第9話  Hello ideal hello real①

 重い、背中が痛い。

 でも瓦礫に潰されたのならこんな軽い感想が湧くだろうか。重いといっても分厚い掛け布団が、何枚か被せられているみたいな感覚だ。

 もしかしたら今までのは夢? 周りが暗いし、眠っている間に布団に潜ってしまったのか。でもこの季節にこんな何枚も掛け布団を出していたかな。それに右手になにか暖かいものを握っている。

 暗くてなにも見えない。私は光を求めて布団をはねのけた。

 重々しい音と共に圧迫感から解放される。妙に埃っぽいな。

 視界が良好になると状況を理解した。さっきのは夢ではなく現実だ。私は母さんと一緒に、瓦礫の下敷きになった。でも生きてる。私は確かに生きている。

 じゃあ母さんはどこだ。

 探す必要は無かった。潰される直前に掴んだ右手の先に、ちゃんといた。母さんも無事だ。埃で汚れたり、細かい破片でついた傷はあるが命に別状はない。

 良かった、本当に良かった。

「大丈夫? 怖かったね」

 安心させるつもりで声をかける。

「え、ええ。ありがとう」

 母さんは困惑していた。無理もない、あんなことがあったら困惑もする。

 私の腕を支えに立たせてあげた。なんだか凄く軽い。母さんは痩せているが、これは心配になる軽さだ。

「逃げて。まだ危ないから」

 母さんを逃がしたら、私もどこかに移動しなければいけない。やはり人が居る場所にいると危険だ。

「いや、あの、娘がいないんです。さっき確かに居たはずなのに」

「え?」

 なんだろう、母さんは混乱しているのか、私は目の前にいるのに。

 そういえば私もまだ頭がちゃんと動いていないのか視界が変だ。いつもより目線が高い。確かに母さんと私だったら、私のほうが身長が高い。だけど差は少しだけのはず。普段より母さんの頭の位置が低く見える。

 目を擦ろうとしたら、何かが邪魔をしてできない。いったいなんなんだ。

 あれ、私の手が。

 考えをまとめようとしていたら、頭に強い衝撃が突き抜けた。耳の辺りで金属音がやかましく鳴り、構えていなかった体は簡単に吹っ飛ばされた。

 受け身なんてとれず、水面を跳ねる石のように地面を転がった。そのままの勢いでシャッターが閉められていた商店にぶつかる。それでは止まってくれずにシャッターを突き破り、放棄された家具を薙ぎ倒しながら店内に転がり込んだ。

 もう人も住んでいない商店内は埃っぽく、私が荒々しく入店したことで埃が舞う。

 頭に強い衝撃を与えられたせいで、視界がぐわんぐわんと歪む。声にならない呻き声が自然と口から出た。

「ああ……おおう……? なに、が、おこって……?」

 外から悲鳴が聞こえる。とにかくやばそうな雰囲気だけは分かった。

「舞は撃たれた」

「その、声は……ショー? いやいや……撃たれたら死んでるって、頭だよ、あ・た・ま。即死だよ。あんな爆発する弾、頭以外でも即死だけど」

 声は聞こえるけどショーが見えない。ショーを探しながら、破壊してしまった家具の残害を支えに立ち上がる。まだ頭がくらくらする。

「あの弾丸は威力はあるが、貫通せず必ず対象の内部で停止する仕様のようだ。弾丸そのものの威力ではなく、時間差で起こる爆発での内部破壊を目的にしている。頭部の強度を高めに設定して正解だったな」

「なによその説明口調。てかショーどこ、埃が酷くて分かんない……」

「私はショー・リューの役目を果たしているだけだ。そして、私はここだ。舞の臍に居る」

「確かにショー・リューは説明キャラでもあるけど、てか、臍?」

 言われた通り自分のお腹を見ると、確かにショーは居た。ただ顔は無くなっており、変身ヒーローのベルトのバックルみたいになっていた。

「ええ……なんでショー、私のお腹に張り付いて……あれ? 制服じゃない。私、今制服じゃない? なにこの格好!?」

 自分の見える範囲で体を見渡す。制服のブレザーも、スカートもない。

 どうなっているんだ。どこかに鏡は無いかと探した。舞っていた埃も落ち着き、視界が良くなった。布がかけられていた姿見を見つけて、布をひっぺがす。

「お? おお? おおおおおおお! なにこれ!?」

 私の姿はどこにでもいる女子高生では無くなっていた。

 今の私は、憧れのヒーロー、スターマンに良く似た姿をしていた。

 黒いアンダースーツに、白を基調とし黄色の差し色のアーマー、白いマスクに星形のクリアイエローのフェイスガードがついていた。

 だが、スターマンとは所々違う部分もあった。スターマンはフェイスガードの下に青い色の目があるのだが、私のは赤色だ。それにスターマンにはない深紅のマフラーがある。アンダースーツに赤いラインなんて入っていないのに、私にはある。

 なんだこの差異は。少し悩むと、幼少期の思い出が蘇った。

「あ、これ私の妄想ノートのやつだ」

 子供の頃に熱心に描いていた『ヒーロー研究ノート』。スターマンをはじめとした特撮ヒーローのことをメモしたり、妄想のストーリーを書いていたノートだ。その妄想ストーリーに出てくる、スターマンの生き別れの兄弟が変身する空想のヒーロー。その後、公式がまったく違う設定で番組内に二号ヒーローを出しているのを知ったっけ。

 今の私が、その空想ヒーローになっていた。

 確か、名前は。

「えー、なにこれなにこれ。なんで変身してんの私。これコスプレ? がちヒーロー?」

 冷静に考えてみればコスプレではないだろう。ショーの言うことが本当ならば、私はあの弾丸を受けたのに外傷はないし、母さんを私が助けた。

 試しに近場の壁を殴ってみた。

 軽くこづいたつもりなのに壁には大穴が空いた。この建物を所持している人に申し訳なく思いながら、上がるテンションを止められなかった。 

 改めて自分の姿を確認する。恐らくだが、身長が延びていた。私の身長は百六十三センチなのだが、今は百九十センチ以上あるのではないか。体型も女の子のものではなく、成人男性に近いものになっていた。声もなんだか野太い。

 超人的なパワーもあり、肉体すら変わっている。こんなことができる犯人は一人しかない。

「これやったのショーでしょ」

「舞が願った」

 確かに願ったかもしれないが、ここまで望んだろうか。

「つーかちょいちょい思ってたけど、ショーの願いって口にしなくてもいいの?」

「願えばそれは叶う」

「うっわ扱いずら。てかなんで私はこんな姿になったの? 母さんを助けたいと願ったとは思うけど」

 ヘルメットマンから逃げていた時に願いを考えていればそれでよかったのか。あの時はそんな余裕がなかったから、どっちにしろ無意味だが。

「舞が願ったのは『舞の手が母さんに届くこと』。舞は言った。助けることを諦めなければヒーローに変身できると。だから私は叶えた。助けることを諦めずに手を伸ばす舞に変身する力を与えた」

 素直に言葉を受け取りすぎだ。

 でもそのおかげで私は、母さんを助けることができた。自分の力でとはいえないかもしれないが、それでも手を伸ばすことができた。ダメな自分を好きになれる部分が増えた気がして、嬉しかった。

「ねえ、ショー。今の私って強い?」

「舞がなりたかったヒーローをベースにした。資料は見た」

「なるほど。じゃああの危ない奴、倒せるかな?」

「それは、舞次第だ」

「分かった」

 人を殺そうとしたんだ。なら反撃されても文句は言えないだろう。私と母さんを危ない目に遭わせたんだから、その報いを受けてもらおうか。

 力を得て気持ちが大きくなるのはみっともないけど、私は溢れでるやる気を押さえられなくなっていた。

 商店を出ると人気は無くなっていた。あんなことがあったら逃げるのが普通だ。だけど視線を感じる、怖いもの見たさなのか、隠れながら状況を観察している人も少なくないのかもしれない。

 ヘルメットマンは大分接近していた。もう数歩歩くだけで間合いに入る距離だった。

 奴は見た目が変わっても私だと分かるのか、真っ直ぐこちらを睨んでいる。

「最初は、貴方が良い奴か悪い奴か判断しようと思っていた。だけど今の私の印象は最悪。もしかしたら理由があってとか、そういうタイプの良い奴かもしれないけど、もう関係ない。貴方、いやあんたはしてはいけないことをした」

 ヘルメットマンは私の言葉を理解しているはずだが、反応は薄い。

 今日初めて会った時と同じように右手、は無いから左手を差し出した。

「         」

 あくまでも興味はショーにしかないと。その態度に無性に腹が立った。

 返事を返す変わりに、低い姿勢になりながら一息で距離を詰めて、渾身のアッパーカットをヘルメットマンの顎に叩き込んだ。ノーガードだったヘルメットマンは成すがまま空へかち上げられる。

「取り合えず、母さんを危ない目に遭わせた分だ」

 凄い、全力で殴っても全然拳が痛くない。それにものすごく高く上がった。垂直に五十メートルはいったんじゃないか。

 ほどなくなして、ヘルメットマンは重力に従い落下してきた。受け身もとらず、鈍い音を出しながら地面に衝突した。

 意識が無いのかピクリともしない。たぶんまだ生きている? のだろうが、黒いヘルメットには所々に亀裂が走っていた。まだ起き上がることを想定して、念のために銃口を曲げておいた。これで迂闊に発砲することはできないはずだ。

 銃口を曲げ終えると、ヘルメットマンからぴぴぴっと電子音が聞こえてきた。反撃されないようにと後方へ飛んで距離を取る。するとヘルメットマンはゆっくりと起き上がった。たいしてダメージはないのかけろっとしている。そもそもメカが痛みで苦しむことはあまりないか。

 自分の武器が使い物になっていることに気づく。奴にまだ隠し武器があるかもしれないから警戒は緩めなかった、私の判断が正しかったことはすぐに証明された。

 急にヘルメットマンの手首から下の左手が真っ赤に染まった。ただ赤いというよりも、熱した鉄の色に見えた。その赤鉄の手で何をするかと思ったら、曲がった銃口を手刀で切断したのだ。切断口は焼き斬られたのか少し溶けていた。

 銃には詳しくないが、銃口が短くなれば命中精度に影響されるのではないか。ヘルメットマンはそんなのお構いなしに発砲してきた。

 最初と違って、正確に狙っているようだがやはり少々荒い。

「見える……!」

 よく特撮ヒーローが敵の銃撃を弾いたり、見切って回避するシーンがあるが、私も体験できるなんて。

 銃弾のルートが全て見える訳ではないが、放たれてからどう移動するかを大体判断できる程度に見切れる。かわすにはそれで十分だ。それにあの銃はあまり連射が得意ではないのか、一定のリズムでしか発砲してこない。そのおかげで右へ左へ回避しながら接近できる。

 しかし私は甘かった。背後で弾丸が次々に爆発していた。爆発があれば、勿論何かが破壊される。爆破された建物の破片が私にぶつかってきた。人間一人分くらいの大きさの瓦礫が私の背中に当たる、下敷きになっても無傷の今の私にはあまりダメージはないが、衝撃は強く、体勢を大きく崩した。

 チャンスを逃さず、今度はヘルメットマンが距離を詰めてきた。赤鉄の手で突きを放ってくる。狙いは私の顔だったで払い落とそうとしたが、急に軌道

を変えた。顔ではなく下腹部に衝撃が走る。

「あっつ!」

 アイロンを押し付けられたらこんな感じなのか。ヘルメットマンの手刀の突きは打撃に変わっており、拳がショーに直撃していた。またヘルメットマンからぴぴぴっと電子音が聞こえた。なにかされる前に急いで払い除ける。

 ショーが溶けたのではないかと焦ったが、どうやら無事のようだ。傷もついていなければ溶けてもいない。さすが謎物質、強度も謎の頑丈さだ。できれば熱も遮断してほしかったのだが。

 ヘルメットマンは攻撃の手を緩めず、今度は銃の腕で殴りつけてきた。

「おりゃあ!」

 その攻撃を一度受け止めてから、左肘と左膝で強く挟み込んだ。銃の腕が大きくひしゃげる。また何か工夫して銃弾を放ってくるかもしれない。チャンスがあるのならば確実に破壊したい。相手が反撃する前に、もう一度さっきより強く挟み込んだ。さらに大きくひしゃげ、銃の腕はくの時に歪んだ。

 もう一押し。機能が失われたであろう銃の腕を両手で掴んで、ヘルメットマンの腹に吹っ飛ばすように蹴りを放つ。銃の腕は二度衝撃を与えられた部分から砕け二つに別れた。これでもうあの銃弾は使えまい。距離が離れたヘルメットマンが果敢にもまた接近しようとしていた。腕が無くなってもなんとも思わないのか。

 破壊した銃の腕からあるものを無理矢理取りだしてから、ヘルメットマンの顔目掛け投げつけた。変身している私の肩はプロ野球選手顔負けで、鉄の塊を猛スピードで投げつけることができた。

 腕を失ったヘルメットマンだが、動揺することなく元自分の腕を手刀で切り裂いた。それでいい、私の狙いは攻撃ではなく視界を遮ることだ。

 投げるののと同時に走りだしていた私は先手をとることができた。銃の腕から抜き取っていた銃弾を、奴の左腕の肩に突き刺した。不安があったが、固い感触がしながらも深々と刺さってくれた。自分からヘルメットマンから離れる。近距離で爆発されたら流石にダメージがありそうだからだ。

 間もなく爆発し、ヘルメットマンの左腕が落ちた。これで両腕を失った、反撃も難しいだろう。

 だけどメカの底力か。両腕を亡くしても悲観することなく蹴り主体で攻めてきた。足にも何か武装を隠している可能性があってヒヤヒヤしたが、何か作動してる動きはあるが何も起きはしない、ただの蹴りだった。

 蹴りを受け止めてから、下腹部にストレートを叩き込む。支えが足一本ではどうしようもなく、衝撃に身を任せごろごろと転がっていった。

 戦いの素人でも、私はこの戦闘の終わりを感じ取った。

「やっぱりフィニッシュは必殺技で決まり! ショー、できるよね」

「情報は得ている。可能だ」

 私はスターマンの必殺技を思い浮かべる。ショーのお墨付きもあるので、できるという気力に溢れていた。ショーにスターマンを見せてよかった、数時間前の自分を褒めたい。

 ヘルメットマンがよろけながらも突っ込んでくる。そんなになりながらもショーの力が欲しいのか。

 私が持っていて良い力でもないが、奴に渡していいとも思えない。

 だから欲しいと言うのならば、私が全力で拒もう。私はこの力を、貴方に持っていてほしいと願えない。

 迫り来るヘルメットマンの喉元を狙って蹴りを放つ。一撃は狙いを貫き、角度をつけて上空へ飛ばした。その後を追って私も跳ぶ。アスファルトが捲れる力で跳躍したことで、凄まじい加速で先行して飛んでいったヘルメットマンに追い付いた。

 私の体が光輝く。まるで地上から空へ向けて昇る流星のようだ。光りの筋を描きながらどんどん加速していき、ヘルメットマンの体へ強力な体当たりを食らわせる。

「流・星・覚・星!」

 私は必殺技名を叫ぶ派だ。

 ヘルメットマンにぶつかり、それでは収まらず相手の体を貫いた。空中でバラバラになり、時間差で爆発四散した。

 私の光は消滅し、突進の速度が徐々に緩まっていった。落下地点の丁度いい場所に低いビルがあったので、屋上に降り立った。できれば着地を決めてから爆発してほしかった。それでも、生爆発四散はテンションが上がる。

「うおー、すげえ爆発したー。やっぱメカだからかな?」

「ヒーローに破れた敵は爆発するものなのだろう」

「なるほどなー」 

 あの爆発四散はショーが特撮のお約束を守ったためか。融通が効くのか聞かないのかよく分からない奴だ。

 ヘルメットマンの残骸が町に降り注いでいる。人に当たれば危ないが、あまり大きくないし大丈夫だろう。

 ことが終わったと認識すると、なんだかどっと疲れた。崩れるようにその場に座り込んだ。座り方も崩した胡座で行儀が悪い。

「あー、なんか疲れたー。今日はもう学校サボりたーい」

 一回サボってしまったんだ。もう何回かやっても同じだ。

 バックルになっていたショーがベルトから外れ、私の顔の高さまで浮いて来た。さっきまで無くなっていた顔が元に戻っている。

「舞の夢は叶ったか?」

 ああ、そういえばショーには言ってたっけ。うーんと唸り、わざとらしく悩む。

「……ま、半分叶ったかな」

「そうか、また私は正確に叶えられなかったんだな」

 ショーがまたしなしなになる。ちょっと意地悪な答え方だったなと反省する。

「今回叶えてくれたのは、あんま言いたくないけど、私じゃどうしようもできなかった分だよ。もう半分は私の力で叶えなくちゃいけない分。だから半分ってこと。たぶん普通に生きてたら絶対叶わなかった夢を、ショーは叶えてくれた。だから、ありがとう、ショー。大変だったけど凄い嬉しかった。夢でしか、頭の中でしかできなかったことが現実になって、私嬉しくて泣きそうだよ」

「そうか」

 それでもショーはまだ少ししおしおだった。やはり完璧ではないと不服みたいだ。

 もう半分は自分の力で叶える。前までなら宣言しながら、うだうだとあれがだめだこれがだめだと言っていたが、今ならもっと前向きに考えられると思う。

 今はとても爽やかな気分なんだ。すべきことをした達成感というか、一皮剥けたというか。

 また私のことだから、壁が見えたらビビってなにかしら理由をつけて進めなくなるんだろう。でも今日自分が成し遂げたことを思い出せたのなら、きっとポジティブになれる。将来のことや母さんのことも乗り越えられる。前にはなかったそんな確信が、私の胸に生まれていた。

 今私は理想の姿になっている。ならば前以上に、私は私の理想を汚せない。

 学校をサボる方に気持ちが向いていたが、よしっと気合いを入れる。もう遅刻確定だけど、学校はちゃんと行こう。なすべきことをなすのだ。

 でもその前に解決すべき問題がある。

「で、これどうやって元にもどんの」

「願え」

「……やっぱ使いづられぇ~」

 融通が効かないなあ。ねっころがり、空を仰ぎ見た。

 ああ、今日もいい天気だ。

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