第2話 人類の敵

 紗百合は目の前に現れた黒い子猫を、どうしてやろうかと考えていた。

 明らかに普通ではない、この異常な存在の登場は、確かに夢の中ならではの出来事だ。

 ここから離れてしまえば、一番手っ取り早い話だが、この子猫は言葉をしゃべり、自分の名前も知っていた。

 さらには、自分を監視するために、ここにやってきたと言っている。

 とても不気味な存在だ。

 このまま立ち去るのはいいが、せっかくだから、この夢について、もう少し情報を手に入れたい。

 もう少しだけ、話をしてみようかと思った矢先、かちゃりと、奥の階段室から扉の開く音がした。

 たぶん誰かが通報したのだろう。あれだけのことがあれば騒ぎにならない方がおかしいというものだ。

 奥から、ポリスマークが入った制服を着た二人が近づいてきた。何やら無線で連絡を取っている。

 きっと、かわいい女子高生がソーラーパネルの上で怪我をして動けない様子だ、と報告しているのだろうと、紗百合は思った。

(かわいいは余分だ)

「なに? ちょっと。私の心のつぶやきが聞こえるっていうの?」

(なんだい、今さらそんなことに気が付いたのかい。ちなみに、僕は君の管理者だから、君のことなら何でも知っている)

「は? 何でも? 怖いことを言うわね。そうやってか弱い女子の心の隙をついて、言いなりにさせようって魂胆ね。だまされないわよ」

(まあ、いいさ。君は僕からは逃れられないのだから)

「……でた。ストーカー宣言ね。それとも、私を口説きたいのかしら? 猫は好きだけど、恋人にするほど、心はすさんでないわよ」

(はいはい…… それで、あの警官はどうするのだい? 逃げるかい?)

「別に悪いことをしているわけじゃないし。逃げる必要もないじゃない」

 警官二人が、近くまでやってきて叫んだ。

「ひざまずいて手を頭に組め!」

 警官の一人は片手に警棒を、もう一人は拳銃を持って構えていた。

「え? ちょっとちょっと、私はか弱い女子高生なんだけと…… おまけに血まみれで、ケガもしているかもしれないのに」

(か弱い女子高生は、ビルをひとっ飛びはできない。車に尻もちついて大破させたりしない。血だって出ていない)

「しょうがないなでしょ。私だって……」

「動くな! ひざまずいて手を後ろに組め! 早くしろっ!」

 警官達は、紗百合の発言に不信を抱いた。

(僕の声は、君以外の人には聞こえないからね。君も声に出さなくたって、僕には聞こえるから)

 どうしよう? って、ここはひとまず逃げるしかないか。

「あの?、私、何もしていませんけど……」

「普通の人は、ジャンプしてこんなビルに飛びうつれない…… 普通の人は車を踏み潰したりしない。お前は何者だ? 地球外生物ってやつか? かわいい顔して地球人を捕食するのか? 大人しく捕まれ。話は署でゆっくり聞こう。抵抗すると撃つぞっ」

「……あの? オカルトが趣味なんですか? かわいいのは理解したけど、人を捕食なんてしませんし、私日本人よ。それは漫画とかの見過ぎですよ」

「黙れ。そうやって何人の人を捕食してきたんだ」

「あのぉ? 人を見た目で判断するなんて、警察のすることではないと思いますけど」

「だまれ化け物。抵抗すると撃つぞ」

(ねえ、リブル、これはどういうことなの? この警官、普通じゃないんだけど)

(そりゃ、ここは君たちの言う現実世界ではないからね。夢の世界は精神が優先されるから、感情が先走るのさ)

(それじゃあ、少しぐらい脅かしてもいいよね)

(ここは素直に逃げた方が、いいと思うけれどね。面倒なことは起こさない方がいい)

(この警察官、気にいらないわ。私みたいな女子に一方的に言ってくるなんて。ちょっと無神経過ぎるんじゃない?)

(それは君の感想で、警官はただ職務をこなしているだけだよ)

(でも、か弱い女子高生にいきなり確保宣言よ。ありえないわ。普通は保護の対象でしょ? 人を何だと思っているのかしらね)

(かわいい化け物だろう?)

(んん。何だか悪い気はしなくなってきたわ)

「おい、話を聞いているのか? さっさと膝まづけっ!」

 警官がさらに近づいてきた。

(やっぱり気が変わった。やっぱ気に食わない)

(おい。やめておけ)

(あら、リブルは本気で言っていないような気がするんだけど、気のせいかしらね)

(さあね)

「おいっ! 痛い目にあいたいようだな」

 警官の片方の空いた手が、紗百合の胸元に迫った。

 結局、こいつらもけだものと同じか。

 紗百合は右の手の平をつきだして、叫んだ。

「いでよっ! シューーク・リーーィムッ!」

 空中に直径1mほどの巨大なシュークリームが現れて、警官の頭に落ちた。

「ぅどぉぐわぁ!!」

 警官は訳の分からない言葉をはいて、巨大なシューの中でクリームまみれになった。

 警官にしてみれば、巨大な芋虫の中にいる気分だろう。

 もう一人の警官が銃を構え、引き金を引いた。引こうとした。警官は引き金を引けない銃を見た。

 いつの間にか、銃は黄色くなっていた。正確には、バナナに変わってた。警官は驚いて、慌ててバナナを捨てた。

 紗百合はその驚きようを見て、おなかを抱えて笑った。

 シューの中で、クリームまみれになっていた警官が、勇敢にもべとべとドロドロになった銃を抜いて引金を引いた。

 それを紗百合は、瞬時に出したフライパンではじいた。

 かんッ!

 いい音を響かせてから、フライパンの上に焼きたてパンケーキを出して警官に投げつけた。

 フリスビーのように回転しながら、警官の顔に不時着した。

「あじぃ!!」

 警官は熱さにたまらず絶叫し、顔をおさえた。

(こら、紗百合。食べ物を粗末にしてはいけない)

「あ。ごめんなさい」

(もういいだろう? ここから離れるよ)

「そうだね。応援が来ても困るし、って、どこに行こうね」

(隣のビルでいいだろう。順番に低い建物を下っていけば、そのうち降りられるだろう)

「じゃ、またね、気に食わないおまわりさん」

 紗百合はジャンプしてこのビルを離れた。

 一気に、二次曲線の頂点に達し、後ろを振り返ると、小さく見える警官は、こちらに向けて発砲していた。

「警察って、みんなあんなふうなのかな。いくら夢の世界だからって、心が解放されるからといっても、きっと日頃から相当なストレスを抱えているんだろうね。女には見境ないし、銃はすぐ抜きたがるし、すぐ撃つし。困ったものね」

(警官のみんなが、あんなふうではないよ。たまたま、ああいうのが、来ただけだろうさ)

「そんなものかしらね。不信を抱くわ」

 紗百合は着地地点を目で追った。また飛びすぎたと思ったが、何とか低いビルの屋上へたどり着けそうだ。

 に、してもこの高さにはなれない。さっきのビルは15階建てぐらいだから、高さは45m程だろうか。

 今度のビルは6階程で、さっきの半分ぐらいだが、30m程は自由落下するわけだ。

 高いところが嫌いなわけではないが、さすがにこの落下には、毎回恐怖を感じた。

 さっきは、太陽光パネルに落ちたが、今度は何もなさそうな屋上だった。このままでは、コンクリートの屋上に激突コースだ。

「ぅわっ。どうしようリブル。死んじゃいそうな気がするんだけどっ」

(大丈夫だよ。痛いだけで死ぬことはないから)

「そういう問題じゃなくてぇ」

 紗百合は両腕を左右に広げた。

 鳥の翼のようなイメージで羽ばたいてみた。両腕に風の抵抗を感じ、落下スピードが緩くなった。

 さらに腕を羽ばたいてみる。落下スピードはかなり緩み空中を静止できるようになった。

 両腕を見ると半透明の巨大な白い翼が伸びていた。

「やった! 飛べたっ。みてみてみてっ」

 紗百合はリブルの姿を探した。先程は声がしたが、姿を見てはいなかったから気になった。

 ふと後ろで、猫のくせに、背伸びをするように飛んでる黒猫を見つけた。浮いているというのが正解か。

 さすが夢の世界だ。何でもありか……

(それは、蛾になったつもりかい? 紗百合ぃ。あまりほかの人に見られると、よくないのだけれどな。どんどん君のことが世間に広まってしまうよ)

「……蛾じゃないわよ。見られるって、それってまずいの? 夢の中だけの問題なんでしょ?」

(君たちの言う、夢の中の話なのだけれど、先ほどの警官は、あちらの世界にも当然実在するよ。つまり、あの警官の記憶に紗百合のことが刻まれてしまったわけだ。無意識下とはいえ、潜在意識にはもう紗百合の存在が記憶にあるわけだ。つまりは、ほかの人に見られても同じことが言える。あちらの世界もここも、記憶は共有されるのさ。それこそ、あの人達の夢には紗百合が出てきて、お菓子で、体をべとべとにされているかもしれないね)

「それってまずいじゃない。明日、学校で何言われるかわからないわね。交差点の件なんか、みんなスマホで写真を撮っていたし、きっとSNSで拡散されているだろうな」

(だから、僕は言っただろう? おとなしくしろって)

「今さら、遅いわよ。あぁ。女子高生なのに、今後は逃亡生活が始まるなんて、嘆かわしいわ。ところで、この夢はいつ覚めるのかしら? もう、そろそろいいんじゃない?」

(君が眠れば、向こうの君が目覚める。向うの君が目覚めれば君は帰られる。もしくは、ここで死ぬと、向こうの君が起きる)

「……そういうことか。死ぬのは嫌だな…… でも、まだ眠くはないけど、取りあえず帰るか…… ねえ、リブル。ここの時間ってあっちの時間と同じなの?」

(それは、ここの世界の時間と、現実世界の時間軸は同じか? ってことかい? 当然違うよ。もともと君が見ていた夢は、自分の頭だけで見ていた。そして君は情報が欲しいため、ここの世界と繋ながり様々な情報を入手した。そこまでは別に問題ない。夢を見るということは、そういうことなのだからね。そして、君は夢の中で目覚めた。それは、どういうことかと言うと、君はこちらの世界に侵食してきたのさ。本来はこられないはずなのに、君はこちらへ来てしまった。だからこうして僕は派遣されたわけだが、あれ、話がそれたね。えっと、時間軸の話だったね。ここの世界というのは、君たちの言う、現実世界の情報をまとめるためにあるのさ。つまり、ここの世界は現実世界の情報を複写した世界。だから、ここに実体はない。情報としての空間が存在している。そして、君たちは夢としてこの世界を認識できる。それから、この世界は毎日更新されている。君たちが寝ている間に世界と繋がり、情報を共有して世界は新しくなっていく。寝ているときに夢を見るのは、世界と繋がって情報のやり取りをしているからだよ。その影響で様々な映像や記憶の再生などができるのさ。それが夢の正体。つまり、君たちが寝ている間に世界は更新されて、そして、その間は、当然タイムラグがでるというわけだ。ここで紗百合に質問。今は何時ぐらいだと思う?)

 リブルの話に、ついていけなくなった紗百合だったが、とりあえず今の状況を考えた。

「えっと、そうねえ。夕方の五時くらいかしら。学校から帰ってからの流れだから。きっと夕方前ぐらいよね」

(そうだね。と、いうことは、ざっと五時間のタイムラグがあるということだ。あちらの時間は、夜の十時ぐらいかな。君は夕食を食べて、横になっていたら、寝てしまったってところだよ)

「まあ、そんなところね。部活の大会が近いから、少し気合いが入っているのよ。そろそろ起きないと宿題ができない。こっちの世界で宿題をやるという手も、ありなのかな?」

(それは、あまり意味がないな。それより、今日は家に帰らないほうが、いいのではないか? こちらの世界の情報が更新されるのは深夜十二時で、それを過ぎると、こちらの情報は現実世界の情報が元になって、こちらの世界は修正されていく。それで成り立っているからね。こちらの世界の情報は優先制がないんだ。つまりは、君を追っている警官達も、深夜を過ぎれば追わなくなるということだ)

「そんなぁ、宿題できないじゃない。とにかく、どこかで寝ればいいんでしょ?」

(寝ることができればね。正確には、寝かせてもらえればね)

 下からサイレンの音が重なり聞こえる。パトカーが列を連なり、こちらに向かっているようだ。

 他の場所からも、パトカーの音が聞こえてくる。よく見ると、前方の空からヘリも見えてきた。

「どういうこと?」

(そういうこと)

 パトカーの後ろには、別の車両も見える。マスコミの機材車両だろうか。

 あちらこちらで、こちらに向かっている車両が、何台も確認できた。

「そんなにも、ただの女子高生が珍しいのか。そっとしておいてほしいわ」

(誰がだだの女子高生だ? 早く逃げないと射程圏内に入るぞ)

「どうしてこっちの人は、人を撃ちたがるのかしら。人間不信になってしまうわ」

(言い忘れていたけれど。ここの世界の人は、現実にありえないことが起きると、異常なまでの反応を示すのさ。何というか、排他的になるのさ。この世界を守ろうとして、本能的に未知なる対象を排除する傾向にある。それと、君のような覚醒者に接触すると、その人も影響を受けてしまうのだよ。感染するように、その人もまた自我が表にでてくるのさ。君の場合は、自我が穏やかなせいもあって、この世界でも暴走する気配は、なさそうだけれど、普通の人は、そうでもないのだよ)

「普通の人は、すぐに暴走してしまうってことなの? そうならないためにリブルのような使い魔が送られるわけなのね」

(僕は使い魔ではないよ。確かに派遣されたけれどね。僕の役目は、君の監視。君が暴走したときは、容赦しないから覚悟をしておいてね)

「……殺すわけね」

 紗百合はリブルをにらんだ。

(僕は見届けるだけだよ。手を下すのは専門家さ)

「なにそれ? 殺し屋でもいるの? スナイパーみたいのが、私を撃ち殺すわけ?」

 紗百合は身震いした。そういう今も、何だか狙われている気がする。

 羽を動かすのに、両腕を使っていたが、面倒臭くなってきたのと、手を使いたかったので、腕に付いていた羽を背中に移した。

 背中には、そんな神経は通っていなかったが、以前からあるかのように、即席で付けた羽は、意のままに動いてくれた。

 大きな翼でトビのように、空をすべるように飛ぶことができた。

 両手が空いたところで、フライパンをイメージし、二つ実体化させて両手に持った。

「ふっふっふっ。最新のチタンフライパンよ。ちょっと奮発して出してみたわ」

(奮発って、タダで出したのだろう?)

「何をおっしゃる。これイメージするのにどれだけの手間がかかっていると思ってんの。お店に行っても手が出ない悔しさは、リブルには分らないわ。私のこの情熱はプライスレスだわ」

 その直後、胸の辺に飛んできた銃弾を、フライパンではじいた。

 かーんと、高々と金属音を響かせ、手に持ったフライパンから衝撃が伝わる。

(いい感しているな。さすが覚醒者だ)

「その覚醒者っていうの、やめてほしいな。何だか、薬か何かでいっちゃった人みたい」

(そうかな。一番わかりやすいから、いいと思うけれどな)

「それより、何なのっ。いきなり撃ってくるなんて。降伏勧告とかしてくれないのっ?」

 かーん。

 次弾をフライパンではたいた。うるささと手のしびれで目をつむる。

(地上から見れば、紗百合は人類の脅威だよ。だって、人の姿を借りた化け物が空を飛んでいるんだからね。さっきは警官を襲って、さらには全身血まみれだ)

 ヒュン。空を切る音が至近距離でしていた。

「こんなにかわいい化け物がいて、たまるものですか。このケチャップがいけないのね」

 かーん。かーん。

 紗百合は飛んでくる銃弾をフライパンでしのぎながら、自分の姿をイメージした。

「ん、もうっ! うるさいっ!」

 紗百合の体が青白く光りだし、やがて白い光に包まれた。

 光が収まると、ケチャップで赤く染まった制服から、真っ白なロングドレスのような衣装に変わっていた。

 背中にあった羽は、真っ白になり、より大きくなっていた。

(なんのつもりかな?)

「見ればわかでしょ! 女神よ、めがみっ! 美の女神、サーユリーとは私のことだよっ」

(……堕天使ってところだな。それとも、コックかい? それならフライパンを持っているのもうなずけるな。でも、ろくに料理などできないのだろう?)

「……ぅるさいな、もう。だから、女神だってっ! 私はこの世界では、無敵なんだから。見てらっしゃい」

 紗百合は、フライパンの上にパンケーキを出して、焼いた…… 

 火は無かったが、フライパン自体が熱を持って、パン生地に飴色の焦げ目をつけた。

「御注文のパンケーキ、お待たせしました。めしあがれっ」

 そして、それを、銃弾が飛んできた方向へ投げつけた。


 地上から紗百合を狙っていた警視庁のスナイパー隊は、銃弾をフライパンで打ち返す光景を見ていた。

 さらには、真っ赤な悪魔のような存在は、光に包まれると、次の瞬間には、真っ白い悪魔に変化していた。

「化け物め…… 俺たちは遊ばれているのか?」

 距離、約350m。飛んでいる標的を狙うのは難しいいが、今ここにいるのは、この国のなかでも、腕の立つ狙撃手達ばかりだ。

 照準を定め、引き金を引こうとして、スコープ越しにフライパンの上にパンケーキがあるのを確認した。

「この状況でおやつタイムかよ。狂ってやがる……」

 そして、クリケットでボールを投げるように、パンケーキを投げつける様子が見えた。

「っ? あの距離から、投げたっ……」

 バンっと、スナイパーの顔面にパンケーキが直撃し、後方へ飛ばされた。

「ぁあじっぃぃぃっ!!」

 スナイパーは両手で顔を抑えて地面で転がりまわった。

 近くにいた警官が無線機を取って、他の班に呼びかけた。

「こちらのスナイパーがやられた。そちらも気を付けてくれ。……そうだ。顔面を少し火傷したと思われる。……そうだな、パンケーキみたいなものだ。……本当だ。俺にはパンケーキに見えた。もうすぐ三班の射程に入る。……だからパンケーキだっ! 冗談なんか言ってないっ! 確かにパンケーキだっ! ……いや、食べてはいない。わかった。確認する……」

 無線報告をしていた警官が、若い警官を捕まえ、スナイパーについていたアレを指差した。

 ほとんど粉々になっていたが、スナイパーの襟部分に結構こびりついている。

 若い警官が自分を指差す。

 俺が食うの? という仕草だ。

 他の警官は、手で払いのけるような仕草をした。

 お前だよ。さっさと食えっ。と。

 若い警官は汚そうに、スナイパーにこびりついた、パンケーキの断片をつまんで剥がすと、恐る恐る口に入れた。

 若い警官は、グーの拳を出して親指を立てた。


(紗百合ぃ。食べ物を粗末にしてはいけないよ。小さいときに、教わらなかったかい?)

「あら、リブルは何だか保護者のようなことも言うのね。見てなかったの? ちゃんと口の中に入れたでしょ?」

(ぃゃ。顔に命中はしたけど、多分、口には入っていないよ)

「あら、そうだったかしら。よく見ているのね。さすが猫は目が効くわ」

(そういう君も、ここからあんなパンケーキを投げつけて、よく当てられるものだよ。人間技ではないね。そもそもあれは、本当にパンケーキなのかい? 時速200キロ近く出ていたら、空中でバラバラになるのじゃないのかい?)

「ぉ。さっすがリブル君。よく見ているね。途中までレールを敷いたのよ。真空のレールをね」

(だから、あんなにまっすぐ飛んでいったのか。空気抵抗もないわけだし。君は意外と恐ろしい人だね)

「何をおっしゃる。せっかくの焼きたてパンケーキを、アツアツのうちに、ちゃんと運ばないといけないでしょ?」

(……そうだね)

 紗百合の手が無意識に動く。地上で発砲した火線がチラチラ見えた。それに反応しているのだ。

 かーん。かーん。かーん。と、無意識にフライパンを動かし銃弾をはねのけた。

「もう、うるさいなー」

 地上でこちらに銃を構えている警官が確認できる。距離は300mほどか。

 スナイパーも、こんな上空の標的を撃つのは、滅多にないことだろう。鳥でも狙わない限りは。

 かーん。かーん。かーん。と、体に当たりそうな銃弾は、フライパンで弾き、かわすことのできるものは、素直にかわした。

「弾幕で、パンケーキを焼かせないつもりだな。さすが日本の警察だね。多少は頭が回るみたいね」

(……いや、そんなことは、考えもしないと思うよ。単に撃ち続けているだけだよ)

「しょうがない人たちね。じゃ、これならどうよっ?」

 紗百合は、左手のフライパンで銃弾を受けながら、右手のフライパンで、焼いた。そして、投げつけた。

 すかさず、右手のフライパンで、今度は卵を二つ焼いた。

 途中、銃弾を弾きながら焼いたから、上手く卵が焼けない。

「じゃまするなぁっ!」


 地上から狙い撃ちをしていたスナイパーだったが、紗百合が何かを投げつけたの確認して警戒した。

「来るぞ! ……ぎゃーー!」

 近くにいた警官がスナイパーをみた。顔に黄身と白身が張り付いていた。

「……目玉焼きが顔面を直撃、いや、目に直撃……」

 その直後。悲鳴をあげていたスナイパーの口に、パンケーキが直撃した。

 口の中のパンケーキで悲鳴をあげることが出来ず、悶えた苦しんだ。

「……パンケーキが口に直撃……。熱そうだ……」

 近くで目撃していた警官は、笑いをこらえていた。


「よし、次っ!」

 紗百合は、はるか下で悶絶している、何人ものスナイパー達を尻目に先を急いだ。

 急ぐといっても、いまだに目的地は決まっていなかったが……

「それにしても、日本のスナイパーって優秀なのね。地上の目標ならいざ知らず、空を飛んでる目標に、こうも簡単に当てに来るんだから、ある意味怖いわね。それに、あれって警官なんでしょ? あんなに撃ちまくっていいのかしら。そう思うと、本職さんが来たら、私、落とされてしまうわね」

(そんなことを言っていると、本当に自衛隊の特殊部隊が来るぞ)

「それって、あのヘリのことかしら」

 先程から、一定の距離を保って飛んでいる、一台の黒いヘリがいた。距離にしてざっと五キロくらいか。

 狙撃をするにはかなり難しい距離だが、漫画の世界だと、やってのける主人公もいるときたから、怖い世界だ。

 ましてや、この世界は夢の世界だから、あり得ない話でもなさそうだ。

 ゾワっと紗百合の背中に悪寒が走った。

 身体に光の筋のようなものが走った感覚があり、紗百合は警戒してヘリを凝視した。

 距離こそあったが、今の紗百合のには、すぐそこに見えるかのように、視界に捉えていた。

 直後、ヘリから火砲が走った。

「っ!!」 

 とっさに、右手に持っていたフライパンを投げつけた。

 ほぼ水平に投げつけたフライパンは、取手の部分をくるくる回転させながらまっすぐ飛んでいった。

 例によって、飛来物の前方を、真空のレールを敷いているから、空気抵抗がなく、飛んでいるわけだが、どういう理屈なのかは、自分でもわかっていない。

「当たれー!」

 音速を超えて飛んでくる、ヘリからのミサイルと、紗百合の迎撃フライパンは3秒後に激突した。

 ダーン!

 前方に花火のような音と、裂けた金属と火の粉が舞った。

「あんなミサイルって、ヘリから撃てるわけ?」

(今では、歩兵だって対空ミサイルは撃てるよ。でも、最近のミサイルは、こんなちっこい対象でも撃てるとは、すごいことだね)

「何、感心しているのよ。私はただの人なんですけど、ミサイルって人を狙えるわけなの?」

(最近の兵器は、そういうもので、ピンポイントで戦力を削いでくるようなモノが流行なのさ。多分試作品じゃないかな。撃ちたがっている連中がゴロゴロいて、レポートを書きたくって、しょうがないのさ)

「私は最新兵器の実験台か。対人間にあんなミサイル撃ってくるなんて、自衛隊も狂っているとしか思えないわね」

(対テロ対策だから、将来的には必要なのさ。第二弾くるよ。どうする? 君なら、直接ヘリを落とせるのじゃないかな?)

「そんことしないわよ。街の真ん中で落とせるわけないじゃない。何とか無力化したいんだけど、何かいい手はない?」

(僕に聞くのかい? 僕は君の上官ではないのだけれど…… そうだな。君の好きなパンケーキでも、ご馳走してあげたなら、満足して帰ってくれるのではないかな)

「それ名案っ!。そうよね。やっぱそうよね。それしかないよね」

 紗百合は、意地悪そうに笑った。

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