十六味:前座


 ガラガラッ! と勢いよくドアをスライドさせ、浴室へと入っていく未来。濡れた足元で滑らないように注意しながら、横たわる斎藤へと慎重に近づいていく。


「どうしたんですか、いきなり〜・・・」


 彼の後ろから、蔀美しとみが疲れたような声をかけてきた。振り向くことなく、未来は斎藤の体のとある部分に注目し、ニヤリと笑う。


「やはり・・・」

「えっ!? 何か分かったんですか北海さん!?」


 苗字で呼びかけられて、漸く未来は後方にいる蔀美しとみへと目を向けた。笑みを崩すことのないまま、「彼は、毒殺されたという認識で合っているんだな?」と問いかける。


「は、はい。物的な証拠を提示することは出来ないですが・・・」

「それでも、確信してるんだろ?」


 ゆっくり丁寧に聞いてくる未来の意図をイマイチ掴めないまま、蔀美しとみは「はい」とコクリ、頷く。

 「じゃ、それで」と少年は続けた。


「斎藤さんを毒殺した犯人は、蔀美しとみさん的には誰だと考えている? 誰だと目星を付けられると思う? もちろん、俺を抜きにして」


 蔀美しとみは顎に手を当て、「うーん、うーん」と一分くらい悩んだ後、「やっぱり男性二人、福西さんか悠上さんかのどちらかじゃないですか・・・?」と自信なさげに提言する。


「ほう、それは何故だ?」


 間髪入れずに返してくる未来を軽く睨みつけながら、蔀美しとみは精一杯自分の考えた理由をアウトプットする。


「だって、風呂の構造を思い出してみてくださいよ。男風呂と女風呂、休憩所を挟んで綺麗に分かれてるじゃないですか。それで斎藤さん、即効性のある致死毒で死んでたでしょう? なら、女性の三子さんには犯行は無理ではないかと」


 彼女の言う通り、確かに風呂の位置は性別によって完全に分離している。来たばかりの未来が不思議に感じ、また悠上と福西が「それにしても、男湯と女湯がこんな綺麗に離れてるって珍しいよな」、「なんでだろうね? 近い場所にあったほうが管理コスト低いはずだよね普通」と会話を交わしたように。

 ごく自然な蔀美しとみの推理を聞いて、未来はさもありなんとばかりに首を縦に振った。


「なるほどね。あと、即効性のある致死毒か。俺の推理・・・・と矛盾しない。蔀美しとみさんからその情報、聞いてなかったけどな」

「あれ、言ってませんでした?」


 聞いてねえよ、つうかホントに鋭い勘してやがるな・・・と内心呆れつつ、どういう脳構造システムをしてやがる? と真剣に気になって、少女をじっと射竦めた。途端流れ込んでくる、蔀美しとみ情報「味」


「ひっ、なんですか!? そんなに縋るように見られても、エッチなことはさせてあげませんよ!」

「いや、しねえよ!?」


 どんなに集中してみても、「普通の人間の少女」の範疇から逸脱するような「味」はしない。そしてまたしても変態のような扱いをされたことにガクリと肩を落とし、「まぁいいか・・・」と視線を外す。

 たった今蔀美しとみより言われたことを、「縋る、ようにか・・・」と反芻しながら。


「・・・それは確かに、否定出来ないかもしれない」


 呟いて、「で、だ」と気持ちを切り替える未来。


「仮に男性のどちらか二人が犯人だ、というのが正しいとしよう。なら、どっちが、どのように斎藤さんを殺したと考えられる?」

「え、えー・・・」


 すぐさま困り顔になる蔀美しとみ。今度は三分ほど悩んだ末に、「・・・脱衣所で毒を飲ませた?」と小さな声で答えた。

 端正な顔に微笑を浮かべたのち、未来は緩やかに反論する。


「無理があるだろうな。胃酸ですぐには溶けないカプセルの中に毒が入っていて、飲んでも斎藤さんがすぐに死なないとしてもだ、脱衣所はとても明るくて周囲の様子は見やすいし、何より大きな鏡で自分の後ろすら把握可能だ。犯人にとってリスクが大きい」

「なら脱衣所の前とか・・・?」

「悠上さんの証言が正しければ、不可能だろうな」


 彼によると、「今日は朝から旅行で、あいつは自販機の飲み物しか飲んでないし、飯は高速のパーキングエリアにあったフードコートで好き勝手食ってたんだ。三食全部、ね。誰も飯中にトイレに立っていた記憶もないし、毒を盛るようなタイミングはなかった」らしい。

 今では、未来はこの証言があって良かったと考えている。これによって余計なことを調べなくても問題なくなり、宇遠な回り道・・・・・・をせずに済んだから。


「まあそうですよね・・・」


 言ってて自分でもどうかなと思っていたのか、主人の説教により罪悪感から下を向く子犬、のように俯く少女。


「別に叱ってるわけじゃねえぞ。そんなに悲しそうにされるとこっちが辛いんだが。ほら、風呂の中で『シュワアアアアッ』してる時みたいな楽しい自分を思い出して笑顔、笑顔」

「・・・! はいっ、そうですねっ!!」


 パアッと咲く赤いチューリップのように、蔀美しとみはすぐに元気になった。効果覿面、単純過ぎる。未来の彼女に対する推定精神年齢は、最低値を更新した。


「うん、そうかそうか。なるほど」

「? なんか、寒気のする笑顔ですね」

「・・・さて、俺が見ていた限り、だが。風呂に入ってから、俺に斎藤さんと悠上さん・福西さんは互いに歓談していただけ、浴室の端にある水飲み場に近づいた様子もなかったし、50センチメートル以上斎藤さんに誰かが近づいていることもなかった。容疑者二人がサウナに行って、俺と斎藤さんの二人きりになるまで、ずっとな」


 自信満々でそう宣う未来に対し、蔀美しとみは思いっきり噛み付く。


「やっぱりあなたが犯人なんじゃないですか!」

「そう、警察も疑うだろうな。実行可能性が一番高いのは、端から見て俺だ」


 自分にとってかなり深刻な事態にも関わらず、焦ることもなく、未来は一度ひとたび瞑目して。

 スゥッと開いた片眼のみに、蔀美しとみを映す。


「だが、斎藤さんを風呂で毒殺出来る仕掛けがあったとしたら?」

「・・・はい?」

「風呂に入る前から、それを施せる人がいたとしたら・・・?」

「えっ?」


 対面する少年の衝撃の言葉に、驚く蔀美しとみ。そんな彼女の耳にもう一つ、「こらっ、あなたたち何してるんですか!」と中年女性の注意する喚声も入ってきて。


「子供が、殺人現場を荒らしては・・・」

「あ、女将さん」


 当然のお叱りを低い声でぶった切り、澄ましたような顔で「呼ぶ手間が省けて良かった」と、飄々と彼女に話しかける未来は。


「犯人が分かったので、あの三人を風呂の休憩所に連れてきてください」


 どこか凄味のある声で、女将さんに面倒臭い仕事を押し付けた。

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