第13話 熱い手解き
オフィスの扉を開けると、そこは元いた守衛室の入り口だった。
2人が出るとしばらくして扉は、青白い光に包まれ、やがて光は消えた。
(はい。30分間経過。完了)はりたんが言った。
「ねえ、はりたん。30分以上あっちの部屋にいたらどうなるわけ?」
(それは当然。あの部屋に残されて、防犯カメラと人感センサーに引っかかり、警備員に取り押さえられて、警察送り)
「……あっそう。でも、助けてくれるんでしょ?」
(それはリブルの仕事で、私ではない)
「あら、冷たいのね。リブルは助けてくれるんでしょ?」
(それは君との交渉次第だよ。ミスを認めペナルティーを受けるのなら、助ける。そうでないのなら助けない)
「あら、やっぱり冷たいのね。2匹とも」
「紗百合、それがルールなんだ。こいつらは直接手が出せない。管理者の代行人にすぎない。それこそただの使い魔なんだ。ちなみに、私だったら自力で脱出をするけどな。共用部にはカメラはあってもセンサーはない。脱出は簡単だよ」
(京花、紗百合に悪いことを教えてはいけないよ。僕の仕事がふえてしまう)
「有益な情報の間違えだろう。紗百合だったら大丈夫だ。護身術も心得ているしな。それにしても、やられたな。左手で突いてきたのは、フェイントだったとはな。完全に読まれていた」
「え? 何? 何のこと?」
「…… 覚えていないのか …… 正直鳥肌が立ったよ。素手でよかった。ナイフにしていたら私の首から山茶花が咲いていただろうな」
「ぇ? あぁ。背後を取るか取られるかって、やつね。じゃあ、やってみる?」
京花は耳を疑った。
「ぃ、今か? ……ぉおうっ。いいともっ!」
京花は少し焦った。
油断をしていたとはいえ、先ほどはあっという間に、敗北を機してしまったから、悪いイメージが脳裏をよぎる。
先ほどの紗百合は別人だったが、今はちがう。
いつもの紗百合だ。
それでも油断はできない。向こうから誘ってきたのだから、相当の自信があるのだろう。
基本は合気道か柔術だ。打撃系は鍛えていないはず……
組まなければいいんだ。
京花は距離をとって様子を見た。
「京花ちゃん、慎重だね。いつものような積極性はどうしたの?」
「おまえの挑発には乗らないよ。私はこう見えても臆病なんだ」
「それは初耳。それが本当だったら、どう反応するか楽しみ」
紗百合の目と口元がつり上がった。
一歩踏み込んで、後ろ回し蹴りを繰り出した。
京花はそれを腕で受ける。
っぅ! 重いっ!
華奢で小柄だと思っていたが、体のバネとひねりで、驚異的な蹴りを繰り出していた。
すかさず反対の足も飛んできた。かわすより受けた方がいい。
同じように、腕で強烈な蹴りを受ける。
大技の後は空きが生じる。紗百合の体制が整う前に、一歩踏み込みミドルキックを放った。
このレンジなら避けられないし、受けても、それなりの衝撃を与えることができる。
紗百合は両腕でガードし、後方へ吹き飛んだ。
しっかり足で踏みとどまり、倒れることはなかったが、間合いを詰められた。
間髪を入れず、京花はお返しとばかりに後ろ回し蹴りを放った。
両腕でガードする腕をはじいて後方へふっ飛び、紗百合の体制は大きく崩れた。
この気を逃しまいと、間合いを一気に間を縮め、ふくらはぎを払おうと足を払った。体勢を崩していたにもかからわず、素早く上に飛び、その足払いを交わした。
よし。狙い通り!
京花は、右足の足払いの勢いで身体を回し、左足で後ろ回し蹴りを繰り出した。
先ほどの足払いの回転を利用した回し蹴りは、京花の長い足もあいまって強烈さを増し、紗百合の脇腹辺りを直撃した。
地面に叩きつける情景を予想したが、京花は紗百合の脇腹を捉えた瞬間、背筋が凍った。
軽いっ!
捉えたのは私ではなくって、紗百合だっ!
紗百合は足が当たった瞬間に、体をのけ反らせ衝撃を逃し、京花の長い足に手と足を絡ませて空中で4の字を固めてしまった。
京花の左足に激痛と、紗百合の体重がのしかかり大きく転倒した。
衝撃で固められた足に激痛が走る。
紗百合も背中から落下し右肩を強打した。
痛さに関しては、京花の方が数倍上で、たまらず悲鳴をあげた。
右の手で地面を2回叩いた。
紗百合は固めていた足を外した。
「やったー! 京花ちゃんに勝ったー。これでまずは1勝だねっ」
「……ぉ、おう、ま、負けてしまった…… ははっ……」
京花はりたんとリブルをみた。
二匹は小さなクリッとした黒い目でこちらを見ていたが、特になにも言ってこなかった。
無言……かよっ。
「それにしても紗百合は強いな。お前のところって、合気道の流派じゃあなかったっけ? そんなの誰に教えてもらったんだ?」
「誰って、ワイチューブ見て覚えたんだよ。あ、でもね、小さい頃から、護身術とかで合気道をやっていて、それが元になっているんだけどね」
「そうか、やっぱり合気道か」
「ぇ?? やっぱりって? 4の字固めは合気道にないよ」
京花は、最初に投げられたときのことを思い出す。相手の力を利用して、あっさり投げられたことを。
こいつは恐ろしい奴だ。
口では簡単に言っていやがるが、相当な手練れでなければ、あんな芸当はできない。
私の蹴りも簡単に流してしまうし。
紗百合は京花の蹴りを腕でガードしただけでなく、後ろに飛んで衝撃を減らしたのだ。
そのあとは、中を飛んだときに、とらえた蹴りも足に絡みつくように、力を吸収し瞬時4の字を固めた。
……こいつは化け物だ。
「それにしても、京花ちゃんの蹴りは怖いね。あんなの、まともに食らったら骨が折れちゃうよ」
「は。はは、そうか?」
それをさせない、おまえはもっと怖い……
「京花ちゃんは、誰か師匠さんとかがいるの?」
「え? 師匠? 師匠というか、おやじがな、小さい頃から私に仕込ませたのさ。世の中は強くなくては生きていけない、とな。お菓子が食べたければ腕立てを20回しろとかな。だから。物心がついたときには、私はそれなりに強くなっていた……」
「へー。何だか、うちと似ているね。私のところも運動した後は、ご飯が美味しいのだぞって言われて、一生懸命練習した覚えがあるわ。あのときは楽しかったけど、今思えば。おかしな話よね」
「なあ、おまえはおやじさんのことを恨んで…… ぃゃ、それより腹が減らないか? マスターのところに、パンケーキを食いに行こう」
紗百合の目が輝いた。
「うんっ! いくいくっ。急にお腹が空いてきちゃった。喉もカラカラだね。たった30分しか働いていないのに、こんなんでは、バイトをクビになっちゃうね」
「こらこら、これはバイトではないぞ。義務なのだからな。だからクビにはならない。その代わりに世界から排除される。それに、いい加減なことをやっていると、虫達の餌食になってしまうぞ」
「……虫って、私達を食べるの?」
「食べるっちゃ、食べるな」
「ぃゃだなぁ。虫の餌になるなんて」
「虫と戦うとき、空間を固定しているだろう? あれは虫のいる空間と、うちらの空間を一緒にしているんだ。同じ土俵じゃないと戦えないだろ。前にも言ったけど、世界は2層になっているって。虫達はもう1層の存在なんだ。でも、力をつけた虫達は、自らこっちの層に出現して人を襲う。人の生命力を食らうんじゃなくて、人の肉をくらうようになる。そうなるとね、奴らも賢くなって、やりづらくなるんだ」
「ひとの脳を食べて賢くなるってこと?」
「まあ、そんなところだ。単純に1人食えば1人分の知恵と知識が得られる。5人食えばその5倍。一番厄介なのは、姿形も変わっていくということだ。人、一人を食えばそいつは、食った人の型になってしまうってことだ」
「虫型よりはいいと思うけど、どうなのかな?」
「形は人だけど、中身は人より賢い虫だと思えばいい」
「それは、扱いにくそうだね…… そういえば、昨日シャロちゃんが言っていた人型って、それのことなの?
「あいつが遭遇したカテゴリー5は、また種類が違うんだ」
「人型でも色々あるの?」
「あいつが遭遇したのは人型ではなくて、人だったんだ」
「え? なにそれ? 人が虫になったって言う事?」
「まあ、そんなところだ。人の思念が具現化したんだろうな。だから、人そのものだな。それ故に、人を殺したりはしない。襲って来ることはあっても、危険なほどの存在ではないんだ。ただ……」
「……ただ?」
「この夢世界は、その存在を認めていない。断片化した情報が集まってできた存在ださら、やがては人知を超える存在になりゆる。そんな存在を夢世界は快くみないのさ」
「それって、何だかかわいそうね。望んで生まれたわけでもなく、生まれてしまったのに、生きて行くことを否定されているなんて。世界を憎んで、人を憎んで生きていくんだろうね」
「だから、シャロは苦戦した。分かるだろ? ぁ、わからないか……」
「ぅうん。シャロちゃん優しそうだから、撃つのをためらったんだろうな……」
「私も本当ならば相手にしたくなかったのだがな…… そういうお前も、相手にしたくないな。あ、そうだ。パンケーキ食べたら、ヒト勝負しようか」
「え? いいけど。殴り合いをするのは、ぃやだなぁ。痛いのも嫌だけど……」
「心配するな。別のやり方だ。痛くしないから。優しくするよ」
京花はにっこり笑った。
「……本当かなぁ」
紗百合は、両腕についたアザをみた。一部青くなっている。
京花の蹴りを受け流したときのものだ。
本気の蹴りに違いない。
今度は負けない勝負を挑んでくるつもりなのだろう。
京花の笑顔に、紗百合は苦笑いで答えるしかなかった。
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