第17話 スキンシップ
紗百合と京花は、出口に向かって走った。
途中、後ろを振り返り、アキレスの状態を確認した。
あれだけのダメージを与えて、まだ動いていられるということは、最初から生きていなかったのかもしれない。
もしくは不死身か。
そんな、訳のわからない奴の相手をするのは御免である。
二人は扉にたどり着いた。
ドアノブに手を掛けてノブを回すが、扉は開かない。
京花は足元にいたハリタンをみた。
(あいつの仕業だわ。さっき私に触れたときに、キーを奪ったんだわ)
「きー? って何? この扉の鍵のこと?」
紗百合が、不思議な顔をして聞いた。
(キーというのは、この結界のキーのことさ)
リブルが答えた。そして続ける。
(あいつは、仮称アキレスは、最初から僕達が目的だったんだ。あらかじめこの部屋に結界を施し、そして、僕たちがその上に結界を張ってしまった。つまりね、結界を中和されて浸食されたってこと。さらにはハリタンに触れて、キーコードまで奪われたってことさ)
「ぇ? ちょっと待ってよ、そんな、どうするの? 朝までここで野宿するなて嫌だよ」
紗百合がぼやく。
「おまえの危機感ってその程度なのか…… そう言う問題ではなくてな、もうここから出られないかもしれないってことだ」
「ぇ? どうして? 結界って30分しか持たないんでしょ?」
「ん? そう、言われてみれば、そうなのか? なあ、ハリタン」
(そうなるわね。私たちの力だとそれが限界。あいつの力は、どうなのかしらね。私達より上なら厄介だわ)
(それはないだろう、僕たちの力は、この世界から借りている。僕達はただの代理人だから、それ以上の力は出せない。キーをコピーしたとしても、僕たちを超えることはないよ)
「じゃあ、リブル。奴の目的は、私達を閉じ込めることではなくて、取り込むことなのか?」と、京花。
「さっきもあの人、言っていたじゃない。お話をしようって。それが目的なんだわ、きっと」これは、紗百合。
(紗百合は能天気でいいね。京花の言う通り、あいつの目的は僕たちを吸収して、情報を得ることだ。その後は、想像もつかないな)
「情報を得るって、じゃあ、とりあえずは、お話がしたいのよね。その後は、もしかしたら茶菓子が出てきたりしてね。って、でも、30分じゃ足らないわね」
声に緊張感がないのは紗百合だ。
「お前、そんなにあいつと喋りたいのか? 話し合いをしても、そんな交渉の余地はないと思うぞ。最初に確認したのは間違いなく人型の虫だ。人ではないのだからな。必ずどこかに潜んでいる。あいつの結界の中とはいえ、出てくれば必ず反応がでる」
「ねえ、人型の虫の結界だったら、私たちの武器で、浄化できるんじゃないの?」と、紗百合。
「……そう言われりゃ、そうだよな。たまには、気が利くことも言うじゃないか。お前にしてはな。少し下がってな」
京花は、腰にぶら下げた拳銃を抜いた。
いつものより、一回り大きな拳銃だった。
両手で構え、銃口を開かない扉に向けて発砲した。
ダンッ!
ばししぃッ!!
ガシャァーンッ!!!
派手な音をたてて、扉は丁番ごと吹き飛んだ。
発砲の衝撃で、京花も後ろに飛ばされたが、かろうじて踏ん張り、転倒を間逃れた。
「つぅ…… やばいなこの銃。なまじではないぜ。さすがデザートイーグル」
「すごいねっ。それってデザートなの?
1発で扉が吹き飛んだよ。全然おいしそうには見えなかったけどね。でも、これって、良かったのかな。何だかまずいような……」
「……デザートって、スイーツとかドルチェとかじゃないぞ…… 私達はこの扉からやって来たんだ。だから、この向こうは……」
扉の向こうは外のはずだ。
しかし、紗百合と京花の期待は外れ、扉の奥には、同じような部屋が続いていた。
二人の空中モニターに反応が出た。
奥の同じような部屋の中央に、虫の反応を示すポイントがいくつも出てきた。
カテゴリー2と3が20体、そして中央にカテゴリー5が1体、仮称アキレスと表示されていた。
「まるで鏡の部屋だな。対照的になっている。さっきの人型の虫は、映されたダミーってことかい」
京花は理解した。最初からこの空間を用意して、私達を待っていたのだ。
機会をうかがって奇襲をし、体を取り込むつもりだったのだろうか。
「後15分。目標がみえれば話は早い。紗百合、一気にいくぞっ!」
「うん。わかったっ」
二人は部屋に入るや否や、撃ちまくった。
この距離なら銃弾も、矢も十分届き、次々と命中し虫達は四散していった。
虫達は基本、接触しなければ危害はない。
十分に距離をとって、弾を浴びせて、浄化していけば、それ程恐れるものではなかった。
だが、今回はカテゴリー5が混ざっている。
この標的を駆除しなければ、今回の勝ちはないのだ。
声が届いた。男性の肉声の声だ。
「よくここだとわかったね。さすが人間だ。私達の存在とは、少し違うという訳かな」
「おまえは、ばかか? 出口があそこにしかないんだから、ぶち破るしかないだろう。そんなことも予想できなかったのか?」
京花は少し遠いが、アキレスを狙い、トリガーをひいた。
次の瞬間には、虫達が覆いかぶさるように盾になって、銃弾を防いだ。
ダンゴムシ状の虫が1体四散する。
「もっと寄らないとダメか。紗百合、間合いを詰めるぞ」
紗百合も、アキレスを狙って矢を放ったが、別の虫が盾になって四散した。
「そのようね。ここからじゃ、らちがあかない」
二人は間を詰めようと、撃って射って射って撃った。
何体もの虫達を、粉砕し浄化しているのに、なぜか一向に数が減っていかない。
中空画面を見ても、減った様子はなかった。
中空画面右上辺りの数字を見ると、撃退数の数は、確かにカウントが増えている。だが、現状虫達の数は変わっていなかった。
「リブルっ。これはどういうこと?」
紗百合は足元にいる、黒い子猫に聞いた。
(ここは、あいつの空間だ。コピペをしているのかもしれない)
「は? こぴぺ? 何それ?」
紗百合は首をかしげた。
(コピー、ペーストの略だ。どれくらいのペースで、それができるのかはわからないけれど、数が減らないのは多分そのためだ)
「そういや、シャロ達も苦戦していたよな。それって、こういうことだったのかもしれないな。あいつが、カテゴリー2や3で後れを取るとは思えないからな。それにしても、そんなにも大きな力は、どこからきているんだ? …………人間を取り込んだのはそういうことか。現実世界からの力を返還しているのか?」
(京花の言う通りだ。それに先程、はりたんの情報を取り込まれた。だから、この世界からの力も、ある程度入っているのかもしれない)
「とにかく、本体をたたくしかないのね」
「そういうことだ。早く済ませてシャワーを浴びようぜ」
二人はさすがに疲れていた。前回の虫退治もだが、対人の組み手もしている。
これを終わらせて、早く帰りたい思いは強かった。
「私が切り込むから、援護してくれ、長期戦は不利だ。弾も体力も限界がある」
走りながら撃てる京花は、アキレスを目指して突進した。
紗百合は、弓を構えたら動けないが、ある程度距離を置いても援護はできた。
今回の虫達は、五種類ぐらいいるだろうか。
ダンゴムシ、ミミズ、クモ、ハサミムシ、ヤスデなど、どうしてこう、害虫っぽいのが多いのだろうか。
まだ昆虫系だったら、見られるものを。
と、紗百合は思ったが、今は京花の援護に集中した。
京花は、正面の虫だけを、気を付ければよかった。
背後左右は、紗百合が蹴散らしてくれたからだ。
さらには、紗百合の放つ矢は、一撃で大型の虫達をも吹きとばしてくれた。
京花の正面で、巨大なクモ型の虫が青く光り四散した。
その向こうでは、アキレスが、今まさに虫を両手から生み出しているところだった。
「捉えたっ!」
京花はトリガーを引いた。
ぱんぱんぱんぱんぱんぱんぱんぱんぱんぱんぱんぱんっ!!
1発から3発目は、生まれたての虫に当たり、青白く光って四散し、4発目から12発目までは、全てアキレスの体に当たっていた。
着弾した箇所が、青白く光出し、膨れ上がろうとしているが、なかなか四散しない。
抵抗していやがるなと思い、京花は腰の一回り大きな拳銃を抜き、躊躇なく撃った。
反動で弾が浮いてしまい、胴体を狙ったつもりが、アキレスの額に着弾した。
それこそ四散どころか、頭が粉々に砕け散った。
間髪入れず、もう1発撃ち、今度は胸のあたりに着弾して、胴体は吹き飛んだ。
下半身が残ったが、青白く光ってやがて四散しはじめた。
「……嫌なもの見てしまったな。頭を狙った訳ではなかったんだが、結局は同じか……」
京花は一息ついて、紗百合の方を見やった。
まだまだ虫達は多数いたが、大将をやった後では、雑魚同然としか見ていなかった。
いつの間にか、紗百合との距離ができてしまった。
二人の間には虫達が川のように立ちはだかっている。
紗百合は一人で奮闘していた。
早く合流しないと、数に押されてしまう。
が、まずは自分の周りの虫達に照準を定めた。
一方その頃、紗百合は、京花がアキレスを倒したところを見届けていた。
少し安堵し、次に迫ってくる、巨大なヤスデ型の虫に狙いを定めた。
矢を放とうとした、そのとき、ヤスデ型の虫が赤く光った、と思ったら、それは人型に変わっていた。
「えっ! ぅそっ!?」
それは、先ほど粉々に粉砕したはずのアキレスだった。
最初に見たままの、無傷の状態だった。
強いて言えば、近くで見るアキレスは、確かに美男子だった。
年齢は20歳前後だろうか。
黒髪で、日本人のようなのだが、名前のように、西洋人のような長身と顔立ちは、イケメンの名を欲しいままにできそうだ。
「やあ、先ほどぶりだね。君とはゆっくりお話をしてみたいと思っていたんだ、ようやく二人きりになれたね」
アキレスは、柔らかく微笑んだ。
「これのどこが二人きりなの? 虫だらけじゃない。気分悪いな」
「君なら、僕達のことを、分かってくれるのではないかと思ったんだ。僕達は、そもそもこの世界の一部だったんだ。つまりは君達の住んでいる環境を支えている存在なんだ」
「だから、なに」
紗百合は毅然と冷たい態度を取った。
「どうして僕達は、排除の対象なのだろうね」
「害虫だから?」
「そう、君たちは僕達のことをそう呼んでいるけれど、僕達はこの世界の一部であって、決してそのような存在ではないのだよ」
「だから、どうしろというのよ。私達だって、しょうがないのよ。こうしないと、私達も処分されてしまうの。だから、お互い恨みっこなしよ。私だって、あなたとは、やり合いたくはないわよ。でも、あなたも罪を犯しているからには、償わなければいけないわ」
アキレスの表情は、あい変わらず柔らかい。
「ああ、あの女性達かい? 彼女達は僕の中で生きている。決して不幸にはしないよ。逆に君達が僕を排除しようなら、それこそ彼女達を不幸に落とし入れることになるのじゃないかな?」
「どういうことよ」
「僕の中で生きている彼女達は、今幸せなんだ。僕という存在が、常に近くにあるのだから、それは楽しいだろうね」
「あなたがそう思っているだけで、彼女達はきっと、そんなことは思っていないわよ。女はね、そんな顔だけの男になんか、惚れないの。だってあなた、口だけで中身薄そうなんだもの」
「それは、これから語り合えば、その溝の深さも、きっと浅くなると思うよ」
「ご遠慮願うわ。仲間が待っているの。あなたを倒して、早くシャワーを浴びたいもの」
「だったら、僕と一緒に浴びればいい。いい部屋をとっておくよ」
「結構よっ! 成仏してくださいっ。人間もどきさんっ!」
「僕はまだ死んではいないよ。生まれたばかりなんだから」
「じゃ、消滅して」
紗百合はすぐさま矢をつがえ、射た。
今までの中でも、特に勢いがある矢だった。
顔に当たる寸前のところで、アキレスはかろうじてかわした。
矢の燐光が顔にかすり、皮膚を切り裂き赤い血が舞った。
「あぶないな。かすめただけで、これだから。一番最初の一矢とは、全然違うな。完全に別物だよ」
アキレスは、頬を手でなぞり、赤く染まった指先を見て笑った。
「次は、かわせないわよ」
紗百合は間合いを詰めた。
10mから5mへ。
他にも虫はいたが、今の標的は目の前の美男子だ。
「あなたの目的は、結局何なの?」
「世界の散策かな? いろんな視点でいろいろな場所に行ってみたい。そういう君だって、生きる目的があるのかい?」
「……そうね、そんなこと、言われたことなかったから、考えもしなかったわ。あなたの言うことは、確かに一理あるわ。ふーん。意外とロマンティストなんだね。お互いの立場が、こんなんじゃなかったら、それこそ、デートできたかもしれないのに。残念だわ」
「じゃ。僕と一つになればいい。君は僕と一つになって、生きることができるんだ。すばらしいだろう?」
「だから、結構です。そんな束縛の生活は望んでいません」
「女性って不思議な生き物だな。ずっと一緒にいたいと言う人もいれば、君のように、縛られるのが嫌な人もいる」
「あなたが理解していないだけよ。でも、そう、それが人なの。あなた達とは違うのよ。あなたは人ではないのだから。虫なんだから、さっさと駆除されればいいのよ」
「君は理解がある女性だと思っていたのだが、残念だよ。でも、僕と、一つになってみれば、必ず理解してくれるさ」
アキレスは、紗百合との距離を詰めた。
二人の間には障害物はなかった。
その代わりに、周辺には大量の虫達が囲んでいた。
紗百合は矢をつがえ、射た。
先ほど同様、凄まじい勢いの矢は、アキレスの胴に吸い込まれていった。
捕らえたっ!
と、紗百合は思った。
が、矢は胴に突き立つ前に、アキレスの手に握られていた。
素手で矢をつかんで止めたのだ。
それでも矢の勢いは強く、アキレスの手の皮膚をえぐり、腹部に当たった。
服が一部青白く燃え、穴をあけたが、刺さるまでは至らなかった。
握っていた矢を捨て、アキレスは、さらに紗百合との間合いを詰めた。
目の前に迫ったアキレスに、すかさず次の矢を射た。
胸の辺りに当たるかと思われたが、アキレスは、両腕をクロスさせてその矢を受けた。
矢はアキレスの腕を粉砕したが、胸までには至らなかった。
次の矢をつがえようとしたときには、アキレスは、まさに目と鼻の先にいた。
間に合わないと判断した紗百合は、持った矢で、直接、アキレスの頭に突き立てた。
それをアキレスは頭をひねって、矢が頭に突き刺さるのをかろうじてかわした。
それでも、矢の先は、アキレスの頭を大きく切り裂き、鮮血がほとばしった。
が、そこまでだった。
アキレスは紗百合に抱きついた。
粉砕したはずの腕は、まるで手品でも見るかのように再生し、元通りになった腕は、紗百合を強く抱きしめた。
「ぁあっ!」
紗百合は小さく悲鳴をあげた。
「僕の勝ち」
アキレスは、紗百合の耳元でささやいた。
その腕の中で、紗百合の体からは力が抜け、意識をなくし、ぐったりとしてしまった。
アキレスと紗百合の触れ合っている部分が、赤く光り出し、その光は徐々に、紗百合の体に広がっていった。
紗百合の体は、赤い光の粒に変換されていき、少しづつ取り込まれていった。
離れたところで、その光景を見ていた京花が焦りを感じた。
目の前にはまだ、虫達の集団がいる。
かなりの数を倒したが、まだアキレスを狙える距離ではなかった。
「これはまずいぞっ。早くしないと紗百合が取り込まれてしまうっ。何かいい手はないのか、ハリタンっ!」
(ない)
冷たくハリタンは答えた。
次々と目の前に迫る虫達を、蹴散らすのが精一杯で、間合いを詰めることができなかった。
「クソックソッ!クソッ!! どうしたらいいんだっ!!!」
無力を感じだ京花は叫んだ。
ピシピシピシピシッ!
ガシャバシャ!!
ガッシャーンッ!!!
後ろでガラスの割れる音がした。
ここのオフィスビルのガラスを、誰かが外から割ったのだ。
そして、割れた窓から、人影が飛び込んできた。
ロープを使って屋上からここまで降り、ガラスを銃弾で破って進入してきたのだ。
「遅くなりました京花さん。外から入れるところが、ここしかなくって、時間がかかりました」
そこに現れたのは、まだ年端もいかない、中学生の知紗だった。
頭にはしっかりとヘルメットをかぶり、上下ともに迷彩服を着ていた。
手には、しっかりとアサルトライフルが握られており、一見すると、陸上自衛隊の隊員がコンパクトになったような姿だった。
「知紗、説明は後だっ。目の前の虫達を掃討してくれっ。紗百合がヤバいんだっ! 援護してくれっ!」
京花は泣きそうな声で知紗に言った。
「……わかりました。本当にやばそうですね。援護しますから、頼みます」
知紗は両手でライフルを構え、虫達に銃弾を浴びせた。
京花は走った。
目の前に迫る虫達は、知紗が駆除してくれたから、アキレスとの距離を一気に縮めることができた。
そこで見たものは、紗百合とアキレスが抱き合って、紗百合の体が赤い光で、包まれているところだった。
京花の足元にリブルが現れ叫んだ。
(早く撃てっ!)
「ここからでは紗百合に当たるっ!」
(いいから撃てっ! 間に合わないっ! 覚醒者は死なないっ! だから撃てっ!)
「へいへい。そういうことなら……」
リブルの気迫に押され、京花は銃を構えた。
そして叫んだ。
「紗百合っ! 身構えるなっ! リラックスしろっ!」
京花からだと、アキレスの前に紗百合がいて、標的を直接狙うことはできなかった。
だから…… 狙ったのは紗百合の背中だった。
パンパンパンパンパンッ!
連続して銃声が響いた。
その銃声も、京花の声も、紗百合の耳には、すでに届いてはいなかった。
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