第15話 人ならざるモノ

 二人は「大人の秘密の部屋」の、お店を出た。

暗い階段を降りると、一階バーの看板のネオンが眩しかった。

ここのお店は、ちゃんとやっているんだなと認識する。

昼間とは全然違う雰囲気に、お店の表情が、こうも変わるのかと少し驚く。

外はまだ真夜中だから当然暗かったが、街の明かりは、まだまだ明るく、時間的に遅さは実感できなかった。

それでも時刻は、23時ごろだ。

「本当においしかったね。マスターのパンケーキって、マスターが焼いてるなんて、すごいよね」

「あのエロオヤジは、何でもできるのさ。それに、間違いなく強い。本当に何者なんだろうね。なあ、ハリタン、知らないのか」

 京花のすぐ横に、ハリネズミのハリタンが現れた。

(もちろん知っているわよ。でも、あなたには教えない)

「そう言うと思ったぜ。なあ、紗百合はどう思う? どんなふうに感じた?」

 京花は、紗百合の底力を知っている。自分とは、何か違うものを感じているかもしれないと思った。

「え? マスターのこと? そうね、優しくて、面白くて。かっこよくて、何でもできて。理想の男性像じゃないかな?」

「……おまえ、あんなのが好みか? 悪いことは言わない。やめておけ」

「そうかな。だって、覚醒者なのに、ここでは問題なく生活しているんでしょ? しかも、あっちの世界でも、同じように、暮らしているよ。あれは並大抵の人じゃできないことだよ。それに使い魔さん公認なんだし、選択肢としては間違っていないと思うよ」

 リブルが足元に姿を現した。

(僕らは、使い魔ではないよ。何度言えばわかるのかな。あの男は確かに公認、いや、容認しているけれど、常に監視はされているから、何かことを起こせば、すぐさま処罰の対象になって、僕たちの管理下に入る。だからね、何かの問題を起こしてくれないかなと、願っている)

「ほう。お前たちの管理下でもないってことは、本当にフリーで動いているのか? てっきりお前たちの、上司みたいな存在かと思っていたぞ」

(あんなのが、僕たちの上官なわけがない)

「あれ? リブルは、マスターのこと。よく思っていないの?」

(悪くは思っていないけれど、良い印象はないよ)

「なんだがリブル、妬いているみたいね」

(そんなわけないだろう。あんな男ごときに)

「ねえ、はりたんはどう思う? マスターのこと」

 ハリネズミのハリタンは、かわいい小さなお目目を光らせて言う。

(悪くはないわ)

「ぇ? それだけ? その悪くはないって、どっちの意味かな? 

(そのままの意味よ)

「ねえ、ハリタンは女の子で、リブルは男の子なんでしょ? 2人は…… あなたたちは、お互いのことはどう思っているのかな?」

(あいつはハリネズミだ)

(生意気な黒猫)

「……ぁ、そう……」

(そういう紗百合は、京花のこと、今はこちらの京花だけれど、どう思っているのだい)

 と、リブルが聞いてきた。

「強くてかっこよくて、優しいお姉さん」

「ぉ、おう。そうかな」

(じゃあ、あちらの橘京花のことは、どう思っているのだい?)

「怖くて陰険で悪質でねぐらで陰湿で性悪陰険で、ぁ、これ言ったかな?」

「ぉい……こら。即答で答えるな。少しは言葉を選べよ」

「でも、話してみると、ユーモアで明るくて上品で優雅で賢そうで、包容力のある綺麗なお嬢様って感じかなぁ」

「ぉ…… おう。包容力あるってところ、いいな」

(それ以外は、どうかなってところもあるけれど、半分はけなしていたと思うわ)

(じゃあ、京花はどう思っているのだい) 

と、ハリタン。

「え? 私が言うのか? そうだな、能天気で明るい、リーサルウエポンってところかな?」

「なに、そのリーサルウエポンって?」

 紗百合が眉根を寄せる。

「ぁあ。切り札って意味さ。紗百合は土壇場に強いだろう。そういうときに心強いってことさ」

「そうなの? なんだか違うような気がするけれど。まあ、いいっか」

「リーサルウエポンと言えば、シャロもそんな感じだな。あいつは強いからな」

 京花と紗百合は、思い出したように、胸をさする。

痛くないはずの胸の傷は、痛みの記憶を蘇らせる。

ぞっとするな…… 京花は肩を震わせた。

「カテゴリー5の討伐には、シャロは欠かせないけど、敵には回したくないな」

「シャロさんってカテゴリー5の駆除を担当しているの?」

「主には、カテゴリー3・4クラスだ。5となると、総出でかからないと、返り討ちに合ってしまう」

「そんなに怖い相手なんだね。カテゴリー5クラスって。でも、もし突然現れたらどうするの?」

「様子を見て、作戦を立て、相打ち覚悟なら、逃げる。向こうさんも、好き好んで戦闘をしたくは、ないはずだからね。確実に勝てる作戦じゃないと、やり合わない。リスクが大きすぎるからな」

「相打ちってことは、どちらも死んじゃうってことじゃなくて。消滅してしまうって、ことなんでしょ?」

「ああ、そうだ。消滅したら二度と復活することはない。死ぬだけなら魂が残るからな」

「そう言えば、死後の世界って、この上の世界なんでしょ? 私たちって、この状態ではいけるのかな?」

 紗百合の疑問に、黒猫のリブルが説明した。

(ここは第3層世界、君たちの現実世界は第4層世界。そして、死後の世界は第2層世界なのさ。君たちの肉体が滅んで、魂の形になったら行くことができる。僕たちは、第2層世界からやってきているから、行き交いすることはできるけれどね)

 紗百合がふと思い、リブルに聞いてみる。

「そこは、天国ってやつなのかな?」

(ないしょ。でも、君たちの言う、天国とやらとは、少し違うと思うけれどね)

「まあ、当分行くことはないから、関係ないことなんだけどね。でも最近ね、死んじゃったら、どうなるんだろうって、思うことは結構あるんだ」

(君は生きることと、生き残ることを考えればいい。その後のことは、後で考えても遅くないから)

「ううん。そう言う意味じゃなくて、いつ死んじゃうか、わからないから。今何をしなきゃならないのかなって。時間は有限だから、何を優先していけばいいのか、よく悩むんだ」

「紗百合にしては真面目な悩みだな。私も忙しいから、それは感じているぞ。女子高生とは、本当に多忙な職種だからな」

「ぇ? 京花ちゃんの仕事って女子高生なの? そもそも女子高生って職業なの?」

「んなわけないだろう。ものの例えだよ。肩書きみたいなものかな。あるだろう? 女子高生アイドルユニットとか、女子高生バンドグループとか」

「それで、京花ちゃんは、何をやっているの?」

「私か? 大したことはやっていないぞ。例えば、女子高生会社役員とか」

「とか?」

「とある○○組の幹部とか」

「……とか?」

「とある国の、銃火器連盟のアドバイザーとかってところかな」

「……ヘぇー。……何だか、夢とか華とか、なさそうだね……」

「そういうお前は、何が多忙なんだ? 部活以外に何かしているのか?」

「そうだね。家事洗濯料理に勉強ってところかしら」

「なんだそれ。お袋とかいないのか?」

「小さいときに、病気で亡くなったの。だから、長女の私は家のことを、やらないといけないの」

「そ、そうか…… 弟か妹がいるのか?」

「妹がいるの。あと、おばあちゃんとおじいちゃんもまだ健在だから、その辺はまだいいんだけどね。とにかくお父さんがすごく厳しくって、よく泣いていたわ」

「なんとなく、その厳しいっていうのが、わかるような気がする」

紗百合の身体能力は異常だ。

きっと厳しいどころの鍛錬を積んでいるとは思えない。

紗百合の父親は、只者ではないのだろう。

だからかもしれない。

父親に向ける厳しい顔と、妹に向ける優しい顔との2面性を、小さいときから無意識に芽生えさせたのかもしれない。

闘争本能の剥き出しの紗百合と、今横にいるような能天気な紗百合の極端までの性格は、きっとそうやって形成されたのだろう。

 私といい、紗百合といい、他人事ではないな。

 そう言えばシャロの奴も、似たような境遇なのかもしれない。

生きるための笑顔と、この世の中を恨む憎しみで、極端までの2面性ができてしまったのだろう。

「お母さんは、よく私をかばってくれたの。もう小さい頃だから、よく覚えていないんだけどね。お母さんもよく泣いていたな」

過去を回想していたら、昔の思い出も蘇ってきた。

「そういえば、お母さんの作ったパンケーキがすっごく好きで。何かあるたびに、おねだりしていたわ。うちのパンケーキはシンプルだったんだけどね、サクッと、ふわっとふんわりと、とてもおいしかったの」

「その、ふわっとと、ふんわりは違うのか?」

「ふわっとは、香りが口の中で広がるの。ふんわりは生地の柔らかさね。今では、もう食べられない、絶品パンケーキだったわ」

「だから紗百合は、パンケーキに目がないんだな。最近じゃ、おいしいパンケーキのお店はいっぱいあるからな」

「でもね、やっぱりお母さんの作ったパンケーキが1番おいしいのよ。どうしてなんだろうね。マスターのパンケーキもおいしかったけど、あれはまた別物なの」

「ふーん。紗百合にもいろいろな歴史があるんだな」

 あまり詳しくは聞けなさそうだな…… と京花は思った。

人それぞれの過去には踏み込まない方がよさそうだ。

 京花は話題を変えようと思案していると、隣を歩いていた紗百合の足取りが急に止まった。

「どうした? 紗百合?」

 京花は、隣の紗百合が正面を見据えているのに気付く。

反射的に緊張が走り、腰のホルスターに手を掛け銃を抜いた。

視線を前に向けた。

紗百合は何を見たのか……

見ているのか。

視線の先には人がいた。

こんな時間でも、街を歩いている人はいる。

その人は歩道で立っていた。よく見ると、男女が抱き合っていた。

 歓楽街が近いこの辺では、珍しい光景ではないが、そういうことをするなら、もっと人気の少ないところでやってほしいものだ。

と、京花は思ったが、まあ、これはこれでしょうがないことだ。

「紗百合。何を真剣に見ているかと思えば、熱々の男女の抱擁か? お前も誰かにああされたいのか」

「違うの、よく見て…… 女性の人の体が何だか赤く光っているの」

「…………っ!! はりたん結界を張れ!」

(京花。この距離では私達の結界は届かないわ。人気が多いから、結界なしでは、発砲も許可できない。ここの世界の許可がなければ……)

「近付けばいいんだな」

(もう手遅れよ。みて)

 抱き合っていた女性の体は、さらに赤く光り、全身が真っ赤な光に染まると、光は四散し女性の体は消えてなくなっていた。

 相手の男性がこちらに気付くが、特に慌てた様子もなく、すたすたと角地を曲がって、姿を消していった。

紗百合の身体は震えていた。

少し落ち着いてきて、ようやく口を開いた。

「いまのは何だったの。京花ちゃん……」

「……ああ、あれはカテゴリー5クラスの虫だ。人型の虫……」

 京花は紗百合を落ち着かせようと、肩に手を置いた。

「消えた女性はどうなってしまうの……」

 リブルが答える。

(はっきりとは言えないが、消えてしまう可能性がある。その意味の通りの消滅。世界からその存在がなくなる)

「じゃあ、現実世界の本体はどうなってしまうの?」

(あの状態では、きっと突然死で亡くなっている。そうなると肉体は滅んで、この世界から完全に消える。つまりは、消滅だ。そして、虫は単独で進化して、いずれは虫でなくなってしまう)

「そ、そんなっ。どうすることもできなかったの? 私たち2人いたのに、何とかならなかったの?」

 目の前で人が死んだのだ。正確には、魂もろともこの世から消滅したのだ。

紗百合は、自分の無力さに肩を震わせた。

京花が声をかける。

「すまんな、紗百合。私達には、まだ手に負えないんだ。最低でも3人で挑まないと、さらに犠牲者をだしてしまう可能性があるんだ。特に今の私たちは、魂がこちらにあるから、本当に消滅してしまう可能性があるんだ。それに、奴に私達を吸収されたらそれこそ大変なことになる」

「でも、放っていたらまた犠牲者が出ちゃうよ」

(今、ちゃんと監視下に入れた。サーチできるから見失うことはないよ。今、召集をかけているから、少し待って)

足元にいたリブルが、二人に報告した。つまりは、駆除する方向でいくということだ。

「よし。じゃあ。コンビニへ行こうか」

京花は抜いた銃を腰のホルスターにしまい、反対側の車線にあったコンビニに、指をさした。

「え? コンビニ? さっき、食べたばかりだけと。それとも、保湿クリームでも買うの? さっき虫の体液を一杯浴びたから、お肌がパサパサかさかさなのかな?」

「バカかっ。何を言ってやがる。たま、銃弾を買うんだよ。それと、もう1丁欲しい銃があるしな。紗百合もいるだろう? 矢とか、何かと。お前も1丁持つか?」

「うーん。うん。そうだね。私でも撃てるかな? 撃てるようになれるかな…… でも、やっぱりいいや。今の私はコレしかないから」

紗百合は奮起した。

目の前で人が殺されたのだ。正確に言えば虫に吸収されたのだが、その人間の存在を奪われたのは事実だ。

ここで止めないと、さらなる犠牲者が出てしまう。

何としてでも駆除しないといけない。

二人はコンビニで商品を受け取り、装備と点検を済ませた。

「ハリタンどうだ。もくりんと連絡は取れたか?」

 京花が聞いた。もくりんはシャロの監視官だ。

(シャロはまだ交戦中。いけないそうよ。花音も同じ。ぁ。また犠牲者がでたわ。若い女性が襲われた……」

「……そうか。じゃあ、知紗は? って、あいつ休暇中か…… 非常事態だ、出させろ。緊急召集だって」

(わかったわ。でも、来るかはわからないわよ。あの子は、中学生なのだから)

「それを言うなっ」

「ぇ? 知紗ちゃんって、中学生だった? こんな時間に出歩いたら、補導されちゃうよ?」

 紗百合は本気で心配していた。

「紗百合。それは、お前も一緒だぞ…… 女子高生よ」

「とにかく、知紗が来るかは、期待しないほうがいい。中学生を巻き込むのも、心が痛むしな。なあ、リブル。どうする?」

(京花は僕に聞くのかい? 紗百合に聞かずに」

「紗百合に聞いたって同じだよ。で、どうなんだい」

(僕は賛成しない。危険だ。もしかしたら、どちらかが犠牲になるかもしれない)

「お願いリブル。これ以上犠牲者を出したくないの。だから、時間稼ぎでもいいから足止めしたいの。そうすれば、シャロちゃん達と合流するまでの時間が稼げるの。シャロちゃんなら、きっとあのカテゴリー5を倒してくれる」

(君がそこまで言うのなら…… ただし、危ないと思ったらすぐ逃げること。京花が危ないと思っても、助けようと思わないこと。自分を犠牲にして、あいつを倒そうと思わないこと。いい? これが条件だ)

「よし。決まりだな。いくぞ紗百合!」

「うん!」

真っ暗な夜とはいえ、街は明るい。

深夜までには、まだ時間があったが、それでも、女の子が出歩く時間帯ではない。

そんな中、不謹慎ながらも、二人の女子は、見知らぬ男を追った。

それこそ不謹慎なのだが 、二人は面識のない男を殺すために、そのあとを追った。

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