304・魔王様、会議を行う

「まず、れきについてっすけど、これは基本的に賛成っす。

 結婚式当日に発表するというのも、国民たちも覚えやすいと思うっす」


 フェンルウは私が作った資料を読み終え、面白そうにうんうん頷いていた。

 一方でケットシーは不安そうな様子で目を通している。


「でも、これ覚えられますかミャ?

 色々便利になる反面、確実にしばらくの間悪い影響が出てしまいますミャ。

 資料も全て一新、国民の感情……今後国の運営に関わる負担がものすごく大きくなりますミャ。

 まずは執務に関わる全員にそれを周知させ、国民を不安にさせないようにしなくちゃいけないですミャ」


 それはケットシーの言う通りだ。

 まずはこの国家を運営している側がこの『れき』について知っていなければならない。


 それこそ末端まできちんと理解していなければ、すぐに混乱が巻き起こるだろう。

 でも国民感情の方はそこまで考えていなかった。


 今まで以上にわかりやすくなる……それだけ聞けば確かに魅力的なことだけれど、それと正確に覚えれるかどうかはまた別の話だ。


「ならば、必要になるのはそれを教える場所……より高度な人材を育成するための教育施設でございますね。

 それは建築家の方々に早急に手配された方がよろしいかと思います。

 結婚式に加え、その施設をリーティアスのシンボルとすることが出来れば、より民たちに理解してもらえるでしょう」


 ロマンはここぞとばかりに案を出してくれて、こういう時は本当に頼りになるな……と思わず感心してしまう。


 ルチェイルの方をちらりと見ると、彼女も目をくわっと見開いていて心底意外そうに驚いていた。


「……だが、そうなればかなり大掛かりな工事となるだろう。

 今、リーティアスの……特にディトリアは活気盛んで、次々と新しい建物が出来上がっていっている。

 そこにそのような大きな注文をしてしまっては問題が起こるのではないか?」

「それについてはセルデルセル側からも人材を派遣させようと思っています。

 こちらは比較的安定していて、クルルシェンドに行く中央セントラルの者たちが中間として利用しているだけですので、ディトリアよりは職人も余裕があります。

 大掛かりになればなるほど、彼らも腕の振るい甲斐があるでしょう」


 ルチェイルの疑問にもなんのよどみもなく答えるその姿は、とても会議が始まる前の変態とは思えない。


 彼らは基本的に『れき』や『年』の受け入れには賛成してくれてはいる。

 その中でも貴重な意見を言ってくれたのはケットシーだった。


「ティファリス様、これはフェーシャ王やフォイル王には話を通しましたのかミャ?」

「? いいえ、まだだけど……」

「でしたら、本格的に動く前に南西地域の魔王様方に伝えるのが一番だと思いますミャ。

 ワイバーン便でリーティアスの物にだけ『れき』が記載されていても、混乱するだけですミャ。

 南西地域全体で取り組んでいる……ということにすれば、ワイバーン便を利用している全地域の商人たちにも説明がしやすいですミャ」

「なるほどね……」


 言われるまで気付かなかったが、確かに『れき』や『年』といった表記は、世界に新しい常識をもたらしてくれるものだけど……リーティアスとセツオウカだけがこの二つを使いだしても、他の国々がついてこれないだろう。


 特に商人たちは他の国に渡り歩くのに、南西地域ですら統一されてない表記なんて、彼らにとっては使う価値もない。

 むしろリーティアスだけで使われて、他の国で使われないものは余計な混乱を招くだけだ。


 しかもなまじワイバーン便がリーティアスを中心に運営されているから、ここで利用されているものを使わないわけにはいかない。

 目の上のたんこぶのような存在になりかねないというわけだ。


 他の国々に周知させるには、商人の力も必要で、そのためには南西地域全体にこれを広める必要がある。

 そうしなければ、『れき』はただ混乱をもたらす存在にだけなってしまうだろう。


「では、説明しながら工事を進めていく……というのはどうでしょうか?

 セルデルセルへの帰り道にフォイル王に話をすれば、円滑に進むのではないかと思います」

「……ついでにフェアシュリーのアストゥにも話しておいてもらえない?

 滞在費などは私が負担するから」

「おお、我が麗しの姫。貴女様の為ならばこの身命捧げる覚悟」


 再び私の前で跪いてくるロマンは本当にどうしようもない存在だ。

 というか、私は女王であって姫ではないのだけれど……いつ彼はそれを修正してくれるのだろうか?


「……こほん。ならば、アールガルムとグラムガンドには私が行こう。

 偶には他の国に行ってみたいと思っていたところですし、ワイバーンを使うのであれば長く留守にする……ということはないでしょう」


 冷めた目で咳払いをしたルチェイルは、自分を使者にしてくれと志願してくれた。

 正直、誰を行かせようか悩んでいたところだから、その申し出は有り難い。


 ルチェイルなら使者として申し分ない性格をしているし、安心できる。

 残るは最後の一国だけど――


「わかった。それならその二国はルチェイルに行ってもらうとしましょう。

 最後に……ケルトシルにはケットシーが行ってちょうだい」

「え? にゃーですかミャ?」


 まさか自分に振られるとは思ってなかったケットシーは、きょとんとした顔で私を見ている。

 こんな事がないかぎり、彼女はケルトシルに行きはしないだろう。


 些か強引ではあるけど、ここに来てから働き詰めだった事も多い彼女には、一度自分の故郷に帰って羽を伸ばしてもらいたかった。


「ですが、にゃーは……」

「今は私もいるし、フェンルウや他のみんなもいる。

 偶には帰りなさい。貴女だってケルトシルに家族がいるでしょう?」


 少し思い悩むように考え込んだケットシーは、私が一歩も引かない姿勢を見せているのにため息をついて……仕方無しと頷いてくれた。


「わかったですミャ。ケルトシルにはにゃーがいきますミャ」

「せっかくだからしばらくは向こうにいなさい。貴女がいなくなって開いた穴くらい、私が埋めてあげるから」


 渋々……といった様子のケットシーだけど、その顔はどこか嬉しそうにしていた。

 なんだかんだ言って、久しぶりに帰る故郷が楽しみなのだろう。


 本当に素直じゃない子だ。

 だけど、穴を埋めるには、私が少し無茶しなければならない。

 それでも、彼女には少し休む時間をあげたかった。


「ふむ、使者を送る件は解決っすね。

 後は……その教育施設をどこに建てるかっすね」

「どこに……?」

「今のリーティアスはディトリアを中心に活発になってるっす。

 でも、この国の首都は元々フィシュロンドだったはずっす。

 ティファリス様の本来の居城もそこだったはずっす」


 確かにその通りだ。

 今のリーティアスはディトリアを中心に回っている。

 だけど、この国の首都は元々フィシュロンドで、城もそこにある。


 正直、相当今更感があるのだけれど、たしかにそれは重要なことだろう。

 ならば、私もそれには真剣に答えて上げる必要があるな。


「私は、このディトリアで『覚醒』したわ。

 新しい命を得たと言ってもいい。なら、今の私の象徴は、このディトリアに建てることこそが相応しいでしょう」


 お父様やお母様と共に過ごし、失くした記憶を抱え、過去の私と一つになった場所……いわばここは私の原点と言ってもいいだろう。

 だからこそ、ここに……このディトリアにこそ、その証を建てるべきだろう。


「……わかりましたっす。その言葉、しかと聞いたっす」


 フェンルウは、どこか安堵したような顔をしていた。

 恐らくだけど……不安だったんだろう。


 ディトリアは彼らが必死に盛り上げてきた町だ。

 そんな場所を私が捨てて首都をフィシュロンドに据えるんじゃないかと不安があったのかもしれない。


 全く、馬鹿なことを思って……フェンルウが考えてることなんてあり得るわけないのに……。

 私は、今まで自分の下で頑張ってくれたみんながいるから……だからこの国を守ろうと思っているのだから。

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