第5話 黒いアイツはヘルメットマン①

 遅刻はしなかったが、新たな危機に直面した。だがそこは親友に頼ることで解決することができた。

 課題の提出の授業まで時間があったので、亜樹に頼んで写させてもらえた。当然嫌な顔をされたが、頼み込んでなんとかノートを貸してもらうことができた。ありがたい。

「もう。次はないからね」

「はい、申し訳ないっす。ほんとに感謝してます。はい」

 亜樹は派手な見た目に反して真面目な性格だ。将来への明確なビジョンを持ち、努力し、着々と実力をつける未来の即戦力。私が今の高校に入れたのも亜樹が勉強を教えてくれたお陰だ。

 授業間の休憩時間を使ってノートを写し、たまにわざと間違えたりして課題を進め、無事終えることができた。

「ありがとーございまーす!」

 腰を九十度に曲げて、深々とお辞儀しながらノートを返す。

 亜樹はため息をついていた。だけど表情は、まるで手がかかる子供を見守る保育士のようで、まんざらでもなさそうである。

 亜樹の方へ体を向ける姿勢で椅子に座る。

「いやー毎度毎度申し訳ない」

「そうおもってんなら生活態度で示しなよ」

「へへ、ガッコには真面目に通ってるよ。無遅刻無欠席で」

 今回はギリギリだったが。

「それ、必要最低限だからね」

「ぐえー」

「そういえば、今日は舞にしては珍しく遅かったね。大抵は無駄に早めにいてボケーとしてんのに」

「え、今日なんか対応塩くない? 精神が息苦しいんだけど」

「あはは」

「うわ、性格Sかよ」

 見つめ会ったあと、二人で笑いあった。よほどの暴言ではなければ、私たちは大抵の会話は冗談で済み、最終的に笑い会う。この瞬間に幸せに感じる。私が毎日学校に通うの目的のひとつはこれ。友達と他愛ない会話をして笑い、青春の思い出を作ることだ。

 それと他になにか刺激があればそれでいいのだが、学校生活はそれだけじゃ過ごせない、終われない。

「そういえばと言えばもうひとつ。あんた進路希望書いたの? 期限明後日だよ」

「そういえば亜樹は昨日の流星群、彼氏さんと見に行ったの?」

「…………」

「いやーすごかったっすね。昨日の流星群。夜空に星がぶわー、ぶわーって」

「…………」

 視線が痛い。だけど私はくじけずに口を動かす。

「きっと若い二人なら盛り上がったんでしょうね、きっとね、ええ!」

「いつまでやる?」

「もういいです……」

 彼女の冷ややかな視線に耐えれなくなって、話をはぐらかすのをギブアップした。きっと私が亜樹の彼氏さんだったのなら、尻に敷かれているんだろうな。

「で? 進路どうすんの」

「うーん、まだ考え中」

「確定じゃなくてもいいんだよ。こうしたいとかないの? 大きく就職か、進学かとかでもいいと思うけど」

「あるっちゃあるんだけどね、なんかふんぎりつかないっていうか。亜樹はそう言ってくれるけど、紙に書いてさ、提出しちゃったらもう確定って感じしない? そうしなきゃいけないってなるというか。もう変えることができなくなるというか」

 これもただの言い訳なんだろうな。亜樹はそんな私を言い訳するなと叱ることはなかった。

「考えすぎ、でもないか。考えすぎくらいがちょうどいいのかな、この問題は。一生懸命悩まなきゃダメなんだろうね。早めに決めるのがいいんだろうけど、難しいよね」

「売れてる歌手とかはさ、歌とかで失敗をしたっていいっていうけどさ」

「こわいっつーの。ねえ? でかい失敗だろうが、ちっちゃな失敗だろうが怖いものは怖い。擦り傷だろうが骨折だろうが痛いのは変わらないのと一緒。他人が違うといっても、こっちからしたら私の気持ちを決めつけてんじゃねーって感じ」

 そうだ、その通りだと便乗したくなるが堪えた。そんな資格が果たして自分にあるだろうか。

「さっきもいったけど、やりたいことはあるんだよ」

「なにやりたいの?」

「…………へへ、ヒーロー」

 はっきりと言ったことは無かったが、たぶん亜樹も何だかんだわかっているんじゃないか。彼女とは幼馴染みで付き合いは長い。母さんがうるさくて、歳を重ねてから人前で自分の好きなモノを語ったことは少ないが、亜樹ならば私が特撮ヒーローを好きを公言していた時代を知っている。今も忘れていなければの話だが。

 でも、やはり人に言うのがなんだか恥ずかしくて、勇気が必要だった。それを隠すように照れ笑いをした。なんだかそんな自分が情けなくて、ちょっと悲しかった。

「好きだもんね、舞は」

 否定をせず、かといって必要以上の肯定もしない。わざとらしく深堀もしてこない亜樹の態度が心地よかった。それに好きだったではないのにも彼女の優しさを感じる。過去の話ではなく、今の私を受け入れてくれたんだ。

「進路、もう少し掛かりそう?」

「……うん」

「そっか」

 亜樹は優しい目付きで私を見てくる。甘えたくなりたくなる優しさだ。でも安易に甘えてはいけないのは私にも分かっている。わざとらしく机に突っ伏し、顔を隠した。

「でもさ、時間ばかりかけてたら何もできないうちに死んじゃうよ」

「なに急に物騒な」

 突っ伏しているせいで私の声はくぐもっていた。

「私さあ、人って死んじゃう時は絶対後悔をするもんだと思ってる。どんなにお金持ちでも百パーセント満足して死ぬのは無理だってね。意識が遠退きながら、あああれやりたかったな、まだこれをしていたいなんて考える。少なくとも私はきっとそうだ。だからできるだけ生きているうちにやりたいことはやるようにしてるよ。死ぬ時少なくとも、あれはできてよかったなって思いながら死ぬためにね」

「あー確かに亜樹そういうとこあるよね。思い付いたら即行動みたいな」

「『どうせするならやって後悔』が、私の座右の銘だからね」

「去年、急にやりたいっていって買ってたウクレレ。今やってる?」

「あはは、あんまやってない……」

 亜樹の笑い声釣られて顔を上げた。自分の席に座っていた筈の亜樹が私の前に立っている。彼女の細い指が私の鼻を軽く摘まんできた。

「失敗するのは怖い。人生に影響すると思えば尚更。でも考えて考えて、それで動けなくなったら失敗どころか成功もしなくなる。時間は有限だよ。悩んでいいけど、ちゃんと歩かなきゃね」

「……はーい」

「はいは伸ばさない」

「はい」

 この問題は誰かに相談して解決することはない、と思う。アドバイスは必要だが、結局決めなくてはいけないのは自分の中でだ。誰かに頼っていいことじゃない。そう決めつけ、一人で気張っていた。

 決断とはいつも孤独。と誰かが言っていた気がする。例え本当にそうでも、こうして話を聞いて答えてくれる存在は大切なのは変わらない。亜樹の言葉は私に危機感と勇気を与えてくれた。

 決断することは孤独でも、その過程くらいは誰かにおしりを蹴飛ばして貰ってもいいんじゃないか。

「ごめんごめん、説教臭くなっちゃったね」

 亜樹が私の鼻を離した。

「ううん、いいよ。ありがとう」

 私はここ数日、考えすぎていたのかもしれない。それも正しいが、亜樹の言う通り足枷になり歩けなくなっていた。

 昨日に比べて頭の中がすっきりした。今なら多少マシに考えられる気がする。

「でも期限がなあ。急かしてくるみたいでやだなあ」

「まあまあ前から渡されてたんだけどね」

「私からしてみれば短いんだよお」

 勇気を貰えても、それが燃料として足りるかはわからない。迫りくる期限が私をびびらせ、ガス欠させる。

 ああ、ほんとに自分が情けなくて嫌になる。

「せめて期限が少し延びてくれないかなー!」

 口ではそういっても、やらなければいけないのだ。

 せっかく亜樹が激励してくれたのを無駄にしてはいけない。現実逃避しようとする自分を押さえつけて、進路希望調査表を取りだし、机に広げた。

「……あれ?」

 目の前にある用紙に違和感を覚え、首を傾げた。

 内容に不備がある。これが不備じゃなく事実ならありがたいのだが、先程の亜樹や昨日の臼井先生の

発言を思い出せば間違っているのはこの進路希望調査表の方だ。

 期限は明後日だったはずだが、この用紙に書かれている期限は一週間後だった。

 もしかして悩みまくっていた私が寝ぼけて修正でもしたのか。顔を近づけてよく見たり、直接触ってみたが修正テープの類いが使われた形跡はない。元からこうだったみたいだ。

 そんな筈はない。亜樹に確認してみよう。

「亜樹、これの期限ってたしか明後日だったよね」

「なにいってんの。一週間後じゃん。それにも書いてるし」

「いやいやいや。さっき明後日って……」

「聞き間違えたんじゃない? 言ってることを全然違うことに聞き間違えること、たまにあるし」

 本当にそうだろうか。もし私が聞き間違えているのだとしても、今までしていた会話はどうなるんだ。期限が一週間後なのに、切羽詰まった友人を焚き付ける、なんて構図の会話が成立するのか。少なくとも、私は期限があと一週間あるとすればまだ余裕の態度をとっているはず。亜樹もそれに気づき指摘してくるのではないか。

 一応今立てた仮説に反論するのであれば、亜樹は私が期限を間違えているのを知っていて、進路希望に会話を誘導したとも考えれる。だけど何故亜樹は私が期限を間違えていると知っていたのだ? ああ、頭がこんがらがってきた。理解できず暴走する脳を沈めるように、後頭部に手をやり力をいれずにかきむしるジェスチャーをした。今度は髪が指に絡まってきた。

 たまたま近くをクラスメイトの男子が通ったので呼び止めた。

「ねえ、これの期限っていつだっけ」

「なんだ堂本、まだ提出してなかったのか。どうせお前のことだから『まだ一週間あるからよゆー』とか思って放置してたんだろ。お前、いっつもそういうので期限近くでテンパってるよな」

 いつもならこんな言い方されたら脇腹を小突いてやるのだが、そんな気力は無かった。

 私の勘違いなのか。いや違う。昨日確かに先生は三日後と言ってた。それが今日になって、亜樹も明後日と言った。聞き間違いなんかじゃない。

「舞、どうした? 顔色悪いよ、保健室いく? ついてくよ」

「大丈夫、大丈夫。なんか情報の行き違いで混乱してるだけだから。これってアルツハイマーってやつかな」

「それはないと思うけど……」

 否定はしたが、心配なのかスマホを取り出して何やら調べ始めた。私たちの年齢でアルツハイマーになるのか調べているのかな。そんな優しさに感動する余裕も私には無い。

 あれは小学校低学年の頃だったか。はじめて母さんにお使いを頼まれた。よく通る商店街にあるお店へ行くという内容で、例え子供の足の長さ、歩幅でもたいして時間のかからないと母さんは判断した。

 実際買い物事態はすぐに終わったんだ。私ははじめて母さんに頼られ、ミッションをクリアしたことで得意気になっていた。なんだか自分が今までより大きくなったみたいで気も大きくなっていた。

 些細なことだった。道にあった近所の地図を見つけて読めもしないのに、ありもしないのに空想上の近道を発見し、いつものルートを外れた。結果はありきたりなもので即迷子だ。今よりも無力な私は泣きじゃくって動けなくなり、探しにきた母さんに無事発見された。

 まるであの時のような、押し潰されるような不安と恐怖心が私にまとわりついていた。

 自分と周囲の情報の違いで混乱し恐怖する。ホラー映画などでみたことがある展開。見てる側なら『おいおいメンタル弱すぎ』なんて言えるが、これからはもうバカにはできない。

 机も濡れてしまいそうな程の手汗をかいてしまった。ハンカチを探してスカートやブレザーのポケットを探すが見つからない。リュックに入ってはなかったかと開けてみる。

 開けて覗きこむと、中身と目が合った。

「あ」

「どした」

「……いや、なんでもない。忘れ物した」

 間違っても中身を見られないように口を閉じる。

「もー、あんた今日どんだけうっかりなの。昨日の流星群で風邪でも引いた? 体調、悪かったら無理しないでよ」

「お、昨日の流星群の話? 二人で見に行ったの?」

 流星群の単語に反応して、別のクラスメイトが二人寄ってきた。

「見に行ったけど別行動」

「えー珍しいね、仲良しさんなのに。もしかして男か?」

「うん、男」

 当然と言わんばかりの亜樹が即答した。

「おおう隠すこともなく……」

「だって隠すような人じゃないし」

「のろけだー」

「のろけー」

 亜樹とクラスメイト達がじゃれつき始めた。私は静かにリュックのファスナーを閉じる。

「そういえば昨日の流星群で隕石落ちたらしいじゃん。見た? 生で」

「ツイッターでも話題になってたねー。我らがあまの市がトレンド入りだよ」

 ちょっとした記念と言わんばかりに、ツイッターのスクリーンショットを見せてきた。トレンドの中に並ぶ、私たちが住む街の名前があるのに場違い感を覚える。

「あー見た見た。びっくりしたよ。彼氏も珍しくてんぱってたし。予告なしで地球滅亡だーって。舞は? 丘行ってたんだよね」

「あ、ああうん見たよ。ど迫力。でもたいした影響なくてよかった」

 考え事をいていた私は話しかけられて、挙動不審な反応をしてしまった。亜樹はいぶかしんだが、つっこんでくることはなかった。

「なんかツイッターで自称専門家が熱く語ってたよ。普通の燃え方の発光じゃないとか、衝撃の被害報告もないのはおかしいって」

「どうでもいいけど、そーゆー専門家ってうさんくさくね? 小難しい話はしてるけど、なんつか会話してないというか。頭いいんだろうけど、悪いみたいな」

「わかるー」

「ま、うちらも頭わりーけど」 

「私の前のテスト結果、見せようか」

「亜樹さんガチんなよ……」

 私にはもう周りの会話がまともに聞こえてこなかった。さっきまで恐怖心でずーんと重くなっていた頭がすっきりしている。リュックの中身を思い出したお陰だ。

 私は学校に教科書の類いやペンケースを置きっぱなし、いわゆる置き勉をしている。だから特別取り出すものがなければ、リュックはお昼ご飯の時まで開けないのがざらにある。今回やってくるのを忘れた課題も学校に忘れてものだ。

 つくづく私の頭は平和なんだなと思う。朝にとんでも事件が起きたのに、課題をやらなければいけないという目の前のことで頭が一杯になり、進路のことを話しているときには完全に忘れていた。

 さっきの亜樹との情報の行き違いの原因がわかった気がする。リュックの中身のせいだと確信はあったが、本人? に確かめたい。

 うずうずする気持ちを押さえながらお昼を待った。いつもなら居眠りをしてあっという間だというのに、今日は時間が長い。リュックの中身が気になって眠れなかったのだ。どんなことがあっても眠れる自信があったが、本当に気になることがあれば眠れないものなんだな。少し自分にがっかりした。最近自分が情けなくなったり、がっかりすることばっかりだな。

 さあ待ちに待ったお昼ご飯の時間だ。亜樹から一緒に食べないかと誘われたが断った。リュックを抱えてどこかに向かう私は怪しさ満点だろうが、なんとかいいわけをしてふりきった。

 余程狭い建物でもなければ、人気がほとんどない空間は必ずある。

 この学校にもそういう場所があった。生徒の減少から使われることのなくなった教室があり、たまたま場所が一ヶ所に集中していた。あまり使われてないせいで通路すら用具などで半ば通行止めがされている。通行止めのせいで、そこだけ隔離されているような空間はなんとなく不気味で人は寄り付かない。学校内でも問題になっているが、面倒なことやお金がかかることに消極的な大人達は問題を先伸ばしにしていた。

 リュックを背負って障害物を越えていき、最新部に到着する。通路伝いに窓があるが、寂しい空気と生活音が遠いせいで居心地が悪い。たまにオカルト研究同好会やガラの悪い生徒が集まっているらしいが、今は誰もいないようだ。好都合。リュックを降ろしてファスナーを開ける。

「出てきて」

「了解した」

 音もなく星が出てきて、私の目線の高さで止まった。向かい合っている。

「進路希望の期限、君がやったんだしょ」

「やった、とは?」

「期限伸ばした」

「そうだ。お前が願ったから」

 思い出したことだが、この星は朝も私が願ったからだとか言っていた。ショーのようになったらと、私が寝る前に言った戯言を実現させたと。

「君は願いを叶える力が」

「ある。私の唯一の機能だ」

 あの段階で私は信じきれていなかった。まったく信じていないわけではなかったが、やはり頭のどこかで受け入れていなかった。実際に目で見て、体感しなければ信じることなんてできない。それができるほど私には純粋さは残っていなかった。

 でももう体験した私は星の力を疑う気持ちはない。星を思い出してから朝学校に間に合ったのも、彼のお陰だと理解した。私が間に合いますように願ったから、彼はそうしてくれたんだと。

 彼に質問して答えがかえってきたことで、私の脳は彼の力を疑うものではないと受け入れた。百聞は一見にしかず。体験したからには受け入れるしかない。

「君……なんかやりづらいな、名前ある?」

「人々の呼び方が私の名前になる」

「ふーん……、じゃあショー。ショー・リューってのどう?」

「構わない」

「おっけーショーね。ふふ、やったね。私、堂本 舞。よろしく」

「記録した」

 私の願いで見た目はショーそっくりなのだから、彼の名前を与えてもいいだろう。快く承諾してくれてありがたい。テレビの中からショーが出てきて私の目の前にいる、顔がにやけてきた。中身が似てないのが残念だが。

 挨拶をして、ショーからみて左のとんがりを握手のように握った。この行為を理解してないのか、ショーは無表情のまま不思議そうにしていた。

「それで、ショーはなんで私の願いを叶えてくれるの?」

「堂本 舞だけではない。全部だ」

「え、全部って」

「私、ショー・リューが感知できる願いはすべて叶える」

 願いを、見境なく。人間の記憶すら改編できるのにか。

 そういえば休み時間ソーシャルゲームで遊んでいた男子がレアキャラ当たったとか騒いでいたような。ほかにも色々聞いたような。私は把握していない範囲で、様々なことが起きていたのか。もしかしたら世界そのものが変わっているのではないか

 血の気が引きすぎて立ちくらみがした。

「え、それやばくない? 絶対やばいよ」

「必要ならばプロテクトをかけることができる」

「なにそれ」

「ショー・リューは願いを叶えるモノ。可能ならば必ず。だが所有者が望めば登録した人物のみの願いを叶える。所有者がショー・リューを破棄、もしくは所有権の変更をした場合プロテクトは解除される。今の所有者は堂本 舞」

 私が拾ったから所有者として認められたのか。すごい力はある癖になんだか軽いなあ。そういうのは資格がどうたらという展開がベターなのではないか

「じゃあ私の願いだけ叶えて。他はダメで。あと、私の願いも、なんというか、これだ! っていうの以外叶えなくていいよ」

「なぜ?」

「だってそういう、なんでも願いを叶える系ってかならず代償とか発生するっしょ。命とかなんとか、欲張りじいさんは痛い目みるのが世の道理じゃん」

「堂本 舞は男?」

「ものの例え。あと舞でいいよ、そんな仰々しい」

「了解した」

「まー、叶えてくれるのなら叶えてほしい願いはいっぱいあるんだけど」

 大きなため息をついた。外の空気が吸いたくなって窓の鍵に手をかけると、指先に埃の感触が伝わってきた。こんなところがまともに掃除されているわけないか。

 立て付けが悪いのかなかなか窓が空かない。力を込めてなんとか隙間を開けることができたが、そこからが進まない。同じように力をかけ続けても効果は薄そうなので、バンバンと叩いて横へ衝撃を送る。ちょっとづつ窓は開いていき、全開になった。

 多少の疲労感を感じながら、窓に寄りかかり外を眺めた。十七年暮らした街が見える。私はここで生まれて、将来の生き方次第でここを離れていく。

 叶えてほしい願いは言い出したらキリがない。まず部屋の収納場所を増やしてほしい。ラーメンをいくら食べても太らなくしてほしい。部屋に飾るグラフィックのかっこいいスケボーのデッキが三枚くらいほしい。消耗品が多すぎるから、消費したものや壊れたものを修復できるビームが打てるようになりたい。

 母さんがものわかりがよくなってほしい。趣味くらい好きにさせろ。

 憧れのヒーローにリアルで会いたい。

 私が理想ヒーローになりたい。

 やっぱりキリがない。人間の欲望に底はない。手で掴めるモノ、チャンスがあれば根こそぎ持っていく。その手段が楽であればあるほどいい。たまらないね。

 でも自分でやるから価値がある。やらねばならないことがある。結局スケボーのトリックは自分が努力しなきゃできないし、努力し続けなければ完成度はあがらない。努力し、上達を実感できるからこそ意味を見いだせる。

 私が叶えたいことは、大半が自分の努力で攻略しなければいけないことだ。うじうじするし、自分は情けないってすぐネガティブになるけど、それだけは分かっている。

 それにもし私がただ用意された目先の餌に飛び付く愚者ならば、例え叶っても私は理想に顔向けできないだろう。私の理想スターマンは強く正しく、時に弱く、それでも自分の信じる道を、共に誰かと進んでいくヒーローだ。私の人生の理想はスターマン、彼のように生きていきたい。まだまだ道のりは遠いが、だからといってここでその道は外れる訳にはいかない。

「ま、誘惑に負けちゃうかもしれないけど……」

「キャンセルするか」

「しないしない! 今の独り言だから。そんな友達の約束のキャンセルするみたいなノリじゃないから」

「友達ならばするのか」

「しないわ。友達なくすわ、それ」

 どうにもショーと会話をすると疲れる。堅苦しい喋り方もそうだが、常識がないというか。特撮のショーみたいにフランクに会話するように願うか。いやいや今、心の中でかっこつけたのにもう揺らぐとかカッコ悪いにもほどがある。我慢するしかない。

 話すと疲れるので会話が途切れた。最初はこちらをじっとみてきたショーだが、沈黙が続くと私の真似をしてか窓の外を眺め始めた。私は街を眺めていたが、ショーは空を眺めていた。

 吸い込まれそうな青空。私じゃあそんなありきたりな表現しかできない、よく晴れた空だ。

 ショーはこの空から落ちてきたんだよな。

「ショーってさ、宇宙からきたんだよね?」

 朝と同じ質問をした。

「この星の外からきた」

 朝と同じ回答だ。

「なんで地球にきたの? いままではどこにいたの?」

 再びショーと目が合う。ジグザグの歯、鋭い目付き、なのに喋り方は落ち着いている。キャラあってなさすぎ。

「わからない」

「わからないって……まったく?」

「私が本格的に記録を開始したのは、舞が私をこの姿にしてからだ。この星にやって来る前にどこにいたかは分からない。ただ」

「ただ?」

「何かに追われていた」

「追われていた……まさか宇宙人?」

 宇宙人。その単語にときめきを感じた。本当にいるのなら、どの会社、どのシリーズ系だろうな。

「生物なのは間違いない」

「記録してないわりには地味に記憶してんじゃん」

「所有者情報を記録、更新しなければいけないので、大まかな自己の状況を断片的に記録していた」

「なるほど」

 確かにショーの力ならば誰かに狙われるのも納得だ。代償はわからないが、ほぼ無条件に願いを叶える力は魅力的だ。様々な荒くれものがショーを狙って日々争っている。そこに正しく管理するために宇宙警察とか眩しいアーマーの刑事も介入して、なんて妄想が捗る捗る。

「私と舞が初めて接触した時も、近くになにかがいた」

 ショーの言葉で、妄想に耽っていた私はフリーズした。

「はい?」

「私と舞が初めて接触した時も、近くになにかがいた」

「それって、ショーの追って?」

「分からない。が、生物の反応ではなかった」

 淡々と語っているが、それは結構不味いのでは。言われてみれば、ショーを拾った時も何かの気配を感じて足早にあの場所を離れたのだった。まさかあれが?

 もしあの気配が追ってで、まだショーを探しているのならば。もし私が持ち帰ったのを見ていて、私の存在を知っているのなら。

 洒落にならない。確かに子供のころに宇宙人の存在に憧れていたし、今でも光の国からでっかい宇宙人がやってきて、着地と共に砂ぼこりを巻き上げながら登場しないかなーとはおもっているが、ショーを追っている宇宙人がそんな友好的な可能性はいったいどれくらいあるのか。出会って即私を殺し、ショーを奪って邪な願いを叶えるなんて想像に容易い。

 数時間前に進路希望に追い詰められていた女子高生が、今は宇宙人に驚異を感じているなんて。第三者の立場なら笑っていたが、当事者の今じゃ笑えない。

「ショー! 宇宙人に私とショーの存在を見つけられないようにすることできない!?」

「私と堂本 舞、をか」

「そう!」

「それはこれだ! という願いか?」

「そうそう! だから早く!!」

 ショーの体が淡く光る。まるでクリスマスツリーのてっぺんにある、LEDライトで光るお星さまみたいだ。

 早く早く、焦りが私の心臓の鼓動を早くさせた。なんだろうか、今日は心臓に悪い日だな。

 ショーの体は徐々に光を失い。もとの色に戻った。

「願いは、叶った?」

「ああ。確かに叶えた」

「…………よかった~。あー焦った」

 これで宇宙人が私を見つけて乱暴をする、という危険は回避できたのではないか。まだまだ考えなければいけないことがある気がするが、今はとりあえず危険がさったことを喜ぼう。

 変な汗をかいてしまった。窓から流れてくる風が心地いい。安堵のため息をついてから、私は再び窓の外を眺めた。

 

 目が合った。ショーとではない。真っ黒なフルフェイスヘルメットみたいな頭が、私の目の前にある。もし頭をほんの少し前に振ってみたらどうなるのだろう。こんっという固い音がしておでこに痛みを感じるのではないか。それくらいに近い。

 時間としては一瞬だったが、私の思考はそれを超えた。目の前のいる存在は何者なのか。今私のいる場所は学校の三階だ。こんなところの窓に瞬時に現れ、いとも容易く張り付いているこれは人間なのか。なにか仕掛けを使ってこの場に現れた人間でも変質者にかわりない。それにさっきまで驚異を感じていた宇宙人のことを考えると、目の前の存在はとにかく危険だと判断した。

 ヘルメットマンがショーへと手を伸ばす。私は口をつぐみ、全身に力を込めた。リュックとショーを掴み窓から離れる。転びそうなほどの前傾姿勢で廊下を走った。後ろから着地音が聞こえた。心霊番組の驚かせるシーンに不意打ちされたみたいに心臓が跳ねたが、後ろは振り返れなかった。

 私は足には自信がある。男子でも私に勝てるものはおらず、クラスで一番だ。陸上に興味がないので部活に入っていないが、もし入っていたらそこそこ名が売れていたのではないかと思う。この話をするとだいたいナルシストと皆にからかわれる。

 だがいくら足に自信があってもいかせない場面ではどうしようもない。無呼吸で走り距離を開けたが、廊下に積まれたガラクタ達に止められてしまった。入ってこれたのだから、勿論出ることはできる。しかし普通に走るのと、難易度が高い障害物競争はどちらが時間がかかるかは明白だろう。

 どう逃げればいいか、ここを乗り越えようとしているうちに追い付かれ、捕まってしまうのではないか。他に逃げ道はないかと目を忙しなく動かした。結果的に振り返ってしまうと、ショーの追跡者の全貌が見えた。

 まず印象は『黒い』だ。上から下まで真っ黒。ロングコートのようなものを羽織っており、体格的に長身の男だろうか。フルフェイスヘルメットに覆われた顔はまっすぐに私を捉えていた。

 動きは決して遅くはないが、どこかぎこちない。まだ距離は余裕があるが安心はできない。すぐに追い付かれるだろう。

 ヘルメットマンは右手を伸ばして私たちに近づいてくる。やはり障害物を越えていくしかないか。いやそれではだめだ捕まる。でも他に逃げ道はあるのか。こんなときまでも迷っているのか私は、自分が嫌になる。

 頭がパニックになりかけると、変なことを思い付くものだ。私は何を思ったか隣にあった窓を凝視した。そしてアクション映画のキャラクターがよくやるあれを思い浮かべていた。

 普段ならありえない、選択肢にすら入らないが、私の手にはありえないことを現実にする力がある。もう迷っている時間はない。

 私はリュックを肩にかけ、近くにあったスチール制のバケツを手に取った。掃除等で水を溜める用途に使われていたらしいそれはあまり大きくないが、なかに色々とガラクタが詰め込まれたいたため重量があった。この下に人がいませんようにと願いながら、窓に向かってバケツを投げた。派手な音を立ててガラスが割れる。私は間髪いれずに、怪我をしないように意識しながら窓枠に足をかけた。ためを作ったら絶対に怖くて動きが止まる。それを防ぐため、一気に飛び降りた。一連の動作のなかで叫ぶ。

「私を安全に着地させて! これだのやつだから!」

 夢で高い場所から落ちる感覚を経験したことがあるが、あれもあながち参考になるんだな。後にそんな感想を持ったが、落ちている時は両足で地面に着地することだけが頭にあった。やっぱりスタントマンとかスーツアクターはすごい。着地ポイントにマット等があると言えど、自分から落ちるなんて。

 てっきり意識だけはゆっくりになるかと思っていたが、そんなことはなく地面は猛スピードで迫って来ていた。

 ぶつかる、衝撃がくる。身構えたが、ショーは確かに仕事をしてくれた。地面にぶつかる直前に、私の体は無重力空間にいるかのようにふわりと浮き、音もなく着地した。無事なことで安心したのと、落下の恐怖で腰が抜けそうになったが、上を見るとヘルメットマンも窓から飛び降りようとしているのが見えた。

 頑張れ私の足腰。渇を入れて地面を蹴った。割ったガラスが足下でじゃりっと音を立てる。

 学校を囲む風にして設置されているフェンスを登り、敷地内から脱出した。フェンスは三メートル以上あるのだが、私は火事場の馬鹿力を発揮していたらしくすいすいと登って見せた。降りる時もひよりはしたが、一度三階から飛び降りたのだ。感覚がおかしくなっていたのか、植えられていた木を伝って簡単に降りることができた。私って凄い。

 フェンスを登っている途中で私が着地したあとりからどさりと重いものが落ちる音が聞こえた。その後の、問題なく歩く音も。やはりあのヘルメットマンは人間じゃない。無我夢中で走った。

 今日、私は生まれて初めて学校をサボった。

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