第11話 女子トーク
授業も一通り終わり、放課後は部活動に参加した。
体調も悪くない。貧血気味だったのも改善されて、ようやく普段通りの生活に戻れるようになったのだ。
昨日、虫を一体退治できたが、もっとしっかりやっていれば、あと二体は退治できたはずだ。
これは、日頃の鍛錬を怠っていたからに違いない。
紗百合は今日から心を入れなおして、部活動に励むことにした。
紗百合の部活動は弓道部だ。これも何かの縁だと思い、真剣に打ち込むことにした。
「紗百合ぃ、今日は何だか、気合いはいっているね。何かあった?」
同じ弓道部の千明が声をかけてきた。
「そうね。この道もありなのかなって、思えちゃってね」
紗百合は、昨日のことを思い出す。京花がいなかったら私は巨体ダンゴムシに取り憑かれていただろう。
それどころか、この世に存在しなくなっていたかもしれない。
だったら命懸けで練習に励まないと……
「もしかしたら、これが私の、本職になるのかもしれないと思ってね。そう考えたらなんだか、真剣にやらないといけないなと思って」
「は? 何それ、プロの弓道家になるっていうわけ? そんなのあるのかな。あってもかなりの狭き門よ。紗百合には、確かに実力もあるけど、それだけでやっていくのって相当な覚悟がいるわよ」
「そうなの、死ぬ気でやないと、いけなくなったのよ。ちょっとね、諸事情ができたわけよ。千明を巻き込む気はないから安心して」
「家庭の事情ってやつなの? どんな事情があるかは知らないけど、そんなこと言われたら、黙っていられないわね。私だって、ここの代表なんだから、紗百合一人だけに業は背負わせないわよ。私は自分のためにやるから、あなたの最大の壁になってあげるよ、せいぜい私を踏み台にしなさいな」
「踏み台って言ってもなぁー。はいはい、ありがとう。千明とは切磋琢磨の関係にふさわしいわね」
「それ、訂正して。ライバル兼友人よ。そして、いつの日か、恋敵になっているかもね」
紗百合は隣で矢をつがえる友人に苦笑した。
千明とは古い仲だ。
こうやって二人で何かを始め、二人であれこれ努力して、お互いをのばしていった間柄だ。
紗百合が信頼と信用を置ける数少ない友人だった。
二人は一矢に集中して、矢を射て続けた。
紗百合は帰宅中に、昨日の事を思い出す。京花の射撃の腕前は確かだった。日頃から射撃訓練をしなければ、実弾をあのようには撃てない。
一体何者なのだ?
そういえば、今日はリブルがいない。用事でもない限り出てこないのだろうか。
(いるよ)
頭の中に声が響いた。
え? 慌てて左右を見渡すが何もいない。
(ここだよ)
って言われても、声は頭の中から直接聞こえるから、どこから聞こえているかわからない。が、直感的に下を見た。
あ、いた。
足元のすぐ横を黒い塊が4足歩行で歩いている。上から見ると、本当に黒い毛むくじゃらにしか見えない。
「いつからいたの」
紗百合は、黒い子猫に話しかけた。この場合は声を出してだ。
もし誰かに見られていても、女子高生が子猫に話しかけていても、さほど違和感はないかと思われた。
(ずっといたよ、君が僕を気にかけない限り見えないのだよ。気にかけていても、実際、見えていなかったけれどね)
「あんまり近くにいると、知らずに蹴飛ばしちゃうぞ」
(そんな、ドジはしないさ。猫でもそんなバカじゃないよ)
「あなたは猫でしょ。性格の悪そうなね」
(そうだね、僕は猫なんだね。君より頭のいいね)
「ああ、そう。性格の悪そい猫ちゃんだこと。で、何の用なの。あなたがいると、いつも何だか、悪い事の前兆のような気がするんだけど」
(さっきも言っただろ。ずっといたって。これが、僕の役目なのだから)
「えっと、監視官だったかしら? 私達の」
(そう、君のね。君の場合は、何を仕出すかわからないから、常に監視は必要なのさ)
「かわいい姿形のくせして、口は生意気千晩。これが、自分の見張りだというから、気分が悪いわ」
紗百合はさらに続けた。
「ねえ。よくアニメであるじゃない。魔法少女シリーズ的な。大体そのパターンだと、リブルみたいのが、私たちに助けを求めにきて、しょうがないから、魔法戦士みたいになって、外来の悪役と戦うヒーローって感じなんだけど。つまり主役ね。なのに、実際ときたら、私たちは罪を犯した囚人で、罪滅ぼしのために、無償でこき使われている、ただの労働者って感じなんだけど」
「おいおい、報酬はあるだろう。結構いい条件で君たちは働いているのだよ。理解が乏しくて残念だよ)
「すみませんね。私はまだ、高校生で労働には疎いんです。そもそも間違っていない? こんな年端もいかない、か弱き女子に、命張って労働しろって言ってるんだから」
(罪を犯した君が悪いさ。僕の決めたことではないから、諦めて働いてくれ。それが君にとっての善行だよ)
すれ違う人たちに、何やら不審な目で見られている。子猫に労働やら不当やら文句を言っている女子高生を、哀れだと思っているのかと、紗百合は思っていたが。
(ひとつ言っておくけれど。僕の姿は他の人には見えていないよ。だから、第三者から見た君の姿は、一人でブツブツ話をしている、少しやばそうな女子としか、見られていないから)
紗百合は赤面し、足元を歩く小さな猫をにらんだ。
「黒猫が横切ると、悪いことの前触れって聞いたことはあるけれど、それはまさしくあなた、リブルのことね」
(まだ何も起きていないし、きっと何も起きないよ)
「あら、あなたがそう言い切るなんて、何かあるのかしら? ただ付いてきたって感じじゃなさそうだし」
(君の勘は鋭いね。ただ、僕は付いてきたのではなくて、常にいたのだけれどね。それはともかく。京花の所へ行ってみないか)
「ぇ? 知っているの? 住んでいる場所」
(当然知っているよ。あの子にも監視官が付いているってことは、僕にも監視されているって、ことなのだよ。だから、どこで何をしているかなんて、当然わかっているのさ)
「何だか、やな感じ。……ある意味ストーカーね、あなた達って。女子を四六時中監視していて楽しいわけ?」
(人聞きの悪いことを言うな。君たちを補佐するのが、僕たちの本当の役目なのだからね)
「同時に、監視して逐一上に報告する、チクリ魔でもあるんでしょ。そういえば、あなたに上官なんているの? 普通に考えればいるわよね。どんな人なのかな。そもそも、あなたの目上の存在なんだから、やっぱり猫とか、もしくは虎とか、はたまたランオンだったりしてね」
(君は僕を猫科でまとめたいようだね)
「あら、違うの? じゃあ、黒豹かジャガーだったりしてね」
(黒くなっただけで、猫科から離れていないぞ。そもそも、人の上に立つ存在なのだから、考えなくたって、わかるだろう)
「人の上? ぅーん。そうだなぁー。社長さんみたいな人? だって偉いんでしょ? そうなると、リブルは課長、ぃゃ、係長程度かしら」
(君は能天気でいいねぇ。あえて何も言わないよ。僕が係長なら、君はアルバイトだね)
「それについては、何も言わないわよ。私、まだ高校生だし、アルバイトしたいし、自由だし、虫退治なんて、本職なんかにしたくないし。でも、腕を上げて成果が出せるのなら、主任ぐらいにはなってもいいかな。ん? この場合は少尉とか少佐になるのかな?」
(ならないし、なれないよ。君たちは君たちのままだよ。それに報酬がもらえるのだから、アルバイトでいいだろう? やめることはできないけれど、やめるための権利を買うことはできるからね)
「それなんだよ。バイト料って、いつ貰えるわけ? 月末? 週末? それとも日雇いなのかな。そもそも現金でもらえるんでしょうね。仮想通貨とかは嫌よ」
(いいねぇ。鋭い意見だ。その通りだよ。仮想通貨だ。でも、安心して、ちゃんとここの通貨に換金できるからね。レートは低いけれど、できないよりはいいだろう? 元々はあちらの世界の通貨なのだからね。向こうだったら普通に使えるよ)
「ねぇ。それってどうやって使うの? 私、カードもアプリも何にもないんだけど」
(だから、京花のところに行くのだろ?」
「あぁ、そういうことね。ようやく納得したわ。だったらもっと早く言ってくれれば良かったのに」
(それ以外にも目的はあるのだけれど、紗百合に、少しでもやる気と、興味を持たせないといけないからね)
「そりゃあどうも」
リブルが、陰ながら見ていてくれたことに、紗百合は照れた。
本当にこの使い魔は、信用できるのだろうかと思っていたが、少しは気を許してもいいのかなと感じた。
(それに、みんな忙しいのさ。紗百合と同じで)
陽も傾きつつあり、程々歩き、結構疲れてきたところで、リブルはとある建物の中に入っていき、階段を上っていった。
「え? ここ?」
4階建ての雑居ビルは、見るからに年期を感じた。
一階はバーだろうか、アルファベットで書かれた看板がかかっていた。
夕方のせいもあって、古びた看板は文字がくすんでよく見えない。
夜になれば照明が付いて、いい雰囲気になるのかもしれないのだが、今の紗百合には縁のない場所だった。
よく見れば隅っこにも小さな看板が出ていた。
「ここって、以前、京花ちゃんときたカフェだ。えっと、「大人の秘密の部屋」だったかな。また、きてしまうとわね……」
階段を上っていくと、やはり古びた木製の扉が現れた。
見るからに厚みのありそうな木製の扉。ドアの取っ手も、鉄がむき出し気味の、少し錆びついた古臭い物だった。
扉には金属プレートが付いており、薄暗くてよく見えなかったが、イタリア語で「大人の秘密の部屋」と書かれているらしい。
どこかのハンバーグレストランみたいな木の扉だなと思ったが、口には出さなかった。
リブルがこちらを見ている。早く開けなよと、目が語っていた。
ドアの取っ手に手をかけ引いた。見た目よりは重くない。
扉の上部で、乾いた鐘の音がした。
「いらっしゃいませー。空いているお席にお座りください」
若い女性のウエイトレスが奥から声を掛けて、こちらにやってきた。
年は同じくらいだろうか、きっとアルバイトなのだろう。
白いブラウスに長めの黒いフレアースカートは。簡素なデザインだったが、この女性にはとても似合っていた。
制服が全般的に似合うのだろう。
特に印象的だったのが、髪の色と肌の色で、肌は透けるように白く、小顔で目鼻も整っており、とても美形だ。
それより際立って目立っていたのが、頭の少しウエーブのかかった、ショートカットの金髪だった。
よく見れば、瞳も綺麗なブルーだった。
女性の紗百合でも、つい見惚れてしまうほどの、美形の女性だった。
「あ、あなたはっ。こっ、こないだは、ど、どうもすみませんでしたっ。あっ、あのっ、大丈夫、だった、ですかっ? 痛くありませんでした? 大丈夫なわけ、ないですよね……」
紗百合は初対面の人に、一方的に話されて、どう対応していいか迷った。
「……あ、いえ、だ、大丈夫ですよ」
と、とりあえず話を合わせてみた。
「夢の中で覚醒していたのだから、痛みなんか、とてもリアルだったでしょ? 通常より感覚器官は研ぎ澄まされていたから、凄まじい激痛だったと思いますけれど…… 本当にごめんなさいごめんなさいごめんなさいっ」
目の前の女性は、一方的に頭を下げて謝ってきた。
「ぁ、あのう……」
紗百合が困惑していると、その声を聞きつけたのか、奥から見覚えのある顔が姿を現した。白い制服、長髪黒髮長身白い肌。
相手を凍てつくす鋭い眼光。
紗百合は、その人に会いにきたのだ。
「シャロ。紗百合が困っているわ。それに謝る必要はなくてよ。罪を犯した者は、処罰されるだけよ。たまたま、私たちが手を汚しただけで、それ以外の何ものでもないのよ。むしろ、感謝されなさい。命があったのは、シャロが射止めたからであって、他の者が仕留めていたら、それこそ、死んでいたかもしれなくてよ」
フフッと京花が笑った。
紗百合の背筋が凍りついた。
この声には聞き覚えがあるが、昨日会ったときのような、愛嬌から生まれる、弾んだ声ではない。
足元を這い回る、虫ケラを白い目で見るような視線が、こちらを捉えた。
「きょ、京花ちゃん…… 昨日はどうもお世話になりました。京花ちゃんって普段はこんな感じなんだ…… 凄い変わりようだよね。驚いちゃった」
「御機嫌よう、紗百合。昨日振りね。相変わらず馴れ馴れしいわね。もう、わたくしをお友達扱いかしら? そういう図々しいところ、わたくし嫌いではなくてよ。そんなに、わたくしと友達になりたいのなら、なってあげてもよくてよ」
冷ややかな声は、冷笑を含んだ。
目を細め冷ややかに微笑む。
馴れ馴れしいって、あんたがそう言えって、言ったんだろう。
そもそも、もう友達でしょ、とは、声には出さなかったが、こちらの世界の京花は、こうやって紗百合との会話を楽しんでいるようだ。
「あはは…… はぁ…… ょ、よろしくお願いします。京花ちゃんと友達になれたら嬉しいな。はは……」
紗百合はこの女性、京花の得体の知れないものを改めて感じた。
いつもながら近寄り難い存在だと直感したが、あちらの世界の京花は、とてもフレンドリーで、本人もあれが本来の自分だと言っていたではないか……
「紗百合。ここにかけて。あなたには、お灸をすえる代わりに、マスター特製ブレンドを飲んでいただくわ。覚悟なさってね」
京花は右手を口元に運び、上品に笑った。
ぅゎー。お嬢様って感じ。
これから何をされるのかな。私、ブラックは飲めないよ。
「シャロ。マスター特性ブレンドと、ハーブティーね」
京花のオーダーを聞いて金髪の女性、シャロは伝票に書き込んでから一礼した。
「ご注文、承りました。しばらくお待ちください」
シャロは身をひるがえしてカウンターへ向かった。
紗百合は、身構えながら、京花の前に着席した。
「ぁ、あの、京花さんは……」
「紗百合。さんって言うのやめてくれないかしら。私たちはもう友達なのよ。京花でいいし、敬語はいらないわ」
「……えっと、京花……ちゃん。昨日はありがとう。それにしても、凄い腕前なんだね……」
紗百合は、自然と敬語になってしまいそうになり、言葉が詰まってしまった。
底の知れぬ威圧感に、タメ口を交わすのにも、かなりの抵抗があった。
「あれくらいは、できて当たり前だわ。あなたは、日頃の精進が足らないのよ」
「はぁ。初めてだったし、虫嫌いだし、慣れない弓だったし」
「あらまあ、いい訳が多いのね。まあ、でも、初めてにしては上出来だったかしら。同じ弓だったら、シャロといい勝負かもね。もっとも、前回、紗百合はシャロに撃ち落とされているから、零勝一敗ね。シャロの弓は凄いわよ。私でも届かない距離を射抜いたのだから。どうだった? 矢は体を射抜いていた? 背中を見ることはできないからわからないか。それとも、そんな余裕はなかったかしら?」
「えぇ、あのときは混乱していたから……」
「シャロが羨ましいわ。久しぶりの大物を退治したのですから。私も手柄をとりたかったわぁ。ねぇ、シャロ」
ちょうど、トレーに水とおしぼりを二つ載せて、シャロがやって来た。
「ぇええ、そそそそうだね、京香さん。ライフルを持っていたら、きっと京香さんが、撃ち落としていたわ」
「嘘をおっしゃい。心にもないことを。私の豆鉄砲なんて、全く期待していなかったくせに」
「いえいえいえ…… 京花さんの射撃があったからこそ、知紗が捉えることができたんですよっ」
「あっそう。私の弾は、かすりもしなかったからね。それが言いたいのでしょ? ライフルなんていわず、87式をチャーターすればよかったわ。エリコン社の35mmなら、きっと大空にバラの花の如く、大輪を咲かせ、見事美しくに四散したでしょうに。花は散り際が美しい。残念だったわね、紗百合。無様に落とされただけなんてね」
こらこら、人を妄想で楽しそうに殺すな…… そんなもので撃たれたら、それこそ死んでしまうじゃないっ。
「ぁのお、撃ち落とされた身にも、なってほしいんですけど……」
「ごめんなさいね、紗百合さん。どうしても標的が小さかったから、胴体を狙ったの。頭だったら痛みも一瞬だし、一撃で仕留められたのに。本当にごめんなさいね」
シャロが申し訳なさそうにいった。
おいおいこらこら、人を猛獣みたいに言うな。
「でも、顔に傷をつけられるくらいなら、体に穴を開けられた方が、マシじゃなくって? シャロは優しいわね。ひと思いに殺さないところなんてね。苦しさに歪む顔を楽しんでいたのでしょ?」
自分を殺した二人は、淡々と楽しく話す様子に、紗百合は腹ただしさを覚えた。
「それって加害者側の都合ってやつじゃないの? まあ、それに関しては私は何も言えないけれど…… 痛かったのはかわりないし……」
「痛かったわよねー。死ぬほど痛かったよねー。ひどいよねー。シャロちゃんは。痛い所に当てるのだから、ひどいわよねー。わざわざ骨があるところに、当てなくてもいいよねー」
「あ、いやぁ、気にしないでください。悪いのは、私の方だから……」
「ごめんね、紗百合さん。本当はね、体の真ん中を狙ったのじゃなくて、心臓を狙ったのよ。そこだったらすぐに楽になるかなと思って……」
「シャロはひどいのね。そんなところ狙ったら、生身側の紗百合が死んでしまうじゃない。頭を狙いたいとか。心臓を撃ち抜きたいとか、あなた、正直狂っているわよ」
「だってぇ、苦しんでいる姿を見たくないもの……」
「それは先ほど、紗百合も言っていたわよ。加害者側の都合だってね。シャロの本心は一体どちらなのかしらね。
「私はこっちが、本当の自分だから……」
「何を言っているのかしら、シャロ? あなたには血の匂いがよく似合っているわ。本当は、接近戦で自慢の超振動ブレードで紗百合を真っ二つにしたかったのでしょ? そして返り血を浴びて、こう言うのでしょうね。「白い百合もいいけれど、真っ赤な百合も魅惑的で身体が震えるわ!」ってね。それともこうかしら? 「百合の花って、頭を飛ばすと真っ赤なチューリップになるのね。素敵だわ」って、「切る場所によって生まれる花が違うなんて素敵じやない」とかね」
おいおい…… どういう想像しているんだよ……
「……それは京花さんの、やりたいことでしょう? 私はそんなことはしないわよ。相手が紗百合さんなら…… そうね、強大なマカロンを用意して中に大量の睡眠薬をいれるの。そして、ひょっこり現れた紗百合さんは、マカロンにかぶりつき、あえなく確保」
「あらシャロ、ナイスアイデアね。眠った紗百合を辱めるのでしょ。楽しそうだわ。でも、結果的に痛い思いを、させることには変りないわね。下半身に絡みつく、真っ赤な薔薇を、咲かせることになるわね」
「……ちょっと、その表現は分からないわ」
シャロが、怪訝な顔をした。
「じゃあ、わかりやすく言ってほしいのかしら? こんな感じかしら「紗百合の体には何人もの男が絡みつき、それらについていた突起物は、紗百合の下半身の一部を突いた。痛さで顔を歪める紗百合に、男たちは興奮し、突き終わると別の男が突きはじめ、その男が突き終わるとまた、次の男が突きはじめた。この行為が延々と繰り返され、やがて、紗百合の白い肌には点々と赤い雫がついていた。それは小さなバラが足から咲いているかのようだった。男が変わるたびに、その小さなバラは増えていった……」という、感じかしらね。これならわかるかしら? それにしても、紗百合って本当にいやらしい。女子の風上にも置けないわ」
「……ははっ、ははは……京花ちゃんの妄想は、何だか花があるね……」
紗百合は、笑うしかなかった。
「うんうん。そういう意味だったのね。バラの棘を、アレとかけたのね。それにしても痛そうだわ…… そういえば紗百合さんって、したことあるのかしら?」
突然シャロから振られて、どう答えて良いか迷ってしまう紗百合であった。
「ないないない」
大きく手を振って自分の潔癖をアピールした。
「そうなの? 紗百合さんってかわいいから、てっきりそういうのは、もう済ませてしまったのかなって思って……」
「シャロがあのとき、的を射れば、よかったのよ。心臓が狙えるのなら、アソコだって狙えたはずよ。パンツ丸見えだったんだから、心臓なんかより、遥かに簡単だったと思うわよ。それこそ、処女喪失して昇天ね。フフフッ、アハハッ」
京花はどこかのツボに入ったらしく、笑いが止まらなくなり、バンバンとテーブルを叩いた。
おいおい、人の潔癖をひどい奪い方して、笑わないでくれないかな……
「京花さん、面白いこと言うわね。出血も凄そうだわ。シーツどころか地上を赤い絨毯のように染めそうね。それこそ、「スイーツクイーン!、今度は下半身からイチゴシロップを放出っ!」って、報告されるわね。プフッ。本当にウケるわ」
京香の冷ややかな声と、シャロの澄んだ声が飛び交う。
レトロなカフェで、女子三人が交わす会話にしては似つかわしい内容だ。
「もう、シャロさんまで、私の大事なところを、妄想でいじめないでください」
「フフフッ。ごめんなさいね。つい想像してしまったら、何だが面白くてね。イチゴシロップだと思って舐めたら、血だったなんてね。それに、はいていたパンツが、真っ赤になって「スイーツクイーンがパンツをイチゴ色にしたぞっ!」って、なったらおかしいじゃない」
楽しそうに笑う二人を横目に、紗百合はため息をついた、
「私は想像しただけで、下が痛くなるよ…… 胸の痛みの記憶が蘇ってきた……」
「あら、それが裁きの痛みなのよ。それと同時に、誕生の苦しみでもあるのよ」
「誕生の苦しみ? 裁きについては、わかるけれど、誕生って、私から何か生まれたの?」
「生まれた、じゃなくって、生まれ変わったのよ。つまりはね、紗百合、あなたは夢の世界では、一度死んでいるのよ。肉体が滅んだのではなくって、構成しているパーツが分解されたの。そして、再構成されたのだけれど、ただ普通に元通りになったわけではないのよ」
京花の話に驚いてしまった。一度死んでいる? それは本当なのか? 夢の中の話で、こちらの世界の話ではなさそうだが……
「それは、どういうことなの?」
「つまりはね、私たちは必要とされている、だから、こうやって今も、ちゃんと生きている、生かされているわけなのよ」
「……よくわからない。私は当たり前のように、生きてきたから、自分がどうして必要とされているのか」
困惑している紗百合に、シャロがフォローを入れた。
「その辺はね、あまり深く考えない方がいいのよ。世界が欲しているのは、こういう小さなネットワークの、つながりなのだから。私は紗百合さんと知り合えた。そして京花とも知り合えた。そして、私と京花は知り合いだった。これで 線は二つずつになった。これだけでも、私と紗百合さんが交わす情報量と、これからの行動は大きく変わっていくのよ」
紗百合は首を傾げた。金髪の女性は、何の話をしているのか、全然わからなかったのだ。
「シャロさん。あの、何のお話を、しているんだったっけ? 全然話がついていけなくて……」
はっと、金髪の女性のシャロは紗百合顔を見た。
「そっか。何も知らないのよね。こんな話をしても、何のことやら、さっぱりよね。でもね、私たちは、紗百合さんのことを、歓迎しているのよ。きっと、生涯の戦友として、隣人の友人として、これからは共に歩むことになるの。だから、紗百合さんは、こうしてここにいるのよ」
紗百合の頭の上には、見えないハテナマークがいっぱい出ていた。
どうやら、避けることのできない、何かにはまり込んでいるようで、理解不可能な事柄が、真の前に多く転がっているようだ。
ここにきたということ時点で、もう、元の世界には、戻ることができないような気がした。
「あの、私、どうしていいか。わからなくて……」
「あら、何を言っているのかしら。紗百合は、私と全てを共にするのでしょ? それなら何も心配はいらないわ」
「京香さんが言うから、余計に心配なのよ。紗百合さん、あまり、この人の言うことは、真に受けちゃダメだよ」
「あら、シャロったら何を言い出すのかしら? 紗百合とは、友人として手を差し伸べているだけよ。それより、あなたこそ、猫なで声で、紗百合ハートをくすぐっているのじゃないかしら? いつものように、罵倒したらいいじゃない」
京花の言葉に、紗百合はふと、思い当たることがあった。
自分の胸を射たのは、確かにこの金髪の女性のシャロだ。
でも、雰囲気が全然違う。
そういえば、京花も夢の世界では、髪型はポニーテールだったし、Tシャツ短パンサンダルと、かなりラフな格好だった。
言葉使いも違ったし、雰囲気も随分違っていた。
これは一体、どういうことなのか。
夢の世界では、性格もがらりと変わるということなのか。
それとも、そちらの性格が本当の性格なのか。
それだったら、二人とも異常な多面性の持ち主だ。
そういえば、自分も夢の世界では、やたらと好戦的だったことを思い出した。
いつもの自分なら、あそこまで暴れたりはしたいだろう。
紗百合は、こうも性格が変わってしまう二人に、お互いに、どう思っているのかを、聞いてみた。
「京花ちゃんと、シャロさんは、お互いのことを、どう思っているんです?」
「鬼!」これは京花。
「悪魔っ……」こちらはシャロ。
「……お二人は、あまり仲が良さそうじゃ、なさそうだね……」
「そんなことないわよ。ねえ、京香さん」
「あら、どうかしら。シャロったらひどいのよ。初めて会ったときは、私をボコボコにした後に、ナイフで一突きよ。しかも、一方的に……あんなのイジメよ。虐待よ。拷問よ」
京花は両手で顔を覆い、首を振った。過去の情景を思い出したかのように……
「よくいうわよ。一つの組織を皆殺しにしたくせに。いってみれば血の池地獄よ…… 本当に吐くかと思ったわ…… 一方的に殺していたのは、京花さんじゃない。それに長距離じゃ、銃では敵わないし、かといって、至近距離でも同じ。とにかく京香さんは強かった。こちらが手負いになるぐらいだったのよ」
「……はは、二人は結構激しくやりあったんだね……」
「二人? 違うわよ。一対三よ。私が一方的にやられたわ。ひどいわよね。いじめよね。虐待よね」
「一方的? 私は二箇所被弾。花音は戦死、知紗は重傷。知紗の撃った 弾が京香さんの左足を捕らえ、ようやく動きが止まったところで、接近戦でようやく仕留めることができたのよ。一方的に、やられていたのはこっちよ」
想像がつかない両者の攻防に、紗百合はどちらを擁護していいか、迷ってしまったが、この場は京花を上げることにした。
「き、京花ちゃん、すごいんだね。悪魔と言われるのが分かる気がする……」
「紗百合? それは、わたくしを褒めているのかしら。それとも、けなしているのかしら?」
紗百合の顔が引きつった。
夢の世界とはいえ、大量に人を殺したのだ。それを賞賛する人は普通いない。
「悪魔は悪魔よ。いい意味なんて、あるわけないじゃない。冷血無比の殺人小悪魔なんだから。それとも、京香さんは素直に嬉しいのかしら?」
「あら、黄鬼さん。今日の下着はトラのパンツなのかしら? ツノはしっかり隠しているのね。あなたみたいな、金髪の鬼がいたら、日本の文化が台無しだわ」
京花とシャロの間に険悪という文字が浮かび上がってきたのを、紗百合は感じた。
「まあまあ、二人とも。小悪魔って「かわいいっ!」って意味だよ。金髪の鬼コスプレってきっと萌えるわぁ。男子にはウケるわよ!」
「あらそう。紗百合がそう言うのなら、きっとそうなのね」
「紗百合さんに「萌える」って言われると、なぜか嬉しいわ……」
「はいはい、二人とも美人でかわいいんだから、スマイルすまいるっ」
「そうね、再会も果たしたし、マスターの特性ブレンドをいただきましょう。冷めてしまうわ…… シャロもいいでしょ? 少しぐらい」
「私はバイト中です。少しも良くないです」
「シャロは硬いわねぇ。まあ、でも、そこがシャロなのだけれどね。じゃあ、特性ブレンドとハーブティーよろしくね」
「かしこ参りました。少々お待ちください」
ようやくこの席から解放され、足早にカウンターに戻っていった。
「あ、あの、二人はどういう関係なんです?」
「シャロは私の後輩。あなたと同い年。私は一つ上の学年の先輩。繋がりはそれくらいかしら。学校でたまに会うのと、このカフェで、会うぐらいしか接点はないわ」
「へぇー。シャロさんは私と同い年なんだ。てっきり年上かと思ったわ。外人さんだからなおさらだね」
「シャロの国籍は日本、ハーフなのよ」
「へぇー。どおりで日本語がペラペラなわけだ。でも、京花ちゃんの学校って、バイトしてよかったんだっけ?」
「ダメに決まっているじゃない。シャロは特例なのよ」
「とくれい? お嬢様学校なのに?」
「シャロの家にはお金がないよの。でも、あまり言いたくないけれど、成績優秀に加えあのルックスだから、特待生で入学できたのよ。奨励金も出ているわ。でも、生活費はシャロが働いて稼いでいるの。だから、学校側もそれを認めた。分かるかしら。紗百合がケーキやお菓子で、私たちを攻撃したときの、シャロの怒りが。普段、食べたくても、口にもできないのに、紗百合はそれを湯水のように投げつけたのよ。それは、私達の夢を踏みにじったも同然の行為よ」
紗百合の顔が青ざめた。知らないところで、人の気持ちを踏みにじっていることに気付いて……
「……そうだよね。食べ物を粗末にしたらダメだよね…… だからバチが当たったんだ……」
「そう、気を落とさなくて。夢の世界では、心が解放されるから、抑制力が薄くなるのよ。紗百合の場合は、好戦的になる傾向があったけれど」
「……そうだったのかな。確かにね、一方的に撃ってくるから、腹が立って一斉攻撃した気がする」
「その結果、私達に討伐指令が出たということね」
「そして、京香ちゃんと、シャロさんと、知紗ちゃんが、きたというわけね。皆さんって、私みたいに何かをやらかして、こうなっちゃったのかな?」
「まあ、そんなところかしら…… みんなそれぞれに、罪を犯して今の状態になっているわね。だから以前は一戦を交えた仲でもあるのよ。今は仲間で、ライバルでもあるわけかしら。以前は殺しあったのにね」
京花が意外にもまじめに答えたから、少し拍子抜けになってしまった。
一戦を交えるとか、犯すなんてワードが出れば、京花のいい題材になっていたのだが……
「……京香ちゃんは、シャロさんを恨んだりはしないの?」
「恨みはないけれど…… あれは性格が悪いわ。根はよさそうな人なのだけれど、育った環境が悪い。だから、性格もねじ曲がってしまったみたいね。だけれど、悪く思わないでほしいわ」
京香にしては、珍しい発言だ。何か裏でもあるのかと、思ってしまった自分が何だか情けない。
「……絶対有利な銃撃戦で私は負けた。だから紗百合の胸の痛みもよくわかるわ。激痛と苦しみと、迫る死の恐怖。夢の世界だとわかっていても、死を覚悟したわ。あのときの、思いと苦しみと、痛みを私は、一生涯、忘れないわ。
「……ぇーっと、それは、シャロちゃんにやられた傷の痛みを一生忘れないって、ことだけど、恨んではないんだ」
「あら、ごめんなさい。勘違いされたかしら? 恨んだりなんか、していないわよ。ただ、私もあなたと、同じ苦しみを知った仲ってことよ。理解したかしら。つまり、私の敵は、あなたの敵でもあるってことね」
「……やっぱり、恨んでいる……」
京花にとっての敗北は、屈辱以外、何ものでもないのかもしれない。下手な勝ち逃げは、しない方がよさそうだ。
「……でも、あっちの世界、夢の世界では、仲間なんだよね」
「そうね。仲間かしら。こちらの世界では、ただの後輩ね」
京花はそっけなく言った。
冷笑、細める目。
京花はシャロに相当、根を持っているように感じ取れる。
無理もないのかもしれない、夢の中で自分を殺した、正確には退治した本人が、今は目の前で、のうのうとバイトをしているのだから。
シャロがトレーにティーカップを二つ乗せてやってきた。
「お待たせしました。マスターの特性ブレンドコーヒーです。ハーブティーです。ごゆっくり」
シャロは軽く頭を下げ、そうそうとカウンターへ戻っていった。
あまり、この席には、かかわりたくなさそうに。
改めて店内を見る。そこそこお客さんがいる。確かにここの店の雰囲気はいい。
窓がない代わりに大きな絵が何枚か壁に掛けてある。
基本は全て木材を使用した内装で、腰までは木目調を生かした羽目板貼り、壁自体は少し明るめの練り板を貼っていた。
薄暗でシックな感じが、落ち着きのある空間を演出していた。
まるで昔の帆船の中のようなインテリアだった。
常連客なのだろうか、一人で来ている人が多い。お店の雰囲気を楽しみに来たというより、コーヒーを飲みに来たといった風情だ。
ここのコーヒーの虜になった人たちが、通っているのだろう。
京香が静かに、ティーカップを手に取る。
目を瞑り口をつける。
一連の動作に、紗百合は女性ながらも、見惚れてしまった。
このときの京香は本当に優雅だった。
視線に気付き、京香はカップを置いた。
「どうしたの? 熱いうちに召し上がれ」
「は、はい。いだだきます。ミルクとか砂糖はないんだね」
「特製ブレンドというのは、お店の看板メニューなのよ。つまり顔。その顔に、いろいろな化粧をしてしまったら、本当の顔が、分からなくなってしまうでしょ。つまりはね、美人さんを程よくメイクしたのがこの状態なの。これ以上の化粧はいらないでしょ? まずは飲んでみて。ミルクはその後でもいいでしょ?」
「……そうなんだ、では、改めて、いだだきます」
紗百合はブラックコーヒーを飲まない。
いや、飲めない。苦いのは得意ではないのだ。
ティーカップを恐る恐る口に当てる。
少し香ばしいコーヒーの香りが鼻腔をくすぐる。
いい香り。
コーヒーって、こんなにいい匂いがするんだ。
知らなかった。
一口、口に含む。
熱さと香りの風が、口内に広がる。
ほのかに苦いがその後に甘みがやってくる。
例えは違うが抹茶を立てたときのような感覚だ。
もっとも、抹茶のときには、お菓子が付いてくるのだが。
口当たりは苦いが、ほのかな甘みが、口の中に広がる感じだ。
紗百合は素直においしいと思った。
これがコーヒーなのだなと。
「どうかしら、お口に合って?」
「京花ちゃん。コーヒーっておいしいんだね。私、ちゃんとしたコーヒーを、初めて飲んだかもしれない。ちょっと感動しているよ」
京花はにっこり微笑んだ。
「そうでしょ。コーヒーはね、こういうものなの。知らなかったでしょ」
「私の飲んだことのあるのは、ほとんどインスタントだったから、苦いのよ。だからミルクとか砂糖は必要なの。こうやってお店で飲むときは、ほとんどカフェオレだったから、こうやってブラックを飲むのは初めてかな。何だか、今まで無駄な物を、飲んでいたと思うと、後悔してしまうわ」
「一つ言っておくけれど。これは、マスターがブレンドした特別のコーヒーってことよ。他ではこんな味はしないのよ」
ここだけの、オリジナルブレンドコーヒー。
紗百合は、他のお店でもブレンドコーヒーを、飲んでみたくなったが、やはり辞めることにした。
何だか、ここのコーヒーを煎れたマスターを裏切ってしまう気がしたからだ。
「ところで京花ちゃん。コーヒーは飲まないの? あんなに私には勧めてきたのに」
「ここのコーヒーはおいしい。でもね、私は紅茶党なの。これはハーブティーだけれどね」
紗百合は耳を疑った。
正確にい言えばこのひとの性格を疑った。
これほど人に、このコーヒーを勧めておきながら、これだ。
ここのマスターはどう思っているのやら。
どちらにせよ、ここのお茶は、おいしいということだ。
こんなお店を紹介してくれた京花は、やはりいい人なのだと、紗百合は思ったが、京香の次の言葉で、その気もなくなった。
「さあ。本題に入りましょうか。次の山は駅前の第三共産ビル。ここの34階のサーバー室にバグの気配が観測されたたわ。駆除は本日22時スタート。駅前の時計台下で待ち合わせ。三十分前にはいてね。参加の拒否は認められていない。……それと念の為、家族宛ての遺言は書いておいてね。いつこの世から消滅するかは、わからないから…… いいわね」
「…………はい。……あ、そうだ、質問」
「どうぞ」
「あっちの世界でも、携帯ってちゃんと受信するのかな。それと、私の弓って起きたら部屋に置いてあるのかな? それと、矢の補充とかはどうするの?」
「あなたにしては、いいところに気がついたわね。あちらの世界では、私達は特務の人なの。だから、それを示せば買うことができるわ。もちろんお金はいるわよ。私たちの報酬は、虫を倒しただけ報酬がもらえる。戦闘に参加しただけでも参加料がもらえる。こちらの世界でも、使うことができるわよ。だから、武器や弾や矢は、タダではないのだから無駄弾は打たないでね」
「ぅーん。それって、具体的にどうやって買うのかな。京花ちゃんはスマホで買っていたように、みえたけれど」
「スマホにアプリを入れるのよ。そこであなたは、そのアプリにログインする。アプリを開くと、あなたの情報が全て見られるわ。討伐数や、いまの残高や、所有している武器とかね。それと、特務の許可書は手の甲に張り付いている。あなたにも既に張り付いているのよ」
紗百合は手の甲を、左右と見てみた。しかし、何も付いていないし、特に変わったとところもなかった。
「こちらでは、そんなもの役立たないから、見えないわよ。でも、目せることはできる。こうやって……
京香の左手の甲を紗百合に見せる。
丸い光が浮かび上がってきた。
みたことのない文字で紋章のような絵柄が見えた。
まるで、昔の象形文字のようにもみえた。
「これが私たちの身分証明書ってやつね。これを見せれば、残高がある限り買い物ができるわ」
「でも、矢なんて普通のお店には売っていないよ。夜中なら、なおさら、お店は閉まっているし」
「コンビニで買えるのよ」
紗百合は、耳を疑った。
「え? コンビニ? そんなもの売っているの? 矢とか弾丸とか、それこそ武器なんかが?」
「前回もコンビニで買ったのよ。見ていなかったのかしら。事前にスマホで買って、受け取りをしたのだけれどね」
紗百合は思い出した。前回、京花とコンビニへ行ったら、商品の包みが出てきて、受け取ったことを。
「……武器って何でも買えるの?」
「アプリで検索して、存在していれば買えるわよ。もしくは、在庫があればだけれどもね。こないだ買った武器では不服?」
「ううん。そうじゃなくってね。ただ私のスタイルにあった武器って、ないかなって思ってね」
「……スタイル? あなたの体格だったら、ほとんどの物が使えると思うけれど。あちらの世界は、私たちには寛大なのよ。思っているほど物理には捕らわれないわ」
「ん? ぶつり? ぁ、いえね、接近戦用の武器が欲しいの」
「そうね、いいわ。紗百合に任せるわ。今後、紗百合と、対峙したときは、ナイフデスマッチが行えるわね。一本くらい持っていないと不便よねぇ。後ろから抱きついて、首を掻き切れないものね。白い首から吹き出る血潮はきっと華やかになるわ。それはきっと、山茶花が咲くように、美しく散ることができてよ。フフッ」
京花は一人、妄想の世界に浸っていた。口元が吊り上がる。
「あの……人を勝手に殺して、楽しまないでよ。それに、そんな簡単に背後は取られないよ」
「あら、私に挑戦的な発言ね」
京花の目に鋭い光がともる。
「いくら私が実戦経験がないからって、そう簡単にはやられないよ」
「なかなかの自信屋さんであること。では、今夜一段落したら、お手合わせ願おうかしら」
それを、少し離れて聞いていたシャロが、紗百合のもとにやってきた。
「ちょっと、紗百合さん、やめときなさいよ。今は監視下にあるんだから、京香さんには勝てないわよ」
シャロがトレーを持ったまま、たまらず口を挟んできた。
「あら、バイト中、忙しいのに御苦労様。そういうシャロちゃんは、どうなのかしらね? 口を挟めるってことは、私に指図しているということよね。偉かったのね、シャロって」
「そんなことは、ないわよ。それに、そもそも私達に、上下関係なんてありませんよ」
「そうよねぇ、年下のシャロちゃん」
「はいはい。先輩の京香さん」
また、二人の間に、険悪なムードが広がってきた。
「あのー。お二人は仲がいいんだよね」
紗百合は、わざと二人に振ってみた。
京香の口元の端が釣り上がり、目が細くなる。
「もちろん。仲がいいに決まっているじゃないの。だって、殺しあったほどの仲じゃない」
「そうですよ。苦しませずに、息の根を止めた仲ですからね」
また、これだよ。紗百合は内心、ため息をついた。
「あのー、シャロさんは、京香さんと組んだこと、あるんですよね。やりづらくないですか?」
「ええ…… 京香は、いえ、京香さんは、こっちでは、こんなんだけれど。あっちでは、かなり順応するから、組みやすいわよ。紗百合さんも、知っているでしょ。あっちの京香は」
「うん。頼もしい先輩みたいな感じだったな。カッコよくて、憧れちゃうな。でも、何でこっちだと、こんなのになってしまうの?」
京花の片方の眉がつりあがる。
「こんなの? 人を捕まえておいて、あれこれ詮索? 人のこと言えなくてよ、シャーロットさん。こちらだとかわいいのにね。あちらだと、どうして性悪になるのかしら」
「性悪は、あなたでしょ? 天使の顔を持った悪魔は、まさに京花のことだわ」
「あなただって、人使いの荒い、なんちゃってお嬢様のくせして、よく言えるわね」
紗百合は、二人のやりとりを見ていて、どうやら、それなりの絆があるのだと感じた。
私と対峙したとき、京花、シャロ、知紗は、いい関係だったではないか
今この二人の関係を、羨ましいなと思った。
対等だから言い合える。
お互いを信頼しているから言い合える。
そんな二人が眩しく見えた。
私も早く一人前になって、京香の後ろを任せられる存在になりたいな。
後ろ? 背後を取る? 先ほど京香が言っていた、後ろを取るとはそういう意味だったのかもしれない。
肩を並べて、戦いたいという、願いだったのかもしれない。
そうかもしれない。たぶん。
「紗百合も、シャロと一度組んでみるといいわ。楽しいわよ。軽快でスリリングで」
「京香ちゃんとでも、結構スリリングだと思うけどな」
昨日のダンゴムシのことを思い出し、背筋が凍り付いた。
「あんなの、比では無くてよ。もう、身震いするんだからぁ」
「京香さん、あれは反省していますって。さすがに私もビビリましたからね」
「よく言うわよ。楽しんでいたくせして。私なんか泣きそうだったんだから」
「本当に、運が良かったのかもしれないわ。それはきっと、私が日頃から努力をしているのを、神様がちゃんと見ていて、救いの手を差し伸べてくださったに、違いないわ」
「あなたのは、ただの悪運よ。日頃の行いを見ていれば、あなたを救う神などいるわけがないわ」
「そんな、ひどい事を言うのね。私のこの境遇はきっと、神様が私に与えた試練なんだわ……」
「シャロのような才色兼美に、みんな嫉妬したのよ。だからあなたには、大した運がないのよ。これまでの境遇を見れば、分かることじゃない」
紗百合は、二人にしか知らない話で、取り残されてしまった。
「何のはなし? 一体どんな状態だったの? 京香さんが泣くほど、怖い思いをしたなんて」
「ぁあ、そうね、相手が悪かったの。カテゴリー5級の虫が現れて、もう大変だったのよ」
紗百合の背筋が無意識に氷ついた。
カテゴリー5の虫のことは知らない。
でも、なぜか、その名を聞いただけで、頭の中で警鐘が鳴っていた。
「……え? カテゴリー5? それで、どうなっちゃったの?」
「……肉を切らせて、骨を絶ったのよ。肉はシャロの、絶ったのは私」
「本当に運が良かった。……うまくいったわ、あのときは……」
「たまたま奇跡的にうまくいっただけだわ。本当に奇跡だった。失敗していたら、私たちは存在していなかったわね」
「そう、どちらか一人でも、よかったのにね。とても残念だわ」
「どう言う意味ですか、残念って。私が生きていれば、いなくなるのは、京花さんってことですよ」
「あら、深い意味はなくってよ。いいじゃない、今後も頭はれるんだから」
「あのー。カテゴリー5の虫って、どんな感じなんです? 二人がかりで、やっとだったなんて、とんでもなく強いよね」
「そうね、強いというか、やりづらかったわね」
「シャロちゃんのタイプだったからねぇ。さすがの私も、首を掻いたときはゾクゾクしたわよ」
……ぁー。またこれだ。
「それって、話を聞いていると、相手は人間だったってことですか」
「ヒトガタよ。それもかなり美形のね。私もシャロも、それはもう血が騒いだわ」
……どういう意味でだよ。
「あのような殿方に、ナイフを突き立てたらさぞ、苦痛に満ちた、いいお顔をされるでしょうに。フフッ」
……サデスティックじゃない、それって。
「結局、いいところを持っていったのはシャロだったわ。私はそれの邪魔をしたのかしら。肉を与えて骨抜きにする。シャロは色っぽいからっ」
「京香さん。語弊があるようなことを言わないでください」
紗百合の妄想は、いや想像は、少し混乱していた。
カテゴリー5の虫は美形の男性で、シャロは肉を与えて、いや、裂かして、京花がとどめを刺したようなのだが、実際は、どうだったのだろう。
男性だってことは、私たち女子を求めてきたのか? シャロはその、囮になったと、いうことなのか?
「それでそれで、そのバグは、どんな感じだったんです? 長身? たとえるなら誰に似ていたんです? 言葉とかも話してきたんですよね?」
「あら、紗百合、食いつくわね。それはもう、話巧みに心はメロメロよ。シャロちゃんなんて濡れ濡れだったんだから。体は正直よね」
「こらこら京香さん。語弊がありますよ。相手は本当に人の知性をもっていたわ。もしかしたら、私たち以上の知恵もね。だから、こちらの行動はお見通しだったわ。冷や汗ものだったんだから」
濡れ濡れって、そういう意味ね……
「いまいち想像できないんですけど、それって本当に敵だったんですか? 退治する対象だったのかな」
紗百合が以外なことを言ったため、二人は、顔を見合わせた。シャロは目が泳いでいたし、京花は興味なさそうにハーブティーを口にした。
「私はシャロに、あれは虫だって、言われただけよ」
「だって、そういう指令だったんだから、しょうがないでしょ。あれが本当に虫だったのか、人間だったのかなんて、実際はわからないけれど。でも、あっちの世界では死ぬことはないから、もしかしたら、どこかで復活しているかもしれないわね。紗百合みたいに」
「……え、本当にそんな話なの? 虫だったらいいけれど、実は人間だったって、可能性もあるんだ……」
京花は静かにティーカップを置いた。
「どちらにしても、問題はなくってよ。世界の指示に従った。それでいいじゃない。野放しにしていたら、それこそ、若い女子がみんな虜にされてしまうじゃない」
「若い女子が襲われていたの? 何をされていたの? シャロさんや京花ちゃんも何かされたの?」
「ほら、京花さんが、紛らわしいこと言うから、紗百合が変なところに、食いついてきたじゃない」
「ほら、ドスケベの紗百合が釣れたわ」
紗百合は顔を真っ赤にした。
「でも…… あのとき、消滅はちゃんと確認したわ。復活はありえない。魂の存在もなかった。あれはあっちで生まれた単独の単体よ。恐らくは、人の思念体の集合体。人から生まれし者よ。脅威だわ」
「シャロ。そんなに怖い顔しないで、せっかくのかわいい顔が台無しよ。そんなに残念だったのかしら? 男子から生まれた、美男子の虫が。それこそ、男の中の男だったわね」
「京香ちゃん、何だか楽しそうだね。この件に関しては。人の心の傷に塩を擦り込んでいるみたいな……」
「あら、紗百合は、酷いことを言うのね。こんなにシャロが心を痛めているのに、追い打ちをかけるようなことを言うなんて」
「はいはい、この話は、もうおしまい。ほら、紗百合さん。コーヒー冷めちゃう。冷えると苦味がましますよ」
「おっと、いけない。せっかくの看板コーヒーが、まずくなっちゃう」
「飲みきったら、お代わりしてあげるから、言ってくださいね。京香さんは、もう一杯いります?」
そうと、言っているうちに、紗百合はコーヒーを飲み干した。冷めたせいか、苦味が増して顔を歪めた。
「私は結構。飲みすぎると、私から香る香りが、ハーブの香りに変わってしまうわ」
「はいはい、どうぞご自由に。紗百合さん、ここのコーヒー、おいしいでしょ? 次はミルクと砂糖も入れてみてね。ぜんぜん違うものになるわよ。またいつでも来てね、待っているわ」
シャロは、新しいコーヒーを取りに、カウンターへ戻った。
カフェで、こんなにもお話をしたのは、いつぶりだろうか。女子がときめく、恋バナとは程遠い内容だったが、楽しい時間を過ごすことができた。
そして、コーヒーの魅力を改めて知ることになった。
初めの始まりは、こうして幕を開けた。
イバラの道を歩くことになりそうだが、何だか、それほど痛くなさそうな、トゲの道に思えた。
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