十九味:Del-Life
死人に口なし?
よし、死者の歌を聴かせましょう。
夜、生きている人間はいない、片田舎の旅館の男風呂。
暖房や温水に関わる設備の電源は切られており、だが電気は点いたまま。ぬるくなってしまった浴槽の中身は、僅かに揺れながら、光を反射して白く輝いている。
横たわる遺体の表皮は、背中を除いてすでに乾いていた。
命が渇いてから、すでに一時間半と少し、過ぎている。
・・・冷たい水が、シャワーヘッドから定期的に落ちる。
ピチャリ、ピチャリ。
先ほどからずっと、変わらぬ光景。
ピチャリ、ピチャリ・・・。
ピクリ。
ちょうど良かった。
僕の毒で死んだ奴がいる。
斎藤の左手の指先が、微かに動いた。
×××××××××
チャック付きポリ袋に入った、指輪。
急いで確認すると、その内側にはサメの歯のような尖った細かい返しがぎっしり、生えていた。
自分の推理は、どうやら当たっていたようだ。
不謹慎だが、未来は安堵の溜息を
警察が来れば、彼らがよほど間抜けでない限り検死によって毒殺であることが判明し。何もしていなければ、すぐ近くにいた福西か悠上、あるいは未来が疑われていたことだろう。
「捨てられなかった、捨てられなかったのよ・・・」
「三子さん、やはり・・・」
指輪を投げたのち、息を荒げる斎藤三子に対し。
申し訳なさそうな表情で、小さな声をかける福西。
「そうよ・・・あの人がっ、私の弟を殺したから!」
女は叫ぶ、魂の本音が叫ばれる。
「・・・大輝君は、自殺です・・・」
「そうだとしても! あの人に殺されたようなもんでしょっ!!」
福西の否定を、認めながらも潰す犯人。
未来は、彼女をじっと見つめる。
自分の話を聞いてくれる、そう思ったのか。
自分の話を、聞いてくれ。斎藤三子は一人の高校生に向けて話を始めた。
「夫が商社勤めであることは、もう知ってますよね」
「はい。そこのお二人も含めて、ですね」
「・・・私には、14も年の離れた大輝という弟がいました。小さい頃からずっと懐いてくれていて・・・大学生から付き合っていた夫ともウマが合ったのか。大輝は夫のことを尊敬していました」
往年の光景を思い出し、涙をしたたらす両の目を、旅館に備え付けてあった浴衣の袖で強引に拭う。
「やがて大学を卒業する年になって、商社に通う夫の後ろを追いかけて、同じところに就職しました。でも、向いてなかったのか、夫の言う通り『マージンに対する嗅覚が足りな』かったのか。一向に業績を上げられず、精神的に弱っているところをっ・・・。『足手まとい』だの『ウチやめろ』だの、あの人は・・・」
とどまることを知らない涙は、袖で拭いきれる域を超え、小降りの雨のように頬を伝い、ポタポタ床に落ちていく。
紫色のカーペットに、内に秘められていた嘆き、悲しみ、そういった想いは吸い込まれていく。
「心がもうすり減って、耐えきれなくなっていたのでしょうね。『すみません、和彦さん。姉さん』と、たったそれだけ書かれた手紙を残して・・・うう・・・」
覚束無い足取りでソファまで歩き、ヘタリと座り込む斎藤三子。
「夫への愛が、すべて憎しみに変わった瞬間でした。ただもうあの人を殺したくって、殺したくって。ネットで調べた怪しいSNSを使って殺害に協力してくれそうな人を探したら・・・」
「Del-Life」。
聞いた瞬間、未来の背中になぜか寒気が走る。
理由は分からないが。
「どうしてか、運命を感じて。コンタクトを取ったら、待ち合わせ場所が指定されました。顔も分からず声も作り物な画面越しの相手に、夫の日常生活や近々の予定について話したら、さっきあなたが言ってくれた通りの方法を教えてもらったのです」
悪寒のことは一旦脇に置いて。未来は三子に、頭を集中させる。
「二週間ほど前、『結婚指輪の点検をしてもらいましょう』と提案すれば、指輪を渡してもらえました。協力者たちに改造してもらえば、毒の指輪に早変わり。ピンセットでちょいと弄れば、毒の歯は出し入れ可能でした。あとは昨日、ここの旅館に来る前夜。彼が風呂に入る時に、『点検の仕事ぶりを確認したいから、あなたの指輪を見せて』と言って貸してもらった指輪の状態をスイッチし、向きに注意して直々に嵌めてやるだけ」
早口で、まくし立て。
天を仰ぎ、「殺せて、せいせいしたわ」と宣う斎藤三子。未来からは、その表情は見えない。
「ホント、せいせいした」
「・・・斎藤は、大輝君を精神的に追い詰めようとしてやったわけじゃない・・・」
グッ・・・と握りこぶしを作るのは、福西。
「大輝君のことは、よく知っている。俺の部下だったから」
「・・・え?」
赤ぼったい目が、福西に向く。
「俺の指導力不足もあるけど、優しい大輝君が俺たちの仕事に合ってないのは明白だった。ここを辞めて、彼に合う新天地を探して欲しかった」
影を帯びながら、訥々と、三子は語りかけられた。
「だけど俺は、部下に対してあんまりきつく物が言えなくて、代わりに斎藤に・・・」
「! ・・・・・・そんな・・・ことって・・・」
ソファの上で、ダラリと首が、垂らされる。
「斎藤は、俺と大輝君のことを思って・・・大輝君の自殺を一番心に病んでたのは彼で・・・」
「嘘・・・そんな素振り・・・・・・そんな、こと・・・」
ソファからガタリと身を落とし、咽び泣き出す、未亡人。
弱々しい中年の女性を、眺めながら。
弟が死んだ結果余裕が失われてしまうような、彼女の弟に対する誠の「愛情」こそ、今回の犯行の原因だろうなと味覚少年は考える。
周囲に注意を向けられなくなった。
夫にさえ、意識が向かなくなってしまった。
美しい愛情が、拠り所を失った結果望まぬ憎悪を生み出して、鋭く激しい牙を剥く。その危険性を、危険なほど甘い「味」として噛み締める。
・・・部屋に戻って休もうか。
そう判断した少年は、途中から事態についていけず、フリーズしていた悠上の側を通り、女将の前に行って。
「あとは、任せてもいいですか?」
「・・・え、ええ・・・・・・」
ハッと現実を取り戻し、曖昧に頷く女将を尻目に、階段に歩いていく未来。
バッとソファより立ち上がり、なぜか少年の後に続こうとする
「ま、待って北・・・」
彼女が、すべて言い切る前に。
少年、北海未来の受難はまだ終わらない。
トタッ。
男風呂の、暖簾の方から。
妙に響く、物音。
むしろまだ始まったばかり。
トタッ。
瞳は一斉に、青い暖簾へと集まった。
下で待機している従業員以外は皆。
ここにいるはず。
トタッ・・・バサ。
信じられない光景に、一同は。驚愕以外の、選択肢はない。
「な、なんで・・・」
立っていたのは。
死んだはずの、裸体の斎藤。
されどその表情は、彼のものに非ず。
面白そうに歪んでいる。
その不自然さに、あまりのおかしさに、未来の思考は停止した。
「味覚」の放つ刺すように辛い危険信号に、体をうまく対応させられない。
生前と同じ・・・否、生前以上にしっかり動く斎藤の肉体は、瞼を大きく、狂ったようにこじ開けながら。
未来と、そして
「君たちが、僕らの安寧を脅かす人なんだね?」
柔らかい口調で、気さくそうに高校生たちに喋りかける。
一歩一歩、彼らに近づいていく。
「新しい要注意人物さんと」
自動販売機の光に、照らされるところまで近づく。
「
瞬間、未来の感じる
激情のものに染まった。
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