266・再び相まみえる者たち

 弱点が露呈したユーラディスの兵士たちはこちらの猛攻に対して果敢に攻めてきていますが……少しずつ、こちらが押し返してきていました。


 むしろ怒涛……というのが相応しいかも知れません。

 それほど鬱屈とした感情が溜まっていたのでしょう。

 一度着いた火が収まらず燃え盛るように、それは留まることを知らない。


 それに恐怖して気力が萎えるような相手であればまだ御しやすかったのですが、流石にそう上手くも行きませんか……。

 結果引き起こったのは互いが互いを燃やし尽くすような業火の戦場。


 一歩も退かない両軍の中を、それがしはただただ走っておりました。

 向かってくる死者の兵士たちの核を貫きながらひたすら獲物を求める獣ように駆け抜けていく。


 恋い焦がれる乙女のような熱い感情……そのようなものを抱きながら……それがしはようやく、かの方にお会いすることが出来ました。


 どうやら探していたのはあちらも同じようで……それがしの姿を認めた瞬間、その顔には久方ぶりに出会えた旧友を見るかのように素晴らしい笑みを浮かべておりました。


「かかかっ、やはり、おぬしとはつくづく縁があるようだな。

 いやはや、実に重畳。運命と言うにほかあるまい」

「……ええ、それがしも感じておりました。

 再び相まみえたこのえにし、今度こそ決着を……!」


 話しながら互いに迫り、それがしはそのまま刃を。

 かの方――シャラ王様は収められた鞘から光を超える程の速さで刃を煌めかせながら――。


 ――ギィィィィンッッ!!


 互いの武器がぶつかり合う音を聞きながら、そのまま数合交え、距離を取る。

 シャラ様は後ろに飛び退り、地面に着地したと同時にこちらに向かい駆け出しており、その煌めきは再びそれがしの首を狙いに刃が迫り……再び鈍色の音が鳴り響きました。


「……はっ、これを防ぐか」

「それがしとて、停滞しているわけではありません。

 日進月歩。鬼族は常に高みを目指し、常に精進する……貴方様程の御方が知らぬ訳がありますまい」


 刀を交差させ、それがしの首を狙ってきた刃を防ぎながら不敵に笑いかけると、シャラ様も同じような笑みを返してきて……そこから先は互いの命をしのぎ合う。


 シャラ様の最も得意とする剣術は抜刀。

 ある程度の距離を保ちながら攻撃をする必要があり、どうしても鞘に収める動作と抜く動作の二つが必要になってきます。

 すなわち、超至近距離こそがシャラ様の苦手とする間合い……ですがそれはそれがしにも言える事だからこそ、気軽に飛び込むことが出来ずにいました。


「かかっ、どうした? 迷いのある太刀筋は己の実力を曇らせるぞ?」


 それがしが戦法を決めかねていると、まるで考えを見透かしたかのようにこちらの剣戟を掻い潜って――一番悩んでいた超至近距離まで迫ってきました。


「なっ……」

「おぬし程度の考え、読めぬとでも思うたか?

 某の抜刀は……凡夫の思考を遥か凌駕する」


 シャラ様は息と息が触れ合う程の距離ですら、鞘に収めたその刀を抜く気ですか――!

 応戦しようにもこちらも間合いが近すぎて……横薙ぎに振り払ったところをシャラ様は地面にぶつかりそうな勢いで一気に身を屈め――下から上へと突き上げるように自身の身体を勢いよく踏み込み、鞘を引きながら刀を抜く……!


「くっ……ですが……」


 この至近距離で抜刀術を行使してくるとは思っても見ませんでしたが、なんとか首の皮一枚を斬られる程度で済みました。

 そのまま攻撃するのがベストなのでしょうが、それがしはこの距離を嫌い、思いっきり距離を取りました。


「かかっ、逃げるか。せっかくおぬしの好む間合いまで接近してやったというのに」

「……それでもあの間合い、攻撃が飛んでくるとすればその突き上げるような一撃だけでしょう?

 それならば……」

「対処法はある、と? お互いの獲物が長物である以上、おぬしも刀を振りかざすことは出来ぬだろうに」


 シャラ様はそう言いながら腰を深く落とし、ゆっくりと既に引いてある自らの獲物に手をかけていました。


「どうれ、そろそろ本気で行こうか。

 さあ、出番だ『首落丸しゅらくまる』よ。

 お前の獲物は――ここにいる」


 刀の本来の名前を呼んでやり魔力を込め……その妖刀は脈動しながら目覚めていく。

 首を落とすためだけに産まれてきた武器。幾人もの血を吸い、生きている刀とも呼ばれるほどの逸品となった……強者が持つに相応しい一振り。

 それが再度それがしの目の前に……!


「『風阿ふうあ吽雷うんらい』……貴方たちの力を今こそここに!」


 それがしの愛用する二振りの刀。

 出会ってすぐに魅せられるように使い始め、今ではそれがし以上に使えるものなどいはしないとはっきりと思える程、彼らとは長い付き合いです。


 だからこそ、この彼らにそれがしの全てを注ぎ込む。

 今この場で勝つために。『首落丸しゅらくまる』の暗い鼓動に負けぬ逸品……まばゆいほどの雷を……視界さえ遮る程の風を……!


「……ほう、その二振りも以前と比べられないほどの力を感じる。

 かかっ、まるで主人の想いに応えるようではないか。素晴らしい。実に良い刀だ」


 居合――抜刀術の構えを解いてゆらり、ゆらりとシャラ様の身体が幽かに揺らめく。

 肌の青白さも相まって意思の感じない死人のように不安定な動き……ここから攻撃を繰り出す?


 それがしから見ても隙があるのかないのかよくわからない程の……構えとも言えない動きに一瞬戸惑ってしまいました。

 しかし……それが完全に命取り。


「この程度で調子を乱すか……未熟だな」


 殺気を感じ、その方向……それがしの首を狙って来るのではないかと予測し、咄嗟に刀をそちら側に合わせると……鈍い音ともにそれがしはのけぞるように体勢を崩し、そのまま地面を蹴ってシャラ様から更に距離を取りました。


 今……何をされた? 斬撃が飛んできたのは理解出来ましたが、あの何の意味もなく揺らめきながら徐々にこちら側に詰め寄ってくるシャラ様の体勢から一体どうやって……?


「カヅキ、抜刀術を何だと思っておる?」

「……刀を鞘に収めた状態から繰り出す武術の一つ、でしょうか」


 急な問に思わず戦闘前のいつもの調子で喋ってしまい、慌てて自身の身体に気合を入れ直す。

 今のこの状況で……攻撃も仕掛けずに一体どういうつもりでしょうか?


「居合の『居』とは座ってる状態をさし、立合とはそのまま立っている状態をさす。

 そしてそこから鞘に収めた状態で刀を抜き放ち、一気呵成に攻めることこそ抜刀術という」


 決してそれがしに視線を逸らさず、かといって油断もない。

 あくまで淡々と教えてくれ……隙を突こうにも攻めあぐねてしまいました。


「つまり……『鞘から刀を抜き放つ動作』こそ抜刀術。

 その刀を抜く瞬間に構え、抜く事が出来るのであれば……ほうら、この通り」


 ゆらり……と身体が幽かに揺らめいたかと思うと、剣筋が下から弧を描くように上に跳ね上がり……まずい!

 辛うじて左肩を掠めたその刃は、いつの間にかシャラ様のもとに戻っていったような錯覚すら抱くほどの速さ。


 抜刀術でこれだけの速度を引き出せるのは……後にも先にもこの魔王様だけだろうと思わせてくれるほど。


「くっ……!」

「ほうれ、余所見をしている場合ではなかろう」


 そこからはこちら側が防戦を演じることに。

 なにしろ距離を取らなければあの縦横無尽の斬撃はどこに飛んでくるかすら見えず、攻撃に転じようとした瞬間、シャラ様はこちらと距離を詰めてくる。


 細切れにでもするかのようにどんどん剣速が上がっていって……今では辛うじてついていけているような状態になってしまいました。


 状況は圧倒的にそれがしの不利。

 しかし……まだ手がないわけではありません。


 それがしとてこの再戦に心を焦がしていたのです。

 自身がたかだかこの程度で……終わるはずがないでしょう!!


「『鬼神・夜叉明王』!」


 それがしは自身の限界を超える……セツキ様の『鬼神・修羅明王』を初めて見たあの日からずっと練っていた独自の魔法。

 ティファリス様のおかげで完成したこれは、自身の扱える魔力の全てを身体中に浸透させるように注ぎ込み、完全に一体になる。


風阿ふうあ吽雷うんらい』に注いだ魔力はそのままなので『雷』と『風』は扱えますが、最早それがしには魔法を使うことは一切出来ません。


 ですがこれでいい。あらゆる限界を取り去った力で……鬼神族を……シャラ様を超える……!

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