十七味:ししおどし


「好きな本って、何かあるか?」


 女将さんが、容疑者たちを呼ぶのを待つ間。

 現場から出て、男風呂と女風呂に挟まれる、自動販売機が只管ひたすら番をするだけの休憩所に再び戻って。

 ソファに座る。

 飲み物のラインナップを眺める未来、その彼をじーっと眺める蔀美しとみ。視線というのは、意識されやすい。

 少年は気になって、斜め前に座る少女の瞳を覗き込んだ。自動販売機の量産型の光が、美しいハイライトとして反射されている。

 だからハッと息を呑み、目を反らした。

 その後続くと予想される沈黙が嫌だった未来は、蔀美しとみに対して、誰でも出来るありふれた質問を投げかける。


「え?」

「好きな本。漫画とかでもいい」

「あ、それなら! 私の・・・・・・」


 朗らかに、勢いよく。はちみつレモンのように笑って言いかけて、しかし一転。

 言葉をガッと詰まらせて、大きく開いた口を半開きにし、最後に閉じる。

 光の反射具合から、水で濡れたと分かる目をぎゅっと瞑って、「いえなんでも・・・」とどんぐりのアクのようなエグ「味」を出して。

 思いを断ち切るように、首を背けた。

 地雷を踏んだのか、そう訝しむ未来へと顔を向け、「いよいよ推理ショーですね! 本当は、私がしたかったんですが!」と空元気で叫んだのち。


 俯く蔀美しとみ


 さっき避けた沈黙よりももっと嫌な沈黙が流れたから、「味」をなるだけシャットすべく、未来は目を閉じた。

 人との付き合いは、難しい。

 ままならない。


「当たり前でしょ」


 かつて幼馴染、九堂智音ともねが言ったことが、脳裏に蘇る。


「コミュニケーションは、『味』じゃないわ。同じくらい原始的ではあるけれど」


 「味」じゃない、なら専門外だと返そうとした未来に対し、すかさず言い放たれた後半部分。


「原始的過ぎて、誰にとってもその根本は専門外なの。誰でも失敗する」


 ふざけた先読み能力だった。



「だけど、逃げられないわ」



「あのう、集めてきましたけど・・・」


 瞑目してから、十分くらい経ったころ。女将さんの言葉に、未来はゆっくり目を開く。


「・・・ありがとうございます」

「なんだ、いきなり呼びつけて。もう寝ようと思っていたのに」


 苛立ちを隠そうともせず、斎藤の同伴者の一人、福西は未来に突っかかる。

 嘘の「味」。どうせ、寝れやしなかったのだろう。


「女将さんから、君が何かを突き止めたようだと言われたから、一応来たけど・・・」


 悠上は、福西ほどはイラついてはいないようだ。少なくとも、表に出ないようにするくらいは出来るらしい。元々冷静な性質タチなのだろうな、未来は心の中で分析する。


「要件はなんなのですかね。私は、はっきり言って今は一人にしてもらいたいのですが」


 斎藤の妻、三子みこという名の女性は、未来を睨みつけて。口を開いて出てくる言葉は、非常に刺々しい。夫が死んだというのに強制的に呼びつけられれば、ギスギスした辛「味」のある態度をとってもおかしくはない。


 彼らの内側を、少しでも平準化するように。


「皆さん、こんな暗い、暗い真夜中にもかかわらず。不躾な呼び出しに応じていただき、大変ありがとうございます」


 ソファを立ち、ストンと、まるで庭園のししおどしのように頭を下げる未来。カコンッという、心のささくれを鎮めるような清澄な幻聴が、斎藤のツレたちや女将の間で響き渡ったのだろうか。

 自然と彼らのつま先が、未来の方へと向けられる。


「では、まず状況確認から。一時間半ほど前、この旅館に宿泊しに来ていた斎藤和彦さんは、男風呂で突然苦しみ出し、首を抑えながら倒れました。そのあと、すぐに死亡を確認する。女将さんに警察へと連絡してもらいましたが来るのは明日、そのため現状出来る簡単な事情聴取を行って、そこから解散。俺に呼び出されるまで、皆さんは自室で待機していた。合ってますか?」

「はい」

「ああ、因みに俺と悠上は2階の201号室、三子さんと・・・は、202号室だ」


 女将さんの肯定に乗っかる形で、福西が情報を付け加える。


「確認どうも。次に、斎藤さんについて、あなたたちは気になることを一点、仰られていましたね。心臓系の発作とか、失神とか」


 福西が、死因について心当たりがないか女将さんに尋ねられた時に答えたことだ。頷きながら、福西は先ほどと同じことを、繰り返す。


「ああ。失神に悩まされてて、急に意識を失うことに、事あるごとに怯えていた。だから、俺たちと一緒にサウナに入らなかった」

「なるほど。それで、あなたは持病の心臓発作が大きく悪化して、斎藤さんを死に至らしめたと。そう解釈しているわけですね、現在は」

「・・・まあ、そうだ。明日警察が来て、死因が別にあると言うなら、そちらを信じるが」

「首を抑えながら死んだと言うのは、確かに気になるからね・・・」


 悠上、そして福西自身も、心臓系の発作による突然死という診断に拘泥しているわけではないのであろう、煮え切らない態度を取る。

 立ち込める空気は、暗礁に乗り上げかけた船のよう。

 皆が皆、表情に陰を帯びさせる状況で、斎藤三子もまた、「もし違うなら、どうして主人は・・・」と悲痛そうに涙し。憂い。

 両手で顔を隠、そうとした。

 しかし、出来なかった。

 未来に片手を掴まれたから。


 結婚指輪をしている方の左手を、静かに掴まれたから。


「それは、あなたが一番よく知っているはずですよ」


 ヴーッ・・・・・・と、相変わらず、空気を読まずに騒音を立てている自動販売機。

 その横で、なぜ未来が三子の腕を掴むのか、彼と彼女以外誰も分からず、ただただ困惑している。

 一秒間だけ、睨み合った後。

 にっこり笑顔を作る未来、されど目は笑っておらず。


「斎藤和彦さんを毒殺した、斎藤三子さん。あなたがね」


 ゆっくりはっきり。

 未来は、此度の殺人事件・・・・の、真犯人を告げたのだった。

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