第2話 星が落ちてきた②
人間、起きている時間と寝ている時間はどちらが多いのか。まともな人間なら前者だが、私は半々かもしれない。
私の席は前から四番目の列。前に座っている男子は体が大きく、露骨に居眠りをしていなければ教師にあまりばれない。つまり私は絶妙な姿勢で眠る技術を得ていて、寝てる時間の方が多いのだ。他人に迷惑をかけることはなく、困るのは私だけ。迷惑をかけている人物を敢えて探すとしたら、授業終わりにノートを貸してくれる亜樹くらいか。普通に起きてても前の男子のせいで黒板の下側見えないのだから、起きてても仕方がないのだと言ったら、亜樹に白い目で見られたことがある。席の交換を提案されたことがあったが、授業中の居眠りは気持ちがよく、魅力的過ぎて断った。次の席替えまで堪能させてもらう。
そんなこんなで、一日の授業は滞りなく終わり今は帰りのホームルーム。臼井先生が連絡事項を伝えているのをぼーと聞き流す。自分に関わる大事なところだけ聞いていればいいのだ。そうしていつも聞き逃して痛い目にあうのだが。
臼井先生の話が終わり、これで今日の学校は終わりだ。
私は部活等に所属しておらず、今日はたいして用事がないのでさっさと帰ることにした。道草せず帰るとは、なんて私は真面目なんだろう。まあ家に帰って着替えたらすぐ出かけるだろうが。
自惚れていると臼井先生に呼び止められた。
「堂本」
「はい?」
「進路希望の提出期限は覚えているか?」
「…………」
「三日後だぞ」
「うす。了解っす……」
進路希望。それは自分がどう生きていくかの意思表示。中学校の頃も経験したが、高校二年生の今だと、また意味が違ってくる。これに私は苦戦していた。
他の人はどうだろうか。みんな提出したんだろうか。この話題はあまりしたくはないので情報は少ない。
将来の自分、夢、生き方。昔はあんなに遠くに感じた未来が、すぐそこまで迫っている。なんだか急かされているみたいだ。真っ暗な舗装もされていない道を、弱い光を放つライトを持って歩くみたいな、なんとも言えない怖さがある。勿論同年代の子たちなら同じ悩みを持っているだろうが、私の周りは将来のビジョンをある程度はっきりしている人が多くて、焦りを感じる。
もやもやとした気分で家に帰り、制服を脱いだ。母さんはパートでいない。帰ってくるのはもう少ししてからだろう。
こうした気分の時は趣味をするのに限る。運動用のTシャツとハーフパンツに着替え、お気に入りのブランドのキャップを被る。タオルやサポーターを入れたショルダーバッグを肩にかけ、グルーガンで補強しまっくたスケートシューズを履き、ブツを手に外を出た。
私の趣味のひとつはスケートボードだ。中学校の友達から乗せてもらってから気に入り、ずっと続けている。きっかけを与えてくれた友達は高校進学の際、他県に引っ越してしまった。仲は良かった方だが、気がついたら連絡をとらなくなっていた。人間会わなくなればこんなものなんだろうか。高校の仲の良い友達も会わなくなってしまうと、スマホの電話帳に記録されているだけの存在になってしまうのかな。あまり想像できないが、それは中学校の頃だって同じだったんだ。
宇宙を思わせるグラフィックをあしらったデッキに飛び乗り、アスファルトを蹴った。プッシュと呼ばれる基本中の基本のトリックだが、乗り始めの頃はこれすらできなかったから成長を感じる。自分の成長が分かりやすいのがスケボーの良いところだ。悪いところは転ぶと痛い。デッキが直撃しても痛い。出費が財布に痛い。
思えばこの趣味を始めるのも苦労した。最初は隠していたが直ぐに母さんにばれた。そして女の子らしくないし、危ないから止めろと怒鳴られた。スケボーは女の人でもやっているしいいじゃないかと言ったが、母さんは聞く耳を持ってくれなかった。母さんの圧力はすさまじく、論破しようとしても力でねじ伏せてくる。最初から私の話を聞いてくれないのだ。結局私はスケボーを諦めかけたが、どうやら父さんが口利きしてくれたらしく、今もこうして続けてられる。傷を負って帰れば大変なことになるので、トリックをする際はサポーターはかかせない。それでも怪我はしてしまうのだが、そこは星に願うしかない。
人通りが少ない道を選び、目的地のスケートパークに到着する。近所にそこそこの設備で無料のパークがあるなんて、私はなんて恵まれているのだろう。
知り合いのスケーターさん達に軽く挨拶してから、サポーターをつけて軽く滑った。スケボーごと飛び上がるオーリー、足元でデッキを180度回すショービット等の慣れたら比較的に簡単なトリックをしながら、パークの外周を回る。
今パークにいるのか六人くらいか。もっと遅くに来るか、休日に来れば賑わっているのだが。会えば挨拶する人、休憩中に話したことがある人、何度か会っているが話したことがない人。みんな歳上の人ばかり。この人たちも、私と同じ悩みを経験したんだろうな。
私にだって夢はある。ヒーローになることだ。
子供の頃に憧れたヒーロー、スターマンのように人々に夢や希望を与える存在になりたい。まあ現実に不思議パワーを得ることは難しいので、特撮俳優、いやスーツアクターになりたい。
スーツアクターとは、着ぐるみ等を着てアクションをするスタントマンだ。最近はメディア露出が増えてきたので知っている人も多くなっている。私は、空想を現実にできる彼、彼女達を尊敬している。スターマンの中に一般人が入ってアクションをしていると知った時、幼い私は失望より感動を覚えた。あんなに人間離れした動きをするヒーローを、私と同じ普通の人間が演じているなんて凄いという感想を持ったものだ。
成長し、知識を得ていった私は撮影技術だとか合成を知っても失望をせず、ますますのめり込んだ。沢山の大人が頑張って私の大好きな作品を作ってくれたと思えば、ワクワクして嬉しかった。
だから私もその仲間になりたいと思った。取り分けヒーローという仮面を被った超人に憧れた。
私の夢はヒーローになること。だから進路は俳優育成の専門学校か大学! と素直にかければいいのに。
私にはうるさい母さんがいる。私が正直に夢のことを話したらきっとまたやかましくなるだろう。
そもそも私がこそこそスターマングッズを集めているのは母のせいだ。子供のころ、習慣だったスターマンの再放送を見ていたら、ある日突然母さんに怒られた。言いつけを守らずに長時間テレビにかじりつけば怒られる日もあったが、その日はいつもと違った。もう見るのは止めなさい、と言われた私はまだ約束の時間内だと返した。すると母さんは「それは男の子が見るものよ」と今まで聞いたことのない持論を展開してきた。なんだそれはと反論したが、幼い私では力不足で説得できなかった。それ以来私が特撮を見ているのを見つけると母さんは咎め、否定してきたので特撮番組を母さんのいる範囲で見てはいけないということを学ばされた。
親に好きなものを否定され、規制されれば自然と情熱が失せるのだろうが、私はスターマンへの熱を失うことはなかった。だから今もこうしてこそこそしながらも、応援し続けている。
母さんにヒーローのスーツアクターになりたいなんて正直に言ったらどうなるか。考えたくもない。はなから否定され、私の好きなものを侮辱するだろう。そんなのは嫌だ。
夢への努力は、一応している。体は目立たない程度に鍛えているし、後方回転、所謂バク転だってできるようになった。演技はあまり人が来ないところでこっそりと。学校に演劇部でもあれば良かったが、残念ながら無い。作ろうと思っても、派手に動いて母さんに目をつけられたらたまったもんじゃない。
果たして私は進路希望になんて書けばいいのだろう。夢か、それとも嘘か。夢を書けばどうなるだろう。とてつもなく大きな壁が邪魔するだろう。嘘を書けばどうなる。きっと妥協した未来が待っている。
その場で嘘をついて、一人立ちしてから夢を追いかければいいのではないか。それではスタートが遅くなるのではないか。最初は女優を目指せばいいのでは。いやそれでは。こんな風に何か思い付いても、直ぐに否定的な意見が沸いてくる。
私はなんて情けないんだ。結局言い訳をしているだけではないか。暗闇に踏み出し、輝ける勇気すら持ち合わせていないのか。
空白の進路希望。期限は近い。
「うわ」
しまった。考え事をしながらトリックをするものではない。
パークに設置された短い階段に設置された手すり、ハンドポールをデッキのお腹で滑るボードスライド系のトリックに挑戦したが、難易度の高いトリックを考え事しながらやるなんて。なんで私はこんなことをした。
きっと、最近ハンドポールを利用したトリックを練習していたので、無意識にやってしまったのかもしれない。
滑り降りることは成功したものの、着地をした瞬間バランスを崩し前に転んだ。右足で踏ん張ったが、慣性の法則に耐えきれずにごろんと前転。
「いったー……」
日頃の鍛練のおかげか、上手く受け身をとれ、たいした痛みはなかったが思わず言葉が漏れた。
「大丈夫かー?」
知り合いのお兄さんが様子を見に来てくれた。
上半身を起こして、胡座みたいな姿勢になる。すると補修を繰り返していたスケシューに大きな穴が空いていのに気がついた。これはもう修理は無理だな。
「ダイジョブ、ダイジョブでーす」
だけどスケシューはご臨終のようです。
次の休日は靴屋巡りをしなくては。ああ、背中と財布がいたいなあ。
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