間話・生死を統べる力
――ヒューリ視点――
俺がこの世に生を受けた時、初めて見たのは暗い土塊。
初めて嗅いだのは錆びた鉄の臭い。
そして……初めて口にしたのは、父親の血だった。
――
西の地域が忌むべき土地だと呼ばれている本当の理由を彼らは誰も知らない。
聖黒族が繁栄し、最後には自滅した……表ではそれだけの地域。
しかしその裏では、荒廃した土地の奥底。誰も踏み込むことの無いところに、長年誰にも気付かれずにひっそりと……エルフ族の作った城が一つだけ建っていた。
そこはほとんど死に絶え、もはや消え行く運命にある……絶滅寸前の聖黒族を
男は連日搾り取られ、女は何度も孕まされる。
彼らに共通することはたった一つ。それは彼らが『玩具』であり『戦力』としての子供を作り続ける為に生かされている……ということだった。
聖黒族にとって、そこは正に地獄と言っても過言ではなかっただろう。
爆発で自滅するより先に囚えられ、死ぬことすら許されなかった誇りある種族の末路など。
徹底的に辱められ、嬲られ、痛めつけられ……穢され続けた。
聖黒族の男も女も全ては平等に扱われ、産まれた子供は更に繁殖・実験用として振り分けられた。
実験用……というのは『隷属の腕輪』の元になった道具であったり、他の遺跡から見つけ出した遺物を含め、それら全てを試すためだけに集められたモルモット。
そして……俺は実験用の区画でこの世の地獄の生を受けた。
いや、正確には違うな。
聖黒族を母体として他種族に交配させ、産まれた女児を育て、それを更に別の種族と交配させる……。
それをただひたすら繰り返し、最後に聖黒族の男と交配させ……狂気の生を受けたのがこの俺だ。
母は精神がおかしくなっており、父は俺が産まれたと同時に死んだ。
そして……その中から産まれた俺もどこかおかしかった。
何も感じない。
周囲の地獄を見ても、俺の心は何も揺さぶられず、殴られても蹴られても、痛みどころか何かが湧き上がってくることすらなかった。
そして成長した俺は実験用の生物として、ひたすら魔物と戦い続ける日々を送っていた。
そのために必要な知恵は本として与えられ、授けられてきた。
魔法というものは本で学ぶか、師により教わるかのどちらかしかなかったが……俺に授けられたのは前者の方法だけだったというわけだ。
日々玩具にされる僅かな生き残りである聖黒族たち。『死にたい……死にたい……』と嘆き悲しむ女。
『殺してくれ』と訴えかける男。
俺はずっと考えていた。生き物というものは、何故生きているのだろう?
この地獄の中で、生かされ続けている……しかしそれは死んでいるのと同じなのではないだろうか?
俺と戦う魔物は、戦うためだけに生きているというのか?
そして……そこに何の意味がある? 死んでいても……同じなのではないのか?
何のために生きているのか……無意味な生に理由はあるのか……虐げられる生命には、その程度の価値しか用意されていないのか。
実験体として魔物と戦いながら生死の意味、その違いを考えていた。
必要な知恵は与えられ、俺はそこで学ぶ事ができたのは救いだったのか……それともさらなる地獄へと向かう為の行為だったのか……。
いずれにしてもそうして過ごす日々で、俺は一つの本に出会った。
本来ならばここにあるはずもない本。恐らく、エルフ共も気付かずこの本を俺の方に回したのだろう。
奴らが俺に寄越すものは自分たちの魔王が対処できる範囲内の魔法が記されたものだった。
聖黒族というのは全てを捨てて戦えばエルフ族すら凌駕することが出来る素質を秘めた種族だからだ。
徹底的に管理・拘束をして反旗を翻される事だけを務めていた。
だからこそ、この出来事に運命を感じた。天運と言っても良い。
その本は……まさに『生死の在り方を理解する為の本』と言うのに相応しい本だった。
貪るように読みふけった。極限までに感じる空腹、渇きを満たすかのように。
走り続け息が上がり……ただひたすら空気を追い求めるように、貪欲にそれを求めた。
はるか昔のエルフ族が遺したと思われる遺物。これを書いたものの気持ちがわかる。
これは『生死』を曖昧にするものだ。生きるものは死に。死んだものは生きる。
元は長寿のためか、不老不死のためか……そんな種族としての夢を掲げ、死体を蘇らせる実験の最中に偶発的に発動した魔法と結果。
中途半端に研究を終えただけの結末が書かれた本。
研究途中で打ち切られたか……戦争でもあって放棄されたのか……詳しいことはほとんど残されていない。
ただあったのはその魔法によって起きた結果と、未完成だと書かれていた一文だけ。
しかしそれでいい。それがいい。
未完成? ならばそれを更に精密に仕上げてみせればいい。
全てを読み終えた時、俺は全てを理解した。
生とは死ぬことであり、死とは生きることなのだ。
そして……生にしがみつくことこそ、死への憧れなのだと。
死を渇望することこそ、生を求める慟哭なのだと。
この極地を見出した俺は、その本を燃やし、全ての証拠を消し去った。
そして……その時から俺は行動を開始する。
『全てが生き、そして死ぬ』……理想の世界を実現するために。
――
「まお……さま。……きて、く……さい」
……どこからか声が聞こえ、俺は長い夢から覚めた。
地獄のような、悪夢のような……それでいて幸福な夢だった。
あまりに濃密な夢だったせいか、思わず今自分がどこにいるかを考えてしまう。
そうか……ここは西の居城。俺の住んでいる城。
「おめざめですか、まおーさま」
目を開けると、そこにいたのは長く下ろした黒髪であり、白銀の目をまっすぐ俺に向けるメイド姿をした女。
少女のような外見をしていて、舌っ足らずな喋り方が特徴的だ。
「ああ、どれくらい眠っていた」
「だいぶ、ねむってた」
「そうか」
彼女が大分……そういうのならば普段よりも深い眠りについていたということだろう。
それがわかるほど、彼女と俺の付き合いは長い。
「まおーさま。じゅんび、ととのった」
「そうか……ならば行こう。お前も共に来い」
「うん」
ベッドから起き出し、服を着替える。
惜しむらくは、あの防魔の鎧をなくしてしまったことだろう。
あれは俺の姿を隠すのに重要な道具だった……が、もはやそれも不要だろう。
今や姿を隠す必要はない。
既にレイクラドも落ち、ラスキュスも俺の元から離れていった。
敵は、既に俺が聖黒族だという情報を掴んでいると思って間違いは無いだろう。
だがもはや何の問題もない。
事ここに至っては、俺の姿のことなぞどうでもいいことなのだ。
俺はメイドを連れて、地下の実験室へと向かった。
そこにあるのはスライムの女と妖精の男の死体。
それはしっかりと修繕されており、傷一つない綺麗な身体だ。
肝心の魂が入っていない事以外、それは眠っているようにすら見える。
「まおーさま」
「ああ、喜べ。お前の仲間がまた一人……加わる」
何も入っていない肉の器の前に立ち、そっと彼らに手をかざす。
「甦れ魂――『リヴァイブ・ネクロマンシー』」
闇色の光が放たれ、ゆっくりと彼らの左胸に吸い込まれていく。
そしてその光が全身を包み込み――やがてそれらは浸透するように身体の中に入り込んでいき……やがて彼らは目を覚ました。
「おはよう……リアニット。ライニー」
「……ここは」
「くぁー……ねむねむ」
死して生き、生きては死ぬ。
彼らは究極の世界の住民だ。
魔法書に書かれていた魔法を、極限まで発展させたもの。
彼らは左胸の核に魂を宿し、再び活動する。
死と生を得て、完全となった一個の生命として。
「世話をしておけ。俺は部屋に戻る」
「うん、わかった」
そのまま俺は部屋に戻り、もう一眠りすることにした。
次に起きた時は行動を起こす時だ。
『全てが生き、そして死んでいる世界』を創る為に――。
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