282・死者たる苦しみ

 ――アシュル視点――



 戦いは徐々に苛烈さを増していき、終盤へと近づいてきたのではないか? という考えが頭によぎるほどの時間が経った時のことです。


 それでも戦いは終わらず、今もまた、一人の敵兵を貫き捨てました。


 ティファさまと共に最前線に立ち、敵を薙ぎ払って行ったのはいいのですが、今はもうあのお方とは離れ、一人で戦い続けていました。


 周囲には味方の代わりに水の剣――『クアズリーベ・キュムコズノス』で産み出したものを引き連れ、敵兵を次々と串刺しにしていていると、一人の少女が私の前に立ち塞がってきました。


 彼女は……ユーラディスの使者としてティファさまに会いに来た少女。

 確か名前はミィル・ランフィンと言ったはずです。


「やっぱり、あなたがくるんですね。あしゅるさま」

「……わざわざ『さま』を付けなくてもいいですよ。

 私はただの……ティファさまの契約スライムですから」


 剣を携えてきたミィルさんは、私の発言にゆっくりと首を振って、確かな意思を私に向けながら、こちらに向かって走り出してきました。

 私の方も水の剣を一つ、自分の手にとって、それを迎え撃ちます。


「あなたはかずすくない、いきたせいくろぞくですから」

「そう思ってくれてるのだったら……戦争なんて起こしてくれないほうがありがたいんですけどね!」


 刃を交え、ギリギリとつばぜり合いながら、押し返した私は、すぐさま『クアズリーベ・キュムコズノス』の力を使って、周囲に喚び出した水の武器をミィルさんに向かって撃ち放ちました。


「『だーくすふぃあ』!」


 ミィルさんが繰り出したのは黒い闇の球体。

 それは収縮したかと思うと、一気に膨張して、その衝撃と膨らんだ球体部分で水の剣たちを撃ち落としていきました。


「……やりますね」

「それはできません。せかいをとういつして、みんなみぃたちとおなじようにしてくれるっていうのが、まおーさまのねがいで……みぃたちのもくひょーなのですから」

「はた迷惑な願いです……!」


 私の生み出した水の武器を全て『ダークスフィア』と自前の剣技で防いたミィルさんは、そのまま私の目の前に躍り出て……二度、三度と素早い動きで斬撃を繰り出してきました。

 それを右に逸らして、前かがみになって頭上を通り過ぎさせ……私は『クアズリーベ』を振り抜きました。


「みぃたちはまおーさまのおかげでくるしいこと、かなしいことぜんぶからかいほうされた。

 だから……みんなにもこれをわけてあげるんだ!」

「そんなものは必要ありませんよ。

 私たちは苦しくても、辛くても、生きてるんですから……!」


 私とミィルさんは言葉を交わしながら刃を合わせ、離れた瞬間を狙って水の剣を放ち……彼女がそれを防ぐ。

 一進一退の攻防が続いて、私たちは言葉を同じ数だけ剣を交えているのではないか? そんな気分にさえなるほどです。


「なんで……なんできょぜつするの? ……ひていするの?」

「私は別に拒絶も否定もしていませんよ。

 ただ、他人にそれを押し付けないで欲しい……そう言ってるんですよ」


 互いに息が顔に触れそうな程近づいて……そのまま合わせた刃を引き、弾けるように一旦距離を取る。

 ミィルさんも同じようにひとっ飛びして後ろにさがると、今度は彼女の方が先制攻撃を仕掛けてきました。


「『ぶらっくいんぱるす』!」


 解き放つのは黒い衝撃波。

 それが結構な速度でこっちに向かってきて……私は『クアズリーベ・キュムコズノス』で精製した水の剣を分解して、そのまま壁を再精製させる。


 私の『クアズリーベ』は何も剣だけしか作れないわけじゃないんです!


「くっ……」

「大体ですね、私たちは……このリーティアスの住民はそれを望んでいないんですよ。

 それを貴方たちの勝手な感情で殺されて、操られるなんて……そんなこと、看過出来るわけがないじゃないですか!」

「でも、みぃたちとおなじになれば、たべることにふじゆうすることも、うえにくるしむこともないんだよ?

 びょうきにだってかからないし、しぬようなことだって……」


 どこか悲痛な面持ちで私に訴えかけてくるミィルさん。

 そこには『何が不満なのか?』というよりも『なんで認めてくれないの?』という感情が垣間見えました。


 認める、認めないなんていう問題じゃない。

 結局、死者と生者の価値観は違いすぎる……ということなのかも知れない。


 病気にかからず、飢えず、渇くことのない身体……確かに、それは理想なのかも知れない。

 どんなに傷ついても、回復魔法であっという間に元通りになる身体なんて、みんなが欲しがることでしょう。


 でも、私はそんな身体欲しいなんて思えない。

 だって、それは生きてるって言えないんだもの。


 なにもする必要がないのだったら……それこそ生きているだなんて言えない。

 苦しんで、傷つけあって……それでも愛して、幸せを求めるから私たちは生きてるんだ。


 もちろん、これはあくまで私の価値観だし、ミィルのような存在が必ず悪いだなんて思ってない。

 ただ、それを無理やり押し付けようとする……その考えだけは絶対に認める事ができないってこと。


 聖黒族のみんなはそれが幸せだったんでしょう。

 それはそれでいいんじゃないかと思います。


 でも、今の他の種族の人たちはどうなのでしょう?

 彼らは……本当にもう一度生を謳歌したいって思っていたからヒューリ王の魔法で蘇ったのでしょうか?


 いや、そんな事ないはずです。

 これだけの大軍……全員がそういう風に感じるなんてことあるはずないんです。

 それだったら、ヒューリ王がしていることは単に使い捨ての兵士を集めてるだけにしか過ぎない。


 聖黒族に対して思い入れが強くたって他の種族を蔑ろにするようなやり方は、絶対に認めてはいけないんです。


 だけど、それを言葉として口に出すことはしませんでした。

 何を言っても、きっとミィルには何も届きはしません。

 彼女は私の言い分を理解してくれはしないでしょう。


 ただ、刃を交え、魔法の応酬を繰り広げ、水の剣をミィルに放てば、彼女はそれを迎撃する。

 彼女の視線がたとえ答えを求めていても、私は決して答えることはなく……。


「『だーくねすしゃいん』!」


 黒い太陽が光線が降り注いでいて、私はそれを水の剣を飛ばすことで迎撃しました。

 それを悔しそうに見ているミィルさんの懐に飛び込み、そのまま彼女の核を狙って剣を突き刺しに行こうとしたのですが、それは彼女の剣で防がれてしまいました。


 が――


「あ……が……」


 私は躊躇うことなく、ミィルさんの背後の方で水の剣を精製して、そのまま放ちました。

 随分と言葉を交わし、何度も剣を交えている内にミィルさんの方は意識が散漫になってしまった隙を突いた形になりました。


「な、ん……で……」

「……相手のことをわかろうとせず、自分の価値観だけを押し付ける方が、理解なんてされるわけないでしょう」


 最後にそれだけ。

 ミィルさんが逝く手向けとして教えてあげられる言葉はほんの少しだけでした。


 倒れ伏し、動くこともなくなったミィルさんを一瞥することなく、私は更に駆けていきます。

 今回の戦い……イルデル王やフェリベル王の時とは違って、色々と複雑な気持ちになってしまいます。


 彼女たち――聖黒族のことを知ってるからこそ、今の彼女たちがどれだけヒューリ王に感謝してるのは伝わってきます。

 もし、ほんの少しだけでも違った形で出会えていたなら……そんな考えがよぎって、すぐさま忘れるように頭を振りました。


 今はそんなことを考えている場合じゃないでしょう。

 私だって足元を掬われる可能性が十分あるんですから。


 だから……今はただ、戦場を駆け抜けましょう。

 私に何が出来るかわかりませんが、せめて死者は……本来あるべき場所へ――。

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