272・鬼神対精霊 後編

「ライニー……」


 呆然とした表情で呟くリアニットはなにかを喪い悼むような雰囲気をだして、ただただライニーの遺体を見守っているように思えた。

 心境はわかる……だが、ここは戦場。


 俺様とお前は今……戦争をしているんだ!!


「『風水ふうすい・真空流断』!」

「……っ!」


 俺様はあえて無情に接し、鋭く斬れる水の魔法をリアニットに向かって唱える。

 肝心のリアニットはなんとかそれを回避することが出来たみたいだが、その間に俺様は一気にライニーに詰め寄り、彼女の身体から『金剛覇刀』を引き抜いてリアニットと相対する。


「セツキ王……おぬしは……!」

「恨めよ。ここは戦場で、俺様とお前は、戦争をしているんだからよ!!」

「くっ……『ガイアランス』!」


 リアニットは俺様を仇を見るかのような目で睨みつけながら、大地の槍を撃ってくる……が、それを俺様は斬り伏せ、一気に奴の元に迫っていく。


 今のリアニットにはライニーはいない。

 最早俺様の邪魔をするスライムは……いない!


「はああああ!」

「まだ……まだだっ!」


 ちょうど弾いた杖のところまで辿り着いたリアニットは、拾い構え、俺様に向き直る。

 隙無く繰り出す鋭い一撃は、杖に受け止められてしまう……が、それだけじゃまだまだ甘い!


 更に右から袈裟斬り気味に斬撃を繰り出すが、それも防がれ……一層、愛刀を持つ手に力を込める。


「うおおおおお!!」

「な、なにぃ……!?」


 俺様は鬼神族……接近戦じゃ、唯一無二の武闘派種族だ! ここは……魔法戦が得意なお前距離じゃねぇ!


 防がれても構わず力任せにリアニットの体ごと身体をふっ飛ばしてやる。


「『火土ひど地走ちばしり』!」

「ぐっ……『ナトゥレーザ・ランサ』!」


 さっきの焼きまわしのように五つの炎と六つの槍が激突し……残った一本が俺の元に飛んできて、それを弾く。

 そのやり取りをしている間にリアニットの得意な距離まで一気に引き剥がされてしまったが、もうさっきまでとは状況が違う。


 俺様はやろうと思えばいつでもリアニットの懐に飛び込み、一刀に伏すことだって出来る。

 それを奴もわかっているんだろう。すぐさま魔法を放っては来ず、警戒するように俺様の動きを見ていた。


「リアニット、もう終わりだ。お前一人じゃ、俺様を止めることは出来ねぇ」

「……セツキ王、なぜ、ヒューリ王の力を……支配を受け入れようとしない。

 もはや何も苦しむことはない。あの方の元では、魔人も妖精もエルフも聖黒も……全てが平等だというのに、何が不満なんだ?」


 何を戯けたことを……以前のリアニットならまず言わなかっただろう。

 それだけ、ヒューリ王の支配が強いってことか……。


「はっ、馬鹿なこと言うな。確かにヒューリ王のところに行けばなんもかんもが平等なんだろうよ。

 その様子だと食うことも寝ることも……子どもを産み、育てることも必要ないんだろうな」

「その通りだ。一つで完結している素晴らしい生命! ならば……」

「本当にそう思ってるのか? ライニーを欠いたお前が見せたその顔に……それが真実だと大手を振って言えるのか?」


 俺様の問にリアニットは少々俯いて黙りこくってしまったが、俺様は構うこと無く続ける。

 大体、こいつらの考えは致命的に間違っているからだ。


「世界ってのは、時間ってのは動くものだ。刻むもんだ。

 生きることになんにも必要ない死者のようなそれは、本当に生きてるって言えるのか?

 停滞しているだけの生物なんてな、いてもいなくてもいいんだよ」


 俺様たちは常に色んなものを世界に刻んで生きている。

 食べる事、育む事……時には殺す事もそうだ。


 時に不平等かもしれない。不自由かもしれない。

 だけどそれは俺様たちが生きている証を遺すための……本能のようなものでもある。


 だが、今のリアニットには……死んでからヒューリ王の魔法によって生き返った者にはそれがない。

 なにも刻むものがない。それはただ無為に生きているだけの……それこそそこにある石ころと同じ程度の価値しかない。


 そんな生は、俺様はゴメンだ。

 例え今の世界が不平等に満ちあふれていて、例え苦しみ苦しめる結果になったとしても、甘ったるい砂糖漬けのような平等だけを謳った何も必要としない世界なんかより、ずっと生きがいがあるってもんだ。


 そしてそれこそ――確かな生命の証となる。


「リアニット、お前もそうだ。

 ライニーを想っている時点で……それは完結している生命なんかじゃねぇんだよ。

 生き物として欠陥だらけのものを、俺は認めることはねぇ」

「……これ以上、言葉は不要、か」


 それもそうだ。

 生者と死者。元から考えも……いや、違う。

 リアニットはこの差異に気づけないのだろう。


 そしてそれは結局……この魔法の根本的欠陥だ。

 これ以上の思考は必要ない。元々、俺様はそういうタイプじゃねぇからな。

 そういうのはティファリスにでも任せておけばいい。


 俺様はリアニットに引導を渡すべく『金剛覇刀』を構え、一直線に奴の元へ。


「『ガイアブロー』!」

「『火風ひふう鎌鼬かまいたち』!」


 互いに魔法をぶつけ、リアニットは警戒しながら下がり、俺様は何の躊躇もなく走ることをやめない。

 今ここで引いてしまえば、再び距離を取られて延々と戦い続けることになってしまうだろう。

 ならば、多少の手傷は覚悟の上だ……俺様も既に腹はくくっている。


「『ストームスマッシュ』!」


 俺様は『金剛覇刀』を振り回し、その風の衝撃波を一つずつ確実に斬り裂いていく。


「『風風ふうふう・風神一刀』!」


 魔法を使えば斬撃が届く範囲に入った瞬間、俺様は魔法を発動し、リアニットに迫る。

 攻撃を掻い潜り、風となり……リアニットの心の臓を狙い、突きを放つ。


 リアニットも俺がそこを狙いに来ることがわかっているからか、杖で守りに入ってくる。

 だが、その程度で……!


「うおおおおおおお!!」


 それを無理に押し通すように全力を込める。

 力づくで攻撃する俺様に押されるようにリアニットはじりじりと後退して……やがて杖にひびが入り、防いでいた部分が壊れてしまう。


「ま、まさか……っ!」


 リアニットはそれ以上防ぐ術を持たず、刃はまっすぐ核を貫き、粉々にする。


「せめて安らかに眠れ。リアニット」


 驚愕の表情を浮かべていたが……憑き物が落ちたかのように穏やかな顔をしていた。

 そこにいるのは、恐らく本当のリアニット、なのだろう。


「…………ありがとう」


 最後の最期……リアニットは嘘偽りない本心を伝え、微笑み逝った。

 もはや動かなくなった彼がしている悔いのない表情をしている。


「今後こそ、迷わず逝けよ。黄泉幽世よみかくりよにはライニーでも連れて行くんだな」


 今はまだ戦いの最中だ。

 弔ってやることは出来ないが、せめてこれくらいはしてやらなければな。


 俺様はリアニットとライニーの遺体をヒューリ王の手に渡らないように兵士たちにセツオウカに持ち帰り、この戦いが終わるまで管理させるよう命令する。


 これ以上ヒューリ王の思い通りになる傀儡くぐつにはさせないために、な。

 それにしても……流石に元上位魔王だっただけはある。大分時間をかけてしまった。

 俺様も随分と疲弊させられたが……今は泣き言を並べている暇はない。


 今俺様がこの場を離れてしまったら、間違いなく戦況に影響を与えるだろう。

 ならば……ここで気合を入れなければならないところだろう。


「ちっ……魔王も本当に楽じゃあねぇなぁ」


 だからこそやりがいもある。

 こんな俺様でも慕ってくれている奴らがいるんだからな。


「ティファリスよ。ヒューリ王は、任せたぜ」


 今も戦っているであろう女王に思いを馳せながら……俺様は戦場を駆けていく。

 民を――国を守るために。

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