第10話 バグ? 獏じゃないよ、夢だけれど

時刻は、こちらの夢世界で21時ぐらい。現実世界では5時間後だと言うから、今頃は深夜2時か……

大きな公園で、一時間ぐらい弓の調整や、試し撃ちをしてから、虫がいると言う場所の近くまでやってきた。

弓の調子は良く、アルミ合金とカーボンファイバー製の弓は、和弓とは似ても似つかぬものだったが、射てみると、とても素直で質実剛健な弓であることがわかった。

高額なのも頷ける。

試しに、30m先の樹木に射てみると、少しポップしたか、狙った箇所より少し上に深々と矢が刺さった。

初速も和弓の比ではない。

矢もカーボン製なのもあるが、これは弓道とは別次元だ。

夢世界で買ったスペシャル製品なのもあるが、洋弓の威力に惹かれる紗百合であった。

同時に、金髪女子、シャロの使っていた、いかつい弓にも興味を持った。


ここは高層ビルが建ち並ぶ、都心に近いオフィス街。

 二人の女子が、人通りが少なくなった歩車道を歩いていた。

 その前を、黒い塊のような小動物が歩いている。二人を案内するように。

 黒い子猫のリブルは、人目のつかない路地にはっいて行き、ビルの裏側にある扉の前で止まった。

 この扉は外回りのメンテナンス用の倉庫の扉だ。

 中はきっと掃除道具や、道路を規制するカラーコーンなどが入っている。

 つまり、ここからはビルの内部には入れない。

(ここなら、いいかな)

京花と紗百合は周囲を確認して、人がいないのを確かめる。

(虫はカテゴリー2が五体。中に人は、いないから遠慮なく攻撃して。一発で止まらないときは、数発叩きこんで。いいかな。30階のオフィスにつなぐと同時に、部屋に結界を張るから。タイムリミットは30分。これを過ぎると結界は解けてしまうから気をつけてね)

「結界が解けると、どうなるの?」と、これは紗百合だ。

「警備員がとんでくる。そこで私達はお縄に着くわけだ」

 京花は、手首と手首を合わせて逮捕されるゼスチャーをした。

「ぇーっ! 私達って超法規的活動ができるんじゃなかったの?」

「それは時と場合によるんだ」

(そういうことだよ、紗百合。基本は隠密行動をしなければならない。目撃されてはいけないんだよ。ほら、いくよ)

鉄の扉が、ほのかに光ったような気がした。

京花がドアノブに手をかける。右手には拳銃。

紗百合も弓に矢をつがえ、弦を引く構えをとった。

 手がかすかに震えていた。

 これは、緊張によるものなのか、武者震いなのか、はたまた未知に対する恐怖なのか、分らなかった。

京花が目で合図を送り、そして頷く。

 勢いよく扉をあけ、内部に侵入した。

内部は広大なオフィスらしく机が整然とならんでいた。

 照明は消えていたため、はっきりと見えなかったが、机上のパソコンモニター周辺に黒い塊が何体か群がっていた。

 リブルの話では、この部屋自体に結界のようなものを張り、虫たちを実体化させているらしい。

 本来なら見ることはできても駆除はできないという。

 結界の張られたこの部屋は、照明がなくてもほんのり明るい。

 部屋自体が、わずかに光を放っているかのようだった。

 京花の拳銃が火を噴く。

 三発発砲し、一体に火線が命中し、着弾した箇所が一瞬青白く光る。

 黒い塊には、いく本も足のようなものがあり、着弾した虫は、それらをうごめかし、気味悪くもだえていた。

 三カ所撃たれた黒い塊のような虫は、着弾した箇所から光が広がり、やがて光の粒になって四散して消えていった。

「あと四体、床にいるぞ。気をつけて」

京花がゆっくり足を進めて、紗百合を促した。

紗百合は、矢をつがえたまま動けなかった。

耳を澄ませると、ガサガサと耳障りな嫌な音がする。薄暗いため部屋の内部はよく見えない。

一体が机の上によじ登り、こちらへ跳躍してきた。

紗百合はその姿を見て、体が氷ついてしてしまった。

 姿形は、巨大なダンゴムシのそのものだったからだ。大きさは子供の背丈ほどあるだろうか。

 無数にうごめいている足が、目の前に迫った。

「ひぃぃぃぃぃーーー!」

京花が、その飛びついてきたダンゴムシに発砲した。

 一発はかすめ、二発目、三発見は真ん中に着弾した。

 空中で青白く光り、四散し始めたが、勢い余って紗百合の方へ飛んでくる。

声にならない悲鳴をあげ、紗百合はうずくまってしまった。

 頭上を巨大ダンゴムシが通過し、後ろの壁に激突した。

 振り返ると青白い光を発散し四散して消えていた。

「こら、立て。まだ三体いるぞ。私は左を。お前は右をいけ。止まっていると今みたいに狙われるぞ」

 あんな虫に抱きつかれては、たまったものではない。

 紗百合はすぐに右に走り出した。

こちらを伺っていたダンゴムシの一体が、机の上に乗り出した。

紗百合はすぐに振り返り、弓を引いて矢を放った。

 矢は青白い燐光の奇跡を描いてダンゴムシに深々と刺さった。

 一瞬全体が青白く光り、そして四散し消えていった。

あと二体。紗百合は京花の方に目をやった。

 拳銃を構えて机の間を慎重に進んでいた。

 まだ後の二体を見つけていないようだ。

紗百合の背後で、嫌な音がする。

 無数の足がうごめく音だ。

 振り返りたくなかったが、そうしないと矢は放てない。

 振り返ると予想通り、目の前にダンゴムシが飛びかかってきていた。

 紗百合はつい悲鳴をあげ、かろうじて矢を射ったが、慌てて放った矢は当たることはなく、天井を射貫いた。

 ダンゴムシは、覆いかぶさるように紗百合に襲ってきた。

 弓を持った左手にバグの足が絡まり、重みが伝わり、目の前に無数の足が迫ってきた。

 顔にうごめく足が触ろうとしたとき、青白い光に包まれ、粉々になっていくダンゴムシを、目の当たりにした。

 体に青白い光の粉が降り積もったが、それもすぐに消えてなくなっていた。

「危なかったな。大丈夫か。まあ、取り付かれても、すぐにはやられないから安心しろ」

京花が一体を仕留めた様子だった。

 紗百合は荒い息をして、へたり込んた。

 足が震えて力が入らない。涙が頬を伝っているのが確認できた。

 京花はスマホを取り出すと、その画面を三本指でスワイプした。

 画面は何もない空中に映し出された。

 それを親指と人差し指で広げるようになぞると、その画面は大きくなった。

 スマホの画面が空中に拡張されたのだ。

 その画面には、白い点で虫の位置がが表示されていた。

「そこか……」

 京花はもう一丁の拳銃を左手で持ち、両手の銃で虫が表示された位置に銃弾をたたき込んだ。

 距離はあったが、闇雲、もしくは、数打ちゃ当たるとはこのことで、デスクの陰にいたダンゴムシはそれごと蜂の巣にされた。

 光の粒が広がり、ダンゴムシだったものは四散して消えていった。

 京花は二丁の銃をホルスターにしまうと、紗百合の元に駆け寄った。 

「泣くほど怖かったのか? それにしても、初めてにしては上出来だったと思うよ。弓の腕も悪くないし、今後は期待しているよ」

 紗百合は、体に降りかかったダンゴムシの青白い粉を振り払おうと首を振り、頭を手ではらった。腕や身体の見える箇所を確認したが、青白い粉は消えてなくなっていた。

もし、京花の銃弾が、自分に当たっていたら、どうなっていたのだろう。

 この薄暗い中で、動きのある対象を狙うのだから、それなりのリスクはありそうなのだが。

京花が手を差し伸べた。紗百合は、まだ震える身体にムチ入れて、手を差し出した。

「ほら、泣くなって、しっかりしろ」

京花は紗百合の手を握り、引っ張って立ち上がらせた。

「…………ねえ、京花ちゃんも最初は怖かったんでしょ? そのときは、誰かと一緒に行動していたのかな?」

「そりゃ、怖かったさ。ムシっていうから、昆虫採取のつもりでいたからな。それがどうだ、相手は化け物サイズの虫ときた。最初から聞いていたら、少しは警戒したのにな」

「でも、……私にも言わなかった」

「そうさ、言ったらやる前から恐怖に支配されてしまう。そんなことでは戦えないだろ。だから、余分な情報はいらないのさ。もし、言っていたら、どうなっていたと思う?」

「……京花ちゃんの言う通りだと思う。訳の分からない恐怖で、何もできなかったと思う」

「まあ、悪かったとは思っているよ。でも、これが私達の戦いなんだ。真剣にやってもらわないと困るからな。それに、紗百合だったら大丈夫だと思ったしな」

京花は優しく微笑んだ。

「……はいっ!」

紗百合も涙を拭って、笑顔で答えた。

(さて、任務完了だね。京花は25000ポイント、紗百合は10000ポイント獲得だね。御苦労さん)

「ん? ポイント? 何のこと?」

紗百合が怪訝な顔をする。

(君達の今回の報酬さ。この世界はちゃんと、君達を応援しているってことさ。このポイントを使って、様々な対価にすることができる。紗百合は何に使うかは知らないけれど、ためて、この仕事を脱退することもできるからね。その辺は任せるよ)

「ねえ。リブルは私達に、何を求めているの。私たちが手を下さなくても、あなた達の力で何とでもなると思うんだけど」

(僕はね、君たちの可能性に期待しているのだよ。そしてこれは、君たちが、法を犯した罰だと思ってくれればいい。そういう流れであって、そういう決まりなのだよ)

「何だか納得がいかないけど、とりあえず、そういうことにしておくわ」

(さて、このあとは自由行動だ。解散してもいいし、家に帰って寝てもいいし、任せるよ)

「私は帰って寝るわ。あっちの世界でも、寝不足の影響が出てしまうからな。じゃ、紗百合、おやすみ。また明日」

「え? これって、毎日あるの? 虫が発生したときだけではないの?」

「虫は常に発生している。今この瞬間だって、どこかで発生しているんだ。それとも、もうひと狩りにいくか? 付き合うぞ」

紗百合は少し迷ったが、手に持った弓を見て答えた。

「……いくわ。今度はしっかりやるから」

「冗談で言ったんだ。今日は休め、明日に響くから。初日から頑張るのはいいけど、先は長いんだ。気長にいこう」

(そうだね、紗百合はまだまだ未熟だから、功を焦って失敗してしまったら、かえって今後に良くないだろう。今日は大人しく寝た方がいいよ)

 リブルも、丸々と開けた小さな瞳で語ってきた。

 リブルの場合は、心に直接語ってくるから、まるで目で語ってくるような印象があった。

「わかったわ。今日はおとなしく帰って寝るわ。ところで、どうやって帰るの?」

(この世界は夢の世界。君が寝てしまえば、あちらの世界に帰れる。正確に言うとね、ここはあちらの世界のコピーみたいな世界なんだ。鏡で映したようなね。だから、あちらにも、ちゃんと君は存在する。だから、君がこちらにいても、あちらの君は普通に生活を送っているんだよ。ただね、君の本体は、今はこちらにある。君達の言う、魂だね。今の君の記憶は、あちらの君にもちゃんとリンクしている。それこそ、夢を見ているのだよ。だから、目が覚めたとき、あちらの世界に戻っているのさ」

「何だか…… よくわからないわ。じゃあ、ずっとこっちにいてもいいわけなの?」

(それは構わないが、向こうの君は、君のコピーみたいな物だから、多分問題なく普段の生活を送ってくれると思うよ。それと、本体の君が消滅してしまったら、向こうの君は、生きていけないから気を付けて。魂は一つしか存在できないんだから、こちらで、何かの拍子で消滅してしまったら、あちらの君は、原因不明の病か何かで、倒れてしまう。そういう可能性も、考慮しなくてはいけないよ。こちらの世界は、鏡に映った程度の世界だと思って。本当の世界はあちらの世界なのだからね)

「うん。何となくわかった気がする。でも、私達、覚醒者は、死なないんじゃないの?」

(そうだね、肉体が滅びることはない。でも、魂が滅びることはある。つまり存在の消滅だ。死と消滅はイコールではないんだ)

「前にも聞いたような気がする。死んでも魂は別の世界で生きて、またいつの日か現実の世界で生まれ変わるって。すべての出来事や記憶は、ずっと上の世界に保管されていて管理されているって。私が生きた、生きてきたすべての記録が、そこにあるって」

(そうだよ、だから魂は永遠なのだよ。君の生きてきた記録を元に、次の世に君はまた生まれかわるのだよ。だから、死は再生と隣り合わせなのさ。でも、消滅してしまったら、それも叶わなくなってしまう。それを守るのが、君たちの仕事でもあるんだ。だから、場合によては、君たちは虫の餌食になって、消滅してしまうことだってあるのさ。だから、焦ってはいけない。消滅してしまったら、これまで生きてきた君の歴史は残っても、これからの歴史を刻むことは、できなくなってしまうのだからね)

「うん。肝に銘じておくわ。じゃあ、過去に消滅してしまった、覚醒者もいるってことよね。今この周辺を守っているのが、五人しかいないってことは……」

京花は紗百合の背中を叩いた。

「心配するな。そう簡単に、私達は消滅なんかしないから」

紗百合は、京花の横顔を見た。頼もしくも見えたが、どこかと遠くを見る感じで、何だか寂しげだった。

 きっと、最近誰かが消滅してしまったのだろうと思った。

「よし帰ろうか」

京花は静かに言った。


紗百合は家まで帰り、ベットで横になった。

 少し前の興奮がまだ収まっていないのか、なかなか寝付くことができなかった。

 いつもの天井。いつものベッド。いつものお布団。

 これは、本当に夢の世界なのかと疑問に思ってしまう。

 眠気と体のだるさは、確かに現実世界ならではの症状で、夢の中では、こういう気だるさや、倦怠感はない。

 常に身体が軽く頭の中がすっきりしているのは、夢ならではの状態なのだ。

何だか、夢の真実を知ってしまうと、それこそ、夢もロマンもないなと感じてしまい、それこそ、現実的なこの夢の世界に、嫌気がさしてしまう。


 夢の世界は、私たちの記憶や出来事を集約する場所であって、そこには、この現実世界の写し鏡のような世界が存在していた。

 その実態は、記憶と情報と出来事の集合体。

 まさに世界のコピーなのだと知った。

 そのコピーは都度、記録され保存され管理され、時間がくれば更新されていく。

その記録の分析を元に、この世界の未来を導き出しているなんて、想像を絶していた。

今この瞬間も、この世界は記録を取って、より良い未来のために、更新され続けているという。

だったら、どうして過去に、大きな戦争や、闇に葬られるような歴史が生まれたのだろうか?

確かに世紀末の混乱や、核戦争は起きなかった。

 どんなに世界を良くしようと、更新し続けても、過去の戦争は避けられなかったのだろうか。

それこそ、それは、虫が引き起こした事件なのだろうか?

紗百合は、巨大なダンゴムシ状の虫を思い出して身震いした。

あの虫でカテゴリー2とか言っていた。

 じゃあ、カテゴリー5って奴がいたらどんな存在なのだろう……

 それこそ、個人の問題ではなさそうな話だ。

 町一つが、どうにかなってしまう存在なのかもしれない。

紗百合は考えるのをやめた。

今は、この瞬間が楽しければ、それでいいではないか。

少し先の未来が楽しいけれは、頑張れるのではないか。

 遠い未来の為なら、努力もできるではないか。

 死後のことは死んでから考えればいい。

 今は、目先のことを考えれいればいいのだ。

明日、学校に行って、授業を受けて、お弁当食べて、友達とおしゃべりして、部活に参加して、

 そして、今日の夕食は何かなって期待して、宿題してお風呂はいって、ドラマ見て、疲れたらベットに入って、

 いい夢を見られたらいいなって願って…… 

 そんな毎日を過ごせられるなら、それでいいのではないか。

 ……そうか、もう、いい夢を見ることはできないのだ。

 あちらの世界で、こちらの世界の為に働かないと、いけないのだ……

そういえば、京花ちゃんは、隣町の人だっていっていた。

 今度はいつ会えるのだろう。

 こちらの世界、つまり夢の世界の楽しみができたというわけだ。

 夢だけに、夢のような体験ができて、いいのかもしれなかった。

そうこう考えているうちに、紗百合は、いつの間にか眠りについていた。

夢はもう見ないと思っていたが、眠ってレム睡眠状態になったのか、頭の中に夢の世界からの情報が一気に流れ込み、あちらの世界とこちらの情報が共有された。

 細かった情報ラインが一気に太くなり、その中でも特に印象の強いものが、記憶のイメージとなって現れてきたのである。

そう、紗百合は夢を見たのだ。


 カフェで、お嬢様の橘京花とパンケーキを食べていると、突然巨大ダンゴムシが現れて、自分と京花に襲いかかってきたのだ。

 逃げ惑っていると、店の入り口からワイルドな方の京花が現れて、ダンゴムシを両手拳銃で撃ちまくり、粉砕してしまった。

 すると、お嬢様京花とワイルド京花の二人は、怪我はないかと、自分の身体をあちこちを触られ、あまりにもの、局部のお触りに悶絶してしまい、頭か真っ白になったと思ったら、目が覚めていた。

 気付くと、電子音が鳴り響いていた。

 時計のアラーム音が、紗百合の耳の鼓膜をたたいていたのだ。

無意識に手が目覚まし時計に伸び、ストップボタンを押す。

「……ぅわ、変な夢見た……」

窓の向こうが眩しい。

 朝が来たのだ。

 新しい今日が始まったのだ。



 

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