第16話 骨のあるヤツ

カテゴリー5、トロイ級。

仮称、アキレス。

人型、男性タイプ。

身長約180cm。体重推定75kg。

自らの体をこちらに物質化し、人間を襲う。

襲われた人間は肉体と精神を奪われ消滅。

現実世界でも突然死や精神崩壊などを起こす可能性がある。

 主に接触による肉体及精神侵食で、被害者の肉体と精神を蝕んでいく。

その間30秒ほどで完全に取り込んでしまう。

近接戦を避け距離を置いて攻撃すること。

絶対に接触しないように。

以上。

ハリネズミのハリタンが説明した。

今度は、黒子猫のリブルが補足する。

(なお、シャロと花音は、いまだに交戦中。応援は求めることはできない。知紗はこちらに駆けつけているが、あまりあてにしないように)

「なあ、リブル。この状況をどう見る?」

 京花は聞いた。

「シャロと花音がまだ交戦中だなんて、異常じゃないか? 一体、何体の虫がいるというんだ」

 その疑問にリブルが答えた。

(もくりんの情報では、倒しても、どこからともなく湧いて出てくるように、虫達が現れるそうだが)

「そんなことあるのか? なにか、裏があるんじゃないのか?」

「虫の裏って、足しかないんじゃないの?」

紗百合は顎に手をかけ、真剣に答えた。

(紗百合ぃ。真面目にやってよ)

「私は真面目だよっ。だって裏って言うから表の逆じゃない。足が付いているのは当然でしょ」

京花は、紗百合が気の利いたことを言うかと思ったが、それを期待した自分に、肩を落とした。

表向きは普通に虫の出現だが、裏では何かが動いているということか……

裏って、カテゴリー5のことか?

しかも、このタイミングだ。

でも、何か引っかかる。

虫の裏側には、足が付いているか…… 当然だな。

そういや、カテゴリー5の奴は、どうしてわざわざ足が付くような真似をしたんだ?

私達に見られなくても、誰かに見られたら警察に通報されるのは、わかっているはずだ。

今まで影でこそこそ生き延びてきた奴が、そんな間抜けとは思えない。

人並みか、それ以上の知能があるなら、なおさらだ。

私達の前に姿を晒したのは、わざとか……

(つまりこれは、あの2人を足止めにしていると? 陽動なのかしら。だとしたら、目的は一体何なのでしょうね?)

「こら、はりたん。勝手に人の心を読むな」

(いいじゃない。やましいことだったら、ちゃんと無視するから)

「無視しなくていい。読むな」

「こっちの京花ちゃんなら、はりたんも安心して心を読めるね。橘京花だったら、女子としてどう思うのかな?」

「こら紗百合、今はそんなことを議論している場合じゃない」

「わかっているよ。じゃあ、人型の虫さんは何を思って、女子を襲ったのかな」

(目的が見えない。ただ通りすがりの女性を襲って、自分を強化していると思えるけれど、どうして女性ばかり狙うかは不明だわ。人型の虫が女好きとは思えないけれど。過去にそんな例は特にないし)

「なあ、この人型の虫はもしかして、最初から人型なのか? それとも何人か人間を吸収して人型になったのか?」と、京花。

「はい、質問」と、手を挙げたのは紗百合。

「人型って、きっと男性なんでしょ? 女性を襲うのは、自分が口説いた女性なら騒がれないから、周囲に気付かれにくいわ。相当なイケメンか、口達者な男だわ。許せないわね。シャロちゃん達を足止めするために、虫達を発生させたとなると、かなり厄介。その虫男には大量の虫を発生させる能力があるなら、私達が駆除したさっきの虫も、そいつが発生させたものなら、この先にも虫が大量にいる可能性があるわよね。問題は、その虫男は何を目指しているのかってこと。わざわざ私たちに見つかるように現れたってことは、私達を誘っているとしか思えない。これって、罠だよね」

 京花は紗百合の発言に感心した。

「いいところをついたな。正直、虫達の生態はよくわかっていない。奴らが何を目指しているかなんて、わからないのさ。ただ、私達の役目は、奴らの駆除することだ。不安だらけの状況なのは変わらないが、虫男の仕掛けた罠だとしても、やるか?」

「うん。やる!」

 紗百合は、即答で声をあげた。


 二人はスマホを出して、地図のアプリを開いた。

5本タップして右にスライドし、画面をすぐ右の空中に画面を移した。空中の画面をスワイプし拡大する。

ハリタンが説明を始める。

(カテゴリー5、仮称アキレスはこのビルに入ったわ。いつものようなオフィスビルで、高出力のサーバーが設置されているフロアに潜伏していると思われる。虫の数は奴1人だけだけど、外からでは何も見えないわ。とにかく現地を確認、奴を見つけ次第駆除する。相手は人型だけど、人ではない。よく覚えておいて)

リブルが補足する。

(紗百合が言ったように、仮称アキレスは、女子の心を捉えるほどの、美形だと思われる。姿形に惑わされないように。いい?)

「わ、わかっているわよ。人は見かけによらないし」と、これは紗百合。

 リブルが続ける。

(それと、アキレスは我々に気付き、このビルに逃げ込んだと思われるが、人型とはいえ、そんなにバカだろうか。建物に入れば、それこそ鳥かごの中同然だ。何かある。気をつけて)

「紗百合が一番感傷的になりやすいから、今回はやりにくいかもな」と、京花。

「相手がイケメンだったら。女子は誰だってためらうわよ。だって、殺すんでしょ?」これは、紗百合。

「だから、お前が一番危ないんだ。よし、知紗が来る前に終わらせるぞ、あいつこそ、この相手は荷が重いからな。ハリタン頼む」

 いつものようにビルの勝手口が一瞬青く光る。

京花は腰の銃を抜き、紗百合は洋弓を構えた。

「3・2・1、行くよっ!」

京花は勢いよく扉を開けて、中に飛び込んだ。

続いて紗百合が中に入った。

部屋は特に間仕切りもなく、大きな空間になっていた。

拡張ディスプレイで、空中表示させた画面には何も映っていない。

「いない……? 紗百合、離れるな。どこから来るかわからないぞ」

 紗百合も矢をつがえて、いつでも射れる体勢をとった。

「うん、わかってる」

 二人は大きなオフィスを慎重に歩いた。

すると、部屋の中央に人影が見える。

空中画面を見るが、反応が出ていない。

「はりたん、こいつは一体何だ」

(対象は奴よ。でも、虫じゃない」

 はりたんは、小さなクリクリした目で対象の男を観察した。

 さらに二人は近づいた。

 少し暗かったが、男の顔がはっきりと見えた。

身長は180ぐらいの長身。

ちゃんと服を着ていて、上は黒いTシャツ。下はデニムのズボン。靴は3本の白いラインの入った青のスニーカーを履いていた。

ここまでなら普通の人間だ。

しかし、二人が驚いたのは、この男の顔立ちだった。

誰もが認める美男子だったのだ。

 すると男の方から、声が聞こえてくる。

「やあ、遅かったね。お二人さん。橘京花さんと、水渓紗百合さん」

 澄んで通った声が、部屋に響いた。

いや、二人の胸に響いたのかもしれなかった。

 二人は驚いた。

顔立ちもだが、男が喋ったことと、自分たちの名前を口にしたことに。

「それにしても、この人どうする? かなりのイケメンだけど……」

「そうだな…… 監視官殿にきいてくれ」

(撃て)と、容赦なくリブル。

(待って。撃たないで)と、はりたん。

 二人は迷った。

この指示がもし逆だったら、迷うことはなかっただろう。

 京花だったら、躊躇なく撃っていただろうに。

(紗百合っ、撃てっ!)リブルが珍しく叫んだ。

「でも、ハリタンが……」

(ハリタンは京花の監視官だ、僕の命令に従えっ!)

 紗百合は弓に矢をつがえ、顔だけは避けて、狙いを定めて矢を放った。

 タンッ。

弦が弾き、矢は青い燐光の筋を空に残し、目標めがけて飛んでいった。

男はその矢を、軽くかわした。

「なんだい? このやる気のない矢は。本当に僕を、排除しにきたのかい?」

 目標の男、仮称アキレスは言った。そして、続ける。

「弓道三段。春の大会では優勝。夢は20歳の京都の弓会での優勝。そんなに心を乱していたら、そんな夢は叶わないよ」

 紗百合の表情が強張った。

「なぁ。ハリタン。撃っていいか?」

(まだ、認定書がこない。今のこの男はただの人間よ)

「ハリタン、何を言っている。さっき犠牲者が出たんだろ? こいつに間違いないだろっ。リブルも何か言ってやれ」

 京花がハリタンに抗議した。

(ここであの男を撃って殺したとしても、問題はない。もしも、普通の人間だったとしたら少し罪が増えるだけだ。それだけのことが、なぜわからない)

リブルもハリタンに迫った。

(決まりは、決まりなのよ)

「わかった。撃たない。取り押さえる。それならいいだろう? 紗百合、何かあったらすぐに射て」

 返事を待つ前に、京花は仮称アキレスを取り押さえにいった。

「やれやれ、話し相手になってもらえるのかと、思っていたけれど、どうやらダメみたいだね。せっかくこんな場所まで、用意したのにね」

 京花は腰のポッケから、拘束用のワイヤーを取り出し、仮称アキレスに近寄る。手には近接戦を想定にグローブをはめていた。

「抵抗する気はあるか?」

 京花が念のために、聞いてみた。

「どうしようね。やはり少し遊ぼうか」

 仮称アキレスは、京花のワイヤーを持った手を狙って蹴り上げた。

京花は身を引いてかわす。

その後ろから、矢が飛んできた。

 矢は仮称アキレスの、蹴り上げた足の裏に当たり串刺しにした。

矢は深々と刺さり、スニーカーの靴紐の辺りから矢先が出ていた。

「おっとっと、これでは立てないな。それにしてもひどいな。痛いじゃないか」

 仮称アキレスの、全然痛がっていない言葉に、少し恐怖を感じた。

 すかさず京花が、男のもう片方の足を払った。

 それは、垂直にジャンプしてかわし、矢の刺さった足でスネークを蹴飛ばそうとした。

 顔面に当たる直前、腕でガードしたが、勢いよく後方へ吹き飛ばされた。

 ガードした腕から血がほとばしった。

矢じりのついた足で、蹴飛ばされたから、腕に矢が刺さり穴が空いたのだ。

 仮称アキレスが着地した同時に、ふとももに矢が突き立った。

いつものような浄化作用で、光の粒子になることはなく、足から血が出ることもなかった。

こいつは人間ではない。

「ハリタンっ!」

 紗百合が叫んだ。

(あいつは人間ではないわね。駆除していいわよ)

 ハリタンが答えた。と、同時に発砲音が響いた。

 ぱぱぱぱぱぱぱぱぱぱぱぱぱぱんっ!

 蹴飛ばされた京花が、床から起き上がって発砲したのだ。

 銃弾が胸と腹に全て着弾した。マガジンをすて、新しいマガジンを挿入し、狙いを再度仮称アキレスに定めた。

 標的は立つこともできずに、その場で倒れた。

 ……何だ、この手ごたえのなさは。

 京花は狙いを定めたまま立ち上がり、倒れた仮称アキレスに近寄った。

 表情は笑ったままだった。

人形のようにピクリとも動かない。

「気をつけて、京花ちゃん。私達の弾で浄化しないし、血も出ていない。こいつは一体何なの?」

 紗百合が怯えるように言った。

未知の存在、正体不明の存在に、不安と恐怖を感じていた。

「ただのイケメンにしては、あっけなすぎる。もっと、セリフがあっても、おかしくないのにな。これでは、これを見ている視聴者ががっかりしてしまうな」

「……何を言ってるの京花ちゃん」

「……冗談だ。イケメンを手にかけたんだ、後味が悪くてな。気の利いた冗談でも言わなきゃ、やっていられないだろう?」

「で、これ、どうするの? 消えてなくならないんだけど。このままでいいの?」

 紗百合が怖がって、遠くから指を差した。

「どうしような。念のため、首跳ねて四肢を切断しとくか? ゾンビみたいに復活されてもいいように」

 冗談とは思えない京花の言葉に、紗百合はリブルをかえりみた。

(ここまま引かないか。後はここの人の手でも、処理できるのではないのか? 僕たちの任務は虫の駆除だ。こいつのことは対象外だ)

 リブルが話すと、ハリタンが続けた。

(浄化できないのなら、手の施しようがないわ。撤退しましょう)

「おい。まじか? こいつ、本当にこのままでいいのかよ。後味が悪いぜ。きっと、明日になったらニュースで流れるんだぜ。某オフィスビルで若い男性が銃弾と弓矢を受けて死亡しているのが発見されました、って。なんだか人殺しみたいで嫌だな」

 ハリタンが倒れた男の近くにいって、様子を見た。

(こいつは人ではない。気に止めることはないわ。でも、虫でもない。一体何なのでしょうね)

 不意に、男の腕が動き、近くにいたハリタンを手でつかんだ。

(っ!!)

 一番驚いたのはリブルだ。

この世界に、体は存在していないから、捕まえられることはない。

それを掴んだのだ。

「捕まえた。こうでもしないと、きっと近くに来てくれないからね」

 むくっと仮称アキレスが起きた。それは人が起きたというより、人形が起きたような感覚だった。

 ハリタンを握って起き上がろうとして、その腕に、矢が突き立った。

さらにもう一矢、今度は手首を貫いた。

さらに紗百合が離れ業で、矢を射続けた。

両足のつま先に矢を当て、床材に縫い込み動けなくさせ、肘を狙って腕の機能を奪った。

ハリタンを握っていた手は力なく垂れ、ハリタンはすかさずその手から逃れた。

「……紗百合を、敵には回したくないな…… ハリタン無事か?」

(あー、びっくりした。死んだかと思ったわ)

「お前らって死ねるんだったかな?」

(例えよ、た、と、え。それくらい怖かったのよっ)

「お前らって、怖がるんだったっけ?」

(怖いモノは怖いのよっ!)

 珍しくハリタンが声を荒らげるのをみて、紗百合はホッとした。

そして、リブルを見た。

(……紗百合、今君は僕を抱けると思っただろう)

 紗百合の、リブルを見る目が輝いた。

「だって、スリスリできたらサイコーじゃん」

「おいおい、そんなことは、後でやってくれ……」

 京花がおそるおそる、ハリタンをなでてみた。

「ぁ。触れる……」

「ぇ?っ、いいなっ! 私もっ」これは、紗百合。

(ほら、紗百合気を抜くな。まだ仮称アキレスは生きているぞ)

「って、ったって。どうすんのよ。この状況で」

仮称アキレスは、紗百合に何箇所も、痛いところを射抜かれ、体を動かすこともできなかった。

(逃げる。作戦終了。虫の以外には興味はないよ)

「はぁ? 十分あるでしょ。ハリタンが触れるのよ。これが、どういうことかわかっているの?」

 紗百合はキラキラとした目でリブルを見つめた。

(おい……、そんな目で僕を見るな。状況がわかっているから、ここを脱出するのだ。早くしないと手遅れになる)

 紗百合の矢で、動けなくなった仮称アキレスが口を動かし、話をしだした。

「これからどうするだって? そりゃ、お話タイムでしょ? 君達は僕に会いに来た、僕はこれでは動けない。君達には危害を与えることはできないが、どうかな? お話をしようじゃないか」

(こんな奴のことは信じるな。早くここを離れるぞ。ハリタン結界を解け)

 リブルは言ったが、ハリタンは京花に頬ずりされていた。

(そういうことは後でやってくれ)これは、リブル。

「ちょっと、私にも触らせてよっ。こんな機会はないんだからっ!」

(紗百合。人の話。聞いてる?)

カテゴリー5、仮称アキレスの目の前で、一匹のハリネズミは、二人からのお触りで困っていた。

「二人とも、僕とお話しない? 聞いてる?」

仮称アキレスも、困ったように二人の女子を見ていた。

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