より己のキャラクター性を高める。勿論私はそういった話も大好きだ。見れば大体こういう展開になるのかな、と予想をたてることもできる。

 でも今は、まるで予想できない。私はどうしたらいいんだ。

 無言で浮いていたショーを再び手に取った。

 私の手に中に万能の力がある。私をテレビの中にしかいないスーパーヒーローに変えてしまうような、なんでも願いを叶える力。私の中に罪悪感があるのなら、今回の被害を帳消しにしてくれとショーに願わなくてはいけない。

 ニュース記事を思い出す。自分の所有している建物を破壊された人、どれほどの影響が出たかは分からない重軽傷の人、そして死んでしまったおじいちゃん。その全てに謝る気持ちで、口を開いた。

「ショー、朝のことで被害にあった人、建物、死んでしまった人を全部元に戻して。建物を直して、怪我を治して、死んだ人を……生き返らせて」

 なんだか一線を超えてしまったなと、乾いた笑いがでた。さあ、これで全部元通りだ。

 ショーが光輝く。光はすぐに消えた。

「願いは叶えられない」

「……は?」

「願いは、叶えられない」

 いったいなぜ、壊れたのか? ショーをブンブンと上下に降った。

「なんでよ、さっき叶うって言ったじゃん!」

「叶う、はずだった。だが私の機能にプロテクトがかかっている」

「プロテクトって……どんな?」

「自身に対する願いは今までどおり叶えらるが、他者に対して大きな影響を与える願いは実行できない」

 なぜ急に。なにか思い当たる節はないか考えた。

 そうだ、あの戦闘の時にヘルメットマンの攻撃がショーに直撃していたではないか。まさかあの攻撃で本当に壊れてしまい、機能制限がかかってしまったのではないか。

「すまない。私に唯一できることができなくて。ただ、擦り傷程度なら治せた。外壁の汚れも落とした」

「……いや、いいよ。謝んないで、ショーは悪くない。できる範囲でやってくれてありがとうね」

 フォローしたけど、ショーは朝と同じようにしおしおになっていた。

 このタイミングでそうるのなら、やはり私には人の生死を自由にする権利はないんだな。死んでしまった人には心底悪いが、なんだか一線を超えないように止めてくれたみたいでほっとしている自分がいた。

 しおしおのショーをリュックに突っ込んでから、家に帰ることにした。筋肉痛と重い気分で動きたくは無かったが、いつまでもここにいるわけにはいかない。

 帰り道は死んでしまったおじいちゃんのことを考えながら歩いた。どんな人だったか、どんな人生を歩んだか、結婚していたのか、友達は多かったのか。全部妄想でしか無かったが、考えれば考えるほど胸がチクチク痛む。けれど構わない。これが私の罰なんだ。

 おじいちゃんとは言えど私があそこで戦わなければ、続くはずだった人生があった。食べ物を食べて美味しいと思えたし、友達と談笑して笑い合えたんだ。まだまだ出会いだってあったはずなんだ。

 死んだ人を思い出し想うのが供養になるのなら、私は顔も知らないおじいちゃんを想い苦しまなければいけないだと自分を責めた。

 家に着く頃には気分は最悪だった。こればっかりはポジティブになれないので、落ちる一方だった。

 玄関のドアノブに手をかけた。昨日と違ってノブが軽い。家に入ると一気に気持ちが楽になった気がする。なにもかも昨日と大違いだ。

「ただいま」

「ああ、おかえり」

 私の声に反応して母さんが出てきた。擦り傷はなくなっている。ショーは言った通りに、叶えられる範囲で願いを叶えてくれたんだな。

「舞、あなた朝の事故があった場所にいたわよね?」

 いきなりつっこんできたな。

「えーと……」

「誤魔化しても無駄よ。私ははっきり見たの、舞が私に駆け寄ってきたのを。怪我はない? いつのまにかいなくなって、電話にもでなさいよ。電話持たしてる意味ないじゃない。まったく心配させないでよ」

 いつもなら鬱陶しい母さんの小言が、なんだか心地いい。すぐにまた、嫌だなあ五月蝿いなあと思うのだろうが、いまだけは許容できた。私が母さんを守れた証しみたいに感じいていた。

「……私もね、母さんを助けた人に助けられたんだ」

「…………」

「先に助けてもらって逃がしてもらってて。ごめん、先に逃げちゃって」

「そう。やっぱり、あれは現実だったんだ」

 二人で居間に移動して、昨日と同じように向かい合って座った。

「あれはなんだったのかしら……、瓦礫から助けてもらって私も直ぐに逃げたけど、そのあとテレビを見たの。まさかあんなことが起きるなんて」

 信じらないけど、実際に体験してしまって受け入れなくてはいけない。そんな複雑な感情があふれでていた。実際に全てを見たわけではないが、ツイッターに投稿された映像がニュースにも流れたらしく、その後を補完したそうだ。

 死にかけて、受け入れ難い存在に助けられ、非現実的な戦いが自分の住んでいる街で起こった。母さんの頭は混沌とした情報でパンクしかけているのではないか。

「なんであの人は私を助けてくれたのかしら……」

 さっきから伺っていたが、母さんにはあれが私だとばれていないみたいだ。目の前で変身したのはずなんだが。まあばれてもややこしくなるだけだから構わない。むしろ好都合だと思おう。

「ヒーローだからじゃないかな」

「?」

「ほら、それっぽい格好してたし。ヒーローなら見ず知らずの人を助けてくれても違和感ないっしょ。そういう、もんだし」

 正体がばれてないのはいいが、それでも良く言ってほしかった。おじいちゃんのことで落ち込んでいたから気分がよくなることを言ってほしかったし、なによりかっこよかったとか、母さんからヒーローに対して肯定的な意見を聞きたかった。

 なんだか褒められるのを催促しているみたいで、小恥ずかしい。でも期待はしているのは確かだ。そういえば最後に母さんに褒められたのはいつだろう。高校に入学できたときだったか。忘れているだけかもしれないが、印象に残っているものはない。

 例え変身した私でも、結局はそれは私であって、間接的に母さんに称賛すれば私は褒められたことになる。期待せずにはいられなかった。

「そういえばあの人、舞が昔見ていたヒーロー番組に出ていたのと似てなかった?」

「…………さあ、よく覚えてないし」

 その言葉は純粋な疑問か、それとも私を牽制しているのか。考えすぎな気がしたが、私の理性が迂闊なことをいうなよと警告してきた。もしこれが誘導尋問で、母さんは私がまだ特撮を好きなのか判断しようとしているのかも。

 もう部屋に行こうかな。このままいたら余計なことを言ってしまいそうだし、母さんからは期待しているものは得られなさそうだ。少しがっかりだな。

「お礼、言えてないのよね」

「…………?」

 諦めて立ち上がろうとしたが、母さんの発言に動きを止めた。

 何を言っているんだ。あの時ありがとうとはっきり言っていたではないか。

「あなたも助けてくれたんでしょ。じゃあその分もお礼を言わなきゃ」

「……はは、律儀だね」

 変なところで真面目だなあ、と呆れてしまう。

「そりゃ律儀になるわよ、娘を守ってくれたんだもの」

 母さんはにやりと笑った。

 そういえば母さんはさっさと逃げればいいものを、私の安否を確認していた。

 母さんは私のことを心配している態度を今までもとっていたが、今始めて本当に心配されていると理解できた。それがなんだか、直球で褒められくらい嬉しくて、照れ臭かった。

 もし私の好きなものをまた否定したらムカつくだろうし、絶対に許さないと怒るだろうけど、あの人は私が嫌いなんだと安直な思考にはもうならないだろう。今の母さんの言葉を忘れない限り。だけどいざとなるとまた心の中で、信頼がーとか腐るんだろうな私は。顔に出さないように苦笑いした。

 しかし意外だ。母さんから変身した私への文句がない。あんな横暴な態度で私から特撮を奪ったから、てっきりヒーローそのもが嫌いなのかと思っていた。私が特撮番組を見るのが嫌なだけで、実は特撮番組事態は対して想いはないのか。よく分からない。

 期待しているものとは違ったが、これはこれでいいだろう。今度こそ部屋に行こう。晩御飯まで時間があるし、疲れたからゆっくりしよう。

 椅子から立ち上がると、ふと気になっていたことを思い出した。

「母さん」

「ん?」

「朝、用事あったらしいけどなんだったの。結構早くでたみたいだけど」

 私が起きてくる前になんて早すぎる。それになんであのあたりに居たのか。大体の用事は家の付近で事足りるはずだが、誰かに用事でもあったのか。

 母さんが一瞬だけ難しい顔をする。なにかを考えている顔だった。

「……ちょっと昔の友達と会わなくちゃいけなくてね」

私と母さんが会った時はそこまで早い時間では無かったが、それでも人と待ち合わせする時間帯だろうか。遠くで行われるフェスに向かう訳でもないだろうし。

「ずいぶん早くない?」

「忙しい人だから」

「ふーん」

 なんだか少し怪しかったが、それ以上追求をしなかった。元々興味津々というわけでもないので、深追いはしない。ただなんとなく気になっただけだから、元気もないのに労力を使う必要もない。

「色々あって疲れたから、晩御飯まで寝てる」

「ちゃんと起きなさいよ」

「努力します」

 形だけの努力だが。

 母さんに制服をちゃんと脱ぎなさいよと言われ、しっかり返事だけを返した。

 筋肉通は大分マシになったが、階段を上るのが辛い。ひいひい言いながらやっと登りきった。

「よかった……昨日よりは元気そうで」

 既に自分の部屋に入りかけていた私のには、母さんの呟きは聞こえなかった。

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