第4話 星が落ちてきた④
あーよく眠れた。いつもか。
私がよく眠れない時が来るとしたら、寝たら二度と目覚めませんよとか、明日地球が宇宙人に襲撃されますよと言われた時くらいかもしれない。
目覚めはよくともベッドからは出たくはない。自分の体温で暖められたちょうどいい温度が私に絡み付き離れない。私自身も離れたくはない。夏場は容赦なくはね除けるが。
重い頭を上げる。どうせなら重すぎて起きれなくなればいいと思ったこともあるが、テレビで度を超えた肥満の人が寝たきり生活を送っているシーンを見てからその考えは捨てた。
ベッドから出ようとすると、なにか違和感を感じた。寝ぼけた頭では直ぐに気づかなかったが二、三度部屋を見回すと目が一気に覚めた。
クローゼットの扉が、少し空いている。
頭から血が抜ける感覚がした。きっと貧血持ちの人が経験する立ちくらみもこんな感じなんだろう。
跳ねるようにしてクローゼットまで移動する。短い距離なのに息は荒くなり、心臓は体の外まで聞こえそうなほど鼓動している。朝からこれは辛い。
昨日の夜は確かに扉を閉めた。ちゃんと確認したから間違いない。だとしたら立て付けが悪くなったりして勝手に空いたか? いやそんな異常はなかった。ならば何故。まさか。
「誰かが……開けた……?」
クローゼットの中は秘密の空間。暴かれてはいけない。
開けられただけならば大丈夫だ。カモフラージュが施されている。だが、意識して漁られてしまえば一貫の終わり。あまりにも貧弱なセキュリティだ。それでも私の財力と知恵では最高水準なんだけど。
問題は誰が開けたのか。
秘密の隠し場所から木箱取りだし、中身を確認した。箱の中は私の記憶している限り昨日のままだった。
「よかったあ」
安堵の言葉がため息と一緒に出た。
本当によかった。クローゼットが空いているのを見つけた時から、母さんの仕業ではないかと思っていた。もしそうだったら最悪を通り越して絶望だ。きっと中身の価値を考えずにぶちまけて、私に怒鳴り散らしていただろう。そうだったら宝物も無事ではすまない。中身がそのままというのが、犯人は母さんではないという証明だ。
「じゃあなんで?」
やはり私が気づかないだけで扉の調子が悪かったのだろうか。木箱の蓋を閉めようとすると、さっきまで気づかなかったことに気づいた。
「星が……ない」
しまったはずの星が消えていた。存在を忘れていた訳ではないが、昨日新しく追加されたばかりのものだったから気づくのが遅れた。
どこにいったと言いながら、箱を漁り、クローゼットの中も探した。探し物は見つからなかった。
木箱をしまってから振り替えると、机に何かが立っているのを見つけた。その何かが、何であるかは直ぐに理解したのだが、目を疑う状態になっていたのだ。
第一に、そもそも『立つ』という状態がおかしい。星の形、五つの鋭利な突起からなる形が自立は難しいのは簡単に想像できる。それが支えもなく自立しているのは見るからにおかしい。まあ全体の重さのバランスが一定であれば、上手くやれば硬貨のように自立させることは不可能では無いのかもしれないが、そんなことは思い浮かばなかった。
第二に、星に顔がついていた。つり上がった目、噛み締められたギザギザの歯。昨日未遂で終わったショー・リューの顔がはっきりとついていた。私は描いていない。というよりイラストの質感ではない。まるで最初からそうだったと言わんばかりに顔があるのだ。
私は恐る恐る立ち上がり、机に近寄った。不気味さや恐怖はなかったが、流石に警戒する。
「なんで、昨日まで、のっぺらぼうだったのに」
「お前が望んだからだ」
体がびくりと反応し、謎の声が聞こえていない方へ反射的に振り返った。なにもいない。当たり前だ、声は前から聞こえた。今の反応は現実逃避に近い。
声は机の上から発せられた。
振り替える前に確かに見た。星の口が確かに動いたのを。
ゆっくりと視線を戻した。星はじっとこちらを見つめている。さっきまではそんな風に考えられなかったのに、今はそうとしか思えなくなっていた。
「今の声は、貴方?」
「そのとおり」
滑らかな口の動きで返事が返ってきた。
「え、なに、生き物だったの?」
「厳密には、違う」
「でも、喋ってるし、動いてるし、こっち見てるし」
「お前が望んだからだ」
わけわかんない。頭が混乱してきた。
「望んだって、なにを?」
「動いて喋れば面白いのに、と」
眠る前に独り言を呟いたのを思い出した。
「あー……確かにそれは言ったわ。えーでもショーにしゃべり方似てないじゃん」
「お前が望んだものの姿形は、お前の端末で見ることはできたが、人格まではわからなかった。この星の情報はまだ多くはない」
星はお前だろう。
「見るっていつの間に……てかやっぱ生き物にしか見えないんだけど」
「お前が願ったから、近いものになった」
すごい、私、わけわかんないのと会話できている。でも意味がわからなかった。後頭部を無意識でかきむしったが、混乱している頭のくせ毛はいつもよりこんがらがっており、指に絡まってきた。
「てかさっきこの星って言ってたけど、やっぱり宇宙からきたの?」
「この星の外にいたのは間違いない」
地球外からの来訪。それを聞くとなんだかこのおかしな状況も受け入れられそうな気がしてきた。
星に触れてみた。恐る恐る、ゆっくりと。昨日と同じでほんのりと暖かった。昨日は不思議だなーくらいにしか思わなかったが、今では生き物の温もりに思えた。
断りを入れずに触れてみたが、星は何も意に介していないのかただ私をじっと見ているだけだ。敵意というか気象が荒い生物ではないようなので、私の緊張も多少は和らいだ。今さらだが、触れようとしてあの鋭い歯で噛まれたら洒落にならなかった。
「えっと、持ってみてもいい?」
「なぜ」
「持ってみたいから」
「わかった」
こんな回答で満足するのなら質問をしなければいいのに。そう思っても口にはしない。下手なことを言って機嫌を悪くされたら困る。
両手でそっと持ち上げる。重さは記憶しているものとあまり変わらない。さっきと違って、しっかりと手で触れてみると分かったことだが、なんだか生物感が無かった。説明するのが難しく私自身もはっきりと理解している訳ではないが、どんな生物だって持っているような生きている証明となりうる生命力が手のひらに伝わってこない。なにをいっているのか意味不明だが、こう思ったんだからしょうがない。
この短い間に得られた情報で私が理解したことは、本人? の言うとおり、この動いて喋り始めた星のようなものは生き物に近いものであって、生き物ではないとうことだけ。
一番気になるのは彼がなんなのかと、私が願ったからこうなったという言葉。言葉のままの意味ならば、私の願いを叶えたということだ。でもこの時は、元々彼はこれが通常の姿でいままで擬態化か何かしていただけなのではないか、という考えのほうが強かった。
両手に包まれた星を顔に近づける。距離にして三十センチくらいか。星は視線をはずすことなくまっすぐ私を見つめていた。
私の胸がときめいた気がした。星に見つめられているからだとか、寝起きで動悸がするだとかではない。なんだかよく分からないこの状況が、うんざりするくらい宣伝してるアニメ映画みたいなこの状況、いや、それこそ特撮の導入を感じさせる状況。あり得ない非日常が私の目の前にいて、両手に収まっている光景を頭が受け入れ始めワクワクしてきた。
こわばった顔の筋肉は緩み、目を見開く。きっと瞳孔もばっちり開いたいただろう。
「激アツ」
目の前の星が、私が夢見ていた世界へのチケットに見えてきた。
「!」
起きているのに夢の世界にトリップしかけていたら、唐突に人の気配を感じた。わざとらしく音を立てて私の部屋に近づく足音。直感だとか第六感なんて必要ない、この足音は母さんだ。しかも機嫌が悪い。何故機嫌が悪いのかを考察する暇はない。
私は脳が動けと命令を出す前に行動した。ノールックで通学用に使っているリュックに星を突っ込んだ。
勢いよく扉が開かれる。
「ちょっと舞!」
「はい!」
完璧なタイミングで返事を返す。姿勢はもちろんぴしっと気を付けだ。
開かれた扉を潜り、母さんが部屋にずかずかと入ってくる。ああ、なんと恐ろしい顔をしていることか!
「起きてるいるのなら降りてきなさいよ。遅刻するわよ。なにやってたの」
「いやちょっと、課題の残りを片付けてまして」
咄嗟に嘘をつく。手にはリュックを持っていたままなので、説得力はあるだろう。
母さんは私を上から下まで、不振な点がないか調べるように視線を動かした。睨まれているみたいで居心地が悪い。
「そう。終わったの?」
「ええ、まあ」
「ちゃんとやっておけば朝にやる必要なんか無かったのよ。そもそも、昨日出掛ける予定があったのだから、それまでに片付けておくものでしょう」
やばい、これは長くなる。そう覚悟したが、母さんが部屋の置時計を見た。
「ああ、もうほらこんな時間。早く、だけどしっかり準備しなさい。学校、遅刻するわよ」
「あーい……」
「だらしなかったり、半端な格好で家を出ることはゆるしませんからね。あと返事は『はい』」
「はーい」
「伸ばさない」
「はい!」
まだ言いたいことはありそうだったが、母さんは渋々といった様子で出ていった。
助かった、でも安心はできない。早く準備しなくては。鏡で髪を見るといつも通りに荒れ狂っていた。今からこれと対決するのかと思うと涙が出てきた。
「ああ、もう今日だけマッハで髪が整ってくれないかなー!」
泣き言を言いながら櫛と寝癖直しを使って戦いに挑む。いつものように頑固な手応えが、
「お?」
こない。毎朝、どんな対策をしても効かなかった強固な寝癖の感覚が薄い。
「お? おお?」
どうしたのだろう。いつもと違うぞ。手強い筈の寝癖がどんどん直っていく。あっという間に許容範囲の段階まで出来てしまった。どうせだったらいつも以上に良く、と思ったがそこだけは譲らないと言わんばかりにくるくる癖っ毛のままだった。
不満はあるが助かった。ちょっとした感動を胸に制服に着替え、リュックを肩にかけて一階へ降りた。いつもより早く支度が終わったが、果たして朝食を食べている時間はあるだろうか 。朝食をしっかり食べないとまた母さんに小言を言われてしまう。かといってがっついて食べるのもどうかと。
結果的に要らない心配だった。テーブルに並べられていた私の朝食は食べやすく作られたサンドイッチだった。うちの朝食は基本ご飯が主食なので、状況を察した母さんがサンドイッチに作り直してくれたのかもしれない。別におにぎりでもよかったが、朝食のおかずをまとめて挟んで食べれるという利点がサンドイッチにある。
不満はたくさんある母親だが、こういうところは嫌いではないし、感謝している。
「母さんありがとーねー!」
「早く食べちゃいなさいよ」
がっついて食べるのはどうかと思ったが、そうせざるおえないと諦めた。大口で頬張りお茶で流し込む。 少し母さんの視線を感じたが、どうか許してほしい。
無理矢理詰め込み、残っていた準備を終えて玄関を出た。もちろんいってきますを忘れずに。
スマホの時計を見る。時間はギリギリ、むしろアウトに近い。小中と実績のある無遅刻無欠席が私の誇りなのだ。遅刻ギリギリはたまにあるのだが。
スケボーにでも乗ってくればよかったか。いやダメだ。うちの学校は登校にそういった物を使うのは禁止だ。怒られる。
走りながら誰かにお願いするわけでもないが、間に合いますようにと願った。
するとどうだろう。いつもは捕まる踏み切りや横断歩道はすべて止まることは無かったし、なんだか足が速くなった気がする。ギリギリアウトだった筈が、運良くギリギリセーフのラインまでにすることができた。
神様に感謝しながら、見えてきた校門まで疾走する。もう希望しか見えない。今日も私の学校生活が無事に始まるのだ。
「あ」
学校に近づいてから思い出した。ほんとにやってない課題があったんだった。
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