第14話 ティータイム

 重厚な木製の扉に『大人の秘密の部屋』と、イタリア語で書かれているらしい扉を引いた。

カランと乾いた鐘の音を響かせ、重そうな扉は軽く開いた。

「空いてる席へどうぞ」

昼間と変わらぬマスターがいた。

「カフェって、こんな時間でもやっているの?」

「さすがに今はカフェの時間じゃなくて、バーの時間帯さ」

紗百合はキョロキョロと店内を見渡す。

確かに、みんな飲んでいるのはコーヒーじゃなくてお酒だ。

でも、こんな時間に、こんなお店に入ってもいいのだろうか。

紗百合の不安を消すように、京花が話した。

「こんな時間まで、銃を撃ちまくっていたんだ。酒場なんて、その比ではないよ」

京花はカウンターの席についた。その横に紗百合も座る。

他の客は、こちらに興味の視線を投げつけるが、マスターと気さくに喋る京花を見て、常連だと判断したのか、それ以上の興味を示さなかった。

「絹肌2つ。それと、ナデミルク2つ。以上」

「京花くん、いいのかい? こんな時間に…… 太るよ?」

「いいのいいの。動いた後だから、身体はあまーい炭水化物を望んでいるのさ」

「こっちの京花ちゃんが言うと、エロさを感じないね…… マスターのパンケーキ、おいしかったです。また食べられるなんて嬉しい」

「君達若い女性は、女の子らしくしないと、世間の男子に相手にされなくなってしまうぞ」

「いいのいいの。世界は広いから大丈夫。私より強い男子はごまんといるよ」

「そうかなぁ。5人と。いないかもしれないよ?」

「他人事みたいにいうな、お前……」

「私はか弱き乙女ですから。京花ちゃんみたいに「強い女」ではないからね」

「お前が言うか。私だって、か弱き淑女なんだぞ。事実、紗百合に負けたしな……」

「紗百合くん、凄いね。京花ちゃんに勝ったのかい?」

「はい。運が良かっただけです。だって、京花ちゃんの蹴りってすごいんですよ。腕が折れるかと思ったんだから」

「私は足が折られるかと思ったぞ」

「もう、京花ちゃん本気出してくるから、心が折れそうだったわ」

「私は本当に心が折れたぞ……」

紗百合に唇を奪われたことを思い出し、身震いした。

「まあ、2人とも無事で何よりだ。紗百合くんは、まだ日が浅いから大変だね。怖くはなかったかい?」

「ぅん。すっごく怖かった。だって巨大なダンゴムシや巨大ミミズやら、何であんなにグロいの。見るに耐えられないよ」

「おまえが見た虫は、まだましだぞ。酷かったのは。シャロと組んだときだったけれど、大量のご◯ぶりがいてな、扉を開けた瞬間に悲鳴をあげたぞ。50匹ぐらい、いたかな。あのときほど、恐怖を感じたことはなかったぞ」

「へぇ。京花ちゃんでも。女の子らしいところがあるんだ」

「何をいってやがる。私はおしとやかな淑女だぞ。それに比べてシャロの奴は全く平気で、楽しんで殺しまくっていたぞ。あいつこそ腐女子の名にふさわしいな」

「淑女は、両手で銃を撃ちまくったりしないよ。シャロちゃんは、努力家で責任感が強くて辛抱強い子なだけで、多分、凄く怖かったんだと思うよ」

京花が笑った。笑いが止まらずカウンターを手でバンバン叩く。

「おまえシャロのこと、知らないからな。人は見た目によらないとは、まさにシャロのことだな」

「……それを、あなたが言うかな……」

「まあ、今度シャロと組むことが、あるかもしれないから楽しみにしておけよ」

「楽しみって、いってもなぁ、私とか京花ちゃんを倒した人なんでしょ。確かに人は見た目によらないけど、シャロちゃんはきっと、何よりも責務に忠実なんだと思う。だから、私とか京花ちゃんを倒すことができたと思うんだ」

「紗百合がどう思おうが勝手だけど、これだけは言っておくよ。あいつは、強い…… そして、性悪だ」


二人の目の前に、焼きたてのパンケーキが載った皿と、コーヒーカップが置かれた。

早速、二人はフォークとナイフを取り、大きめにモノを切って、口に放り込んだ。

「ぅわ。やっぱりおいしい。現実世界でおいしいのは、わかっていたけど、こっちで食べると、さらにおいしく感じるっ! これはやっぱりサイコーだね」

「だから来たのさ。マスターのパンケーキはサイコーだろ? この生地の柔らかさといい、しつこくない甘みと香り、この生クリームとアイスとフルーツのトッピング。いつ食べてもおいしいけど、一働きした後のスイーツは格別だね」

「うんうん、言葉にならないおいしさ。京花ちゃんが、こんなにもテンション上がる意外さ。マスターの渋さから、この味が出るなんて、渋さは隠し味ならぬ隠し技」

「最後のはよくわからないが、本当にうまいだろう。私だってこういうのが好きなんだぞ」

「今さら、意外なんては、言わないけど、これを作ったマスターの方が意外かも」

「だから、いってるだろ、人を見かけで判断するなって」

「ますたぁー。すごく美味しいです。それにこのカフェオレも、パンケーキに負けないくらいおいしい」

「そんなに喜んでもらえるなんて、嬉しいよ。光栄だね」

「そう言えば、マスターって私たちのこと知っているの? あれ? 前にも聴いたっけ? こんなこと」

「今日だよ。6時間前って、ところかな」

「あれ? マスターって、どっちの人なの? この質問って、意味わかります?」

「はは…… わからないな。どういうことかな」

マスターは食器を洗いながら答えた。

 これは知らぬ顔で、とぼけているなと思い、話題を変えた。

「マスターは、昔からここで、お店をやっていたんですか? 私、ここに、こんなお店があるなんて全然知らなかったから」

「そうだね、5年ほど前かな。ここにお店を出したのは。昔お世話になった人のオススメでね、半分は趣味の延長のような、ものだったんだけれど、今では床についた感じだね」

「そして、それは表の姿。しかし、その実態は、ナナナなんと、裏社会のボスだった。なーんて、パターンじゃないの?」

紗百合が人差し指を立てて話した。

「おまえ、ドラマかアニメの見過ぎだよ。マスターは私たちの協力者。まあ、ある意味、裏の人間には違いないけどな」

「それはつまり、私たちの仲間で、実のところの親分みたいな感じなのかな?」

「親分でも仲間でもないかな。でも、味方には違いない」

「どうして? マスターも覚醒者なんでしょ? 私たちの仲間じゃないの?」

「紗百合、私たちとマスターの違いは何だかわかるか?」

「男と女の、違い?」

「……違う」

「じゃ、そうだね。マスターは、……経験の差。私たちは処女だけど、マスターは経験豊富」

「違う違う。おまえ、自分で言ってて、恥ずかしくないのか? それにみんなが処女とは限らないぞ」

「ぇえ? 京花ちゃん経験済みだったの? 意外だわぁ。で、どうだったの? やっぱり痛いの?」

「……すまん。私は処女だ…… その質問には答えられない。……違う、そういうことじゃなくって。私たちは罪を犯しているだろう?」

「犯す? 罪? ……だから、私は経験ないからそんな……聞かれても答えられない……」

「だから違うって。おまえは根っからのスケベのようだな。同じ女子として恥ずかしいぞ」

「そんなぁ。京花ちゃんだって、嫌いじゃないくせに……」

「ぁぁ。わかったわかった。今、その話はこれでおしまい。私たちとマスターの最大の違いは、マスターは罪人ではない。だから、虫退治などの義務を負うことはない。ここは夢の世界だろ。マスターはここで夢を叶えたんだ。罪を犯すことなくな」

「まあ、京花くんの言った通りだけど、僕の夢は喫茶店のマスターになることではなくて、普通の世界で普通に生活ができて、普通に人と接することのできる、暮らしがしたかった。その結果が、今のカフェとバーのマスターなんだけどね」

「マスター。何者なの?」

「僕の場合は君たちとは、逆なのかもしれないね。僕は現実世界では、表で生きることができなかった。裏の世界のボスとはいったものだが、それに近いものはあったね。だから、普通の生活を望んだ。結果的に私の夢は叶った。現実世界でも、僕は普通の生活が送ることが、できるようになった。だから、罪滅ぼしなんだ。君たちに協力しているのは。本来、現実世界で裁かれるはずの僕は、幸運にもそれを免れた。自分の罪をこうやって償っているのさ」

「へー。よくわからなかったけど、マスターって結局のところ私たちと同じ覚醒者なんでしょ? こっちの世界なら基本、何でもできるのに、夜はバーで、昼間はカフェでコーヒーを入れて、それだけで満足なんですか?」

「それは少し違うんだよ、紗百合くん。僕が欲しかったのは自由さ。その結果がこの仕事さ。君には理解し難いかもしれないな」

「紗百合の頭は、ケーキにお菓子にスイーツに、それ以外のものには興味ないからな。それこそ、理解に苦しむ。毎日食ってたら飽きないのか?」

「京花ちゃんこそ、いまだに教えてもらってないんだけど、何をやらかしたんです? こっちの世界で」

「しょうがないな。教えてもいいけど、あんまりいい話じゃないぞ。親の仇って奴だよ。無念を晴らしてあげたんだ」

「……そうなんだ。やった奴をやってしまったのね」

「やった奴は勿論だが、それを指図した奴らも、全て葬った」

「ぇ? そのグループを壊滅させたってこと?」

「その組織を殲滅したってこと。楯突く奴は全て葬った。何せ夢の世界だからな。何やってもいいと思ったから、みんなやっちまったよ」

「みんなって、15人ほど?」

 紗百合は控えめに聞いてみた。

「その20倍ってところか。さすがの私もちょっとやり過ぎたと思っている。私の敵では無かったけれどな」

「そりゃ、また、派手にやっちゃったんだね」

「ああ。親玉もその一族も楯突いた奴は全て葬った。だから、世界は私を処罰したのさ」

「そのときの相手が、シャロちゃんな訳ね」

「そうさ。あいつは私の銃弾をかわして、私の首元にナイフを突きつけた。おとなしく観念しろって。私はシャロを投げ飛ばして、間髪入れずに銃弾を浴びせた。シャロも矢を射った。矢は銃の銃口の中に刺さり暴発したよ。そのあと胸に激痛が走り、矢が胸を射抜いたことを知ったさ。シャロは笑っていたよ。お掃除ご苦労さんって」

「京花ちゃんも怖いけど、シャロちゃんも怖いわね……」

「……紗百合。お前も怖いぞ」

「それで、どうだったい。今日の御奉仕は。何だか疲れているようだけれど、大変そうだったみたいだね」

「あー、そうなんだ。武器のチョイスを誤った。やっぱり45口径の方が安心感が強いな」

「ストッピングパワーってやつかい。相手がどんな奴が来るか、わからないのは厳しいな。そう言う情報は事前に入手出来ないのかい?」

「あいつらかわいい顔して、私たちに肝心なことは伝えないからな。感情って奴が乏しいのか、それとも、私たちを完全に下に見ている感じなんだよな。あいつらは、私たちが死んでも、何とも思わないんだろうな」

 カウンターのテーブルの上に、ハリネズミのハリタンが姿を現した。

(京花、聞こえているわよ。私の役目は君たちのサポートよ。だから、死んでもらっては困るわ。私の評価が下がるから)

「やっぱり、そんなところか。私達の存在は」

「まあ、それぞれの立場があるからね。一概にも冷たいとか、冷酷ってわけではないだろう。君達の上官でもあるんだしね」

 マスターは、京花を揶揄した。それから、はりたんに目で合図を送った。

 どうやら、この男はこの小動物の姿を借りた監視役に、発言力があるかのようだった。

「そういえば、シャロの監視役は優しかった記憶があるぞ。あまり話したことはないけど」

「シャロちゃんの使い魔って、そういえば見たことないよ。やっぱりかわいいのかな?」

「……かわいくはないと思うぞ。シャロは、どう思っているかは知らないが。頼りになるって、言っていたぞ」

「へぇー。頼りになる存在か。それでもって、かわいくないかぁ。何だろう」

「今度、シャロが来たときに見ればいい。それまでのお楽しみだ」

「かわいくない…… 頼りになる。かわいくない……何だろう…… かわいくない頼りになる……」

「ぉ、おい紗百合。あまり期待するなって。お前が想像しているものとは、かけ離れているから」

「……かけ離れている? そして、かわいくない、でも、頼りになる…… わかった。カラスっ」

「いや。違う」

「ラクダっ」

「違う」

「じゃあ、ぶた、イノシシっ」

「どちらも違う」

「そうだ。ヘビっ」

「それも違う」

「ワニ。トカゲ。かめ」

「どれも違う。亀はかわいいと思うけど。紗百合の想像力では出ないな。今度会うときまでに、楽しみにしておけ」

「ぅーん。悔しいなぁ。シャロちゃんだから、きっと身近な動物だと思ったんだけどなぁ。そういえば、シャロちゃん今は、就寝中なのかな」

「シャロは出勤中さ。昼間はバイトで、夜は御奉仕と大変だよな。今日は、花音と駆除に行ってるはずだけど」

「カノン? さんって、私達と同じような人?」

「そうさ、この辺には5人の掃除屋がいる。もう1人、知紗というのもいるがな」

「チサにカノン? みんなどんな関係なんです?」

「シャロと花音は近所だそうで、幼馴染らしい。知紗は以前、私と組んでいた。今は休暇中だけどね。紗百合も知っているだろ? お前に銃弾をくらわした中学生だよ」

「えー、どうしてみんな女子で10代なの?」

「適正ってやつさ。こっちの世界に来ると、本能が出る。特に、ここが夢の世界で、何でもできると認識すると、一気に人の欲は爆発するんだ。そして人は暴走する。欲望のままに。適性はそこなんだ。覚醒者は、本能を解放したまま、業務に集中できるかどうかってことなんだ。紗百合は、多分大丈夫。私も恐らくは大丈夫だろう。だが、世の中の人はどうかな? 特に男どもはどうだ? やつらときたら、見境なく女性を襲い、奪いの連続だ。あ、マスターは別だからね。気を悪くしないで。女性でも経験している人たちは、そっちの欲望を求める傾向があるから、大人の女性は適正ではない」

「つまり、それは、処女の子が、適正の条件ってこと?」

「条件っていうか、適正者が多いのさ。欲望の強いものは、欲情に溺れ、世界に、私達に粛清される。その後、適性があれば、私達のような狩人になれるが、そうでない者は、ここに来ることは二度とない。最初から適正者として、狩人になる者も、ほとんどいない。まあ、目の前にその適正者はいるけれどな。まれな1人が」

 京花の視線が皿を拭いているマスターに向けられた。

 その視線は、眼光は、鋭さを増した。

「何だい?」

 その視線に気付いたのか、気付かぬ振りをしているのか、マスターは素っ気なく返事した。

「なあ。マスターは管理者側の人間ではないのか?」

 京花はいつもと変わらぬ態度で言った。そして、マスターの表情と目をうかがった。

「もし、そうだったらどうする?」

 マスターは、京花の目を見て微笑んだ。

「ど、どうもしないよ。マスターはマスターだ。これからもパンケーキを食べさせてくれれば、それでいい……」

 京花は内心たじろいだ。

 マスターは冗談はよくいうが、京花の質問を否定もしなかったからだ。

 やっぱりこいつはそうなのか? そうだとしても、私たちに不利になる条件はないと思うが…… 

 それにしても、これは組織的に動いているということなのか。

 目の前にいるこいつは、私たちの上官ってことだから、こいつは恐らくはカテゴリー6クラスの存在か。

 いっちょ試してみるか? 

 京花は握り拳に力を込めた。

 その横でハリタンが姿を現した。

(京花、やめなさい。お前が敵うわけがない)

 豆粒のようなかわいい瞳で、ハリタンが京花を制止した。

「京花くん、強いのだろう。今度、一度僕と手合いをしてみようか」

「え? ……いいんですか。ぉ、お願いします」

 意外な申し出に、京花は少し戸惑ったが、これはきっと、社交辞令のようなものだなと思った。

「ちなみに、僕の得意技を見せてあげるよ。これをすると女の子はキャーキャー言って喜んでくれるよ」

「得意技? そ、そうなんですか?」

「紗百合くんも、よく見てて」

「は。はい!」 

 紗百合は眼を輝かせ、まじまじとマスターを見た。

 マスターは、冷蔵庫の中からリンゴを取り出した。

 それを左手の上に置いて、右手で人差し指をリンゴの上でくるくる動かした。

 くるくるくるくる。

 しばらくして、はいっと、掛け声と共に右腕を振り上げた。

 すると、リンゴの皮が手の動きに合わせて螺旋状にめくれあがり、中を舞った。

「おーっ!」

 二人は感嘆して拍手をした。

 すると、二人は襟首の後ろの部分から、何かが通ったのを感じた。

「??」

 二人は顔を見合わせた。

 そして、胸の辺が涼しくなった感覚を覚えた。

 その直後に、頭の上に何かが落ちてきた。

 二人はもう一度、顔を見合わせた。

 お互いの頭の上に乗っているものが、ブラジャーだと気付くのに少し時間がかかった。

「えっ! 何これっ!」

 二人は、自分達の頭の上にあるものを取って、確認した。

 そして、自分の、胸元を覗き見た。

 そこには、あるはずの下着がなかった。

 ブラが、空から、降ってきた……

「これぞ秘技、リンゴの皮むきならぬ、女子の下着むきっ!」

「こらっ、変態マスター。何しやがるっ!」

 京花の豊満な胸が、動くたびにプルプル震える。

「健康的じゃないか。そんな暑苦しいものなんか外して、開放的になろうじゃないか」

「それは、お前がただ見たいだけだろう」

「君たちの体は、まさに美だよ。誇りたまえ。自慢したまえ。開放したまえ」

「……誰がするか」

「あらあら、京花ちゃん、手厳しいね。マスターっていつもこうなの?」

「たまにな。いつもはキリッとした、いい男なのだがな。何かをやらせたり、喋り出すと、こう言う変態ぶりを発揮する」

「でも、面白いよ。私はこういうの嫌いじゃないけどな」

「お前も、半分変態だからな……」

「ぇ? なに?」

「いや、何でもない。そのうち、お前もああなってしまうって言ったんだ」

「私は、男性の下着を、こっそり外したりなんかしないよ」

「お前の場合は、相手が女子だから、同類だろう?」

「なにを言っているのか、わからないわ」

「……可愛い顔して、本当にお前は怖いやつだ」

「紗百合くんも、興味あったのかい。ブラ外し。楽しいだろ」

「……ぃえ、私は別に、そんなのには興味ないけど、どうやって外したんです?」

「そんなの簡単さ。りんごの皮を上に舞い上がらせただろ? そのとき、君たちはリンゴの皮を目で追っていた。その隙をついて、君たちの上着を脱がせて、ブラを外して、写真を撮って、それから上着を着せたのだよ。そして、後ろの襟首から飛び出たように、ブラを宙に飛ばしだんだよ」

「えーっ。あの瞬間に、私たちの服を脱がしたの? 写真まで撮ったなんてすごーい」

 京花が、紗百合の頭を軽く叩いた。

「こら、そこは怒るところだ。そんな話、嘘に決まっている。こいつは覚醒者だ。しかも免除対象者だ。そんなことは、頭で考えて、さっとやれば、できてしまうんだ」

「へぇー。まるで魔法使いみたいだね」

「そうかい。じゃあ、今後は魔法マスター、レオと呼んでくれ」

「レオさんは、いつから魔法が使えるようになったんですか?」

「紗百合くん、魔法マスターが抜けているぞ」

「ああ、そうだった。だって長いんだもの。魔法マスターレオって」

「おい、そこはもういいだろう。あまり話を突っ込むな。それより、レオって本当の名前なのか、マスター」

「ああ。サイにしようか、レオにしようか、レイしようか、迷ったのだか、レオが一番、響きがいいだろう?」

「適当かいっ。まあ、マスターの力は見せてもらった。私達では、足元にも及ばないのだろうな」

「ねえ、マスター。私と組手してみる?」

「おい、話を聞いていたか? そんなことしたら、全裸にされて全身で組手をさせられるぞ」

「ぅわ。楽しそうね」

「おまえ、意味わかってないな」

「紗百合くんが望むのなら、僕も全裸で組手をしてもいいよ」

「そう言うことじゃないって。大人なんだから、わきまえろっ。たくっ、これだから男ってやつは嫌なんだよ」

「あれ? 京花ちゃん。楽しそうにしているじゃない。マスターと話しているときの京花ちゃんって、本当に、楽しそうな顔をしているよ」

「どれどれ」

 マスターが覗き込む。

「見てんじゃねえ!」

 京花の顔が真っ赤になった。

「京花ちゃん。マスターのことが好きなんだね」

「軽々しく、そんなことを言うなっ!」

「僕も好きだよ。京花くん」

「マスターが言うと、全然信憑性がないな。どうせ、女なら誰でもいいんだろう?」

「紗百合くんのことも好きだよ」

「わぁ! 嬉しい。そんなこと言ったら、マスターのこと、好きになっちゃうじゃない」

「いってるそばから言うな。スケベオヤジがっ」

 でも、誰にも媚を売らないから、そういうところは好きだな。と、京花は心で呟いた。

 そう言えば……

 ここでバイトをしているシャロは、大丈夫なのだろうか。

 もう、すでに手篭めにされて、いいなりになっていなければいいが…… 

 あいつも、アレで天然だから、意外とこんなスケベオヤジには、興味がないのかもしれないな。

 私と違って……

 京花は、自分がここでバイトをやったら、きっと毎日が楽しいんだろうなと、妄想を膨らませた。

 店員のコスチュームに身を包み、マスターからコーヒーを受け取り、テーブルに運ぶ。

 たまに来る常連さんに冗談を言われ、笑いの絶えない店内は、きっと楽しく働けるのだろうなぁ……

 そんな、妄想に浸っていると、マスターが以外なことを言ってきた。

「京花くんも、ここでバイトしてみるかい?」

 突然の申し出に、京花はびっくりしてしまった。今自分が思っていることを、読まれてしまったのかと。

「ななななに言ってやがる。私はそんなこと、するわけないだろう」

 とは言ったものも、本心はもちろん違った。

「京花ちゃんと、シャロちゃんの二人が、ここでバイトしたら、お客さん一気に増えるだろうなぁ。そのときは、私も応援でバイトに参加しちゃおうかな。メイド服も着てみたいし」

「こら、勝手に参戦するな。それに、ここはメイド喫茶じゃないぞ。でも、楽しそうだな」

 それを聞いて、マスターは顎に手を置いて考えこんだ。

 クールでスマートなマスターが、こういう仕草をすると様になる。

 しばらくしてマスターは、こう言った。

「ここをメイド喫茶にするのもいいな。早速、メイド服を作らないと。二人のスリーサイズを教えてくれ」

「断るっ」

 京花は憮然と言った。


「パンケーキも食べたし、そろそろいこうか。疲れただろう?」

 二人の前の、皿の上にあったモノは、すで胃袋に収まっていた。

「そうだね。私は、あまり何もしてなかったけど、今日はすごく疲れた気がする。京花ちゃんにも1勝できたしね」

「……ぁあ。1勝な」

 取られた敗北は二つだ。しかも、あっという間にだ。

 こいつには、しばらく頭が上がらないな……

 二人は席を立ち、精算ををしてマスターに軽く手を上げた。

「じゃ。マスターおやすみ。またくるわ。シャロによろしく」

「おやすみなさーい。パンケーキ美味しかったです。また食べにきますね」

「またの御来店を、御待ちしております」

 からんからん。バタンと、重そうな木扉はゆっくりと閉じた。

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