銀河覚星スターマイン
東谷 英雄
夢の見方
第1話 星が落ちてきた①
「星の煌めきは弱きを照らし、悪を射抜く!」
かっこいい決め台詞を決め、お決まりのかっこいいポーズをする。
体を大の字にするのは星の形を連想させるため、そこから腕を胸の前で交差させて構えをとる。
これは威嚇行為だ。悪め、今からお前達に鉄拳制裁をする宣言でもある。
分かりやすく悪そうな見た目、しかし深い造形美を感じるデザインの悪の怪人はたじろぐ。それでもお己の役割をこなすために、強気に前に出た。
「おのれスターマン!」
そう、私はスターマン。銀河の彼方からきた悪の侵略軍「コスモアウト」を倒すため、彼らに破壊されてきた星々の願いを力として変身する、正義のヒーロー。
怪人ブラックゲノムが私に向けて手を突きだした。それを合図にするように私は下半身に力をいれて前方に走り出す。私を追うように左右から爆発が起きた。
ドォーン! ドォーン!
火薬の焼ける臭いが鼻に付く。案外この臭いは嫌いじゃない。
私の行く手を戦闘員であるダストアーミー達が遮った。それでも私は前進する。ヒーローが止まっていたら示しがつかないじゃないか。流れるようにダストアーミー達を捌き、退ける。ものの数十秒で突破し、ブラックゲノムへと突撃する。もう邪魔はいない。一対一(タイマン)だ。
ブラックゲノムが来い、と言わんばかりに両手を広げ迎え撃とうする。それだったら最初から自分がこればいいのにと思わない訳ではないが、戦闘員との戦いは大事な要素だ。無下にはできない。
私は走る速度を上げ、右の拳を引いた。この速度を維持しながら一撃を叩き込むのだ。
右足を強く踏み込み拳を突き出す。相手も突きを放ってきたが、顔を反らし避けた。体制的にクロスカウンターになる。
私の右拳がブラックゲノムの顔面を捉えた。
ゴスッ!
改心の一撃だ!
*
「いったーい……」
今日私を起こしたのは、アラーム設定にしてから嫌いになった歌ではなく、手に伝わる鈍痛だった。
夢のなかでヒーローになっていた私は、寝ぼけて壁をおもいきり殴ってしまったらしい。幸い壁は無事だが、私の手は無事じゃなく、とても痛い。
手から痛みを抜くようにブラブラと振り、スマートフォンで時間を確認する。部屋には小学校のころ卒業祝いに貰った置時計もあるが、あまり出番はない。何かを確認すると言ったらスマートフォンといった感じで、習慣になってしまった。
アラームの設定時刻よりも五分早く起きてしまった。なんてこった。なんてもったいない。少しでも睡眠時間を確保するため二度寝をしたいところだが、今眠ってしまったら時間通りに起きるのは至難の技だ。諦めてベッドから抜け出す。
両手を天井に向けて上げ、大きく伸びをする。なんとも言えない心地よさが巡り、このまま後方のベッドに向けて倒れ込みたいがぐっと我慢した。
寝ぼけている頭にこの時間をどうしようかと問いかける。問いかけても返事はない。脳はまだ眠っているみたいだ。
何をするわけでもなく椅子に座ってぼーっとする。私の部屋の勉強机の位置は日差しが当たる場所にあるので、朝はぽかぽかして気持ちがいい。ただし夏場は地獄だ。
頭が冴えてくると、日差しを浴びてぼーっとしている自分が歳より臭く感じてしまい、少し嫌な気持ちがしてきた。
設置型の安物の鏡や手櫛を取り出し、癖毛故に手強い寝癖を直す作業を開始した。洗面所の大きな鏡を使いたいところだが、この時間は父さんが占領している。父さんの方が癖毛が強く、寝癖が大変なことになっている。男だからあまり気にしない人も居るだろうが、父さんはこういうことに細かい。まだ私の方が妥協している気がする。
制服に着替え簡単な身支度を完了させる。その瞬間ため息が出た。
「あー……ガッコいきたくない……」
別に虐められているわけでも、勉強についていけてないわけでもない(得意なわけでもないが)、ただ学校にいくのがダルい。大人だって死んだ目で会社に行きたくないと口々に言うのだ、我々学生だってそう言いたくなる時だってある。
でも今は健康そのもの、体調良好だ。休む理由など無い。サボりなんて大それたことはできない。
私は勇気を貰うため、秘密の隠し場所を暴いた。部屋のクローゼットには仕掛けがあり、鏡を使って作った隠しスペースがある。子供だましだが、薄暗いクローゼットの中、直接中に手を突っ込まない限り気づかないだろう。そこから木箱を取り出した。中身は宝物が詰まっている。それを見るたび、いつもにやけてしまう。
私には、ヒーローがいる。『超銀河スターマン』という特撮ヒーローだ。世代はあっていなく、初回の放送は私が生まれる五年前だった。よくある特撮番組で、連続放送期間一年だったが人気があり五年たってもヒーローショー等がよく行われていた。現在でもコミカライズや小説、リメイクされた映像作品が展開されている。内容は私の夢の通り、王道のヒーロー物だ。
朝食に呼ばれる時間まであまり無いのでさっと目を通せるものを選んだ。『超銀河スターマン外伝 星空に見る夢』という、初代スターマンの続編を吟うコミカライズ作品だ。これは作者が設定を熟知しており、キャラクターの発言や行動に違和感もなく、原作を汚さないストーリー展開にファンからも評判が高い。ただ難点は、作者のこだわりが強く、中々新刊がでないことだったそうだ。ファンの中には、自分が死ぬまでに完結するのかと心配の声を上げている人も居たとか居ないとか。
こういう憂鬱な朝はスターマンに心癒され、勇気を貰うのが日課になってる。
この漫画も何度も眼を通しているが、いつも心が踊る。台詞ひとつひとつが染み入ってくるみたいだ。
しかし楽しい時間というのはいつも、早く過ぎ去ってしまう。
「舞ー、ご飯早くたべなさーい!」
「は、はーい!」
母さんに名前を呼ばれ、びくんと肩を震わせた。ああ、ビックリした。何故朝の母親の声とはあんなに体が反応するのか。下手な目覚まし時計より効果がある。
急いで、かつ念入りに宝物をしまい、ドタドタと階段をかけ降りた。できるなら飛び降りたいが、そんなことをしたら朝から母さんの雷が落ちてしまう。母さんは『ウルサイ』のだ。
居間のテーブルには朝食がならび、髪との格闘を終えた父さんが座っていた。
「おはよう」
「ああ、おはよう」
私と父さんの朝の会話はだいたいこれで終わる。不仲ではなく、単純に父さんが無口なのだ。饒舌に喋るとしたら、髪のセットが短時間で終わり機嫌が良い時くらい。つまり、梅雨の時期は父さんは一年でもっとも無口になる。私も大変だが、あの時期の父さんは天然パーマではなくアフロになっている。
「舞、あんた朝何してたの。変な音がしてたけど」
父さんのコーヒーを持って、母さんが現れた。私と父さんは癖毛だが、母さんは真っ直ぐなストレート。そこだけは羨ましい。
「寝ぼけて寝返りしたら手をぶつけちゃって……」
嘘は言っていないし、そうとしか言えない。ただ、夢の内容は口が裂けても言えない。言ってしまったら『ウルサク』なってしまうから。
「そう。手は大丈夫?」
「うん、だいじょぶ」
「ならいいけど。あんた階段はもっと静かに降りなさい。女の子なんだから、もっとおしとやかにしなさい。女の子が階段をどたばた降りるなんてみっともないわよ。あんたの趣味は許容してるけど、女の子が無駄に怪我しちゃいけないわ。もうもう高校二年生なんだから落ち着きをもって。それと」
ああ、結局『ウルサク』なってしまった。趣味を許容とかどの口が言っているんだ。
適当に相づちを返しながらトーストをかじる。
母さんは異常に、とは言いすぎかもしれないが女の子らしさに拘る。私が大口を開けて笑えば女の子らしくないと叱り、私が部屋着で近くのコンビニにいこうとすれば女の子らしくちゃんとした格好で行けという。近くのコンビニくらい良いだろうと反論したが、言葉の物量で潰されてしまった。確かに私もだらしないところがあるが、母さんは五月蝿すぎる。
そんなこんなで母さんには特撮ヒーローが好きだなんて口が裂けても言えない。私の大切なモノを、コピペのような武装理論で否定されたくはない。だから頭を捻ってグッズを隠しているのだ。自分が大好きなモノを隠すなんて、本当はしたくないのだが。
趣味を許容しているなんて言っているが、子供の頃スターマンにはまって再放送を見ていたら烈火の如く怒ったではないか。女の子らしくないと一方的に。しかもある日突然だ。不意打ちもいい所だ。
母さんは止まらずに喋る続ける。何時息継ぎをしているのか不思議でならない。
流石にげんなりしていると、父さんが私を一瞥してから立ち上がった。
「出る」
これは会社に向かうという意味だ。スーツの上着を羽織り、鞄を持って玄関に向かう。母さんはマメな人で、毎日父さんを玄関まで見送りにいく。優先度は私を叱ることより上だ。
ありがとう父さん。父さんは私を助けるために、いつもより早く席を立ったのだ。
私は急いで残りを口に放り込み、お茶で流し込む。これを見られたらすごく叱られるんだろうなと考えながら、なんとか流し込んだ。
玄関に向かうと父さんは既に靴を履いて、外に出ようとしていた。私は母さんの横を抜けて、お出掛け用のスニーカーを履いて飛び出した。
「行ってきます!」
母さんが何か言っていたが聞こえないふりをした。捕まったら遅刻ギリギリまで五月蝿く言われる。
父さんの会社は学校とは反対方向にあるので、玄関を出たらお別れだ。手を振ると、小さく振り替えしてくれた。
*
通学路を歩く。
見慣れた建物、年々減っていく商店街の店舗、行き着けのカラオケ屋、歩き馴れた道路、同じ街に住んでいるのに交わらないであろう人生を生きる人々。
十七年間生きた街、『あまの市』。つまらない街、とすれたことを言うつもりはないが、わくわくすることが足りないと思う。怪人が現れるだとか、怪獣が街のシンボルを破壊したりしないだろうか。無理なら無理で、スターマンの新作のロケ現場に選ばれればいいな
なんてことを考えながら歩いていると、電柱に張り紙を張っているのに気がついた。
なんでも明日にあまのヵ丘で流星群が見れるから、イベントをするらしい。正直そんなシチュエーションならば多人数で見るより、ロマンチックに恋人と眺めたいものだ。
「まあ恋人居ないんですけどねー」
声に出してみたら虚しくなった。
しかしまあ、流星群は見てみたい。オタクの悲しき性か、自分の推しと関連しているものに興味が湧く。スターマンのモチーフは星だ。それにつられて星座に関わる神話だとか、宇宙関係の本ばかり図書館で借りている。司書のおばちゃんからは宇宙学者に憧れていると勘違いされているが、私の頭では無理です。
流石に一人で行くのは寂しいので、興味のありそうな友人を誘ってみよう。
「無理」
「そんなー」
学校について早速、席が隣同士の親友、
「星とか興味ないっけ」
「確かにいつもはそんなだけど、こういう時は顔だしたくなるよ」
「普段は野球に興味無いけど、自分のガッコの野球部が甲子園いくとつい応援してみたくなるみたいな? てかそれならいこうよー」
「先客あり」
「誰よ。あ、なんなら私も」
「彼氏だよ」
「ぐえー」
私がつぶれた蛙みたいな声を出したら亜樹は、お腹を抱えて笑った。私だって出したくてこんな声を出したわけではない。
「彼氏なんていつからいたの!?」
「彼氏なんていつからいないの?」
「やかましい」
欲しくてもてに入らないものはあるのだ。
私に恋人なんて青い春真っ盛りなモノはできたことがなかった。もしかすると私の理想が高すぎるのかもしれない。どうせなら恋人にするならスターマンのような人が良い。強く優しく気高く、時には泥臭く熱血に。言葉にすると簡単だが、理想は何時も手に掴めないから理想なのだ。
「そりゃ友達と行くのも悪くないけどさー、やっぱりこーゆーの彼氏とかと行きたいじゃん? ロマンチックだよねー。舞はいないの、そういう人」
「いたら誘ってませんー」
「だよねー。彼氏とまではいかなくても、仲の良い男友達とか誘ってみたら? 良い関係になれるかもよ」
「やだ噂になったら恥ずかしい」
「子供か」
「まだ未成年の子供だ」
「まだ最近の小学生のほうが肉食系だっつーの」
子供で入れれる時間なんてあっという間だ、と亜樹は大人ぶって言ってみせた。
同い年だが、私と亜樹、並んで見るといつも私が年下に見られる。私はそんなに子供っぽいだろか。なんだか周りが大人になっていくのに、置いていかれているみたいだ。
その後、他の友人を誘ってみたが皆に断られ泣きそうになった。理由はそれこそ亜樹と同じものばかりだった。最近は風紀が乱れていると叫びたくなったが、花の女子高生だ、ロマンチックな時間を共有したい相手がいてもおかしくないのだろう。
ならば亜樹の言う通りに男子を誘ってみるのはどうだろう。無理だ、もしムードに流されて、妥協せざる状況になりたくない。考えすぎかもしれないが、これは一時期流行った未成年系のドラマでよく見た展開だ。事実は小説より奇なり、もとい、事実はドラマより過激である。というかそういう状況になって付き合うことになった男女を何人か知っている。
しょうがない。寂しく一人でいくか、それともイベントに参加するか。イベントと言っても、大人数で星を見てうだうだ喋る程度だろう。それくらいならいいかと考えていると、教室の引き戸ががらがら音を立てて開かれた。
「おはよう。ほら席につけー」
バレバレのカツラを頭に乗っけた我らが担任、
臼井先生の登場に、教室の騒々しさが徐々に収まっていく。
生徒達が全員着席したことを確認すると、出席簿を開いた。
「
「はい」
朝の出欠に返事をする。
さあ、今日も学校生活を乗り切ろう。
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