埒外

 ローブの男たちの気を逸らすためにも、グリフィンとジェイが追いつくまでの間、ルパートは彼らの攻撃を捌かなければならなかった。

 男たちはよく訓練されているようで、やや小柄の小太りと背の高い筋肉質な男を両翼、松明を掲げた男を中心にして油断なく距離を詰めていた。

 ルパートの行動は速かった。足取りで何度もフェイントを掛け、列をなして囲む三人の足並みを乱そうとする。ほんの一瞬小太りの男の足が逸ったのを見逃さず、肩を掴むと足を払って横に投げた。

 その隙に、背の高い男が一気に距離を詰め殴りかかった。松明の男はルパートの軸足の可動域をカバーして退路を塞いでいる。襲い掛かる拳を難なくかわしたルパートは反撃の回し蹴りで男を吹き飛ばした。重ねて振り下ろされる松明にはスレスレのところで飛び退き、延焼を恐れてか、しっかりと距離をとった。

 グリフィンたちの到着はもう間もなくで、膠着状態を継続すれば合流して対処することもできただろう、だがルパートはそれをしなかった。

 倒した二人が起き上がってくるまでの間に男の持つ松明に飛びかかる。両手で松明の柄を奪い取るように掴むと、柄と拳とで男の顔面を殴った。怯んだ男の手から離れた松明を、ルパートはしっかりと回収する。

 その後のルパートを止められる者はいなかった。松明を持っているのにも関わらず彼の両手は常に自由で、手元で松明を回したり真上に投げてみたりと、自在に操ることで接近を拒否する。力の差を思い知った彼らはすでに及び腰で、跳びかかっては払われるの繰り返しだった。

「もう逃げたほうが身のためだと思いますけど?」

 余裕の残った面持ちでルパートは冷ややかに言い放つ。辛うじて立っている男たちが顔を見合わせるのが見えた。

 初めにノックアウトした一人を除いても三人相手という不利を背負っていながら、ルパートは二人の存在を悟られぬよう巧みな視線誘導をしていた。彼らがどういう選択をしてもグリフィンたちと挟撃できるという腹積もりだろう。

 無言の協議の末に男たちが選んだのは、無謀な突撃だった。ダメージの重なった身体での攻撃に勢いはなく、手加減の消えたルパートに蹴散らされ昏倒した。


「ねえアレ、凄すぎじゃない……?」

 ショーめいた無双状態にジェイも引いている。無理もなかった。

「何度見ても人間離れしてるな、あいつは……」

 めいめいに呻く被害者たちを眺めつつ、グリフィンには一抹の不安があった。領事館での一件を体験したルパートもまた同じ気持ちのようで、アルエットを回収した後は倒れた男たちやその周辺を注視していた。

「私が気を失ったあと、あの靄はどうなったんだ?」

 性質が断片的にでもわかれば、対処もしやすくなる。し損ねていた情報共有を済ませるべく、グリフィンはルパートに近付いた。

「ええと……、たしか……、どうなったんでしたっけ……?」

 要領を得ない回答。先ほどの大立ち回りで体力を使い果たしたのか、それにしても妙な放心ぶりだ。

「おい」

 再度問いかけてみても反応は鈍い。うつろな目はただ宙を見つめていた。

「おい!」

 肩を揺すってようやく、ピントの外れた瞳に光が戻る。

「うわっ! すみません、ちょっとボーっとしてて……」

 弱弱しい笑みとともにルパートは答える。額に浮かんだ汗は運動によるものには見えなかった。

「頼むよ……。で、えっと……」

 グリフィンは不意に意識が遠のくのを感じた。血の気が引いていき、身体を芯から冷やすような悪寒が駆け巡る。だというのに体表を撫でた湿度の高いは燃えるように熱かった。揺らぐ意識の中で耳元で囁かれる不吉な言葉たちは領事館で聞いたものとよく似ていた。

「グリフ! ルパート! 危ないよ!」

 ジェイの警告がギリギリで耳に届く。グリフィンは瘴気を払うように首を振ると、ルパートの手を引いてジェイの声が聞こえた方向に駆けだした。

 松明の火は消えてしまったようで、真っ暗闇の中をひた走る。ジェイのランタンに迎えられ息を落ち着けると、赤い靄がすぐ背後まで迫ってきているのがわかった。

「ねえ、どうしよう! あんなの見たことないよ!」

 実体を持たない靄に有効な手立てなどあるだろうか。グリフィンは必死に思考するが、鈍化した頭は一切の閃きをもたらさない。

「そのまま留まっていては危険です! こちらへ!」

 想定にない、だがどこかで聞いたような声が遠くから聞こえた。振り向くと、博物館の入り口に長身の人影が現れていた。

「走るんだ!」

 考えを巡らす暇などなかった。一行は本能的に、声の主のもとへと走り出す。


「一応、礼を言っておくべきですかな」

 件の探し人、アルバートは言った。その姿は、前のめりに肩で息をするグリフィンからは余計に長身に見える。

「いえ、あのままでは我々はまとめて死んでいたかもしれない。助けられたのはこちらのほうです」

 あの赤い靄は不安定に速度を上げ下げしながらこちらへ近づいてきていたが、この建物の中まで入ってくることはなかった。その直前で勢いを失いかき消えたのだ。

「ここは恐らく、彼らが根城として使っていたものなのでしょうな」

 博物館の中は白骨も見当たらず、意外にも整っている様子だった。いくつかそのままの状態で残っている展示品もあり、略奪の入る隙もなかった惨状が察せられる。その中で明らかな、多くの人間たちの活動の痕跡だけが異様だった。

「おじさん、ルパートを休ませないと」

 靄の影響下に長く晒されていたためか、ルパートはずいぶんと憔悴していた。

「ルパート……。ええ、承知いたしました。こちらへ」

 アルバートは美術品の展示された区画からは逸れて、地下へ続く階段へと歩き出した。その足取りは、ダンバー邸で見たものと変わりなく、ピンと伸びた背筋は年齢を感じさせない。この男に聞きたいことは山ほどある。そう考えながらグリフィンは彼の背を追った。

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