第21話 デート

深い香りの紅茶をゆっくり楽しみ、ティーカップをソーサーの上に置いた。

「紗百合。おいしかったかい?」

 「……うん。とっても。期待以上だった。久しぶりだわ、こんなに感動したのは。リブル、今日はありがとう」

 自然と涙が頬を伝った。それくらい紗百合は嬉しさと感動を感じていた。

「いえいえ。僕も楽しかったよ。紗百合とデートができてね」

「デートね…… あま、そういうことに、しておきましょうか」

「じゃあ、この後もデートの続きをしないとね。一日はまだ長いから」

「次はどこへ行くの? お腹も膨れたし、日は沈んだし、行くといっても、どこかあるのかな」

「お楽しみはこれからだよ。キスの続きをしたいからね」

 紗百合は、顔を真っ赤に染め、慌てて紅茶をすすった。気管支に入ったか、ゲホゲホとむせて、咳こんでしまった。

「どうしたの紗百合。顔が真っ赤だよ」

「咳き込んだから、そうなったのっ! それにあなた、さっきも言ったけど、ちょっとストレートすぎなのよ。そういう男は女子に嫌われるわ」

「でも君は、それほど嫌がってなさそうだけれど。それに思ったけれどね。君はどちらかというと、引っ張られたいタイプではないのかい? 日頃、頼る人がいないから、自分が常に先頭に立っているから、誰かに強引に、引っ張ってもらいたいのではないのかい。それに、控えめな君だけれど、行動は意外と大胆なところがあって、たまに目を疑うことがある。君の本質は、本来奔放て大胆で独創的なのだよ」

「言ってることがよくわからないわ…… 別に、私はその場が楽しければ、それでいいかなって思うけど。後先考えずに行動することは確かに認めるわ」

 リブルの表情が明るくなる。

「じゃぁ、決まりだね」

「何が決まりなのよ。何も決めてなわよ」

「さっき言ったじゃないか、今が楽しければ後先は考えないって」

「私、言ったけど、あなたが勝手に並び替えただけじゃない。でも、まあ、いいかな。リブルの好きなようにして。今の私は、何かを言える立場じゃないからね」

「……? 紗百合らしくないね。いつものように、あれこれ難付けしてこないんだ」

「いつものようは、よけいよ。ただね、このまま私をどこかに導いてくれるのなら、リブルでいいのかなって思っちゃって。それと、ここは夢の世界だから、目が覚めるまでは、冒険をしないと損なのかなって。せっかくなら、未体験なことを、やっておいてもいいかなって」

「紗百合にしては、珍しくまとめたね。せっかくだから言っておくけれど、僕と紗百合はある意味「運命の人」なんだ。現実世界で、いつか君と再会するだろう。ただ、そのときは、僕は今の記憶は残っていない。そういうルールなのさ」

 リブルは窓の外を見つめた。遠い星でも見ているように。

「運命の人? ある意味? 向こうで再会する? リブルって、あっちでもその姿でいられるの?」

「本当は、こんなことは、言ってはいけない決まりなのだけれど、君のお勤めが終わって、普段の生活に戻ったら、僕の役目は終わる。それは僕が君の監視官だからだけれど、その任が解けたら、今度はね、別の任務が与えられるんだ。はい、ここまで。これ以上は言えない」

「えーっ、そこからが肝心なところじゃない。そんな、モヤモヤした気持ちで、これからを過ごせっていうの? リブルも人が悪いわねぇ」

「まあ、そう言うなよ。これ以上のことは、君と僕の未来に関わる。言えないんだ。諦めて。ただ、さっきも言ったけれど、ある意味「運命の人」だから、そこ、間違えないように。君たちのいう、運命の人とは違うからね」

「そこ、はっきり言う? そこは、言わなくても良かったんだけれどな。期待が薄らいでいくじゃない」

「何を期待していたのか、知らないけれど、僕たちの関係は、シンプルで少し複雑なんだ。今はシンプルがいいだろう?」

「何かねぇ。そんなこと言われた後では、さっきまで抱いていた、熱いものが何だか急に冷めてしまった感じがするんだけどね」

「さっきも言ったけれど、君の任が解けるまでは、僕は君のそばにいるから、今は、それでいいじゃないか」

「やっぱり、リブルは女の子のハートを掴むことはできないわね。男子というのはね、例え嘘でもいいから、女子に夢を見させてほしいの。憧れを抱かせてほしいの。女子というのはね、目の前の現実と、少し未来の夢を見せてくれる人に心を許すのよ」

「えっと、さっきのでは。あれではダメなのかな? いまと、少し未来のことを語ったと思うのだけれどな」

「……未来が見えない……」

「そう、気にするなって。未来ではなくって、将来の展望ってやつだろう。君は優秀だから一年もやっていたらきっと任が解けるよ。そうしたら、君は夢のような人生を、送ることができると思うよ。何でも知っていたつもりだったけれど、君は将来、何になりたいのだい?」

「ぇ? 将来? そうね。何も決めていないかな。家のこともあるし。一人では決められないかな。いまは、まだ学生だから、勉強が一番の課題なのかな」

「君だったら、お菓子が大好きなのだから、パテシエになりたいとか、お菓子の会社で製品開発とか、販売のセールスとか、そちらが似合いそうなのだけれどね」

「それは、似合っているかどうかで、私に合っているかどうかではないでしょう。私は食べることは好きだけど、それ以外のことはどうなのかな」

「そうかな? 君の食べることの情熱は、ただならぬ物を、感じたのだけれどな。君ならそれだけで、突き進んでも、やっていけると思うよ」

「そうね、リブルがそう言ってくれるのなら、そうなのかもしれない。あなたは、確かに私のことよく知っているわ。でも、それは私のことを箇条書きにして、頭に入れただけの丸暗記よ。あなたは私の歴史を知らないのよ。どんな思いをして、今までを過ごしているのかを。きっと、あなたの私に関する情報は、所詮メモ程度でしか、記されていないのよ」

「そうかもしれない。実際、君のことは、こうやって会話を交わして、ようやくわかったような気がしたよ。だから、もっと話をして、君のことをもっと知りたいんだ」

「それは監視官として、私を知りたいってこと?」

「いや、違うよ。一人の男子として、紗百合という女性のことを知りたいんだ」

「知ってどうするの?」

「それ、聞く? つれないね。どうすると聞かれたら。答えなくてはならないだろう。どうする?」

リブルが困った表情をした。少し思案した後、口を開いた。

「それは決まっている。君のことをもっと知って、君のことをもっと理解するためだ」

「理解してどうするの?」

 紗百合の目が細くなる。冷たい視線というより、状況を楽しんでいる。

 リブルは、やはりそうこなくちゃと微笑んだ。

「理解して、……君に協力してあげたいんだ。助けたいんだ」

「私をどうやって助ける? 私を助けてどうする?」

「君をサポートして助けて、それで……」

「30点。いや15点かな」

 紗百合はぴしゃりと言った。視線も少し冷たさを帯びてきた。

「……君を攻略するのは、難しそうだ……」

 ため息混じりに、両手の平で天に仰いだ。

「リブルが女子のハートを掴むのは難しそうだわ。わかっていないわね。こういうときこそ、ストレートでいいの。ほら、もうワンカットいくわよ。3・2・1アクションっ!」

 紗百合の、右手がこちらを指した。

「え? と、その、じゃあ……」

 たじろぐリブル。楽しげに見ている紗百合。

 ふと、リブルが真顔になってこちらを、紗百合の目を見た。

「紗百合。君のことが好きだ。これからも、ずっとそばにいてくれないか」

 そして紗百合の手を取り握りしめた。

 紗百合は、リブルの真顔と真剣さに、心を打たれたか、しばらくリブルの顔を見つめ、そして口を開いた。

「……80点」

「ぇ? ……80点?」

「ギリ、合格ラインってところかしら」

「それじゃ、おっけーってことだね」

「何が、おっけいだか、よくわからないんですけれど、とりあえず、これからもよろしくね。イケメンリブルっ」

リブルは、柄にもなくガッツポーズをした。

 「よし、次は、早速、キスの続きをしに行こう」

「……だから、そこはもう少しデリカシーというものをな……」

「ストレートが紗百合の好みなのだろう?」

「いや、それは違う。タイミングと間をちゃんと選べ。いまは、もう一置きしてからがいいと思うぞ」

「紗百合は、段取りを重ねるのが好きみたいだね。順序よくステップアップするのはいいと思うけれど、目的を先延ばしするような行動は、どうかなと思うのだけれどな」

「リブル、お前にはロマンティストという単語は、理解し難いようね。何だか、冷めてしまうわ」

「冗談だよ、冗談。おいしいパンケーキで、お腹を満足させたのなら、次は目を満足させないとね」

「め? 夜景の綺麗な場所でもあるのかしら」

「まあ、そんなところかな。僕も初めてなのだけれどね。だから、一緒に行くことができて、とても嬉しいんだ」

 年上なのか、年下なのかわからないリブルは、いまはただの子供に見えた。

無邪気な笑顔が眩しい。

こんな人と一緒にいることができて、紗百合は幸せだなと、心から感じた。

 日々過ごすうちに見つけた、そんなひととき。

いつまで続けることができるの か、わからない不安と、それまでは、こうしていられる安心感と、今までの緊張感が、紗百合の心に幸福感を導いたのだった。


「ごちそうさまでした。とてもおいしいかったです。」

 紗百合は、礼儀よくおじぎをした。

「それはどうも、ありがとうございます。またきてくだいね」

 先ほどの若い料理長が出迎えてくれた。

それと、女性の店員さんも一緒に挨拶してきた。

「紗百合。みんなのこと、よろしくね。私はいつも見守っているから、安心して」

ようやく止まっていた涙腺だったが、自分の母を目の前にすると、勝手に解放されるのであった。

十年、空白の歳月もさることながら、二度と会えないと思っていたのだが、今こうして奇跡的に再会できたのだ。

感極まらないほうが、おかしいと言うものだ。

紗百合は母に抱きついた。

「うん。おかあさんも、お元気で……」

 紗百合は涙が出るのをこらえたが、涙腺を絞るのは、困難だと改めて知った。

「ほら、泣かない泣かない。あなたにはみんながいるし、仲間がいるし、リブルがいるじゃない」

「お二人は恋人さんなのですか? また来てくださいね」

 女性の店員さんがリブルと紗百合を見て、にっこりした。

「ぁはは…… まだ、恋人ではないのだけれどね。また来ますね」

リブルは、入口のドアノブに手をかけて押した。

 からんからん。

木製の扉に付いていた鐘が、乾いた音を立てて開いた。

 リブルは料理長と店員さんに、目で挨拶して、手を軽くあげた。

料理長が軽く頷く。

 それを見ていた紗百合は、なぜかリブルが寂しそうな目をしていたような気がした。

 紗百合は、お店のみんなに軽く会釈して店を出た。

 二人は石畳の街道を歩いた。

ガス灯がほのかに照らす街は、静かで寂しげだったが、隣で手を繋いで歩いてくれる存在を、より大きく感じ取れた。

 紗百合は、頭一個ぶん上にあるリブルに聞いた。

「リブルは、おかあさんとは知り合いなの?」 

「会うのは初めてだよ」

「でも、何だか、以前から知っていた仲のように、見えたんだけど」

「あれ、もしかして焼いているの?」

「違うわよっ。そんなわけないでしょ。ただね、リブルは何かを知っていそうだったし」

「そうだね、知ってはいるんだ。でも、会うのは初めてさ。パンケーキ、おいしかっただろう」

 ぉ。話をそらしにかかったな。まあ。でも、いいっか。

「うん。すごく良かった。おいしいのはもちろんだけど、食材のポテンシャルを最大限引き出している腕の良さは、さすがだよね」

「誰かさんと同じで、情熱だけで生きているみたいな人だからね」

「誰かさん?」

「ほら、少し似ているって言っただろう」

「そんなこといったかな。私に似ている? そうかなあ」

「自分という存在は、他者の干渉で意義あるものとなる。君は気づいていないことが、いろいろあるのさ」

「そうかな」

「気づかないから、自覚がないのさ。君の場合は気づかない方が、いいのかもしれないけれどね」

「それ、どう言うことかな?」

「その方が、君らしいってことだよ」

「ふうん。まあ、いいわ。ところでどこへ行くのかしら?」

「あれに登る」

 と、リブルが指差したのは川の麓にある時計台だった。

高さは200mほどあろうか、かなり巨大だ。

一辺が20mぐらいだろうか、細長いビルのようにも見える。

何となく、ロンドンの風景に似ていなくもなかった。

「リブル。ここは日本なの? それともヨーロッパのどこかなのかな?」

「君の想像に任せるよ。僕はここが好きだけれどね。いつ来ても変わらない。ずっとこのままであり続けるんだ。こう言う場所は落ち着くだろう」

「リブルって以外と古風な人なのね。見た目によらず落ち着いているし、焦らないし、ちょっと無神経だし、何だか大人って感じで、少し悔しいな」

「君が子供だからさ。新しい好きの君達なら、そういう風に見られても、しょうがないのかな。ほら、いくよ」

 リブルは紗百合の手を取り、時計台を目指した。


時計台の足元にやってきた二人は、この重厚な建物を見上げて、感嘆の声を上げた。

「凄いわねっ。全部石でできているの? 日本じゃありえないわ。凄く立派で大層な建物だけど、贅をつくしたというより、税金を尽くしたって感じね。当時の悪行の象徴ってところでかしら」

 リブルは鉄の扉を押して中に入った。

鍵が掛かっていると思ったが、いつものように一瞬青白く光ると、普通に開いたのだった。

 中はかなり薄暗くて、足元もかなり暗い。

少し歩くと階段がみえ、それを登っていった。

 いつもなら、目指した階層までつないでくれるのだが、今回は、下から階段で昇るようだ。

「君の感想は手厳しいな。でも、街にはこういうシンボルが必要なのさ。人々は何かを糧にして生きているのだけれど、こういったシンボルが、人の心を少し前に押してくれるのだよ」

「そんなことはわかっているわ。私の得意な科目は歴史って言ったでしょ。教科書に載っていない歴史を、探求するのが好きなの。見えない物語に、色をつけてストーリーを着色していくの。当時の人々の生活や、風習や習慣、それから文化とかをね。栄華を誇った文化も、いつかはすたれる。新しい時代とともに忘れ去られていくのよ。でも、古い文化も、いいものは後世に残していきたい。だから、この街の雰囲気とかは、私も好きよ」

「君は歴史の答案用紙に、にどんな回答を書いたのだろうね」

「当然、私の思った真実よ」

「それは、真実とは言わないよ。それは、点が取れないわけだね。誰よりも歴史に情熱があったとしても、授業には、まるで熱が入らないわけだ」

「いやいや違うぞ、りぶる君。歴史の授業は、私の戦いの場であるぞよ」

「ぞよって……」

「教科書に載っていない真実と、闇に葬られた事実。そこで、たくさんの人の悲劇が、語られなく後生に伝わらないのは、本当に嘆かわしい」

 紗百合の握っていた手が熱くなってきた。

握る力も強くなってきている。

「わかったわかった。君の歴史に対する想いは理解した」

「理解した? 何を理解したの?」

「あ、えっと、だな、君の血がそうさせているのだなって……」

「は? 血??」

「何か心当たり、あるのじゃないかな」

「そうね……」

 紗百合は、たっぷりあれこれ考えた。

やはり何か、思うところがあるように。

「……ない やっぱりない」

「はは、そうか、ないか、ないのか……」

「ほら、理解していないってことでしょ。それとも、知っているんじゃないの? 血とか言っていたからには、御先祖様が何か関係あるんでしょ? それくらい別に、言ったっていいじゃない。過去のことなんだし、私の未来に直接影響を与える訳でもないんでしょ?」

「それはそうだけど、君は知ったところで、何もできないよ。逆に何かをしてしまうんじゃないかなと、心配なんだけどな」

「何をおっしゃるリブルくん。私が京花ちゃんみたいに、夢の中とはいえ、一族を皆殺しにするとでも?」

「……うん。君はしないな。たぶん」

「たぶんじゃない。するわけないでしょ」

「……まあ、……そうかもな」

「じゃあ。しょうがない、話せば長くなるよ」

「ぅうん…… ぁ、ちょ、ちょっと待って」

「どうしたのだい、自分を、抑えるのに自信がなくなったかい?」

「違うの、私の探究心がね、こんな簡単に答えをもらって、それでいいのかって、言ってくるの」

「君の探究心が?」

「そう、これは自分自身のことだから、なんだか自分で調べたくなってきたの。でも、全然心当たりがないから、ヒントだけちょうだい。いつの時代か、何代前なのか」

「それならいいよ。それでこそ紗百合というものだ。時代は昭和初期。今の君の住居のことから調べてごらん。後は君の父親からかな。喋るかは知らないけれどね」

「リブルって何だか恐ろしいわ、私のことだけじゃなくって。私の身内のことも、全部知っているのね。それって、ハリタンとか、もぐりんも同じなの?」

「個人の情報はその担当者しか知らない。だから、京花やシャロのことは必要知以上のことは知らないさ」

「そうか、なんだか安心した」

「何を安心したんだい。僕が京花やシャロの全てを知っているかと思った? 同じように、こうやってデートしているかと思った?」

「意地悪ね、リブル。違うわよ、私の秘密を他の人にベラベラ喋っているんじゃないかと思ったのよ」

「君の秘密ね。あえて何も言わないよ。それに、そんなこと意味がないし」

「いろいろ知っているわけね」

「今は知らないことにしておこうよ。その方がいいだろう」

「私は、あなたのことを、何も知らないのに、あなただけ私のことを、何でも知っているなんて不公平ね」

「それが君のためにもなるんだ。しょうがないと、あきらめてくれ」

「はいはい、あきらめていますよ。私は囚われの身ですからね。煮るなり焼くなりお好きにどうぞ」

「それは後での、お楽しみにさせてもらうよ」

「お、本性を出してきましたねリブル君。狼に変化を遂げたリブル君は、どう豹変するのか、ぉ楽しみだわ」

「こらこら、男子をけしかけるな。密室で二人なのだから、今ここで何かされても、文句は言えないぞ」

「文句は言ってあげるわよ。欲望むき出しの変態男子ってね」

「健康な男子は、時として理性を超えるときがあるものだ。それを促す言動をすれば、男子には火が付くさ」

「そんな男子は願い下げだわ。ただの野生のオスじゃない」

「……その通りだな。正直、僕は野生のオスになりたいよ。そうしたら、今ここで、君を好きなように、していたんだろうと思うとね」

「あら、リブル君。君の理性は立派だよ。私は信用しているからねえ。こんなところで襲わないでね」

「わかっていますとも、僕のおひめさま」

 二人は暗く長い階段を上っていった。

高さから想像すると、階段はざっと800段といったところか。

さすがに女子の紗百合は、額に汗をかいてきた。隣で登っているリブルは、涼しい顔をして、上り続けている。

「ねえ、女子にこの階段を上らせるのは、ちょっと酷じゃないの。暗いし不気味だし」

「君は文句が多いね。目的を達成させるには、それなりの過程があるのさ。それが大変で苦しければ、その後の達成感は違うだろう。これは、そんな途中の過程なのさ」

「時代が時代なら、この手の展望台はエレベーターがつきものなんだけどな。さすがにそれは、期待していけないんだろうけど、他の人も、ここの階段で展望室を目指すわけ」

「ここは基本、立ち入り禁止区内なんだ。普通の人は入れない」

「あれ、扉の鍵、開いていたけど、あれじゃ普通に入ってこられちゃうよ」

「それは大丈夫さ。扉は相手を選ぶから、一般の人は入れない。だから、この階段を上るのも、僕たちは特別ってことなのさ」

「なにかにつけて、価値をつけたがるのね。普通の女子だったたら、こんな階段上らないわよ」

「知ってる。でも、君なら上るって」

「はいはい、どういたしまして」

「ほら、無駄口たたいているうちに、もうついてしまったよ」

「ぇ? あら……」

 結構な階段の段数だったが、どうでもいいことを、しゃべっていたせいか、そんなに時間がたった気がしなかった。

 階段を登り切って、最後の扉のドアノブに、手をかけて開けた。

外に出ると、目の前は暗くてよく見えないが、街の灯りが見えた。

紗百合は、さっきまで石畳を歩いていたから、街の暗さはわかっていたが、この高さから見る街は、さらにその暗さを増していた。

「……えっと、リブルくん? 何を楽しませてくれるんだったかなぁ」

リブルの顔も、暗くてよく見えない。

でも、意味ありげに微笑んだのはわかった。

「何って、言ったことをもう忘れたのかい? 「目」だよ」

紗百合は、この誰もいないこの場所で、楽しむの意味を、あれこれ考えた。

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