電子の海に捧ぐ恋文
秋来一年
電子の海に捧ぐ恋文
ずっと待っていた。
ずっとずっと待っていた。
待って、待ち続けて。
やがて、あきらめて。でも、心の片隅にそっと、焦がれる思いを残したまま、大人になって。
彼女が私の前に現れたのは、そんな社会人二年目の五月のことだった。
◇
(さすがに三次は駄目だったかー……)
目に入るのは、スマートフォンに映し出された、とあるラノベレーベル新人賞の選考通過者発表の画面。
無数の名前が並んでいるその画面に、しかし、私のペンネームは載っていなかった。
(まあでも、そもそも二次通るとも思ってなかったし。百パーセント趣味で書いたにしちゃ上出来っしょ。応募したのは短編部門だから、万一受賞しても雑誌に掲載されるだけで、本が出て作家になれるとも限らないし。)
自分を納得させるための言い訳を頭の中で無数に思い浮かべながら、ふうーっと長く息を吐く。
落胆から出たはずの溜息は、ふしぎと少しだけ、安堵の味がした。
(大体、いまさら新人賞の応募原稿に異世界転生とか後追いにもほどがあるし。つーか異世界転生なんてろくに読んだこともないのに、書いて応募してみるとかどうかしてるし。流行の研究なんて一切やってなかったし、それに)
(そもそも、もう随分と長い間、ラノベ読んでなかった、し)
「くやしい」
思わずそう呟いてから、私はなかったことにしようと精いっぱい努力していた自分の感情に気づいてしまった。
(くやしい。くやしいくやしいくやしい)
一度意識すると、もう無視なんて絶対に出来そうになかった。
だって、読んだこともない異世界転生を、見よう見まねで書いてみて、そのうちに楽しくなってきて。
趣味全開で書いたんだ。食べたらおなかを壊しちゃうような、もうとっくに賞味期限の切れているであろうパロディなんかも満載で、そもそもここ数年、ラノベを読んですらなくて。
それで二次まで通過できるなら、もしもたくさんのラノベを読んで、きちんと研究して、書きたいものではなくて読みたいものを書いたのなら、ここに名前が載っていたのは私だったのではないか。
一度ではだめでも、たくさん書いて、書いて書いて書いて、そしたらいつか、受賞するのも夢ではないのでは。
考え出したら、もう止まらなかった。
ああ、こんなにもライトノベルが読みたいのは、いつぶりだろう。
◇
(やっべ、全然わかんない)
数十分後。善は急げと本屋にやってきた私は、途方に暮れていた。
新刊台に並ぶたくさんのライトノベルたちは、みな他人の顔をしていたし、棚刺しされている作品も、かろうじてタイトルくらいは分かるものの、読んだことのない作品がほとんどだ。
いくつかの作品を手にとっては、あらすじを確認して、棚に戻す。
そんなことを何度か繰り返してから、私はかなり迷った末に、一冊だけレジに持っていくことにした。
多重人格の少年少女が繰り広げる、切ない恋愛物語。
久しぶりに読んだライトノベルは、とてもおもしろかった。
◇
それから少しだけ月日が経ったある日、彼女は突然現れた。
(ラノベ読みvtuber……?)
フォローしているだれかのリツイートにより私のタイムラインに流れてきたのは、そんな見慣れぬ単語と、可愛らしいけもみみ眼鏡っこのアイコンだった。
興味をひかれて、すぐに彼女のホーム画面に飛んだ。
どうやらまだ、出来てそう間もないアカウントらしい。
ぐんぐんスクロールし、過去のツイートをさかのぼっていく。
そして私の指は、とある画像付きツイートをみて、止まった。
それは、一つ目の新作紹介動画の準備中である旨を知らせるつぶやきだった。
そのつぶやきには画像が添えられており、二冊のライトノベルが映っている。
そのうちの一冊は、私がこの前読んで、ぼろぼろに泣いて、ああやっぱりライトノベルってめちゃくちゃ面白いな、と改めて実感した、あの作品だった。
だから、少しだけ偉そうな言い方になってしまうが、私はその瞬間に彼女のことを“信用できる”と思った。
うまく言い表せなくて、もどかしいが、ラノベ読み諸氏ならきっと理解してくれるだろう。大事な一発目の動画で、岬鷺宮と比嘉智康を紹介するvtuberは信用できる。
とにかく、一息に、私は彼女に、本山らのというvtuberに惹かれてしまったんだ。
透き通るような白い肌と、長い黒髪。文学少女を思わせる大きな眼鏡に、キュートな狐の耳としっぽ。そして、大人びたたわわな二つのふくらみとは対照的に、可愛らしい声と、蒼い瞳に輝くお星さま。
ビジュアルももちろん素晴らしかったが、何より私は、彼女から感じるラノベへの愛にやられてしまった。
好きな作品を打ち切らせたくない、という思いは共感できるし、それを実現するためにvtuberを始めるというその行動力には尊敬の念を抱いた。
キラキラしていて、かわいくて、前進力があって。
まるで、アイドルだった。
◇
新作ラノベの情報を欲していた私は、らのちゃんの動画が投稿されるたびに視聴していた。動画のクオリティは回を追うごとに増していき、私の本棚は日に日に圧迫されていった。
そんな彼女の姿を見ていて、私は自然と、かつての、純粋な気持ちでライトノベルが大好きだった学生の頃の自分を思い出していた。
それと同時に、呼び起こされる一つの願いがあった。
それは、もう諦めて、心の片隅にしまっていた、「同性のラノベ読みの友達がほしい」という願いだった。
中学生の頃は、たくさんの友人にライトノベルを布教していた。
そのうちの何人かはその本を読んでくれて、感想を言ってくれた。
また、図書室にあるラノベを読んだ、という子もいた。
けれど、特定の作品について話せる、というのではなくて、漫画やゲームも好きだけど時にはラノベも読むよ、という子でもまだ足りなくて。
私は、ラノベ読みの友達が欲しかったんだ。
例えるなら、「今月の電撃はなに買う?」って訊いて、ちゃんと返事が返ってくるような。
だから、ぐんぐんとフォロワー数もチャンネル登録者数も増えていくらのちゃんは、私にとってアイドルみたいな存在のはずなのに。
やっとみつけた。と、そんな勝手な感情を抱いてしまっていた。
◇
そんなある日だった。
らのちゃんが私に、「もし配信とかするなら、コラボしましょう!」と言ってきたのは。
もう、どういった経緯でそんなリプライをくれたのかも定かではないが、ただただその言葉だけが印象に残っている。
それでも、私が配信とかしたところで、需要なんてないだろうし……。視聴者数ゼロとかだとさすがに恥ずかしいし……と、うじうじと悩む私の背を、とん、と軽く押してくれたのは、またしてもらのちゃんだった。
「私に需要あります!」
そのリプライが決め手だった。
またしても、私はふうーと大きく息を吐く。
でも、いつかの落胆による溜息とは違い、今日のは気合を入れるための深呼吸だ。
そうして私は、電子の海に飛び込むことを決意した。
電子の海に捧ぐ恋文 秋来一年 @akiraikazutoshi
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